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現世の魔法使い  作者: yuki
第二章
29/56

試験週間

「ではこれより、試験対策勉強会を始めます」

 優衣の言葉に5人の声が重なった。

 一人で勉強しても勉強できないという光輝の愚痴を聞いた香奈が、じゃあみんなで勉強しませんかーと言い出したのが始まりだ。

 今は学校からすぐ近くに結構広い部屋を借りて住んでいる影人のマンションへとお邪魔させて貰っていた。

 6人で座ってもなお余りのあるテーブルに驚いたものの、影人が古来より永劫ここに捕らわれた呪具だといっていたことから、初めから家具が備え付けられているタイプなのだろう。

 一人暮らしを卒業までの短い間しかしないのであれば家具を揃えなくて良い分手軽だ。

 マンションは3LDKとかなり広く、高校生の一人暮らしにしては豪華な物だった。

 台所は使われた形跡がなく、寝室以外の2部屋は使っていないという。

 もしかしたら親も一緒に来る予定だったところにトラブルがあったのかもしれない。


「まずは予想問題を作ってみたから解いてみて。分からないところは飛ばしちゃっていいから」

 ここ最近ずっと纏めていたノートから作り上げた問題が配られるとそれぞれが一通りといてみることにする。

 英語や国語の長文でもない限り、問題は解けるか解けないかだ。

 解けない問題を炙りだす目的の予想問題なので解けない問題はすぐに飛ばして時間をかける必要はない……のだが。

「終わったぞ?」

 開始30分にして光輝が大きく伸びをした。作った本人でもこれほどの速さで5教科分の試験問題を解くのは無理だろう。

 優衣が置かれた試験問題を無言で引き寄せて中身を見る。

 一枚、また一枚と用紙を捲るたびに表情は陰りを見せ、最終的にはしみじみと、深い溜息を漏らした。

「光輝……小学生からはいってて、本っっっ当によかったね」

「ん? あぁ、そうだな。中学生の時に優衣に会えたしな」

 そういう意味で言ったわけではないのだが、優衣は何も言い返さなかった。

 

 一時間を過ぎた頃に萌と香奈が終え、それから5分ほど過ぎると影人と香澄もシャープペンシルを置いた。

「これは中々本格的だねー。理解してない部分が浮き彫りになった感じだよ」

 教科によって試験問題には傾向が浮き出てくる。

 例えば数学だが、この教師は基本を手堅く抑えて発展問題を最後に数問出すタイプだ。

 教科書に載っている問題をベースに数字を変えてくるけれど、解き方自体は教科書どおり。

 おまけに3年前までの数学の中間考査の試験問題を仕入れてみると、毎年同じような形式と内容で中学生までの復習部分を取り込んでいる。

 これが毎年配点の4割に達していて、何が出るか覚えておくだけでも最低3割り近い加点になるだろう。

 そもそも入学したての5月末にある試験に新しい範囲なんて殆どない。

 

「それじゃ後は各自で進めて、分からなかったら教え合いましょう」

「そうだねー。どれどれ、なるくんはどこが分からないのかなー」

 萌の言葉に香奈は影人の答案を覗き込んで粗を探すのだが、これといって攻め立てられる点は見つけられなかったようだ。

「つまらない答案ですねー」

「答案が面白くてたまるか!」

「この証明の仕方がナンセンスなんですよ。いつもみたいに闇から舞い降りた線Aと光に浮かび上がる線Bが出会うとき、物語(しょうめい)は始まるみたいなドラマチックな書き方をですね」

「頭大丈夫か?」

「な、なるくんに頭の心配をされたー……」

 もう生きていけないとばかりに香奈が机に崩れ落ちる。

 普段の会話の内容はともかく、香奈も影人も外部組みだ。

 倍率の高い枠を潜り抜けてきたのだからこの時期の試験で点数が悪いわけがない。

 全く勉強しなかったところで成績上位者になるのは目に見えていた。


「ここに面白い答案がある」

 それでもしつこく食い下がり答案を覗いている香奈の前に、香澄が項垂れていた光輝の答案を滑り込ませる。

 どれどれと上から回答を覗き込んだ香奈が困ったような呻き声を漏らした。

 

