もう一人の魔法使い
旅行空けの学校ほどだるいものはない。
教室のテンションは誰がどう見ても高いとはいえなかった。
束の間の羽休みは終わりを迎え、試験に向けて勉強に明け暮れる毎日が始まるのだ。一体どうやってテンションを上げられようか。
前日にあんな事があった優衣はなおさらだ。
先ほどからノートに向けてペンを走らせることでどうにかそこから意識をずらしていた。
「何で試験なんてあるのかねぇ……」
光輝は椅子の背もたれに顎を乗せつつぼやいてみせる。
「それが学生の性分だと思うけど」
運動が得意な光輝は勉強が然程得意ではない。
試験で赤点を取った科目は追試の後7割以上を取れない場合は土日の補修が決まる。
補修はかなりしっかりと基礎から教えてくれるため、終えた生徒の点数は飛躍的に伸びるのだが貴重な休みが潰されるのを好しとする生徒は少ない。
いや、一部には赤点でもないのに補修に参加している酔狂な輩も居るのだが、光輝としては休みくらい思いっきり寝たいのだ。
「という訳で今年も頼りにしてるぜ」
「試験だけをパスしても意味はないからね……?」
勉強は基本的に日々の積み重ねなのだが学校の試験はそうではない。
教師によって試験問題の傾向は偏るのが一般的で、先輩から試験問題を融通してもらえば対策を組むことは難しくないのだ。
今優衣がノートに書き纏めてるのは借りた試験問題と今までの授業の板書から教師が何を重点的に教えようとしていたのかを読み取り、最終的に出題率が高いと弾き出した問題の一覧だ。
中学時代に作った時もそうだが、異常なほど当たるとして好評を博している。
高校になって教科の教師が変わりどうなるかはまだ分からなかったが、基本はきっちり抑えてあるのだから沿って勉強すれば悪い点を取るはずがない。
光輝が今まで一度も赤点を取ったことがないのは優衣の存在が大きかった。
「それじゃ次の授業までの間にトイレ行っとくわー」
「もうあんまり時間ないよー」
休み時間は10分だが、今はもう6分ほど過ぎてしまっている。
けれど彼は余裕とばかりにトイレに向かって走り出した。
彼がトイレの前に辿りつくと、丁度教室に向かって歩いていた香奈と鉢合わせる。
その後ろには少し距離を開けて、影人がげんなりと萎れた表情で後に続いていた。また何かあったのかもしれない。
「おぉ、丁度いいところに。ちょっと聞きたいんだけどさー、先日の旅行の時に優衣さんと一緒にお風呂に入らなかったんですかー?」
光輝に気付いた香奈は突然駆け寄るとリポーター張りに手を丸め突き出す。
意図不明の質問に首を傾げるものの、持前の素直さから特に深く考えもせずに答えた。
「いんや、入ったぞ? なんか先生に仕事を押し付けられたみたいで、夜一緒にな」
すると何か考え込むようにそうですかーと一人零すと足早に教室に戻ってしまう。
何なんだと考えるものの、その直後に本鈴が鳴り響く。
光輝は目の前のトイレを見て若干迷うものの、溜息をついて急いで教室まで走ることにした。
「と、言うわけでトイレに行ってくる」
次の授業が終わると光輝は全力で教室を後にした。
1時間の我慢の末にようやくすっきりとした顔でトイレから出れば、今度はその前で香澄と出くわした。
「ちょっと聞きたい事がある」
香澄にしては珍しくそう告げるなり彼を引っ張って人目の少ない階段の踊り場まで移動した。
こんな所で何の話だと思ったが香澄は話題を切り出すか迷っているようだ。
言い争いも勝負もするが、光輝は別に香澄を嫌っているわけではない。仕方ないかとばかりに彼女が覚悟を決めるのを待つことにする。
十数秒ほど逡巡した香澄はやがて意を決したように、疑問を口にする。
「月島さんと一緒にお風呂に入った?」
