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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
4章 元服パーティー

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93話 鷹野家の噂

 都心の片隅。綺麗に掃除はされているが、築何十年経っているかわからないお店が住宅街にぽつんとあった。昔からある店であり、趣きがあるといえば聞こえは良いが、たんに古い建物であるだけだ。壁はヒビが入り、元が何色かもわからないほどに、薄汚れている。


 どんな店かというと、店内はやはり煤けた感じがしており、油染みが壁にくっきりと染み付いており、柱の一つ一つがテカっている。鉄板の埋め込まれたテーブルが八卓設置されており、食べ物を扱う店だということがわかる。年季の入った店だが、綺麗に掃除されており、汚さを感じさせないのが、味があるといったところであろうか。


 その店が何を売っているかというと、鉄板の上で焼かれているものを見ればわかるだろう。もんじゃ焼きだ。チーズとカレー粉に麺をトッピングした少し豪華なもんじゃ焼きだ。


 鉄板の上でジュウジュウと焼ける音がして、湯気が上に立ち昇っている。油の匂いが鼻にきて、これは後で服を変えないといけないなと思いながら、鉄板の上で焼け始めたもんじゃ焼きをコテでかき混ぜていた粟国勝利は対面に座る少女から教えてもらった噂に耳を疑った。


「『アネモイ』が奪われたのですか?」


「そうなんです。鷹野家の代々の秘宝である神器『アネモイの翼』が廃嫡された鷹野嵐さんに強奪されたそうです。しかもその夜には、倉庫街の一つで…………あまりお食事の時に話す内容ではないですよね」

 

 力なく小首を傾げて語るのは、『変装』の魔道具で姿を冴えない様子の少女へと変えている弦神聖奈だ。正体を知っている者は、『変装』の魔法は効かずに素の姿を見れる。即ち、磨かれた銀の美しい髪に、紅きルビーのような瞳の、肌は色白でか弱そうな雰囲気を持つ美少女の姿を見られる。


 この世界きっての回復魔法使いにして、日本魔導帝国の皇女であり、『魔導の夜』のヒロインにして、勝利の好みにどストライクの少女だった。前世ではオタクであった。好みの女性のタイプは銀髪紅目のアルビノの美少女であったが、現実にそのような美少女に会える訳もなく、この世界に転生してから、神に感謝をしたりもした。神に感謝をしても、聖属性に目覚めることはなかったが。


「いいえ、気にしないでください。僕の知らない情報を教えてくれる聖奈さんには感謝しかありませんよ」


 シンを真似する男は、フッと笑い気取ったセリフを口に出す。聖女の聖奈に惚れられているかもと、最近有頂天になっている転生者である。この世界の重要な事件を全て知っている自称神は、自分では爽やかだと思っている笑みを聖奈に見せる。最近は殴る蹴るをやめてやった召使いたちは、爽やかだと拍手をしながら褒めてくれるので、間違いなく爽やかな笑みだ。


「ありがとうございます。勝利さんは優しいですね。鷹野夫妻は魔法により、その身体はちょっと言えない様子となっていたとか」


 ニコリと微笑みを向けてくる聖奈の頬は僅かに赤くなっているので、完全に惚れられているだろと、勝利はコテをカチャカチャと鳴らすが、すぐに気を引き締めた。この話は真面目に聞かないとやばいなと、真剣になったのだ。


「犯人は捕まったのですか?」


「いえ、犯人は捕まっていないんです。私はお父様の執務室に立ち寄った際に偶然聞いてしまったんですが、とっても怖い話ですよね」


 『ゼピュロス』の仕業だと、神である勝利はすぐに見抜けた。『アネモイ』は、傭兵である『ゼピュロス』の愛機だ。原作では3巻が初登場であったが、シンを翻弄し、その圧倒的な戦闘能力を見せたものだ。しかも倒したと思ったら、実は分身だったという熱い展開だった。


