クウゲンに黙る皇子ではないってコト。(シグルド視点)
さて、予想より数日早かったが、予想を上回る分には問題はない。
だが、問題はどうやって、この状況を乗り切るか。
「アルム皇子、参られました。」
一斉に広間の大扉に向けられる視線。
あらかじめ、私があそこまで言ったからには、注目せざるを得ないだろう。
さぁ、アル。
舞台はこの兄が整えたぞ。
「フ。」
正装の男に先導される弟の姿を見て、周りにいた誰もが息を呑むか、或いは目を見張る。
黒と蒼を貴重にした鎧を上から下まで纏い、背には蒼の外套が靡く。
その後ろに静々と控える二人は、黒い肌と丸い耳。
ダークエルフと獣人・・・亜人か?
二人とも礼服の正装ではなく、鎧姿だ。
「兄上、お久し振りです。」
周りの視線が目に入っていないかの如く振舞う弟に、兄としては笑みがこぼれそうになるのを耐えるのに必死だ。
「あぁ、元気そうだな。皆になにやら説明したい事があるとか?」
少々わざとらしいか?
「えぇ、カーライル。」 「はっ。」
カーライルと呼ばれた先導の男は、私に一礼すると朗々と説明を始めた。
「リッヒニドス太守代理兼副太守のカーライルと申します。以後、お見知りおきを。」
そう前口上の後の説明はとどまる事なく、よどみなく進む。
現在の政策に始まり、それにより発生する利益、その利益を更に運用した改革計画の内容。
素晴らしいのは黒字だけではなく、赤字も説明する点。
そして、それをすぐに黒字転化する政策の説明という突っ込みの入れにくい点だ。
「以上、次にリッヒニドスにて結成された騎士団についてです。」
一気に言い切ったな。
皆に動揺が広がっている間に、有無を言わせず事実だけを淡々と。
「それについては皇子から。」
「うむ。今回の騎士団設立についてだが、規模はごく小さなもので団員数は五十名前後。兄上が采配を振るう近衛第一師団の半数以下。」
規模の問題から入ったか。
「目的は私の命令だけでなく、個々の判断で必要な時に民の為に動く集団。基本的にそれ以外で動く事はないと思って頂きたい。」
あからさまに翻意ありとは誰も言わないが、目的・規模共に特段問題はない。
貴族の中には、私設の兵団を持っている者も多い。
彼等の規模とそう大差ない。
「ちなみに。今、私の後方に控えている二人は、その一員。」
ここできたか。
辺りがざわつく。
それはそうだ。
ダークエルフに亜人、そんな人種を入れている者は貴族達の中でも皆無だろう。
私としてはアルらしいとしか、言いようがないが。
この話に反対の考えの者が多数いるせいか、貴族達の中からは様々はざわめき声が聞こえてくる。
中には、『ダークエルフ如きが騎士などと・・・。』という声も聞こえる。
「あ。」
「殿下。」
シュドニアも気づいているようだ。
皆はよく平気だな。
アルが"殺気を放っている"というのに。
完全に怒ったな、アレは。
アルは我慢強いし、常に温厚だ。
だが、怒らせるとその怒りはなかなか治まらないんだ。
「今、なにやら如きと聞こえたが。さて、では諸君等に一人一人聞いてみるとしようか。諸君等がどれ程ダークエルフや亜人という種族の事を知っているのか。」
む、止まらないな、コレは。
まぁ、良いか。
私に向けられているわけではないし。
「まさか、森に住んでいる肌の黒い耳の尖っている或いは、獣の如き耳がある種族というだけでは終わらないはずだ。それ程彼女達の種族に関して博識だから、そう述べたのだろう?」
ここで皆、ようやく自分達の首を自分達で絞めている事に気づき始めたか?
「まさか、皆、ダークエルフや亜人がどういう種族か知らずに反論しようというわけではあるまい?その根拠を提示してもらいたい。」
狼狽するような表情、或いは困惑する表情で、皆一様に視線をアルから逸らし始める。
『しかし、人と違う種族に皇族の命を護らせるなど・・・なぁ?』
・・・終わったな。
"殺気"にすら気づかない危機意識の低い貴族など、ヴァンハイトには不要だとは思うが、そういう輩は何より自滅していくものだ。
「信用がならんと?たかが外見の違いで?外見なぞ、同じ人間同士でも違うというのに。ならば。」
アルが自分の腰に下げた剣を剣帯から外し、床にほおり投げる。
「それを確かめてみればいい。誰かその剣で私を刺せ。何、罪にも問わんし、私は第二皇子だ。皇政にはなんら影響は無い。そうすれば彼等の種族が如何に忠義に厚いかわかるぞ?まさしく身を以ってな。」
ニヤリと不敵に微笑むアルの怒りが完全に頂点に達したのが、誰の目にも明らかになったというところか。
「さぁ、どうした?」
こうなると、逆に皆が哀れに思えてくる。
「それとも、この者達が女性だからダメなのか?女性の騎士の武は男と比べて劣るとでも?」
話題を変えた瞬間の皆のほっとした表情・・・甘いな、こんなのでアルの怒りが解けたら何の苦労もない。
一番簡単な方法は怒らせない。
次は、治まるまで延々顔を合わさないように逃げ続ける。
その証拠に・・・。
「女だから武に問題があるとかなら、試しに私と今から戦ってみたり、する?」
アル達の後ろからひょこりと顔を覗かせる影。
「姉さん・・・。」
天を仰いだシュドニアの顔が引き攣っているのが、手に取るようにわかる。
止める前に出会ってしまったか・・・投了だな。
国内最強のバルド・グランツに師事し、直弟子のエスリーン・グランツ、シュドニア・グランツの支持。
そして第一皇子の私の支持がある時点で、もはや正攻法・・・いや、力尽くでも邪魔は出来ないだろう。
武や知は後天的にある程度の取得が可能だが、"人を得る力"だけは全くどうに出来ない、運というべき才能。
これだけは私はアルに一生かかっても勝てないだろう。
そういう意味では、先天的にアルは皇王としての器を持っている。
「さて、もはや誰も異論はないな?アルム、そのままの姿勢で日々励むがいい。」
私に今出来るのは、このアルの為に用意された舞台の幕を下ろすだけだった。




