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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
16/56

旅行一日目 天下一使用人会 閉幕

「いやー、良い物見れました。これが百合百合ってやつですかねー」

 からからと笑う香奈は写真が撮れなかったのが残念だとしきりに零す。

 優衣は今更のように香澄の口車に乗せられとんでもない勝負をさせられていたことに気付き、床に崩れ落ちて凹んでいる。

 一体どうして舞台上であんなことをしでかしてしまったのか。

 もしかしたら会場の視線が集中する恥ずかしさを神経がどこかのタイミングで過負荷とみなし軽減したのかもしれない。

 どちらにせよやってしまったことは戻らない。四籐の生徒が誰もいなかったのが不幸中の幸いだろう。

 そもそも折角の外出に班員全員でメイド喫茶に行こうとする酔狂な輩はいないと思われるが。


「最後は香奈の番?」

 先ほどのひと幕で気力を十二分に回復したのか、つやつやとした笑顔で香澄が香奈に向き直る。

 だが香奈は少し残念そうに笑って誤魔化した。

 みながそれぞれ、どうしたのかと思ったとき、丁度舞台から司会の声が聞こえる。

「以上で今回の天下一使用人会は終了となります! いやぁ、今年はかなりの質がそろいましたねぇ。投票結果がどうなるのか楽しみです!」

「おわり、だと……?」

 影人が信じられないという目つきで司会と香奈を見比べる。

 すっと、香奈が曖昧な笑みを浮かべながら1歩後ろに下がった。弾きだされる回答など一つしかない。

 "自分だけ登録してなかった"


「いえね、これにはちょっとだけ深い事情がありましてー」

 張本人だけは何もしていないなど、散々恥の上塗りをされた面々が許せるわけもない。

「ちょっとちょっと、みなさん目が怖いですよー……?」

 幽鬼の様な有様でゾンビ映画よろしくにじり寄るとそれに合わせる様に後ろへと下がったのだが、不意に足が何かに触れた。

「ぎるてぃ、おあのっとぎるてぃ?」

 香奈の背後でゆらりと立ち上がった優衣がどこかの番組で使われる定番のセリフをぽつりと漏らしながら香奈の行く手を遮っている。

 にへら、と悪魔染みた笑顔の5人が下す決断など、初めから決まっていた。 

「「「「ぎるてぃ」」」」

 

 

 香奈への言いたい放題な説教が終わった頃、メイド部門の投票もまた集計し終わったらしい。

 アピールタイムの為に薄暗くしていた店内に明かりが戻り、舞台上に参加者全員が集められる。

「では初めにバトラー部門最高得票だったのは……やはりというか、老紳士さんです!」

 序盤に見せつけた貫禄は光輝と影人の頑張りでもっても覆せなかったらしい。

 票数が表示されると二位に影人、三位に光輝が僅差で並んでいた。というよりこの三人以外への投票は殆どない独走状態となっていた。

「なるべくしてなった、というところでしょう。三位までの皆さんには後程商品の進呈がありますのでお待ちくださいねー!」

 盛大な拍手と共に1位だった老紳士にメダルが贈られる。

 彼はそれを一礼し受け取るとにっこりとほほ笑んで見せた。

「そして次はメイド部門……なのですが、これはちょっと得票が困ったことになっています」

 投票は登場者の番号を紙に書いて投函するのだが、かける番号は一つと決まっている。

 しかし投入された用紙には優衣と香澄の二人を揃って推薦する物が圧倒的なまでに多かったのだ。

 最後のオオトリに行われたツイスターゲームのインパクトは思ったよりもずっと大きかったらしい。

 一つ二つなら無効票にするのもやぶさかではないのだがこれほどの数が重なってしまうとそういうわけにもいかない。

 悩んだ末に出された結末は同着一位。三位には天使の如き振る舞いを見せた萌も入っていた。

 その決断に会場からは温かい拍手が送られ、長かった天下一使用人会はその幕を降ろしたのだった。

 

