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現世の魔法使い  作者: yuki
第二章
26/56

魔法と魔物の関係

 羽虫の飛び交う明かりの近くにひっそりと影を落としているベンチに再び座りなおしたところで、優衣は光輝に精霊がいるかを尋ねた。

 驚いた反応を見せつつ、何もない空間に向けて声をかけると、どこからともなく先ほど見かけた燃えてるエリマキトカゲがしゅるしゅると這い出してきた。

 小さな足をちょこちょこと動かす様はどこか滑稽で可愛らしい。

『初めて会った時から魔力を感じてはいたが……まさか契約者だとはな。少年、何と契約した?』

 話は早かった。優衣と契約した精霊は"同類を探して話を聞け"と丸投げをしていたのだが、肝心の同類が誰かなのかは分からないままだった。

 魔法という存在が何なのか全く分からない上に、下手に魔法を使うと暴走して周辺を破壊するとなれば気安く扱うわけには行かない。

 結局保留という選択をせざるを得なかったのだが、運命の巡り会わせとは実に数奇なものらしい。

 優衣もまさか親友が同じ魔法使いだとは思っていなかった。


「声は極光っていってた」

 優衣の言葉に、エリマキトカゲは感心したように声を漏らす。

『アウローラか……ん? 待て、アウローラの契約条件は確か……』

 エリマキトカゲが隠しておきたい不穏なワードを言いそうになって、突然優衣はわーわーと騒ぎ立てる。

 怪訝な表情をしてみせるトカゲを前に、優衣はどうするべきかをもう一度考えた。

 ……とはいえ、トカゲが真実を知っているうえに、秘密を包み隠さず話して見せた光輝に嘘をつくなどできるわけもない。


「光輝の力とか体力が上がったのって、契約の副作用?」

 聞いていいかどうか迷いながらも恐る恐る口にすると、光輝はバツの悪い渋面を作るだけだった。

 もしや地雷を踏んだかと不安になる優衣に、トカゲが心底呆れたように真実を告げる。

『違う。制御が下手なだけだ』

 簡潔なその答えに思わず優衣が間抜けな声を出すと、光輝が恥かしそうに叫ぶ。

「サラマンダ、それは言わんでいい!」

『事実だ、精進せよというにお前は毎度毎度面倒だの向いていないだの……』

「聞こえねー! 大体制御が難しすぎるんだよ、両手両足で別々の動きをしろって行ってるようなもんだ、別の事を3つも4つも同時に考えられるか、聖徳太子だって両耳からしか話を聞いてないぞ」


 肉体の強化はいざ魔物に襲われたとき、変身までの時間を稼ぐ手段の一つであるらしい。

 ただし、変身していないときに魔法を使うのは極度の集中力を強制される。

 つまり、彼の肉体の強化は魔法の制御が完全でないために漏れ出てしまっている余波の影響なのだ。

「抑えようと思えばかなり収まるんだけどな、こいつがいうにはこの抑えるって言う感情を常に発動させて日常生活を過ごせってことらしい。無理に決まってるだろ?」

『お前は意識しながら息をしているのか? 次は右足を出そうと考えながら歩いているのか? 無理ではない、十分可能な領域だ』

「同列に語るなっ!」


『そもそも人体に副作用のある契約などない』

 言い合いにひと段落付いて平静を取り戻したサラマンダはきっぱりと先ほどの優衣の疑問を切り捨てる。

 誰にだって契約した時に副作用があると分かれば言い出しやすかったのだが、よくよく考えれば性別の変更は契約の前に行われたのであって、契約によって変わったわけではないのだ。

