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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
4章 元服パーティー

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96話 計算をする愚か者

 聖奈は元服パーティーにて聞いた事柄を口にした。即ち、シザーズマンティスのスタンピードが発生した際の、勝利の呟きについてだ。


「『鉄蜘蛛』が起動したことに、粟国家の嫡男が驚いていたと?」


 初耳であった宰相たちが、聖奈の発言に顔色を失い騒然となる。起動したことに驚くのは変な話だ。警備に当たっているはずの鉄蜘蛛が起動したことに驚くということは、その者は本来は鉄蜘蛛が動かないと考えていたからである。


 騒然とする大人たちを前に、聖奈は胸に手を添えて真剣な顔で皆を見渡し、堂々たる態度で話を続ける。その姿は10歳には見えない立派なものだ。海千山千の大人たちを前に、怯む様子は微塵もない。


「はい。私も最初は意味がわかりませんでした。しかし、その後に勝利さんは『神無公爵の企みがこんなことで潰されるとは』とも呟いていたのです」


「なんてことだ………。それでは粟国公爵は神無公爵の企みを知っていたと言うことか。でも、その嫡男は迂闊すぎないか? いや、そもそも重要な作戦をまだ10歳の子供に伝えるのか?」


 信長が顎に手をあてて考え込む。今回の作戦はそれだけ秘匿性の高いものだった。成功すれば、皇帝の威信は大幅に下がるのだが、いつもの謀略とは少し違う。少しでも関与していると疑われるだけでも一巻の終わりの作戦だったのだ。


 何しろ数万人の被害が出る可能性があったのだ。相手を陥れるいつもの宮廷内闘争とはレベルが違う。


「そりゃ、この会議に出席している俺たちみたいに、英才教育の一環で教えられたんじゃねぇか?」


「いやいや、おっさんたちがダベる会議とはレベルが違うよ。今回の騒動は、決して周りに見つかったら駄目なタイプだ。たとえ公爵でも、降爵じゃすまない。お取り潰しになるレベルだよ。子供が聞いて良い話じゃぁないねぇ」


 長政の言葉を皇帝は片目を瞑りながら否定する。あり得ない話だ。粟国公爵だって、タダではすまない。


「そうですな。ふむ……この話はどこかおかしい。とすると……」


「こりゃ、あの粟国のやんちゃ坊主は関係ないか、絶対に証拠を残さない支援を神無公爵にしてたか、だね」


 重々しい声音で王牙が唸り、呆れた表情で龍水公爵が推測を口にする。


「関係ない、ですか? えっと、それならばなぜ息子の勝利さんは知っていたのでしょうか?」


 不思議そうにする聖奈へと、手をひらひらと面倒くさそうに振りながら、龍水公爵は周りも聞こえるように話し始めた。


「粟国公爵家ってのはね、炎を司る家門なんだよ。爆裂系統は戦闘力が極めて高いから、軍にも武士団にも家門の人間が多くいるんだよ。それに所有している管理ダンジョンは鉱石などの資源採掘用でね、鉱石採掘用ダンジョンはゴーレムなどの硬い敵が多いが、炎の魔法で駆逐して、多くの鉱石を採掘している。この意味がわかるかい、聖女の嬢ちゃん?」


「え、えーと………、あ、その、………粟国公爵家はお金持ちなんですね!」


「そうだよな! 粟国公爵家は金があるよな、婆さん」


 うーんと銀髪をキラキラと靡かせつつ、聖奈は頬に人差し指をつけて考えを口にする。可愛らしい聖女の推測は単純なものだった。長政も大きな声で同意の声をあげる。


「あぁ、そうだね。金持ちだね。あいつの家は金持ちだよ、まったく」


 僅かに目を細めて、フンと鼻を鳴らし龍水公爵は肩をすくめた。ハズレと言っている呆れたようなあからさまな態度に、聖奈はしょんぼりとした顔になり、違うのかよと、大柄な体格の長政は困惑した表情を浮かべた。


