ゐとする兄は弟想いというコト。(シグルド視点)
「これは由々しき事態だとも取れます!」
「されど、意有りとも言えませんな。現にリッヒニドスは近年稀に見ぬ好景気とか。」
議論は開始からこんな調子で遅々として進んでいない。
私は別にこれに関して、全く何とも思わずただ眺める事に徹している。
貴族達が、自分の既得権益を守る為に様々な事を並べ立てるのは何時もの事だ。
今回のそれは、些か趣きが違うが。
「何を以ってそれを証明するのだ!」
「殿下はどう思われますか?」
「ん?」
自分達で答えが出せない問題の答えを私に求める・・・と。
いや、しかしだな・・・。
「多少は気分がいいな。」
「は?」
「今までこのような場で一切話題に上る事のなかった弟が、今や話題の中心。皆を見ると如何に我が弟に興味がないのか良くわかる。」
・・・ふむ。
この程度で黙り込まれても困るのだがな。
「正直に言おう。私は"皆、何を今更。"と思っているよ。」
我が弟程、人の言葉に、人の心に敏感な者はいない。
「我が弟、アルムはずっと変わらなかった、何一つな。昔から強くて聡い子だった。だから、いずれこのようなになるとも。」
それに気づかなかった者、期待せずに無視し続けた者が、今更何を言ったところで手遅れだ。
「つまり、こうなったのは当然の事。アルムはずっと諸君等を見続けていたという事だ。諸君等と違ってな。」
恐らく、今のアルムにとって誰が敵で、誰が味方かというのは、手に取るようにわかる事だろう。
「と、言っても、これ以上議論しても詮無き事。いずれ結論は出る。」
「と、申しされますと?」
「まだ説明しろと?あぁ、皆はアルムの事を知らなかったのだな。優秀な我が弟の事だ、早々にこちらに来るだろうさ。」
並み居る貴族達が唖然としているのを必死に隠しているのがわかる。
それ程、この国でのアルムの存在は薄いという事実の証明。
だが、今日からそれも変わるだろう。
少しいい気味だと思う私は意地が悪いだろうか?
いや、兄として可愛い弟を見守り、味方になるのは当然の事だ。
逆に何が悪い。
アルが初めて兄の私に宣言し、決意を持って成し遂げようとしている事なのだから。
第一、兄としての贔屓目を除いたとしても、アルの努力は充分に評価されるべきものだ。
「それはそれで、実に楽しみですねぇ、殿下。」
「?・・・シュドニア卿か。」
一人だけ場違いに明るい声が聞こえたと思ったら、彼か。
「こっちが面白そうな事になっていると聞いて、戻ってみれば。いや、実に面白いですねぇ。」
緊張感の欠片もない声と、独特の口調は何時になっても変わらない。
彼は昔から、面白い事、自分に興味のある事以外は、全く視界にすら入れないタチだからな。
「本当に何時も楽しそうだな、君は。」
「殿下。皆さんも気づいていらっしゃらないかも知れませんが、アルム皇子が殿下の弟であると同時に、"ウチの弟"でもあるんですねぇ、コレが。」
そうだった。
彼は、シュドニア卿と貴族姓ではなく名前で皆に呼ばれているが、それはとある人物と明確に区別する為だ。
「そうだったな、失念していた。君は"グランツ"だったな。」
「はい、ですねぇ。」
シュドニア・グランツ。
我が国最強のバルド・グランツ。
その数少ない直弟子であり、"グランツ姓"を名乗る事を許された男。
つまり、彼は"アルの兄弟子"になるわけだ。
「まず、ウチのアノ師匠に師事して弟子になり、且つ今までそれに耐えられてる時点で非凡ですねぇ。あ、別に自分が天才とかって言ってるワケではないですからねぇ。」
国内で見向きもされなかったアルを唯一評価しているのが、国内で一、二を争う注目を受ける"グランツ一門"というのが、何とも皮肉で滑稽だな。
「会うのが楽しみですねぇ。何せ最後に見かけたのは、師匠のトコに弟子入りした直後のこーんな小さい時なんですねぇ。」
シュドニアが自分の腰下を手で示す。
しかし、この黒の長髪に銀の瞳の痩身の優男が、国内随一の双剣の使い手とは、誰が思うだろう。
「姉上も喜ぶ事でしょう・・・。」
あはは、と軽い笑い。
ちょっと待て。
「姉上というとエスリーン卿か?」
苦笑を浮かべ頷くシュドニア。
なんという事だ!
それはマズい、非常にマズい。
というか、何故、この男はそんな重大な事を平然と言ってのけるのだ?
いや、元々そういう男だったか。
「なんとか姉上の行動を阻止出来ぬか?」
無駄だと思いながらも、そうシュドニア卿に聞いてみる。
「できたら、とっくに一門の誰かが殺ってるでしょうねぇ。」




