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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
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旅行一日目

 週末の買物を終え週が始まるともうオリエンテーションが始まる。

 まずは貸しきった8台の高速バスにより、三百十数人が4時間ほどかけて山間にある学校向けの宿泊施設に運ばれていく。

 軽く2度目の自己紹介をしたり、添乗員の地域にまつわるガイドを聞いていると4時間はあっという間だった。

 お昼丁度、定時で到着したバスから降りると山の中だからか、空気がひんやりとしている気がする。

 陽は高くから照り付けているというのに然程暑くは感じない。

 大きく深呼吸をすれば篭った空気のバスの中にいたせいか緑の香りを含む新鮮な空気が瑞々しく感じられた。

 しかしゆっくりしている暇ない。流れるように宿泊施設の中に入ると二階は男子、三階は女子と二手に分かれる事になる。

 部屋は6人一組で、作った班の中で適当に回す事になっていた。

 丁度2つの班を合わせれば6人になるので班の番号を上から2つくっつけて作っている。

 ただ作られた班は7つなので必然的に余りが一つ出てしまい、優衣達の班は他クラスの、同じように余ってしまった班と合併して1つの部屋に収まることになった。


 ひとまず部屋に大きな荷物を置くと息を付く暇すらなく食堂へと集められ、昼御飯が配膳された席に座らされる。

 既に広い食堂には近くの山で取れたという山菜にこれまた近くの畑で取れたという野菜をふんだんにつかった懐石料理が所狭しと並んでいた。

 学校の旅行にしてはかなり豪勢な作りだ。

 もしかしたらイベントとして予定されている農業体験の農家から収穫時の労働力の対価として多少安く仕入れているのかもしれないというのは邪推だろうか。


 何はともあれ美味しい食事が食べられるというのであれば文句はない。

 頂きますの音頭と共に優衣はまず牛蒡の煮付けに箸を伸ばす。

 一緒に入っている人参とアスパラがどうしても地味な印象になってしまう煮付けを華やかに彩っていた。

 早速牛蒡を一口齧れば、染みこんだ醤油と砂糖のほんのりと甘い味が素材にしっかりと染み渡っていて手間をかけて煮込まれたのがすぐに分かる。

 歯応えを適度に失っていない牛蒡は本来の素材の味も不思議としっかり残っていて噛めば噛むほど味がじんわりと染み出すのだった。

「おぉぉ!」

 隣では光輝も同じ物を食べて感嘆の吐息を漏らしていた。

 こうみえて光輝は和食好きで、特に歯応えのいい食べ物が好物だったりする。

 中でも牛蒡はお気に入りの食材で、優衣のお弁当に牛蒡を使った料理があろうものなら横からさらわれていくのが常だった。

 他にも牛の陶板焼きに山菜の天ぷら、高原野菜を使った一品料理などどれも味のレベルは高い。

 けれどその中で唯一天ぷらだけは優衣の箸が伸びずにいる。

 

「やっぱり揚げ物は残してるのか」

 それを隣からひょいっと光輝が摘んで持っていく。

 から揚げくらいなら何とかなるのだが、優衣は豚カツや串揚げ、天ぷらといった油料理が大の苦手だった。

 体質に合っていないのか美味しい料理であっても悲しいことにすぐ気持ち悪くなってしまう。

「なんか人生損してる気がする」

 摘んでいった天ぷらに塩を少しつけて美味しそうに頬張っている隣の光輝に恨みがましい視線を送りつつ箸をおく。

「なんだ、もういいのか?」

 料理はどれも小皿に盛られているのだが、学生向けとあってか料亭や旅館などよりも一品の量はずっと多かった。

 元が少食の優衣からしてみれば並んでいる料理は普段のお弁当の倍近くはあるだろうか。

 バスに揺られ頭や身体を使った訳でもなかったため、御腹が空いていない彼女にとって食べきれる量を越えている。

 それをいい事に余ったおかずを残らずさらっていく光輝をみて、もう一度同じ台詞を零すのだった。

「やっぱり人生損してる気がする」

 