「私はわかりましたよ。龍水お婆さんは、こう言っているんだよ、長政。粟国家はそれだけの財も武も所有している割には、いまいち政界ではぱっとしないとね」


 至極真剣な表情で、信長は推測を口にした。たったあれだけの内容ではあったが、指し示すものにピンと来るのは、次代の皇帝に相応しい明晰ぶりだった。


「あん? ………そういえばそうだな。軍部でも政界でも粟国家って、強い権力は持っているけど、筆頭にはいねえな、なんでだ?」


「ウドの大木かい、あんたは。皇族としてもう少し頭を働かせな。そこまで考えなしにするんじゃないよ」


「え? で、でもよ、婆さん。俺だけじゃねぇよ。こんなのわかりっこねえって、な、聖奈?」


「はい、長政お兄様。私もさっぱり意味がわかりませんでした。えっと、どういう意味なのでしょうか?」


 龍水お婆さんに怒鳴られて、長政はうぅと顔を引きつらせて聖奈を巻き込む。もちろん聖奈もわからなかった。さっぱり言っている意味がわからないと、無邪気な笑みを浮かべてみせる。


「図体だけじゃなく、もう少し頭を働かせるんだね。粟国家はいまいちパッとしない。本来は筆頭争いをしても良いんだよ。だが、今のところは神無公爵が筆頭だ。おかげで神無のアホは調子に乗って、皇帝に取って代わろうとするぐらいになっちまった」


「粟国公爵家は、大きな賭けに出ないのですよ。常にリスクマネジメントをしっかりと考えるために、大きな利益を出すことはない。堅実なタイプなので一番厄介とも言いますが、政界で筆頭を取るには、堅実なだけでは駄目なのです。どこかで少なからず賭けに出なくてはなりません」


「王牙の言うとおりだよ。一番の忠臣でも、どこかのおっさんに睨まれるとわかっていたのに、ぎりぎりまで回復魔法使いを囲って、政界に大きな影響を拡げたりするもんなんだ。おっさんの親友なのにね〜」


 ジト目を向ける皇帝の視線に、どこ吹く風と王牙は受け流す。常に権力を保つには、それぐらいのことをするのは当たり前だった。魑魅魍魎が蠢く政界では、ただ実直なだけでは駄目なのだ。皇帝の忠臣は権力も必要なのである。


「燕楽の小僧はその点でリスクを取らないんだよ。小さな賭けに小さな利益。まぁ、だからこそ多くの資産はあるし、ある程度の権力を持っているのに、汚い仕事が噂になることもなく、隙がない相手なんだけどね」


「お婆さんの言うとおりだよ〜。恐らくは勝利君の呟きは燕楽君からのメッセージだ。神無公爵が企んでいたことだぞ、証拠はないけどね、と。面倒くさい遠回しのメッセージだよねぇ」


 再び疲れたように、皇帝はぐでっと体を傾ける。貴族社会は本当に面倒くさい。豪放磊落と呼ばれている粟国燕楽でも、このようにわかりにくいメッセージを送ってくる。もう少しストレートに伝えてきても良いと思うのだがと、おっさんはうんざりとした顔になってしまう。


「なるほど、そうなると勝利さんの呟きは、やはり『お父様の執務室の前でたまたま聞いた』というスタンスだったのですね」


 言わずとも、そういうことなのだろうと聖奈は理解した。父親に密かに指示を出されていたのだろう。偶然を装って、何かしらのメッセージを伝えるようにと。


 本来、執務室の前で盗み聞きなどできるわけはない。防音はもちろんのこと、高位貴族は魔法を警戒して様々な対処もしている。たとえ、息子といえど盗み聞きなどできないのだ。たまたま盗み聞きできるのは、フィクションの中だけの話であり、現実では用心深いのだ。


