94話 聖奈のお願い
大好きなヒロインに褒められる。ゲームとかではない。画面をタッチすると反応してくる電子の存在ではない。本物の人間だ。現実化したヒロインが自分を褒めてくれる。
有頂天になって、木にも登る気分の勝利。聖奈がその紅い目に、名探偵を見るような憧れと尊敬の念を宿らせて見つめてくる。その様子に勝利は、思わず鼻をぴすぴすと鳴らしながら見つめ返す。
見つめ合う二人。火照ってくる頬。これはもう惚れられているよなと確信を持ち、勝利はニマニマと爽やかだと自称する笑みを作る。
悪いなシン。聖奈がいなくても主人公なのだから、きっと大丈夫だろう。いや、シンの横で仲良く恋人繋ぎをした僕たちが、魔神討伐の手伝いをするというパターンで良いだろう。これなら回復魔法もあるし、シンも魔神に勝てるはず。他のストーリーでは、肝心な時に、なぜかその場にいないか、マナが尽きたり、他の理由で回復魔法を聖奈は使えないので、戦闘に関しては問題はないだろう。
真っ白な肌が赤い聖奈。そんな表情を向けてくる女性は生まれて初めてだった。惜しむらくは、まだ10歳。この状態を将来までキープしなければと、まずは告白して恋人にと、早くも思考が異次元にワープしてしまう勝利。
幼い頃から仲の良い二人。可愛らしい幼馴染から、いつしか異性として意識して、高校生となったら恋人関係へと変わる。そんなお伽噺に憧れていたのだ。前世だって、可愛らしい幼馴染がいたら、不登校のニートになどならなかっただろう。幼馴染は負けヒロインはもう古い。幼馴染は勝ち組ヒロインが最近の風潮だ。
なので強く決意をして、早くも告白をしようと考えて口を開く。
「あ、あの、ぼ、ぼくぼくぼく」
和尚にジョブチェンジした自称神は、肝心要のところで吃ってしまう。ぼくぼくぼくぼくと、エア木魚を叩く擬音を口にするヘタレっぷりを見せつける。
「あっはっは! ねぇ、あんた? 鉄板の熱で顔が火照っているだけだよ。やめときなって」
バンバンと肩を叩かれて、ハッと正気に戻った。
「くっ、わかっている。鉄板は少し熱いですね、聖奈さん」
「ふふっ、鉄板は熱いですね、勝利さん」
誤魔化すように咳払いをし、乱暴に叩いてくる手を振り払い、聖奈へとウヘヘと笑顔を向ける。聖奈は、勝利のセリフにキョトンとした顔になり、口元を白魚のような手で押さえて、上品にクスクスと笑ってくれた。
その可愛らしいヒロインの姿に陶然として見惚れてしまう。最高だ。この娘は絶対に恋人にするぞと、心に固く誓いつつ、肩を叩いてきた奴をジロリと睨みつける。
「魅音、お前は少し黙ってろ、いえ、静かにしてくれませんか?」
ついつい素を見せそうになるが、すんでのところでシンの真似を復活させる。ここで乱暴な言動をするのはマイナスポイントだ。
目の前に可笑しそうに笑って立っているのは、この間、パーティーで出会った孤児の魅音だ。今日は古着のシャツにパンツを着ており、ボーイッシュな格好である。後ろ手にして、勝利を見てくる。
「いや、なんだか難しそうな話してるから、お邪魔したら、悪いかなぁ〜と思ってたんだけどさ、全然あんたは食べないようだし、もんじゃ焼き食べれるの?」
「あん? 僕は庶民の食べ物に詳しいんだよ。こんなの簡単だ」
小さなコテを鉄板でジュウジュウと焼かれているもんじゃ焼きに押し付ける。ジュウと熱されるもんじゃ焼きをヒョイと取ろうとして……なにもコテにはついていなかった。
「うふふ、簡単ですよね、勝利さん」
悪戯そうに、口元を綻ばせながら、聖奈はコテを上手く使いこなし、もんじゃ焼きをひょいひょいと取ると、熱いですねとホフホフと食べる。もんじゃ焼きを食べたことなどないのに、器用なものだ。
「本当に簡単ですよね。少し、ほんの少し……これ、どうやって取るんだよ」
「あははは! 本当に笑えるんだから、坊っちゃんはしょうがないなぁ」
鉄板をカチャカチャ鳴らし、新たなる楽器を発明しようとする勝利に、魅音が笑いながら再びバシバシと肩を叩いてくる。
「それじゃあ、大きなコテで掬ってお皿に乗せてあげるから、箸で食べなよ」
「もんじゃ焼きは小さなコテで食べるのが普通なんだろ? 少し慣れていないだけだ。すぐに慣れる」
「慣れる前に、焦げちゃうよ。はい、どうぞ」