 1.次の式を展開せよ。(x+3)2

 答え:(x+3)(x+3)

 

「これはなんていうか、もう少し頑張りましょう、ですねぇー」

 確かに展開されている。それは間違いないのだが決定的に違う。大事なのはこの先のもう一手間だ。

「無解答の方がまだ可愛げがある」

 くすくすと笑ってみせる香澄は、更に別の問題を指差した。

 

 6.下記の図形を参照し、AC=DC, BC=EC のとき△ABC≡△DEC を証明せよ。

 答え:問題が成立するには証明できなければならない。よってこの問題は既に証明されている。


「確かに事実ではあるんですけど、酷いメタ発言ですねー」

「こんな解答まずありえない」

 光輝が声を詰まらせた。勉強に関して言えば光輝は香澄に到底届かない。

「数学は5時間目が多いから……きっと昼食の後で眠かったんだよ……」

 精一杯のフォローに回る優衣だがその目は現実(かいとうようし)からしっかりと逸らされていた。

 苦手が分かったとしても範囲全てとなると流石に手に負えなくなってくる。

 

「0と1の狭間に眠る真理を理解できずとも古来より永劫伝わる言の葉に関しては相応の理解もあるようだな」

 影人が国語と思われる解答用紙を見て答えをチェックするのだが然程目立った間違いはない。

 光輝だって一応は小学校からこの学園でやってきているのだ。数学は特に苦手というだけで全教科がダメダメなわけではない。

「国語は昔優衣に問題を先に頭に入れた後本文を読めって言われてから急に分かるようになってな」


 現代文を解く上で一番大事なのは問題を先に読んだかどうかだろう。

 先に本文を読んでしまうと設問が頭に入っていないからまた本文を読み返す必要が出てくるのだ。

 だが先に問題が頭に入っているのであれば、ここは問題に使われている箇所だな、と当たりを付けることができる。

 たったこれだけの事なのにするのとしないのでは解く時間や正確さに大幅な差が生まれてしまうのだ。

 

 全員が一番苦戦したのは英語かもしれない。

 この学園では英語の授業がかなり早くから進み、外国人の講師を使って授業全てを英語で行う特殊な枠も作られているほどだ。

 二年の段階で三年までの全ての範囲を網羅できてしまうカリキュラムは早々あるものではない。

「あたしも英語はちょっと苦手でねー。入試の時もそこで結構躓いた感があるんだー」

 学園では小3の時から授業に英語が混じってくるのだから、外部組みからすれば入試の難易度は異常と思えるだろう。

 だが一方で影人は特に苦手もないのか、難しいとされる英語もすらすらと解いている。

「な、なるくんがなるくんっぽくないよー。もっとこう、痛々しさ全開で訳してくれないとつまんない」

「英知の探求に楽しさなど要らん」

 ぶーぶーと文句を漏らす香奈ににべもなく言い返すと、香奈はちょっとだけ残念そうな顔をして言った。

「それは違うと思うなー。みんなで勉強すると楽しいでしょー?」

 まっすぐに向けられた香奈の視線に影人が少しだけたじろぐと、咳払いをして極上の血を振舞おうと残して台所へと消えてしまった。

 萌もそれを手伝おうと後を追う。

「なるくんは弄り甲斐あって楽しいなぁー」

 二人を見送った香奈はからからと笑うのだった。

 

「光輝、何がどうしてこうなったの……?」

 一方、優衣と香澄は手分けして光輝の解答用紙を確認しつつ愕然としていた。

「空からツンデレが落ちてきたからベルトを外した……?」

 香澄が訳された英文を見て光輝を侮蔑に満ちた目で睨みつける。

「変態」

「違うっての!」

 正解は空から雷が落ちてきたからベルトを外したなのだが、一つの単語を読み違えただけてここまで酷い翻訳になるとは。

 

