98話 冒険者ギルドだぞっと
冒険者ギルドはファンタジーの代表のようなものだ。異世界ファンタジーでは、身元不詳の人々に身分証明書を与えて、戦闘技術を教えてあげたり、宿屋や武器屋の割引に、税金は源泉徴収という極めて優しい組織なのがテンプレだ。スパイや反乱分子なんか、あの世界にはいないのだろうね。
なぜか国以上の力を持っていたり、戦争は冒険者たちは手伝わないという、地元民も街を守るために戦えない厳しい規則があるパターンもある。まさしくファンタジーの組織だ。きっと妖精さんが経営しており、不思議パワーで冒険者ギルドは存在しているとみーちゃんは考えています。
これが現代ファンタジー『魔導の夜』では、どういう扱いになるか? というとだ。
「はい、ここに保護者の印鑑を押してもらってね。あ、次の窓口は32番よ」
「はぁい、ありがとうございます、お姉さん」
様々な申請やら、保護者の許可、身元を証明するものを提出しないと冒険者にはなれないのでした。
冒険者ギルドはお役所だった。まぁ、国営なので当たり前だが、綺麗なビルを一棟丸ごと使い、受付がいくつもずらりとある。保険課とか、住所登録とか……うん、実際にお役所です。役所の一部なんだ。現実だとこれが一番管理がしやすいんだろう。
もちろん、魔物の解体や依頼成功の窓口は違う。併設してある体育館のような場所だ。ここは依頼人や、依頼を受ける冒険者、あと普通に一般人も役所なので、様々な申請に来ている。
酒場は残念ながら併設されていない。ドリンクバーがあるかと思っていたのにがっかりだ。暴れる冒険者もいない。そりゃそっか。戦えるから、イコール荒くれ者というわけじゃないもんな。特にこの世界の凄腕は貴族だし。
そして、酒場がない。おわかりだろうか? ゲーム的なパーティー編成はオーディーンのお爺ちゃんたちだけとしか組めない可能性が高くなりました。
みーちゃん軍団は大人たちでいっぱいなので、おどおどと役所に来て、現在は冒険者になろうと登録申請中。そうしたら窓口のお姉さんが親切丁寧に、たらい回しにしてくれるので、笑顔で頭を下げて、てこてこと素直に移動する。
「保護者の印鑑だって〜」
「簡単になれないんだね〜」
狐耳をへにょりとへたらせて、玉藻ががっかりして、ホクちゃんたちも意外だったと、意気消沈している。俺も同じくがっかりだ。証明書必要なのね。
計画性のない子供たちである。10歳の子供たちなので、これぐらい抜けているのは当たり前だった。前世の歳? 夏の淡い思い出だ。数には数えないよ。
ちなみに伯爵家にあった『変装』の指輪をみーちゃんは装備しており、どこにでもいる黒髪黒目の少女に見かけは変装している。これは正体を知っている人間には、いつものみーちゃんに見えるので、実に重宝している。回復魔法使いは貴重だから、変装していないと善人、悪人問わず囲まれちゃうらしいぜ。
「ママは身重だから、そっとしておきたいんだ。保護者の印鑑はお爺ちゃんに貰おうかな」
「お祖父様とは、その………お父様と仲が良くないのでは?」
「ん? 風道お爺ちゃんは、結局遠くの離れに住んでいるよ。たしかにあまり仲が良くないかな。でも、そっちじゃないよ」
闇夜が気まずそうに聞いてくるが、たしかに父親と冷戦中だ。たびたび顔を出す風道お爺ちゃんのおみやげのクッキーをカリカリ食べつつ、その話し合いには参加はしていないみーちゃんです。教育に悪いらしい。
まぁ、話し合いをする程度には仲は修復したのかな? 正直、よく分からないし、そ~ゆ~話は口を挟まないことにしている。当事者でないと分からないことがあるだろうしね。みーちゃんは大人なのだ、えっへん。
俺は大事に育てられているのだ。父親をハグして、お仕事大変だねと甘えたり、母親が無理しないように、子犬たちと一緒にガードをするのが娘の役目なんだ。あと、良い子でいることは当たり前だよね。母親のお腹は日に日に大きくなっており、気をつけないといけないのだ。
なので、風道お爺ちゃんではない。他の人に頼ろうかなっと。
キョロキョロと見渡すと、少し離れた場所に立っているおっさんにぽてぽてと近づき、紙を見せてお願いを口にする。
「マティーニのお爺ちゃん。ここに印鑑ください!」
「誰がお爺ちゃんだ、誰が! 俺はまだ32歳だし、そもそも印鑑を押すわけないだろうがっ! 俺、護衛をクビになっちまうよ!」
「パパとママにナイショは駄目ですか?」
「駄目に決まってるだろ。ちゃんと話し合って、印鑑を貰いな。今日はそうさね……一般人も入れる廃棄ダンジョンなら良いだろうよ」
マティーニのおっさんは、まだまだ若いと叫び、呆れた顔で金剛お姉さんが、俺の頭をコツンと叩く。まぁ、そうだよな。黙って、冒険者にはなれないよな。
これは美少女ジョークだ。今日は諦めるよ。ところで気になることを言うね、金剛お姉さん?