 原作でも、あれだけ悪逆無道なことをしておきながら、生き残って飄々と貯めた金で世界を渡り歩いていたのだ。


 話を聞くに、だいぶ鷹野嵐というのは無能だったらしい。勝利の脳内で鷹野嵐は、贅肉が山とついた豚みたいなデブで、良いように『ゼピュロス』に誘導されて、『アネモイ』を奪われた愚か者のキャラとして固定された。小説などでよくあるテンプレ踏み台小悪党だったのだろう。


 この間のパーティーでのシンの活躍しかり、今回の『アネモイ』強奪事件然り、原作のストーリーが少しずつ始まっていることに、ファンとしてワクワクと胸を躍らせてしまう。


 『アネモイ』を元に作られた量産型飛行魔導鎧を着た傭兵団。強大な飛行部隊を指揮して、大暴れしていく。そうしてこれから『ゼピュロス』は有名になっていくのだ。気分はまだ人気の出ていない将来の大スターを知っているぞと優越感に浸るファンみたいなものである。


 もちろん『ゼピュロス』は美羽たちが殺して、今は存在しない。しかし、それを勝利は知ることがない。なぜならば、初戦で『ゼピュロス』と嵐は名乗ったが、対峙した金剛たちはその正体が嵐と知っていたので、『ゼピュロス』の名前は武士団に教えなかった。あからさまに偽名なのだから、当然であると言えよう。


 なので、勝利は盛大に勘違いをした。思い込みから無能のデブが『アネモイ』を使用して、護衛たちにあっさりと撃退され、雇っていた『ゼピュロス』に俺が上手く使ってやるよと裏切られて殺される。そのようなテンプレのストーリーだったのだろうと予測してしまった。設定集にも『ゼピュロス』は風来の傭兵としか記載されておらず、元は鷹野嵐だと書かれていなかったからだ。


 『ゼピュロス』は、勝利のお気に入りのキャラの一人だった。極悪非道の悪党であり、勝手気ままに行動をする。主人公であるシンですら、完全には倒せなかった強キャラだ。その悪役ぶりに痺れたものであった。


「『アネモイ』が奪われたのですか………」


 だが、心のどこかで不安と焦燥が生まれて、思案げになってしまう。なぜならば、『ゼピュロス』は悪党だからだ。その仕事は汚れ仕事ばかり。大金を稼いでいたが、その汚れ仕事の中には、暗殺や人攫いなどが存在していた。


 『ゼピュロス』の名前が有名になったのは、原作では東京に住んでいたドルイドたちを数多く攫い、売り払ったからだ。ドルイドたちは自然と共に生きる世捨て人たちのことだ。魔物が徘徊する人が住めない危険地域に住む者たちであり、『植物魔法』という特殊な魔法を使い、様々な薬を作ることができる稀有な存在であった。


 しかも戸籍に載らない、所謂書類上は存在しない人間であった。そのために攫っても罪にはなかなか問われることはなく、悪人にとってはこれだけ都合の良い奴隷候補もいなかったために狙われていた。


 しかし、危険地域に住んでいるだけあって、ドルイドたちは個々の力は強大で、魔物が徘徊するという危険な地形も利用して、侵入者をことごとく撃退してきたのである。だが、『ゼピュロス』は飛行型の『魔導鎧』という利点を使い、たびたび空から強襲して多くのドルイドを殺して、子供たちを攫っていった。


 その働きは、裏世界のみならず、表社会でも知れ渡ることになったのだ。それこそが『ゼピュロス』。暴風の傭兵なのである。


 『アネモイ』が奪われたということは、恐らくはドルイドたちは狩られる運命だ。小説では、『ゼピュロス』って、金に汚い極悪人だなで済んでいたが、現実となると………。勝利はこの間の元服パーティーのことを思い出して、嫌な気分になってしまう。


「いや、だけどシンには必要なことなんだ。あの野生児が仲間になるきっかけなんだもんな」


 冒険者ギルドの荷物運びの依頼を受けたシンは、依頼場所に運ぼうとする。それをドルイドの野生児みたいな少女が襲いかかる。実は荷物の中身は薬で眠らされていたドルイドの小さな子供たちで、奴隷組織に買収されていたギルド員が、密かに売り払おうとしていたのだ。


