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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
4章 元服パーティー

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95話 計算違いの愚か者

 ここは日本魔導帝国の天空の城。建前上は皇帝陛下が住むと言われている。その帝都の空を支配する皇城内のとある会議室にて、皇帝を筆頭に重臣たちが円卓を囲み、会議をしていた。


 天空の城で行われる会議は極稀だ。なぜならば、会議室に移動するのが極めて面倒くさいからである。天空の城は、始祖である織田信長の張った結界で守られており、地上に設置してある転移陣以外での入城は不可能だ。そして、転移陣は地上の宮殿奥に設置されている。


 どういうことかと言うとだ。ひたすら歩かないといけないのである。まず宮殿奥まで移動するのに、長い距離を歩く。さらに転移してから、幾つもの扉を通って、会議室まで向かわないといけない。しかも多くの階段を上らないといけないオマケ付きだ。


 3回ぐらいまでならば、訪れた際に感動する。歩くと波紋を残す不可思議なる床や、魔法の付与されたシャンデリアは、炎ではなく取り付けられた宝石で部屋を照らし、調度品一つとっても、一生遊んで暮らせるだろう価値がある物だ。外を見れば、帝都が一望でき、この城の素晴らしさに感動する。


 しかしながらそれも3回ぐらいまでだ。最初の一回で飽きた者もいる。正直、エレベーターが欲しい。いや、せめてエスカレーターがあればと、愚痴を言いながら皆はイヤイヤ天空の城の会議室に訪れるようになるのだった。


 移動するのに、極めて面倒くさい施設であるが、それでも使われるのは、見栄えだけではない。あらゆる監視魔法を無効化するため、防諜が完全であるところだろう。本当に誰にも聞かれたくない会議は天空の城の会議室で行われるのである。


 常ならば、地上の会議室を使用する。重要案件を話し合うと、最も防諜に優れた会議室で行うのだが、それでも周りに漏れることも計算に入っていた。だが、天空の城の会議室は本当に誰にも知られないようにするために存在する。


 集まった者たちも、皇帝が本当に信頼している重臣ばかりである。高位貴族では、龍水公爵と帝城侯爵。他に伯爵レベルが3人揃っている。円卓は12人が座れるが、半分近くの席は空いていた。


 しかし、彼らこそが皇帝の信頼する者たちであった。貴族全体で見ると、僅かな人数だ。だが、皇帝が心から信頼できる者たちと考えると、多いと考えても良いかもしれない。忠臣は同じ体積の金よりも重く、得がたいものなのである。


 彼らは精神防御や耐毒の魔道具を常に身に着けており、魔法や自白剤の影響を受けない。自らが口にしなければ、この会議室で行われる情報は決して漏れることはないのだ。


 それだけ信用されている重臣たちも愚痴を言いつつも、余程のことがない限り使われない会議室で行われる会議なので、必然顔は真剣な表情であり、引き締まっていた。


 元服パーティーから一ヶ月半、ようやく情報が集まり、情勢も落ち着いてきたために、この会議が開催できる運びとなっていた。


「陛下。懸念事項であった元服パーティーの騒動における臣民の反応ですが……お喜びください。支持率はうなぎのぼりです。平民を守りきった軍、武士団、そして癒やしの魔法を惜しげもなく使ってくださった聖奈様、さらには再度のパーティー開催と、人々はさすがは帝国、素晴らしきかな皇帝陛下と、その頼もしさと太っ腹なところに、喝采を博しております」


「であるか」


 宰相が読み上げる報告に、重々しく皇帝である弦神刀弥は頷く。ただ頷いただけであるのに、その威圧とカリスマにより空気はピンと引き締まる。名刀のように切れ味鋭い目つきに、口元は自信に溢れている。身体は中肉中背ではあるが、剣聖と呼ばれるに相応しく鍛えられており、まさに皇帝この人ここにありといった男だ。


 常に万人の前でいる皇帝の姿である。地上ではそうだった。誰もがひれ伏す日本魔導帝国の頂点に立つ者だ。


 だが、天空の城では違う。


「本当ですか〜? おっさんを責める臣民はいない?」


 ベタンと机に頬をつけて、皇帝は気弱な発言を口にする。先程までの威厳は欠片もない。そこらへんにいるうだつのあがらないおっさんがそこにはいた。立ち飲み屋で一杯飲んで、グダっているおっさんだ。