それはどこかで聞いたような質問だった。記憶を辿るまでもなく1時間ほど前に香奈にも同じ質問をされているのをすぐに思い出す。
「入ったよ。背中も流してやった。……その質問流行ってるのか?」
光輝の疑問に、香澄はあからさまに驚いて見せた。
「誰か他の人が聞いたの?」
「あぁ。菅原にも聞かれたぞ」
香奈の名前を出すと香澄はそう、と小さく頷く。後はもう光輝のことなど頭にないのか考え込むように教室に戻っていった。
「なんだってんだ、一体……」
不思議には思ったものの、光輝はそれを優衣に伝えようとは思わない。何となく気にする気がしたからだ。
何の変哲もない授業を終えると部活に入っていない優衣と光輝は途中まで一緒に帰る。
自転車を、坂で速度がつき過ぎないよう適度にブレーキを踏みながら降りると横断歩道は人で溢れていた。
巻き込んだり触れたりしないように気をつけて道路を渡って暫くすると分かれ道にたどり着く。
奥ばった道ということもあって誰も居ない道路に軽快な音を立てながら自転車を走らせ、他愛もない会話をしているとすぐに分かれ道に到着してしまった。
「それじゃ、また明日な」
「うん。また明日」
話題を切り上げてそれぞれの家の方向に曲がる。
帰宅部の帰宅は早い。まだ陽は高く昇っている。優衣は帰ったら何をしようかと頭で考えつつも通いなれた通学路を進んでいた。
と、その前に道路を塞ぐ白い何かが見える。邪魔だなぁと思いながら自転車を止めた優衣は思わず息を飲んだ。
ふわり、と白い何かが空に舞う。数は9つ。そのどれもがふわふわした、見事というしかない艶を持つ極上の毛だった。
1つを抱きしめてもふもふと顔をうずめればさぞ気持ちいいことだろう。
だというのに、優衣がそれを持つ動物から感じるのは身の毛もよだつほどの悪寒と圧迫感。それから、研ぎ澄まされた悪意と殺意。
本能的にこれが危険な何かであることを理解する。
いや、本能で考えなくとも、これがありえない何かであるのは明確だ。
人の倍以上の背丈と9つの尾を持つ狐など、現実に存在するはずがない。
九尾の狐。伝説上に生きる大妖怪。
毛並みは純白。だが纏っている雰囲気は全てを塗りつぶす暗黒。
相反する二つの要素を持つ狐が昼下がりの空に向けて一声啼いた。
流れるような美しい挙動で狐が立ち上がり、鋭利な爪を優衣に向かって振り下ろす。
気付いた時にはもう避けられる距離ではなかった。対抗する手段さえ、突然の事態に記憶から抜け落ちる。
目を閉じる暇さえない一瞬の出来事はスローモーションを見るかのようだった。
1コマずつ爪が近づいてくるというのに動くことはおろか、目を逸らすことさえ出来ない。
見るからに鋭い爪がこのまま首を、胴を切断するかに思われた、刹那。
紅の炎が優衣の身体を包んだ。
凄まじい重低音が触れた炎と爪の間で鳴り響くが優衣には何一つ衝撃を伝えてこない。
全身を燃え盛る炎に焼かれているというのに熱さえ感じなかった。そこにあったのは誰かの温かな感情、想いだけだ。
しかし目の前の九尾にとってはその限りではないらしい。
蛇のようにのたうつ炎が爪に、手に燃え広がり慌てて消しにかかるのだが一向に治まる気配はなかった。
仕方なしとばかりに狐は燃えている自分の手を、もう片方の手で切り飛ばす。手から勢いよく噴出したのはその身に似合わない真っ黒な粒子だった。
大気へと漏れ出したそれらはすぐに形を失い見えなくなっていく。だが狐は苦しみ、尾を1つ傷口に撒きつける。
すると傷口から揺らぎが生まれ、次の瞬間には尾と共にすっかり元通りになった手が姿を現していた。
獣が怒りを隠しもせずに前方を睨む。けれどその目は優衣を見ていない。それよりもっと奥。