「なんだ? 優衣は何か副作用があったのか?」

 だからもう隠すのは諦めた。

「性別が、変わりました」

「……は?」

 ぽつりと漏らされた優衣の言葉に光輝が怪訝な声を上げる。

「だから、女の子になりましたっ!」

 やけくそ気味に優衣が叫ぶと、呼応するかのように光輝も大声で叫ぶ。

「え、ちょ、ま、は? はぁぁぁぁぁ!? 何でだよ!?」

「なんか、そういう制約らしくて……」

 口ごもる優衣の言葉をサラマンダが引き継ぐ。

『アウローラは契約に条件がある精霊なのだ。彼の精霊は"成人していない女性"としか契約を交わすことが出来ない』

「じゃあ優衣はそもそも契約できないんじゃないのか?」

『そこが疑問だな。どうやったかは知らないが、アウローラは少年の性別を改竄したらしい』

 唸るようにきゅるきゅると声を上げたサラマンダは、やがて優衣に向き直っていう。

『少年。いや、少女か、少し触れても良いか?』

 サラマンダと呼ばれた精霊が短い足をせわしなくちょこちょこと動かして優衣の足元に近づくと、優衣はその身体にそっと触れる。

 燃えているというのに熱は微塵も感じなかった。でもほんの少し暖かい。


『これ、は……。馬鹿な、魔法への親和性が上限を超えているだと』

 魔力への親和性は契約の際に重要な判断基準となる、魔法をどの程度扱えるかの基準だ。

 優衣のそれは精霊さえ驚愕に染めるほど圧倒的に高い。

『そして極光の純色、か。アウローラが何をしても欲しがるわけだ。もしお前の中にほんの僅かな炎が灯っていたのならば、光輝ではなく少女を選んでいたかもしれん』

 光輝はかなり純色に近い赤の属性を心に持っている。だからこそサラマンダに選ばれ魔法使いとして覚醒したのだろう。

 そのサラマンダが純色でなくとも欲するのは異常と言って良い。

 サラマンダはそれきり考え込むように蹲ってしまった。

「ていうか、おま、いつからだよ!?」

「前、夜の公園で会ったよね」

 もうこの際だ。全てを話してしまおうと本当のことを告げる。

「あ、あぁ。そんなこともあったな。……そうか、あの時!」

『我も魔物の存在を検知して討伐に向かっていた。が、対象は既に滅された後だった』

 どうやら光輝があの場に居たのは魔物を倒す為だったらしい。

「なんだ、あれは優衣が倒したのかよ……すごい悲惨な光景だったけど、よほど強力だったのか?」

 彼の脳裏に浮かぶのは先ほどの路地の惨状を遥かに凌ぐ圧倒的な破壊だった。

 優衣があの景色を見て少しの同様も示さなかったのはあの時の惨状を作り出した張本人だったからというのが大きい。

「いや、それが、魔力が暴走しちゃって……」

『暴走? そんなはずはない。精霊が力を与えたとしても、そのあとは精霊が段階的に制御の術を教える上に、失敗した時の干渉もできるようになっている。突然力を得た人物が力に溺れないとも限らないからな。我々はその抑止力としての役割も兼ねているのだ』

 不思議そうな顔をするサラマンダに、優衣は曖昧な表情で精霊の末路を告げる。

「それが、アウローラが言うにはボクの性別を変えるのに魔力を全部使ったらしくて」

 その一言でサラマンダは信じられないとばかりに素っ頓狂な声を上げた。

『馬鹿な! じゃあ今、少女には精霊が、いない?』

「そういうことになります」

『制御の方法も分からない?』

「把握しておりません」

『魔法が何かも知らない?』

「相違ありません」

『魔物の感知も不可能?』

「おふこーす」

『……』

「……」

 一人と一匹の間に気まずい沈黙が流れる。どうにかその場を持ち直そうとして優衣は最後に精霊が言っていた一言を伝えた。

「あの、後は同類を探して事情を聞けって言ってました」

『あいつは何を考えてるんだ!』

 サラマンダの身体を包んでいる火が怒りのせいか、叫び声と共にぶわぁっと燃え広がった。

 幾ら魔力が高くて魔法への親和性が高かろうが、肝心の魔法が威力を上げると制御できず暴走するのでは完全に宝の持ち腐れ。

 新幹線を電車並みの速度で運行するようなものだ。意味がない無いにも程がある。

 

 

 それからどうにか気を取り直したサラマンダは優衣に向かって魔法に関しての基礎的な講義を行った。

 魔法とは何か。それは願いを叶える力だ。

 この世界には精神世界と呼ばれる別の世界が重なり合うように存在している。

 精神世界の中には形ある物が何一つとして存在できない。あるのは概念だけだ。

 曰く、願いの叶う場所。或いは、原初の世界。

 その空間で願われた何かは"ホントウ"に変わる。どんな荒唐無稽な願いであっても叶ってしまう危険な空間。

 しかし、普段は境界というもので完全に仕切られ干渉することなどありえない。……あってはならないのだ。

 違う(ことわり)で動いている世界が混ざり合うなど異常事態にも程がある。

 