もんじゃ焼きを大きなコテで掬うと、魅音は勝利の小皿に乗せてくれる。その間もニマニマとからかう笑みは変えないので、ムカつく奴だと勝利は思いながら受け取った。
「坊っちゃんは本当にしょうがねぇのな」
「ほんとほんと」
「鈍臭い奴」
店にいる他の子たちもゲラゲラと笑いながら、からかってくるので、殴ってやろうかと勝利は拳を握りしめるが、聖奈の前だとなんとか我慢した。
「ところで、追加を頼んで良いかな? まだまだ食べれるんだ」
「あ? あぁ、好きにしろ。全部奢ってやるから、おとなしくしてろよ」
「やったー! 頼み放題だって! 皆、頼みまくろう!」
「おぼっちゃま最高!」
「俺、ホットケーキ!」
「あたし、トッピング全部乗せ!」
やったと周りの子供たちが歓声をあげて、遠慮なく頼み始める。皆は魅音と同じくツギハギだらけの古着を着ており、貧困層の人に見える。当然だ、子供たちは皆孤児院の魅音の仲間たちなのだから。
「ふふっ、勝利さんは本当にお優しいのですね」
「まぁ、こいつらがいると、庶民の遊びに困りませんから。……食べ物屋への案内が半分以上あるような気がしますが」
やれやれと椅子に座り直す勝利へと、聖奈が可笑しそうに笑ってくる。
魅音たちがなぜこの場にいるかというと、話は少し前に遡る。パーティーが終わったあとに、聖奈が電話で連絡してきたのだ。お願いがありますと。
ヒロインの聖奈からの直電。気分は推しのアイドルから急に電話がきた一ファンだ。なんでも言ってくださいと、スマフォに齧りつく勢いで尋ねると、聖奈はお願いを口にした。
「庶民の遊びを楽しみたいのですが、詳しい勝利さんに教えてほしいんです」
「もちろんです。僕は庶民の暮らしも研究しておりますので、任せてください」
ドンと胸を叩き、自信満々に答えたのだ。前世は庶民も庶民。ド庶民だった。調べなくても、簡単に案内できるはずである。
そうして陰には護衛たちがいるが、お忍びデートを繰り返すことになったのだ。父親の燕楽も楽しんでこいと、ガハハと笑って送り出してくれた。
幼い頃からのお忍びデート。最高である。最高だと思っていた。自信満々に案内をしようとして………魔法のある現代ファンタジー世界を舐めていたことを思い知った。間接的に魔法が関係していた。
それは何かというとだ。チェーン店もあるが、個人店も多くこの世界には存在しているのだ。魔法の力を使いこなしており、食べ物一つとっても、オリジナリティを出せる。魔法の札を使い、無重力状態の球体として浮いているジュースや、中身が熱々の不可思議なるアイス。
商品だって、それぞれ独特の物を商店は売っていたりする。そして、魔法を使った遊びだ。比喩ではなく、本当に火花を散らすベーゴマや、畳ではなく空を舞うカルタ。前世では個人店の多くは潰れ、前世において多様化する遊びに押されて廃れた遊びも残っていた。しかも魔法の力を持って。
まったく前世の記憶が役に立たず、オロオロと平民地区でどうしようと慌てる勝利は、たまたま通りかかった魅音を目敏く見つけて買収して案内をさせることにした。
以降のデートでは、案内役として魅音を勝利は使っていたのだ。聖奈はせっかくのデートなのにと、嫌がるかなと恐れたが、召使いを雇うのは当然ですよと、まったく気にしない笑顔を向けてくれたので安心した。高位貴族にとっては、召使いは空気みたいなものなのだろう。
魅音は遠慮なく、どんどんと仲間を増やしてくるが、勝利にとっては問題はない。端金だ。聖奈との邪魔をしてこなければ、どうでも良い。
笑顔でメニューを片端から頼む魅音たちを見て、肩をすくめて、聖奈に向き直る。勝利の視線に気づいて、魅音がニヒヒとウィンクをしてきたが、モブなどどうでも良い。ヒロインには敵わないのだ。
「勝利さんは、人望があるのですね」
「いえ、こいつらは雇っているだけです。金に群がる亡者のようなものですよ」
「お金で集められるのも、手腕だと思います。尊敬しちゃいます。……そんな人望のある勝利さんにお願いがあるのですが」
コテをテーブルに置くと、もじもじと聖奈は指を絡めて恥ずかしそうに上目遣いで見てくる。その胸にくる可愛らしさに、勝利は拒否という言葉は持たない。
「なんでも言ってください。聖奈さんのためなら、なんでもしますよ?」
「ありがとうございます。勝利さんなら、そう言ってもらえると思いました。実はですね……お父様にそろそろお友だちを作れと言われたんです」
