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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
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旅行三日目 農業体験

 翌朝、寝起きの悪い光輝は勿論のこと、優衣も夜遅くに風呂に入ったせいか同室の4人は起き出していると言うのにまだぐっすり眠りこけたままだった。

「なぁ、これ起こすか?」

 同室の長谷川が周りに尋ねるが誰からも返事はない。

 彼等の視線の先には、寝相が悪いのか隣で寝ていたはずが腕を大の字に広げて優衣の布団へと転がった光輝と、その右腕を枕に身体を丸め、寄り添うように寝入っている優衣の姿があった。

 優衣の表情は安心しきった幼子(おさなご)のようでとても高校生には思えないのだが、小さな体躯と相成って酷く似合っていた。

「しっかし、気持ち良さそうに寝てるよなぁ」

 間中の言葉に3人も同感だとばかりに大きく頷くのだが、集合の時間は刻一刻と迫っている。

 優衣は髪を整えるのに準備も必要だろうからもう起こした方がいいだろう。

「で、これどうやって起こすよ?」

 問題はそれだ。

 男だと分かっていてもなお、無自覚な愛らしさを振りまく優衣に触れていいものかと思わせるだけの力がそこにはあった。

 先ほどから耳元で再三携帯のアラームを鳴らしているのだがよほど深く寝入っているのか起きる気配は全くない。

「ここは公正に決めるとしよう。刀と拳と紙によって」

 影人の一言によって4人が気合を篭めて腕を突き出す。負けたのは言いだしっぺの影人だった。

「さぁ、起してもらおうか」

「眠り姫の起し方っていったらあれだな」

「大丈夫、後世の為にじっくり観察しておくから」

「誰がするかっ! おい、さっさと起きろ!」

 勝ったことで好き勝手にはやし立てる3人の前で影人は肩を掴むと乱暴に揺すった。ただし、光輝の方を。

 

 がくがくと激しく揺さぶられたとあってはさしもの光輝も煩わしそうに目を開けるしかなかった。開かれた半眼が4人の顔を一人ひとり眺めてようやく旅行に来ていたことを理解したのか目をしっかりと開いた。

「あぁ……もう朝か」

 欠伸と共に伸びをしようとするが、ふと左腕に重さを感じて隣を見やる。

「珍しいな、優衣が起きてないなんて。おーい、もう朝だぞー?」

 肩を掴んで上半身を持ち上げるとぐずるような声と共に優衣が薄く目を開き、2、3度瞬いた。

 少し寝癖の付いた髪を苦笑しながら隣の光輝が直しているのを見ると、仲の良い兄妹にしか見えない。

「まぁ、そうだよな。普通に起こせばよかったんじゃね……?」

 自然な二人を見た長谷川が今更のようにそう零した。


 着替え終わる頃にはもう時間は殆どなく、慌てて外へと走る。

 今日の空模様は薄い雲が満遍なく広がった曇りで、外に出るとひんやりとした空気が身体を包み込んだ。

 少し肌寒い中でラジオ体操と校歌斉唱をこなして部屋に戻る。

 今日はオリエンテーションの最終日、農業体験と昼食の自炊がある。それが終われば後は学校へ帰るだけだ。

 バイキング形式の朝食を取った後部屋に戻ってから荷物を纏める。

 これからバスで幾つかの農場に分散された生徒は旬の野菜の収穫や梱包を手伝う事になる。


 優衣達が向かったのは程近くにある大きな農場だった。

 盛り上がった土が端から端まで広範囲に何筋も連なり、そのどれもが青々とした緑の葉を空に向かって突き出す様は圧巻の一言に尽きる。

 じゃがいもに大根、人参や玉葱と、ここら一体では様々な野菜を作っているらしい。

 優衣達が担当することになったのはその中でもとりわけ広大な土地を使っているじゃがいも。


 収穫するにはまず生えている茎を地面よりほんの少し上のところで刈っていく作業が必要になるのだが、香奈はまたいつも通り悪戯心が芽生えたのか嬉しそうな声で影人の名前を呼んだ。

「なーるくん!」

 めんどくさそうにしながらも抵抗したところで無駄だろうと諦め、影人はすぐに香奈の隣へと足を運ぶ。

「だから俺は影人だと……あぁ、もういい。なんなんだ」

 胡乱げな目線を送っている影人の前で香奈は地面に仁王立ちすると屈み、じゃがいもの茎を掴んで精一杯引っ張る、フリをした。

 悩ましげな声と共に精一杯引っ張っていますよ、感を演出すると荒い息を吐いて影人に向き直ってみせる。

「いやぁ、ここは力持ちの男子に手本でも見せてもらおうかと」

 そういうと引き抜くことのできなかったじゃがいもの茎をびしり、と指差した。

 また何か企んでいるのだろうと察した影人は鼻で笑う。

「はっ! 俺が引き抜くのは闇から這い出る絶望という名の大剣だけさ」

「それはどうでもいいですから、今は土から這い出る食料という名のじゃがいもを抜いてくださいよー。あれあれ? それともなるくんは闇の化身にして人間のか弱い女の子にも負けちゃうのかなー?」