誘われるように振り向いた先に居たのは半裸の上半身にパーカーを被った光輝の姿だった。
「こう、き?」
優衣の問いかけに彼は答えず、ただ一度、握り締められた両の手を胸の前で突き合わせた。
手甲が嵌められた手を中心に渦巻くように炎が宿る。
「想いを炎に 願いを糧に」
優衣にはそれがどこかで聞いた事のある言葉に思えた。
言葉は別でも、全く同じ意味を持つ何か。つい最近、優衣の前に現れた精霊が与えた力を呼び覚ます言葉。
『光輝、敵はかなり強力なようだ。油断するなよ』
彼の隣に、腕が灯している炎と同色の赤い燐光が現れ、爆ぜる。
中から姿を現したのはエリマキトカゲの全身に火をつけたかのような可愛らしいとも言えなくはない何かだった。
「分かってるさ。優衣、ちょっと離れててくれ」
彼の口から自分を呼ぶ声がして、優衣の顔に明らかな安堵が浮かぶ。
でも光輝の顔に浮かんでいるのは苦虫を噛み潰したかのような、息苦しさを覚える渋面。
後悔と、諦めと、決意が混じった複雑な表情だった。
自転車をその場に放置して光輝の後ろに下がる。エリマキトカゲは地を走って隣に来ると赤い膜を展開し優衣を包み込んだ。
『保護はできた。存分に暴れるといい』
エリマキトカゲの声に呼応して彼が笑う。それは優衣がかつて見たこともない暴力的な笑み。
身体を屈めた彼が次の瞬間には弾丸のように前に向かって跳んでいた。足場だったコンクリートが僅かに凹んですらいる爆発的な加速と共に右腕を振り上げる。
九尾も光輝の跳びこむ速度を予測できなかったのだろう、片腕を構えるが遅すぎる。
九尾が腕を上げた時、既に光輝は懐へと潜り込み、赤々と燃える拳をあらん限りの勢いで振りぬいていた。
いつかみた薬品工場で起きた爆発のニュースで聞いた爆発音を髣髴させる凄まじい音と衝撃が吹き荒れる。
九尾はその身体に大きな穴さえ穿ち、道路の反対側を覗かせていた。巻き起こった余波は電信柱を揺らし、張り巡らされている電線を引き契り、窓ガラスを粉砕する。
だが九尾はまだ終わっていなかった。尻尾の2つを穴の開いた胴に差込み、更に3つを光輝に向けて触手のように伸ばす。
揺らぎと共に2本の尻尾は消失、変わりに空いていた穴も綺麗に塞がっていた。
もふもふとした尻尾がとても攻撃手段になるとは思えないが光輝は弾かれるように飛びのき、九尾との距離をとる。
『あの尻尾は触れるな、身体を消し飛ばされるぞ』
エリマキトカゲの言葉に光輝は僅かに頷いてみせた。九尾は尻尾の数だけ強力な力を扱えると察したのだ。
今度は両手の掌を伸ばし、先ほどと同じく胸の前で付き合わせると手を離して間に隙間を作る。
すると瞬く間に隙間へ灼熱色に光り輝く球が生まれた。炎を纏ってはいないが、それが圧倒的な温度を持つ火球であることは間違いない。
右手でそれを握ると狐に向かって振りかぶり、全力で投球した。
飛来した火球を狐は尻尾の一つで受け止めるが、一瞬だけ拮抗した炎はそのまま尻尾を業火に包み消失させ、奥の路地へ飛来するとコンクリートで出来た壁に着弾し、爆発的な炎を撒き散らしながら近くにあった自転車やガードレールを纏めて融解する。
想像を絶する温度と爆風がもたらした破壊の爪痕に優衣は呆然と見ていることしか出来なかった。
『あの者が怖いか?』
エリマキトカゲが不意に優衣に向かって問いかける。
『出来れば我々とてこのような破壊を行いたくはないのだ。許してやって欲しい』
好きでやっているわけではない。その言葉にも優衣は何も答えられなかった。
いや、彼女にとって少々失礼ではあるが目の前の破壊などどうでもいい。
問題なのは、今ここで起こっている何かがもたらす強烈な既視感だ。