「僕がいるじゃないですか。それに聖奈さんには多くのお友だちがいるでしょう?」
聖奈は人気者だ。その柔らかな笑みと、癒やされる優しい性格に加えて皇女様だ。今は学校は違うが、小学生時代も人気者のはずである。原作でも昔から人気者だったと描写があった。なので、今更お友だち作り? と、勝利は疑問に思うが、聖奈はどういう意味かを語り始める。
「私のお友だちは皆さん素晴らしい人たちばかりです。優しいし、高潔なお友だちばかりですが……家門の意向というものですか? なんかそーゆーのを考えて行動しちゃうらしいです」
意向って、なんですかねと、コテリと無邪気に首を傾げて不思議そうにする聖奈。聖奈は意味がわかっていないようだが、前世の人生経験がある勝利はすぐにピンときた。ようは利益を考えて、寄ってきているお友だちという意味なのだろう。
勝利の取り巻きだって、同じようなものだ。皆は公爵家の嫡男という肩書に寄ってきている。まだまだ10歳の子供たちだ。無邪気に本当に友だちだと考えている子もいるだろう。しかし、将来はわからない。分別のついた歳になると色々と変わるに違いない。
「本当の友人というわけですか……僕は聖奈さんのためなら、なんでもしますよ?」
「勝利さんとは、大親友です! それに……これからは………キャッ、なんでもありません。でも……他にも作りなさいってお父様が」
大親友と言われて、飛び上がるほどに喜びたい勝利。頬を染めて恥ずかしそうにする聖奈に、これからの先は何なのだろうと、続きを聞きたく鼻をふんすふんすと鳴らすが、グッと我慢する。ガツガツした男は嫌われると聞いたことがあるからだ。
「でも、親友は作りたいと考えて作れるものではないですよ?」
常識で考えて、親友などは作ろうと思って、作れるものではない。そんな簡単なことは勝利でもわかる。
「ですよね……ですので、私も考えました! 孤児の魔法使いなどどうでしょうか? 大人になる前に彼等を助けるんです。良い住まいや、美味しい食べ物を食べさせて、助けるんです。そうしたら、私の本当のお友だちになってくれると思うんですよね。私も孤児の魔法使いさんを助けることができて、とても嬉しいですし!」
「あ〜………たしかにそういうのってありかも」
両手をパンと合わせて、良いアイデアですよねと、興奮気味に聖奈は言ってくる。なるほど、たしかにそのような境遇なら、助けられたら忠誠心の高い者となるだろう。……でも、お友だちってのとは、少し違うような………。
無邪気に困った人を助けることもできますと、嬉しそうにする優しい聖奈を見て、まぁ、良いかなと思い直す。お友だちといえば、お友だちだろう。勝利はどことなく感じた違和感を忘れることにした。なんと言っても聖奈は優しい聖女なのだ。本当に友だちが欲しいのだろう。
「でも魔法使いの孤児って、そんなにいますか? 平民の孤児なら、そこにいますが」
「それがですね、鷹野嵐さんの息子さんが孤児となっているらしいです。悲惨な暮らしに陥っているとか。家宝を盗んだ者の子供なので、親戚筋も誰も引き取らなかったそうです。今後、魔法使い専用の孤児院に預けられる可能性があるらしいんです。でも、とっても強力な魔法使いらしいですよ? 可哀想ですよね?」
「へー、そうなんですか。男ですか……」
聖奈が助ける相手が男かよと、不満げになってしまう勝利。恋人でもないのに、独占欲を早くも発揮していた。
「えっと、それでですね、男の方を側に置くのは私も少し……勝利さんなら良いのですが………なので、粟国家で助けてもらえませんか? 私も様子を何度も見に行きますし。こんなお願い……叶えてもらえませんよね………」
「まったく問題ありませんよ。粟国家の財力はそんじょそこらとは違いますのでね」
男が聖奈に近寄らなければ良いと、力強く勝利は頷く。
「ありがとうございます。それでは二人で困っている人たちを助けましょうね」
「えぇ、二人で助けましょう」
勝利の手を握って、優しい微笑みを見せる聖奈に、柔らかで、温かい手の感触を感じて、ウヘヘと笑い、力強く頷く勝利だった。そうして、孤児となった魔法使いを確保することにしたのである。
後日、相手と顔合わせをして、原作で勝利の取り巻きの一人だと気づいて、驚くことにもなるのであった。