『その境界が15年前、この町のどこかで、どういうわけか少しだけ開いたのだ。我等精霊が生まれたのとその時だな』

 理由は分からないが、今から15年前にも精神世界への扉が開き、そこから精神世界の成分、願いの叶う力が漏れ出した。

 開いた扉が小さく、現実世界に混じることで効果は相当薄まったようだが、その時この町にすんでいた人間には魔力の親和性が生まれたのだという。

 

 精霊とはこの世界に遍く存在する身近な要素が願いの叶う力によって意思を持ったもの。

 例えばサラマンダの場合は普遍的に存在する炎のイメージが人によって具現化された存在だ。

 だが15年前の時点ではまだ意思を僅かに持っただけ、とても自らの身体を持ち、このように自発的に行動できるには至らなかった。

 15年前に空いた穴が小さすぎたせいでそれ以上の成長が見込めず、穴自体も2年ほどで再び閉じたのだという。

 

『ところがだ、3年ほど前に以前とは比べ物にならない規模の穴が空いてしまった。同時に我々精霊はこのような身体を持ち、ある一つの意思に目覚めた』

 その意識が何故生まれたのかは分からない。

 誰かによって唐突に与えられたのかもしれないし、今まで彷徨った意識がこの世界を存外、好きになってしまったのかもしれない。

 ―この世界を、守れ―

 それが精霊に生まれた絶対にして唯一無二の意志だ。

 

 精神世界に空いた穴は感情、特に大きな力を持つ怒りや嘆き、恨みや悲しみといった攻撃的な物に形を与え世界に産み落としてしまう。

 それが魔物と呼ばれる、人に対する悪意が願いとして叶った存在の根源。

 あんなものが暴れだせば人々の恐怖や嘆きなどの感情は爆発的に増大する。

 故に、彼らはそれらを討伐する傍らで精神世界に空いた穴を探し続けていたのだ。

『だがな、流石に子どもの足一人で探せる範囲は限られている。……精神世界の穴は、我々精霊でも検知できないのだ』

 光輝が契約したのが三年前、中学一年生の頃だとすればその行動範囲は狭い。

 山や川、町中などを探しはしたが穴は全く見つからなかったという。

 

 

『魔法についても説明は受けていないのだろう?』

 サラマンダの言葉に、優衣は気まずそうに頷く。

『少女が気にすることではない。アウローラめ、契約すればいいというものではないだろうに……』

 ぶつぶつと恨みがましく愚痴を零しつつも、サラマンダは割合おせっかいな性格のようだ。


『魔法も魔物と同じ(ことわり)で発動している。故に一番大切なのは在りたいイメージを明確に作り出し、信じることだ』

 魔法はイメージを具現化したいという願いによって発動する。

 とはいえ、少しも矛盾を含まない願いというのは難しい。

 人は無理だと分かっているから願うのであって、叶うと分かりきっていることは願わない。

 願いの前提は常に否定。こうだったらいいのに、という希望は魔法にならない。

 こうあれと微塵も疑うことのない確信だけが魔法になる。


 だからといって世界の破滅を強く願ったとしても魔法は発動しない。

 精神世界の中に入って願えば話は別かもしれないが、精神世界の力が僅かに漏れ出している程度では何かを願ったとしても形になる事はまずない。

 魔物が具現化するのは大量の人間の感情が集まる故だ。

 一人の願いで形を作るには漏れ出している精神世界の力は弱すぎるため、魔法の原動力となるのは人の身体に宿った魔力で賄われる。

 これが燃料となって精神世界願いを叶える力のように魔法を発動させるのだ。

 個人の中にある魔力の分しか魔法は使えない、どんなに世界の破滅を願ったところで、それを形に成しえるだけの魔力をもつ存在などいるはずもない。

 