半分近い尻尾を失った九尾は流石に焦りを感じたのか、光輝に向かって果敢に攻め入るがここは狭い路地裏だ。
身体の大きな九尾は自由に動けず一つ、また一つと光輝の生み出す火球によって尻尾を減らすか身体に空いた穴の修復に消えていく。
放たれた火球はそのどれもが圧倒的な威力でもって周辺に穴を穿ち瓦礫を撒き散らしていて、道路は絨毯爆撃を受けたかのような有様に成り果てている。
九尾の尻尾の間合いには入らず少し遠くから火球を放つ光輝を前に、遂に九尾の尾が2つまで減る。
光輝は貰ったとばかりに再び火球を撃ちこみ、九尾は忌々しげに啼くとなけなしの尻尾でそれを防ぐ。
後1本。これで終りだと再び火球を生み出そう手の平を打ち合わせた光輝の前に、突然白い尾が飛来する。
間合いの外に居た筈の彼が驚きに目を見開くと、その先には己の尻尾を引きちぎり投擲し獰猛に笑う九尾の姿があった。
回避は間に合わず、出来上がっていた中途半端な火球を拳の先端に灯し飛来する尻尾にむけて振り抜く。
今までの中で最大級の衝撃と轟音が閃光と共に巻き起こり、アスファルトは捲れ、電柱に罅が走り、塀は豪快な音を立てて倒れ砕け散った。
まぶしさに思わず目を腕で覆った優衣のすぐ傍に光輝が落下する。
所々服が千切れているがどうにか無事らしい。
すぐに立ち上がると怨念の篭った眼差しで塵に還っていく九尾の姿を見て、握った拳をもう一度打ち鳴らした。
それだけで拳を包んでいた手甲も、羽織っていたパーカーのような上着も消えうせ、変わりに先ほど分かれた時に着ていた制服姿へと装いを変える。
「光輝……それって」
優衣の言葉に、彼は真剣な顔でコンクリートの破片を一つ取ると反対方向に向かって歩き出した。
「話はここじゃない方がいいだろ」
自転車を見るとそちらも保護されていたのか、あれほどの破壊の渦中にあったにもかかわらず傷一つついていない。
言いたい事はあるものの多すぎてぐるぐると回り、結局何も出てこないことに苛立ちを感じながらも優衣は光輝の後を追った。
着いたのは遊具のない、いつか光輝と夜に出会った公園だった。
どっかりと腰を下ろした光輝は盛大な溜息を一つ吐き出すと大きく伸びをする。
先ほどの獣染みた笑みはどこにもない。
「実はさ、俺、正義の味方やってんだよ」
優衣に視線を合わせず、ベンチに座って空を仰ぎながら開口一番そう告げる。
「あれはさ、この世界にいると悪影響があるらしいんだ。それこそ、世界が滅ぶこともあるらしい」
とつとつと語る彼の言葉は、語る内容に反してどこか悲しげで、寂しさを持っていた。
正義のヒーローであればもう少し自分を誇るのではないだろうか。
「色々あってさ、俺はこの力を手に入れた。選んだのは自分で、だから今更後悔はしてない。でもさ、この力ってちっとばかし不便なんだわ」
彼は自嘲気味に笑うと、先ほどの現場から持ち出したコンクリートの欠片を掲げて、ぐっと力を入れる。
拳ほどのサイズのそれは意図も簡単に砕け地面に転がった。
優衣の瞳が驚きに見開かれ、転がった欠片の一つを持って握ってみるが、勿論砕けるはずもない。
「俺さ、正義の味方になってから普通じゃありえない体力や力を手に入れたんだ」
「……いつから、その力を?」
「もう3年も前になるな。中学一年になって少し経ったころのことだよ。目の前に変な化け物が現れて契約してくれだぜ、ファンタジーもビックりだよ」
時期的には優衣と出会ったすぐ後だ。
思わずどうして、と口にしたところで、光輝が遮る。
「どうして言わなかったのか、か?」
少しだけ彼は沈黙してから、照れたように頭をかいて笑ってみせる。