 自慢の山の幸をふんだんに使った料理の後は30分ほどの休憩が取られ、各自荷物整理と腹ごなしの後に講堂へ集合する手筈になっていた。

 部屋に戻ればまだ多少の時間があったので、優衣達はろくに会話も出来なかった同室の生徒と暫く雑談を行う事にする。

 他のクラスということもあるが3人のうち1人を除いてどれも見覚えのある顔だった。

 小学校から9年間も生活していれば誰かしらどこかで見たことがあるのである。

 3人の男子はそれぞれ長谷川瞬(はせがわ しゅん)井上俊也(いのうえ としや)間中真(なまか しん)で、長谷川だけは外部組みで3人にとってもこうして話をするのは初めてだ。

 簡単な自己紹介の後にやはり話題になったのはちょこん、と座っている優衣の事。

 四月に外部から入ってきた長谷川は当初優衣の事を男子制服を着た珍しい女子と思っていた。

 それが間違いだったと気付いたのは班分けの時に詳しい話を持ち上がり組に聞いた時だったという。

「にしても珍しいよな、日本人なんだろ?」

 艶やかな髪をおっかなびっくりといった様子で一束掴んだ彼が感銘を受けたかのように撫で付けている。

「隔世遺伝なんだって。昔にボクみたいな髪色の誰かが居たんだと思うよ」

「へぇー」

 隔世遺伝。俗に言う先祖返り。どういう理屈からか、ご先祖の因子が世代を超えて受け継がれる不思議な現象だ。

 地域によってはそれを霊的なものとして崇めることもあるらしい。

 確かに黒髪の両親に色の違う子どもが生まれれば感銘を受けることもあるかもしれないし、神託と思うこともあろう。

 ……現代では浮気を疑われる可能性が高いかもしれないが。

 ただ優衣の知る限り祖父母、曾祖父母、高祖父母の代にこのような髪をした人物はいなかった。

 だからもしかするともっと古い遠い血筋から流れてきた遺伝なのかもしれない。


「隔世遺伝、だと……!」

 そして当然というべきか、影人がキーワードに反応を示す。

「そうか、お前も世界の咎を受け継ぐ者か」

「いや、受け継いでねーだろ……」

 光輝が半眼で指摘するが香奈程の切り替えしにはなっておらず影人の反応は薄い。

 そんな影人の様子を見て他の3人は納得したように手を打った。

「馬鹿な、貴様もまたラグナロックの咎を背負うというのか!」

 唐突に長谷川が立ち上がり、窓枠に身体を預け気だるげに外を眺めている影人を指差し慄く。

 それに驚いたように影人が瞳を見開いた。

「くっくっく……今更気付いたというのか、長谷川。いや、トール神が0番目の子にして秘匿の園へ匿われし破滅の雷……雷王と呼ぶべきか!」

 長谷川の背後からまた一人の人影が立ち上がった。胸の前で組まれた腕の内、片方を顎に当てると不敵な笑みを浮かべ距離をとるとずばし、と顎に当てられていた指を長谷川(雷王)に向ける。