 時刻は既に5時を回っており、他の場所を見て回るのは厳しい時間だ。

 光輝以外は飲み物を口にする暇すらなかったのを思い出し、通常運転に戻った店内で着替えた5人とそのままの1人は飲み物を啜る。

 優衣だけはやはり制服を着てしまうと目立ってしまうが故に、今はまだ先ほどの青いエプロンドレスを着たままでいる。

 帰るときは別室で着替え、従業員用の通路を通って外に出られるように取り計らってもらうことになっていた。


 香奈へのお灸は相談の末、ここの喫茶の代金持ちということで一応の決着がついた。

 本人もその程度で済むなら安い物ですねーと了承している。

 本当はもう少しゆっくりしていたかったのだが座席の奥で視線を気にするように縮こまる優衣を見てしまうとそんな気は起きない。

 各々が早々に飲み物を胃に流し込むと今日はこのまま宿泊施設へ戻ることになった。

 振り返ってみれば執事部門も2、3位を取れてしまったし、メイド部門にかぎっては上位独占だ。

 得意分野が重なった幸運のおかげではあるものの、圧倒的な勝率といっていいだろう。

 優衣が店員に連れて行かれ、敷居の奥に消えたことを確認してから、随分と沢山になってしまった商品を持って立ち上がる。

 香奈が机に置かれたオーダー表を手に取り、財布を出しながら料金を確認すると驚いたように固まった。


「持ち合わせがないというのなら貸すぞ。ただし返すまでに戦慄く鼓動の分だけ代償も増えるがな」

 こういった店舗は単価が高めに設定されていることが多い。6人分ともなれば月のお小遣いくらいには達するかもしれない。

「借りないよ」

 だが香奈はむっとしたように、彼女にしては珍しい態度で言い返すと会計に向かった。

 影人は訝しげな視線を向けたが、すぐに溜飲を下げ後に続いた。

 さてはて、いったいどのくらいの金額になるだろうかとレジの文字に注目するものの、525と数値が打たれたきりで進まない。

「これ、全員分?」

「そうですよ。参加者の方はワンドリンクサービスなんです」

 朗らかな店員さんの言葉に4人は言葉を失った。一方香奈は隠しもせずにほくそ笑んで見せる。

「あれー、だってほら、店内のポスターにも書いてるじゃないですかー」

 会計の後ろに貼られた1枚の案内ポスター。来たれ必殺の使用人という派手な謳い文句の脇に、小さく参加者ドリンクワンサービスという文字が躍っていた。

「ではこれでお灸もおしまいですねぇー」

 あっけらかんと言い放つ香奈に向けて、4人は声を揃え「してやられた」と叫ぶのだった。


 裏口からでてきた優衣が他の5人と合流すると、香奈以外がしょんぼりと項垂れているのを見て目を丸くする。

 結局彼女は自分の代金だけでお灸を回避したことになり、お灸の意味は欠片もなくなってしまった。

 が、いつまでもしょぼくれていても仕方あるまい。

 山の近くだからか、紅に燃える街並みをしばらく歩けば6人はいつもと変わらずに他愛もない話を続ける。

 頭上からはカラスの伸びきった鳴き声が響き渡り、長閑な夕暮れを演出していた。

「逢う魔が時か……早く戻らねば魔物に出会いかねん」

 のんびりと歩いていたところに影人が相変わらずの厨二病的言い回しで時間を警告したみせる。

 魔物というのは生活指導を務めるの体育教師のことだろう。

 言動のせいか何もせずとも絡まれることが多かった影人はあからさまな苦手意識を持っていた。


 6時までには宿に戻って報告しなければお説教コースは避けられない。が、時間はまだ少し残っている。

 ほんの少しだけ急ぎ足に変えて施設に向かっていると、ふと見覚えのある燕尾服が交差点で信号待ちをしていた。

 すぐ隣に立った優衣が見上げてみると、やはり先ほどの老執事その人だ。会釈をするとあの柔和な笑みを浮かべて深く腰を折る。

 年上の相手から向けられた敬意に思わず慌てふためいていると丁度信号が変わった。

「気をつけて帰りなさい。御嬢さん方4人は可愛いから特にね。少年2人も、こんな可愛らしい御嬢さんと肩を並べて歩けるのは今の内だけだよ。しっかりとエスコートして上げなさい」

 颯爽という表現以外は見つからない、完璧な去り方だった。まるで映画のワンシーンのようでさえある。


「いやぁ、あれは凄いな。もしかしたら良家に仕える本物の執事さんかもしれないぜ」

「馬鹿な、必殺技持ちだというのか……!」

 盛り上がっていた一同だったが、その中で優衣だけは自嘲気味に乾いた笑みを浮かべて凹んでいるようだ。

「どうした?」

「今の人……御嬢さん4人って、言ってた……。制服なのに」

「あぁ……まぁ、良くあることさ。スカート姿も見てるんだし、勘違いすることもあるって。……ていうか、初対面だったら制服でも勘違いする自信が俺にはある」

 事実、宿泊施設で同室になった長谷川も優衣の事を男子制服を着た女子と思い込んでいたのだ。

 優衣の姿を初めて見た相手ならば、たとえ何を着ていたって女性だと勘違いされるだろう。


 四籐学園にはこんな噂も存在する。優衣が性別を間違えられる確率は約350%。

 初対面で間違われた後、3回目までは間違えられる確率が100%。4回目にしてようやく覚えてもらえる確率が半々の50%しかないという意味である。

 それ以前に周りが気付いていないだけで、現在は女性化しているのだから、間違われたという表現自体がおかしいことになるのだが優衣の思考はそこまで届かない。

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