「陛下、あまり子供たちに見せてはいけない姿かと」


 もう少し威厳を持ってくれないかなと、宰相は重臣たち以外で、この円卓に座っている者たちへと視線を向ける。


「私はまったく問題ありませんよ。父上がそのような態度をとれるほどに信頼している方々がいらっしゃるのが羨ましいです」


「俺も問題ねぇな! 親父が情けねぇのはガワだけだかんな! 騙される奴が哀れにならぁ」


 15歳ぐらいの若い男が、輝くような虹色の髪をかきあげて、キラリと白い歯を光らせる。優しげな二枚目だ。ナルシストっぽい男だ。もう一人は茶髪の頭の13歳の男の子だが、その背丈は既に180センチを超えており、ごつい体格に角ばった顔と、猛将みたいな男である。


「お父様のそのような姿もかっこいいです。尊敬いたします」


 最後の一人は、誰あろう弦神聖奈だ。ニコニコと優しげな笑みで、両手を合わせてパンと鳴らす。無邪気な笑みにはまったく裏は見えない。


「信くん、長政君。君たちもう少し父親に優しくしてよ。聖奈ちゃんは優しいねぇ。本当、娘って良いよね」


 おっさんは感動だよと、うぅと嘘泣きをする皇帝。


「優しい聖奈の周りが一番騒がしいようだけどね? 粟国の息子と組んで私兵を作ろうとしているらしいじゃないか」


「まぁ、信長お兄様。私は困っている人たちを助けたいと思っているだけです。私兵だなんて……酷いです。お友だちです。お友だち!」


「それにしては魔法使いの孤児ばかり集めているようじゃないか。用意周到に粟国家をカバーとして。平民は助けないのかい?」


「それは平民の孤児さんたちは、えぇっと、舞羽? さんが助けているので、邪魔したくないんです」


 真っ白な頬を赤くして、抗議する聖奈。その姿を見て、信長と呼ばれた男は頬杖をつき、嘆息する。


「父上、こいつはまだ10歳ですよ? それなのに行動が酷すぎます。家庭教師の交代と、粟国の息子と会うことを止めさせませんか?」


「う〜、酷すぎます! 家庭教師の皆さんは優しいですし、勝利さんは、私の……その……デリカシーが足りませんよ、信長お兄様」


 キャッと照れるその可愛らしい姿を見ても、ジト目をやめない信長。そして、呆れる周りの面々。


「信くん、聖奈ちゃんの言っていることは正しいよ。家庭教師の皆は政治的な思想を伴う内容は教えていない。まともなんだ」


「あぁ、そうなんですか………。元々こうなんですね。もっと酷かったのか」


「それに粟国公爵家の嫡男とデートするのは、父親としてはハンカチをムキーとやりたいほど悔しいけど、政治的には良いと思う。金の面でも、問題が表面化した時にもね」


 頬をテーブルにくっつけて、怠惰なおっさんは、僅かに鋭い視線となり、その声音が冷え冷えとしたものに変わる。


「情勢は複雑だよ。様々な手を用意しておくのは悪くない」


「それはわかりますけどね。私は継承権を争うようなことはしたくありません」


「俺もだ、兄貴! そもそも俺は皇帝になぞなりたくないからな!」


「私だって、お兄様たちを支えるために頑張りたいと思います。そのために勝利さんと手と手を取り合って頑張る所存です!」


 はぁ〜と、深くため息を吐く虹色髪の男の名前は弦神信長。昨今では珍しい全属性の使い手である。弦神家の長男で継承権第一位の男だ。聖属性は残念ながら回復魔法に適性はなく、不死者を倒す浄化系しか使えないが、他の属性を高度に使いこなす。久しぶりの全属性ということで、信長の名前を継いでいることもあり、期待されている。