 これが男子高校生的なノリによって生み出されるカオス空間。

 生成されたカオスはカオスを呼び込み迷い込む哀れな犠牲者(優衣と光輝)すら巻き込んで終わりなき迷宮と化す。

 講堂への集合時間が来て部屋を出る前の間に光輝はイフリートの転生、優衣は失われた皇国で戦場を指揮していた姫ということになっていた。

 勿論意味などあろはずがない。

 それを大真面目に30分近く語り合っているのだからノリというものは怖い物だ。

 後で頭を抱えてごろごろしたくなるかもしれないが。


 全ての生徒が余裕を持って収まるほどの大きさを持つ講堂に集められると、まずはこのオリエンテーションの趣旨が学年主任から話される。

 流石に慣れているのか要点だけを箇条書き風味にまとめて話すので時間は取らない。生徒がだれることを知っているからだ。

 続けて行われるのは校歌の練習である。

 学園の校歌は小中高で別々に作られている。去年まで歌っていたものはもう使うこともなく、新しいものを覚えなければならない。

 オリエンテーション一日目は校歌を覚えること。

 勿論ただ練習しろと言ったところで生徒が真面目に歌うとは思えない事くらい教師も予想済みだ。

 だからこそ班毎に分かれ、歌詞を通して間違えずに歌うことが出来れば残りの時間は全て自由時間となる飴が与えられている。

 この施設が有しているグラウンドで遊ぶのもいいし、報告さえすれば班全員でという制約はあるものの外にも出れる。

 一足先にお土産を見て回るのもいいだろうし、知らない町をただ歩くだけでも刺激にはなるだろう。

 今はまだ1時半、30分ほど練習した後に1回でパスできれば6時までの4時間近くを自由に過ごせるだ。

 少なくとも締め切られた部屋の中でだらだらと歌の練習をするよりずっといい。


「40分で支度しな!」

 解散した後は班毎の練習の為に場所をとった光輝が開口一番、単位は違うもののどこかで聞いたような台詞を告げた。

 最近は携帯が普及してるおかげで講堂に設置されたFelicaポートにかざすだけで音源をダウンロードできるようになっている。

 これで伴奏などなくともどこだって練習可能というわけだ。

 試験会場は施設内の会議室で、それぞれのクラスごとに行うことになっている。

 優衣や光輝、香澄や萌といった顔ぶれは高校生が歌う校歌を何度か聴いているので問題はないのだが、外部組みはそうはいかない。

 光輝がバランスよく振り分けたのも下手に偏って教えられる人が居なくならないように配慮した結果だ。


 歌詞と楽譜は生徒手帳の最後に乗っているのでまずダウンロードしてきた音源を各自再生してメロディを掴む。

 単調な曲調だから歌うことはさして難しくない、問題となるとすれば歌詞の暗記の方だろう。

 何度も諳んじて歌詞をメロディに対応させると頭の中に刻み込んでいく。

 影人も香奈も暗記は苦手でないらしく、20分ほどで短い歌詞を暗記しきってしまった。

 挑戦の前に一度通してみるか、という光輝の意見に一同が頷く。

 携帯から聞こえるmidi音源からなる軽い伴奏に合わせて口を開くと各々の特徴的な声が他の班の声に混ざり合いながら講堂に響いた。


「お疲れ様、早かったわね」

 割り当てられた部屋で、ICレコーダーから流れる実際の伴奏を録音した物に合わせ、特に間違いもなく歌いきると審査をしていた音楽の教師が名前を確認しつつ紙に合格の丸印を付けていく。

「でももうちょっと協調性があるといいかしら」

 光輝は声量が大きく目立つのだが所々の音を外している。

 萌と優衣は声は綺麗で正確なのだが声量が小さく他の人に埋もれがちだ。

 香澄は独特というか、まるでお経のように抑揚が乏しく淡々という二文字がこれ以上ないほどマッチする歌い方をする。

 逆に香奈は抑揚がありすぎて大仰なオペラのようでもあった。

 一方影人は特に可も不可もなく……普段の言動と違って一番普通の立ち位置に留まっている。

 何はともあれ合格判定を出されたことで6人の空気は一気に弛緩した物へと変わった。

 審判の対象が音楽教師だったことから少なからず緊張していたのだ。


「どうする? 外に出る? それならこっちで受付ておくけど」

 聞かれるまでもないと光輝が外出を宣言した。

 教師もその流れを予見してか外出用の生徒名簿に印を書き込みながらあまり羽目を外しすぎないこと、高校の看板を背負っていることなど諸処のお決まりを口頭で説明する。

「ちゃんと6時までには戻って班員全員で報告すること。報告が6時までだからそれより少し前には報告に来なさい。いいわね?」

 そして最後に、少し羨ましそうに楽しんでらっしゃいと微笑んだ。

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