 

 影人と萌が入れてくれたお茶を飲みつつ一通りの確認を終える頃にはすっかり陽は沈んでしまった。

 多人数で行う勉強というのも、それはそれで楽しいものだった。ただ一人光輝だけはぐったりとしているが、彼にしてもこれから覚えるべき部分はしっかり頭に入ったことだろう。

 ひとまず今日の予定は一通り終わったのだが……香奈は突然立ち上がると人差し指をぴしっと影人につきたてて宣言した。

「さぁて! 折角男子の家に来たんだからえろいアイテムを探そうか!」

 その言葉に光輝と優衣は苦笑いを、影人は完全に固まって、香澄と萌はほんの少し興味深そうな顔をする。

「本に書いてあったよー。男子の部屋に行ったらそうするものなんだってー」

 いつもと変わらない、にへら、とした笑みを漏らして心底楽しそうに香奈は笑う。

「そんな本は捨ててしまえ!」

 いつにない大絶叫で影人が叫ぶが、その隙に香奈は影人の部屋と思われる一室に駆け出していた。

「おい、待てっ」

 厨二トークも完全になりを潜めて香奈のすぐ後を追いかける。優衣達も暴走した香奈を止めようとその後に続いた。

 勢い良く開かれたドアの中に香奈が颯爽と入り込んで棚を開けたりしているのだが、あまりにも軽い。

 覗き込んでも棚の中にはまだ何も入っていなかった。

 

「お前の求める物など、どこにもありはしない」

 白い壁紙が貼られた部屋の中は殺風景と言ってよかった。

 窓にはカーテンすらつけられておらず、簡易ベッドがぽつん、と隅に置かれている。

 収納スペースは壁にクローゼットが備え付けられているのだが、棚や引き出しには殆ど何も入っていないようだった。

 使われているのはその内の一つだけで、中には着替えと思われる衣服が少しだけ詰まっている。

 勉強机も窓の前に置かれているが、その上に備え付けられている棚には教科書とノートが整然と並んでいるだけで小物の類は一つとしてない。

 あまりにも生活感に欠如した空間と言ってよかった。

 引っ越してきて一月とは言えど、家から持ってくるものは多少なりともあるだろう。

 服にしろ、本にしろ、場合によってはCD等の娯楽用アイテムから普段使う日用品だって必要だ。

 にも拘らず、この部屋にはそういった趣味のものが何一つとしてなかった。香奈の求めるアイテムがあるとは到底思えない。

 無機質なこの部屋でただ一つ異彩を放っているのは机に置かれた一枚の写真楯だろう。

 そこには肩までの黒髪を後ろで2つに結わいた、12歳くらいだろうか、小さな女の子がはにかんだ笑みを浮かべている。

 良く整った顔立ちや雰囲気はどことなく影人に似ていた。


「これ、妹さんかな?」

「ああ、そうだ」

 優衣の問いかけに影人が静かに頷いた。

 とても優しい声色なのにどこか寂しそうな気配がして、それ以上を聞くのは躊躇われる。

 香奈も先ほどの元気はどこへやら、想定外の部屋の雰囲気に飲まれてか、珍しく萎れている。

 誰もが何を言うべきかと悩んでいると、唐突に影人の笑い声が響いた。

「はっ! この俺の闇の領域を前に声さえ出ぬか! まぁいい、今日のところはこれくらいにしておいてやろう」

 踵を返しリビングに向かう影人を誰ともなく追いかける。

「その部屋はまだ荷解きをしていないだけだ。大して使うものがあるわけでもなし、何より重労働だからな」

 それからはまた他愛もない話で盛り上がり、来るべき試験に備えて頑張ろうと声を上げるのだった。

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