「一般人でも入れる、ですか?」
耳聡く聞いた闇夜が金剛お姉さんに問い掛ける。うん、俺も気になった。どういうことだろ。
「ん? 数カ月前から、廃棄ダンジョンを使った企業が現れてね。そこは一般人に大人気らしいさね」
「廃棄ダンジョン……。ダンジョンコアが破壊されれば、ダンジョンはなくなるのではないでしょうか?」
「闇夜の言うとおりだよ。普通は消えてなくなる。だが、微量なマナが残留しているらしく、ダンジョン跡地の周辺を買い取った企業があるんさね」
「魔物が湧くんだね! 玉藻の力を見せるとき!」
ふわりとフレアスカートを翻して、狐っ娘がやったぁと拳を突き上げるが、マティーニのおっさんたちは苦笑で返してくる。
「んにゃ、作物がよく育つ。家庭菜園にぴったりらしいぞ。虫も湧きにくく、手もかからないで、作物が育つという触れ込みだ。実際にそうらしい。しかも、その作物は僅かにマナが込められているから美味しいらしいぜ」
「なぁんだ。家庭菜園かぁ」
がっかりへんにょりする狐っ娘の耳をサワサワと触りつつ、俺も少しがっかりだ。狐耳は触り心地がとても良い。尻尾も触っていいかな?
「やってみりゃ面白いんじゃないかね?」
「そうそう。自分が育てたスイカとか、美味いぞ〜」
「家庭菜園のスイカは見事に実はなるけど、甘くないって聞いたことあるよ!」
スイカを育てるのは簡単だと聞いたことあるんだ。簡単に育つけど、まったく甘くないらしい。食べる時がっかりすること請け合いである。
「そういや、そんなことを聞いたことあるね。まぁ、普通よりかは簡単に美味しく育てることができるってやつだろ」
「併設して、炊事場もあるらしいぞ。バーベキューとかできるとか」
「おぉ、ソレは良いね、みーちゃん!」
「バーベキューバーベキュー」
「美味しいお肉〜」
落胆していたホクちゃんたちは、マティーニのおっさんの言葉を耳にして、すぐに機嫌を直して抱きついてくる。冒険者は今日はおしまいらしい。バーベキューかぁ、楽しそうだ。
外という開放感の中で、炭火でお肉をジュゥジュウ、野菜を焼いて、タレをつけて食べるのだ。やりたくなってきた。皆でワイワイと楽しくなりそうだ。
「でも、あんまり儲からないのでは?」
コテリと首を傾げて、闇夜が歳に似つかわしくない発言をする。たしかにダンジョンの跡地を買い取って家庭菜園なんか儲からない………あ、それって………。
「まぁ、本格的な農園にせずに、家庭菜園として貸し出す程度の広さだから儲からないだろうね。ベンチャー企業が始めたらしいよ」
「私知ってる! パパのレストランのお話! えーと、えーと、なんか売り上げアップ? なんか共同で始めたらしいよ」
「お〜、みーちゃんのおうちが経営しているの?」
「なんか、なんか……なんか?」
よくわからないやと、美羽はその愛らしい顔を顰めて、コテリと小首を傾げる。一見すると、家庭菜園とレストランは結びつかないのだが、結びつくんだ。
うーんうーんと、頭を悩ますみーちゃん。玉藻たちも、みーちゃんの悩みを共有するべく、うーんうーんと考え始める。絵画にすると、可愛らしく悩む美少女たちだ。その様子をうっとりとした顔で、闇夜が頬を押さえてスマフォで写真を撮っている。最近、カメラを趣味にし始めた闇夜ちゃんだ。
この世界の良いところの一つはモブも可愛らしいんだよ。顔面偏差値が女の子は極めて高いんだよね。モブの男はフツメンなのは、女性だけ可愛くしとけば良いだろうという考えが透けて見える原作者のせいである。なので、闇夜が撮影したくなる気持ちもわかるんだ。アルバム作るらしいから、今度見せてもらおうかな。
とはいえ、そんなほのぼのとした空気を破るべく、推理したぞと俺がふんすと口を開こうと思った時に、そいつは現れた。
「イメージアップの一環ですよ」
俺たちの集団に物怖じせずに声をかけてきた者がいるので、振り返って声の主に視線を向ける。
「簡単な話です。ダンジョン産の野菜は高価です。市場に出回っているのは成長促進の魔石を使い育てられた作物ばかり。味は普通である魔石製の促成栽培に比べると、ダンジョン産はびっくりするほど味が良いんです。ただ金額は恐ろしく高いので、平民ではなかなか手が出ない」
丁寧な物腰で語りながら、みーちゃんたちへと近づいてくる。名探偵みたいな出現の仕方である。
「廃棄ダンジョンの土地を利用した『ガルド農園』では、狭い土地を使い家庭菜園のレンタルをしています。彼らは収穫できた野菜にはマナが込められており、美味しいと口にします」
俺たちが話の続きをきいていると、人差し指を振りながら、気分よく語ってくれる。
「鷹野ファミリーレストランチェーンは、収穫できた野菜を、バーベキューで食べながら美味しいと喜ぶ人々の光景を広告にして盛んに宣伝をしているんです」
うん、知ってる知ってる。
「自分たちで育てた野菜です。苦労した分美味しいと喜ぶのは当たり前ですが、それはマナの込められた土地のお陰であり、農園も同じ土を使っているので美味しいですよとアピール。そのうえで、安価なメニューが売りですと宣伝をしているため、赤字経営だったのが、今は黒字に戻ったんですよね?」
なんだか含みのある言い方に、カチンと……いや、本当のことなので、無邪気にコテリと首を傾げて、みーちゃんは声の主を眺める。
「あぁ、失礼しました。僕の名前は神無シン。偶然にも皆さんに出会えたので、ご挨拶をと思いまして声をかけさせていただきました」
視線が集まったことに気づき、爽やかな笑みを見せて、黒髪黒目の男の子は美羽たちへと挨拶をしてくるのだった。
その目は如何なる幻影魔法も見抜く『虚空』の光を宿していた。
……嘘です。小説でシンの能力を読んだことがあるんだ。モブな美羽になんのようだろうね。