『人が矛盾を含まない願いの領域に到達するのは難しいからな。その為に補助用の武器がある』

 これは契約の時に生み出されたものだ。

 優衣の場合は杖が、光輝の場合はあの時手に嵌めていた手甲が武器に当る。

 所有者のイメージをより現実的な魔法の形に変換するコンバーターの役割と、使う魔法の威力を増大させるブースターの役割を同時に持っている。

 これがなくても魔法を使うことは出来るのだが構築と制御が酷く難しくなってしまうのだ。

 光輝が日常生活で身体能力強化の魔法を使いこなせていないのも、この武器を常に身につけているわけには行かないからだ。


『少女は武器が杖だといったな? 射撃型の魔法は極光(アウローラ)と相性がいいが魔力を外に放出する系統だ。魔力が制御できず暴走するというのなら使わないほうが無難だろう』

 力には幾つかタイプがある。外に向かって放つか、内で練り上げるか。

 外に放つタイプは射程距離・威力共に高いが魔力消費が激しい為、魔力が制御できない人間が使うと暴走すこともある。

 とはいえ、優衣は射撃以外の魔法を全く教えてもらっていない。

 何かほかに手段がないかと聞くとサラマンダは一つの解答を優衣に示した。

『なら作るしかないだろうな。撃つよりも留める方が魔力の消費は少ない。魔力によって近接用の武器を形作ればいい。ただし杖の補助は使うなよ?』

 杖は魔力を増幅する役割も持っている。持ったままで魔法を使えばまた暴走する可能性もあるのだ。

「それはさっき難しいって言った矛盾を含まない願いを作るって事?」

『そうなる。難しい作業だが、それさえ出来れば……』

 サラマンダの声も半ばに、優衣は目を閉じると作り出したい形を思い浮かべた。近接武器と言っても種類は色々あるだろう。

 槍、斧、鎌、光輝と同じ手甲や珍しい種類で言えば鉄扇なんてものまで幅広い。

 でも恐らく、人が一番本能的に扱えるのは剣だ。


『……光輝、お前が特別ダメなんじゃないか?』

 やがてゆっくりと目を開いた優衣が握っていたのは内から煌きを零す一振りの長剣だった。

 両刃の刀身は透き通るほど薄く、まるでそれ自体が輝いているかのように光の粒子を振りまいている。

 余計な装飾など何一つとしてない。あるとすれば、刀身そのものが一つの装飾であるかのように美しい。

 重さはなかった。まるで手を動かしているのと同じ動作で剣は縦横無尽に動く。

 それは紛れもなく、サラマンダが難しいと言った、補助用のツールを使わずに使う魔法そのものだった。


「優衣が特別異常なんだろ……?」

『少女、他にも何か教わった魔法はあるか?』

「確か、一番初めに結界だけは使いました」

 やってみろという精霊の言葉に従い、かつて凶悪な獣を阻んだそれを頭の中に思い描く。

 優衣にとっては一度使ったことのある魔法を思い出すだけで済んだため、さして難しい動作ではなかった。

 乾いた音と共に周辺へ不可視の結界が展開される。サラマンダはそれに近づくと強度を確かめているのか触ったり噛み付いたりしている。

『光輝、この壁に向けて火球を放ってみろ』

 サラマンダの声に怪訝な顔をするが、「はやくしろ」という声を受けてあの時の言葉を紡ぐ。

「想いを炎に 願いを糧に」

 炎が彼の身体を包んで先ほどの服装に変わる。千切れていたパーカーやズボンはしっかりと治っていた。

 手が打ち鳴らされ、間に火球が生まれるとそれを勢い良く放つ。

 結界は圧倒的な威力を持つその火球を受けても砕ける気配はなく、あろうことか全てを受けきって見せた。

『これは使えるな……』

「使えるって?」

 満足げに何度も頷くサラマンダに光輝が尋ねる。

 すると何だそんな事も気付かないのか、とでも言いたげに口から火を吐くと言った。

『この結界があれば周辺への被害を防げるだろう』

「お、おぉ! なるほどな!」

 魔物を倒すためには手加減などできず、周囲に破壊の傷跡を残してしまう。

 仕方がないと諦めていた問題ではあるがそれが防げるというのは大きかった。