 だが煽るのは香奈の方が上手だった。一瞬むっとした表情を作った影人は長袖をまくって青々と茂る葉に手を伸ばす。

「土から這い出る食料という名のじゃがいも、か。……悪くないな。百円の最下層を生きる植物に俺の熱い(ソウル)が受けきれるとは思えないが、いいだろう。闇の力を見せてやる」

 見事なまでに手の平で踊らされた影人はそう告げる。

 香奈には先ほどの台詞のどこがいいのかさっぱり分からなかったが、本人がやる気になったのであればそれに越したことはない。

「しっかり踏ん張ってくださいねー。かなりしっかりと埋まっていましたから、せーの、の合図で力の限り引っ張ってください! 手加減なんていりませんよー? 抜けなかったらなるくんのソウルは百円以下ですからねー。」

「百円の(ソウル)になんぞ負けてたまるか」

 畑の盛り土は柔らかい。全力でひけばどうにかなるだろうと考えた影人はおもむろにしゃがみ込み、茎をしっかりと掴むと香奈の合図を待った……のだが。

 

 ……じゃがいもは確かに地中に埋まっているが、茎を抜くのに然程力を要さない。

 地面のじゃがいもと繋がっている根は細く脆弱で、力をかけても千切れてしまうからだ。

 そんなじゃがいもを、力の限り引っ張ればどうなるか。

 散々煽りに煽った結果、影人はやるき満々で香奈の合図を今か止まっている。

「それじゃ、せーのっ! ……はい!」

「うぐぉっ!」

 次の瞬間、言われたとおり持てる全ての力を使って全力で引き抜いた影人は殆ど抵抗を感じない茎に目を見開き、くぐもった悲鳴を漏らして後ろの畑にコントよろしく後頭部から突っ込んだ。

 土が派手に待って周りにいた生徒が何事かと目を丸くして、握られた茎を見て幾人かが小さな笑い声を漏らす。

「何してるんですかー? 人が埋まってもじゃがいものソウルとやらは手に入らないと思いますよー?」

「……誰がじゃがいものソウルなど欲しがるものかっ!」

 髪にこびり付いた土を払い落としつつ、影人は高らかに叫んだ。

「何が深く埋まってるだ! 力なんざ全く必要としてないだろう!」

「えー? じゃがいもを掘るのにそんなに力が要るわけないじゃないですか。まさか知らなかったんですかー? おっくれってるー!」

「な……お前……!!」

 


「相変わらずやってるなぁ」

 言い合っているのだがそれでも一緒に作業しているあたり相性がいいのか悪いのか。

 そんな2人から少し距離をおいて、優衣達4人も分担された範囲の茎を一緒に刈り取っていた。

 出来上がった膨大な緑の山を何度も運び、1時間も経つ頃にはどうにか畑の土がくっきり見えるようになってくる。

 それが終われば後はじゃがいもの発掘だ。茎の近くの土を、じゃがいもの実を傷つけないように注意して掘り返すと大量のじゃがいもがごろごろと土の中から顔を出す。

 一種の宝探しのような作業が光輝と香澄のお決まりを刺激したのは言うまでもない。

 

 一つの茎の周辺からどちらがよりじゃがいもを採れるか。

 勝負が始まった時点で萌と優衣はこっそりとその場を後にした。

 それに気付かず二人はせっせと掘っては言い争いを繰り広げる、不毛な勝負に熱を上げている。

 やれ個数はこちらが多いだの、形はこちらの方が大きいだの、果ては味はこちらの方が良いだの好き勝手なことをいっている。

 どれも同じ畑で取れたというのに、果たしてどれ程味が変わるというのか。そもそも食べてすらいない。

 しかし彼らにとってそんな些事はどうでも良かった。大事なのは如何にして相手を言い負かすかだ。

 が、どちらも勝利を譲らないとなれば後はもう第三者に意見を求めるしかない。

「俺の方が勝ちだよな!?」

「私の勝ちね」

 示し合わせたように声を張り上げる二人の前から審判役をこれまで何度も投げられてきた優衣と萌が姿を消すのは当然といえよう。

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