「勝利君は子供らしからぬ頭の良さだとか。そういう腹芸ができる子供かぁ〜。信君の将来が大変そうだねぇ。おっさんは陰ながら応援するよ。今のうちに皇帝になっておく?」


「あと、10年は皇帝にはなりたくないので、頑張ってください。自分の側近作りと地盤作りにはそれぐらいは必要ですよね?」


「やだやだ、うちの子も安全運転だよ、誰に似たんだか」


「アクセルを踏み続ける妹よりはマシですよ」


「ぶわっはっはっ! 上手いな兄貴!」


「むぅ、酷いです。私の車は安全運転ですよ」


 皇帝たちの親子の丁々発止のやり取りを横目に、龍水公爵は説明を続ける。 


「燕楽の小僧は、あのパーティーで神無のアホの作戦がうまくいった場合に、自分の利益が出るようにとも動いていたはずだよ。コウモリよりも酷い男だ。どちらにも尻尾を振らないのに、どちらの勢力にも食い込めるようにしているんだからね」


「これ以上、今回のことで神無公爵を探っても無駄だというメッセージでもあると思うよ。これ以上は、まったく情報は入らなかったんだろう?」


「戦車大隊長が戦車の火を落としておくようにと、神無公爵から『お願い』されたらしいですが、『命令』ではありませんでした。そのため、軍の記録にも残っておりません」


「パーティー前後から、帝都の情報屋の多くが姿を消しています。どうやら我らは後手であったようです」


 重臣たちの報告には、神無公爵が関わっていた確実な証拠はない。言い逃れができるような話ばかりだ。推測だけで罰するには、公爵家は大きすぎる存在のために、これ以上はパーティーの件を追うことは無理だろうと、誰もが苦い顔をする。


 恐らくは全ての証拠を処分した後だ。小さな証拠も掴ませないために、情報屋を一掃したのが、その証拠に違いない。


 まさかの勘違いを皇帝たちはしてしまった。どこぞの神様たちの暗躍とは考えもしなかった。しかし、無理もないだろう。タイミングが良すぎたのだから。


「仕方ないねぇ。まぁ、次の仕事を多少邪魔してやろう。彼は油断できない相手だ。少しでも力を削っておきたい。ね、聖奈君? 次はどこだっけ?」


「はい、お父様。名探偵さんの推理では、飛行試験及びドルイド狩りをするだろうとのことです」


 当然ながら聖奈たちは、勝利の推理は粟国家のメッセージだと考えてしまう。そして、全ては神無公爵の悪辣な悪巧みにも繋がっていると想像してしまっていた。


 まさか、別世界から転生してきて、しかもこの世界を小説として知っている相手だとは欠片も思わない。転生者が関わっていると気づいた者は病院に行った方が良いだろう。それだけ頭のおかしい話なのだ。


 なので、謀略に慣れすぎている面々は、極めて真面目に明後日の方向に考えを向けることになってしまった。


「ドルイドか……。放置されている東京もそうだけど、ドルイドたちもそろそろなんとかしないといけないと思ってたんだよ。王牙君、君の息子がそろそろ留学から帰ってくるんだろう? これからの武士団を率いるためにも、箔付けにはちょうど良いんじゃないかな? うちの長政と合わせて遠足に連れてってよ」


「分かりました。では、神無公爵に気づかれないように、少数の精鋭で向かわせます」


「うん、よろしくね。あ、あんまり危険なことはさせないようにね。嫡男が死んで恨まれたくないし」


「気をつけるようには言っておきます。とかく若いうちは功績を求めるものですから」


 軽い口調の皇帝へと、王牙は真面目な表情で頷く。その答えに満足して、刀弥皇帝は真面目な顔に変わると周りを見渡し、重々しい口調へと変えて指示を出す。その姿は正しく人の上に立つ日本の頂点の男であった。


「では、これからも貴様らの活躍に期待する。余が信を置く者たちは有能だと信じているゆえ、任せたぞ」


「ハハッ!」


 皆が頭を下げて、この秘密の会議は終わるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法の言葉「ロキのせい」
[良い点] これはまさか「メッセージ…?」 10歳にして何という政治力…!
[一言] あっこのこ。腹グロとかじゃなくて、真っ黒な汚泥が人の形をして白無垢にされた感じのナチュラルサイコでは?たぶん、共感が欠落してるし、自己愛的なのもほとんどない感じ
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