 それを知ったシンたちは、ドルイドを保護するべく行動を起こし、受け取り相手を護衛していた『ゼピュロス』と戦闘を繰り広げる。なんとか撃退したあとは、ドルイドの子供たちは故郷に帰して、野生児みたいな少女は仲間になり、シンのハーレムの一人になるのだった。わかりやすいストーリーと言えよう。


 だが、子供たちは『ゼピュロス』に親を殺された者たちだ。ただ一言シンに「助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」と礼を述べるだけのモブだった。


 ただ一言シンに礼を言うだけのために、親を殺されて誘拐される存在……。


「勝利さん、どうかしましたか?」


 深刻な顔で考えすぎたのを、聖奈が心配げな表情で声をかけてくれる。まつ毛をぱちぱちとさせて、潤んだ瞳が胸にくる可愛らしさだ。


「いえ、『アネモイ』を強奪した者はどうするのかな、と思いまして」


「う〜ん、たしかにそうですね。私には想像もつきませんが、勝利さんはなにか思いつきますか?」


 人差し指をちょこんと頬につけて、アルビノの少女は小首を傾げて、勝利へと問いかけてくる。うへへと、爽やかだと思う笑顔を見せて、勝利は期待に応えねばと考える。


 野生児の少女の一人いなくても、シンは別に良いだろう。耐熱薬とか作ったりしていたが、基本は毛皮を纏い、これはなにとガウガウと煩く問いかけて、金の存在を知らずにただ食いをしたり、店に並ぶ商品を勝手に持っていくお騒がせキャラだった。


 勝利はあの考えなしの馬鹿である野生児が好きではなかった。好きではなかったと思うことにした。なので、どうせシンは主人公補正で野生児がいなくとも大丈夫だろうと、推測を口にすることとした。


「そうですね………。僕は鷹野家の『アネモイ』のことはあまり知りませんが、空を飛行できると聞いたことがあります。………とすると」


「とすると?」


 キラキラと瞳を無邪気に輝かせて、興味津々の顔を向けてくる聖奈に、どことなく得意げになり、探偵のように勝利はコテを振りながら語る。


「どこかで、試験飛行をするのではないのでしょうか? しかも金になるようなこともついでにするとか……」


「まぁ、それでそれで?」


 身を乗り出すように、勝利の語る言葉を聞いてくれるヒロインに、ますます得意げになり、胸をそらす。


「東京とかはどうでしょうか? あの地域は危険指定区域です。飛行禁止区域でもあります。あそこならば、試験飛行ができるのではないのでしょうか?」


「では、お金になる……というのは?」


 静かな声音になり聖奈がスウッと目を細めて、言葉の続きを待つが、勝利は気づかずにコテを振る。


「ド、ドルイドとかはどうでしょうか? 東京にドルイドが隠れ住んでいるのは有名な話です。あの者たちは裏で高く取り扱われるとか。空から強襲すれば、魔物による邪魔もなく、不意打ちにもなります」


「……そうですか。ドルイド……素晴らしい推理ですわ、勝利さん。お父様に伝えて、対処を致しましょう」


「いやいや、それほどでも。簡単な推理ですよ」


 すぐに聖奈は先程の表情などなかったように、無邪気な笑みでぱちぱちと拍手をして、感激の表情になる。


「随分とピンポイントですのね……」


 ふふっと微笑み、小さく呟いた聖奈の言葉は勝利には届かなかった。推理でもなんでもない、他人が聞いたら当てずっぽうにも程があると怒り出す推理を聞いても、聖奈は柔らかな微笑みで勝利を褒め称えるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] バカを利用しようとしているように見えるし、転生者ぽい気もするけど、それならこんなにも付きあってあげる必要もないか。
[一言] 聖女様こそ随分ピンポイントに情報交換してませんかね? 勝利君「転生者が自分以外に居る」事を想定してるんだから「それが一人とは限らない」という想定もするべきでは???
[一言] 聖女さんって腹黒なのね。 勝利をうまく利用してる感じがする。
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