「俺さ、友達少ないんだわ。一緒に話してても冗談言ってくれる奴ってあんまりいないんだよ。こんな外見だし、怖がられるのも分かるんだけどさ。でもちょっと寂しかった。こう育っちまったのは俺のせいじゃない。つーか誰のせいでもない。恨むことなんてできないだろ?」
初めて会う人間が光輝に抱く感情は、余り友好的なものではないのかもしれない。
珍しい赤銅色の髪もそうだが、身長と良い、ちょっと鋭い目つきと良い、品行方正には見えないだろう。
「だから優衣と会った時、割と突き刺さる一言でもずけずけと言ってきてくれて実はちょっと嬉しかった。あぁ、こいつは線を引かないでくれるんだなって。そんな奴は今まで香澄しかいなかったんだぜ。香澄の紹介で萌に初めて会ったときにも泣かれたしな。あれはトラウマだわ、マジで。まぁ、そのあと香澄が萌に色々と言ってくれたのか、こうして仲良くなれたんだけどさ」
優衣はその姿から誰かに線を引かれることが昔からよくあった。だから彼女は誰に対しても線を引かないと決めている。
そんな優衣だったからこそ、光輝の友と成り得たのだろう。
時々何かを懐かしむように、ふっと頬を緩ませながら、なおも彼は続ける。
「だから、言えなかった。俺は普通じゃないんなんてさ」
「じゃあ、部活に入らないのって……」
「加減が出来ないんだ。こんな力はルール違反だろ? 自分で努力するから人は輝くんだよ。与えられた力に胡坐をかいて勝ったって虚しくなるだけさ。自分の化け物具合を自覚してな」
化け物という単語を、光輝は諦めた様に口にした。
「……お風呂の時の言葉って」
思えば修学旅行の風呂の時もそうだ。
彼が漏らした力加減が難しいという言葉は、何年もの間、悩みつくした一言だったのかもしれない。
「本当言うとちょっと怖かった。折れそうなくらい細かったし、でも友達なら背中くらい流すのかと思ってさ。普通でいたかったんだ」
友達の少ない彼は友達が何をするのか、よく知らない。だからそれはきっと、本や漫画で得た知識なのかもしれない。
「もし本当の俺を知られたら優衣や香澄も離れて行っちまうんじゃないかと思えて、柄にもなく怖かったんだよ」
自分が普通じゃないことを知られて、友人が離れてしまうのが怖かった。
誰かと居ることが楽しいことだと知った彼は、それを捨てることができなくなった。
「誰かを守れるだけの力は、自分だけ守ってくれなかったのさ」
強すぎる力は他人を怖がらせてしまう。誰かを守れる力は、裏を返せば誰かを傷つけられる力でもあるから。
以上だ、と告げると、彼は最後まで優衣の目を見ずに立ち上がると背を向けて公園に向けて歩き出した。
「隠し事するのって気力使うのな。なんかちょっとほっとしたわ。……俺から離れても恨みはしないからさ。優衣には迷惑かけないってきめてるんだ」
振り返りもせずに肩まで上げた手を振りながら告げる。
そうして、やっと優衣の呪縛は解けた。
彼の話を聞いてまず初めに抱いた感情が怒りだと知ったら、彼は怒るだろうか、と不意に思った。
おもむろに転がっているコンクリートの欠片を掴むと、後頭部に向けて投げつける。
「ちょっと待てっ!」
クリーンヒットした破片の衝撃にもんどりうって倒れた彼に走ると起き上がるより先にシャツを掴みあげる。
持ち上がることはなかったが光輝は驚いたように目を見開いていた。
「友達が少ないのはボクだって同じだ。"この程度"で離れるわけないよ」
思いもよらなかった言葉に、光輝の顔が固まる。でも、こんな物では終わらない。優衣はその顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。
「それに、ボクも多分同じ魔法使いだから」
一瞬ぽかん、と間抜けに口を開けた後、かつてない大絶叫があたり一面に響き渡った。