『これでお前も本気が出せるといったところか。全力を出せるのは人里離れた山の中くらいだからな』

 サラマンダの言葉に、優衣は何か引っかかるものを感じる。確か最近、山の中のどこかで。

「……オリエンテーションのハイキングの山は、光輝が……?」

「……」

 返事はなかった。彼の顔を見ると視線を逸らして誤魔化している。

「できるだけ、善処するよ……」

 果たしてあれを抑えこむことなどできるのだろうかと、優衣は一抹の不安を抱いて乾いた笑みを作るが、光輝は急に考え込むように眉間に皺を寄せている。


「ちょっと待て、山の中のこと何ざどうでもいい」

 突然、弾かれたように真剣な眼差しを向けて優衣の肩をしっかりと掴む。

 優衣はちっともどうぜもでも良くないと思ったが彼の雰囲気に飲まれて押し黙って先を促した。

「つまり俺は、女になったお前と風呂に入って背中を流し合っていた、だと……?」

「それについては触れるなっ!」

 優衣の拳が正確に光輝の鳩尾に突き刺さる。光輝の口からくぐもった悲鳴が漏れ、その場にずるずると崩れ落ちた。

「あれ……光輝ー? ちょっと、大丈夫……?」

『魔力による局所的な肉体強化を魔法の仕組みを知っただけで本能的に使う、か。規格外の親和性だな……』

 起き上がってこない光輝を揺り起こす優衣の後方で、サラマンダはじっと優衣の姿を見てつめる。

『……そんなことが、本当に起こり得るのか……?』

 エリマキトカゲの呟きは誰にも気付かれることなく、吸い込まれるようにして霧散していった。

 

 

 

 

 その後、優衣と分かれて自宅へと歩き始めた光輝の隣で、サラマンダはいつになく真剣な声色で言う。

『優衣、といったか。少し、気をつけろ』

 サラマンダのその言葉を魔法使いになったばかりで心配だからフォローしてあげろ、と受け取った光輝は当然とばかりに返事を返す。

 サラマンダは気難しい話し方をするのだが、その性格は義理堅くお節介でもあることを彼はよく知っていた。

 だが、光輝の返事に違うとばかり啼く。

『そういう意味ではない。あの者に気をつけろと言っているのだ。……どう考えてもおかしすぎる』

 瞬間、光輝の目に険しさがました。さしもの彼とて、親友を悪く言われて流せるほど気が長くはない。

「どういう意味だ?」

『魔法の親和性は身体が精神世界にどの程度適応しているか、だ。開いた精神世界への扉の近くに、長くいるほど上がるのは話したな?』

「聞いたよ」

『我々精霊は常に概念が世界に遍く存在している。つまり、我々はこの世界のどこにでも存在しているということだ。……かつて開いた精神世界に最も近く、最も長く居たのは我々を置いて他にない』

 光輝がその足を止め、すぐ隣を歩くサラマンダに振り返る。

『我々精霊より魔法の親和性が高い存在など……あり得ぬ。あの物が此度の精神世界の穴に関わっている可能性は高い。場合によっては、あの者が……』

 事件の黒幕かもしれない、というサラマンダの言葉に光輝は思わず噴出した。

「はは、マジで言ってんのか? あの優衣が? 流石にねーよ」

 3年という短い時間だが、彼もまた優衣がどんな人物なのかはよく知っている。

「前に言ってただろ? 親和性の影響だって、個人差はあるって。偶々優衣が異常に影響を受けやすい体質だったってことじゃないのか?」

『確かにその可能性はあるが、扉が開き影響を受けたのはこの町の極一部だ。町の人口を考えれば天文学的な数字だぞ?』

「じゃあその天文学的な数字だったってだけだろう? そもそも、魔法なんて物がこの世界にある時点で俺にとっちゃ天文学的な出来事だったよ」

 そういわれてしまえばサラマンダは押し黙るしかない。

「大丈夫だよ。優衣の存在については俺が保障する」

『……お前がそういうのなら、そういうことにしておこう』

 だがサラマンダはまだ納得がいっていないのかきゅるきゅると声を上げている。

 光輝はそんな相棒に苦笑しつつも、優衣の事を疑う気は微塵もなかった。

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