 もう一人は次男の弦神長政。地属性にしか目覚めなかったが、その分、最高レベルの土魔法と身体強化魔法を使いこなす、将来は確実に軍か武士団入りする男である。


 教育のためにも、皇族の三人は出席を許されている。ちなみに后妃は政治にまったく興味はないので、欠席である。


「そこはしっかりと信君が手綱を持つんだね。妹一人御せないなら、皇帝にはならないほうが良い」


「そうですね、信長お兄様! もしも皇帝になるのがお辛いなら、悲しいですが、私……頑張ります!」


 皇帝としての在りようを教える刀弥皇帝に、聖奈は悲しげに瞳を潤ませて、兄に悲愴の覚悟で告げる。皇族として、頑張りますと。


「護衛は増やしておくことにします、父上」


 愛のある妹の言葉に感動して、信長はニコリと微笑み返してあげる。感動的な兄妹のやり取りだった。信長が半眼になっていなければ、もっと感動的だったかもしれない。


「麗しい兄妹愛はそこまでにして、で、なんでパーティーはあんなことになったんだい? 作戦では鷹野嵐を排除するだけだったはずだよ?」


 とはいえ、そういったやり取りをできるほどには、兄妹は仲が良いと、皇帝は皮肉げに笑うと話を戻す。


 伏せていた頭を持ち上げると、椅子にもたれかかり、遊びは終わりだと皇帝は重臣たちに問いかける。本来の元服パーティーは、36家門の一つである伯爵家の当主に相応しくない嵐を排除するだけのはずであった。皇帝として、嵐の無能ぶりは見過ごせないものであり、かつ、芳烈の娘を放置することもできなかったのだ。


 伝え聞くだけでも、この日本最高の回復魔法の使い手になる可能性があるにもかかわらず、下級貴族などの娘にしておくつもりはさらさらなかった。


 皇族と貴族の支配体制を盤石にするためには、平民たちから現れる強力な魔法使いは取り込む必要がある。平民たちに自分たちで国を運営できるという希望を持たせるわけにはいかないのだ。


 殺さずに取り込む。貴族へと成り上がれる希望を平民たちに見せつける意味もある。常にパンドラの箱の奥には偽りの希望が隠れているのである。


 なので、今回は嵐の排除、そして芳烈の当主就任を基本として、作戦が練られていた。馬鹿な嵐は簡単に誘導できたので、全く問題はなかった。


 作戦は上手くいき、多少の変更はあったが、鷹野美羽を高位貴族に取り込むことには成功した。それは良い。問題は他のことである。


「あたしらはそのつもりだったよ」


「申し訳ありません。まさか神無公爵があれ程のことを起こすとは予想しておりませんでした陛下」


 気まずそうに龍水公爵は、皺だらけの顔を顰めて唸るように答え、隣に座る王牙は謝罪の言葉を口にする。


「………まったく神無公爵がすることの手がかりすらも、手に入れることができなかったのかい?」


「神無公爵が自分の権力を拡大するために、何かを行うとは思っておりましたが、せいぜい警備の隙をついて、小さな騒ぎを起こすだけかと予想しておりました。まさか『ロキ』や『ソロモン』を用意するとは……周到に何年もかけた作戦であったのでしょう」


「そのことですが……陛下。間違いなく神無公爵が関わっているのでしょうか?」


 重臣の一人が恐る恐る手を挙げて質問してくるので、刀弥はポリポリと頭をかき、顔を顰めさせる。


「それがわかったら、もう神無公爵は破滅しているよ。神無公爵だけじゃない。他の組織も一枚噛んでいるだろう。だが、全部の組織を相手にするようなことはしない。皇帝の支配体制を崩そうとする一番を相手にするしかないんだ。皇帝って、本当に大変だよねぇ」


「だけど、神無公爵が関わっている証拠は何個か見つかっているんだ、確かな証拠じゃないから、推測の材料にしかならないけどね」


 疲れた顔になる皇帝の話を継いで、龍水公爵が苦虫を噛んだ顔になる。確かな証拠が手に入らないことに苛立ちを隠せない。


「おっさんたちは、揃いも揃って、愚か者の訳だ。でも、神無公爵を捕まえることはできなくとも、用心することはできる。ね? 聖奈ちゃん?」


「えっと、皆さんのお役に立てるかはわかりませんが、私の手に入れたお話についてお話しします」


 皇帝に話を振られて、真剣な顔になり聖奈は口を開くのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  今にして思うと、ここから2人も裏切り者が出ているんですよねぇ。  皇帝、結局は洞察力とか人望とか足りないんだなぁ。
[一言] 長政が帝家の名前として「アリ」になってる辺り、 この世界だと姉川発生してないな……? 後明智家の扱い的に本能寺は起きてるけど切り抜けたか 聖奈さんが完全に原作の鬱フラグへし折りムーブなんだ…
[一言] 平民たちに自分たちで国を運営できるという希望を持たせるわけにはいかないからこそ、覚醒ガチャに失敗した貴族指定が放逐になる文化なのでしょう。 それだけ、貴族は魔法使い(魔法使いは必ずしも貴族で…
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