91話 召使いさんたちを助けるぞっと
お屋敷は全焼しているかと思いきや、特に問題はなさそうだった。2割ほど瓦礫になってはいたけど、燃えてはいなかった。やはり火事ではなかったらしい。
品の良い洋風の庭園をグーちゃんに乗りながら通り過ぎて到着すると、多くの人々が目に入る。見るにどうやら死人はいなさそうだ。
「誰か、血が止まらないんです!」
「助けてやってくれ!」
「この傷では、もう……」
肩を押さえて泣き叫ぶメイドさん、倒れてうずくまる警備兵、今にも息を引き取りそうな血だらけの執事さん。阿鼻叫喚の世界で幼い美少女には極めて教育に悪そうな環境だけど。
うん、どうやら間に合ったようだ。大丈夫大丈夫。HPが1でもあれば大丈夫。一般人さんは心臓が停止していても、まだ大丈夫。
他の人々が悲惨な光景に、悲鳴を上げる中で、一人安心して平坦なる胸を撫でおろしていた。非難を受ける空気を読まない美少女ちゃんだが、安堵するのは回復魔法使いだからだよ。空気を読まずに、癒やすことができちゃうんだよね。
「鷹野家当主鷹野美羽です!」
『範囲小治癒Ⅱ』
ピッチャー代わりまして、鷹野美羽。今日はリリーフで登板します。ハキハキとした口調で就任のご挨拶と、まずは地面に転がされて動かない人々に治癒魔法をかけちゃう。灰色髪が魔法の発動によりふわりと靡き、幼くも美しい顔を魔法の光が照らす。幻想的な光景と共に、重傷によりピクリとも動かない人々を純白の魔法陣が覆う。
ふわりと淡い光と共に、皆の傷が癒やされていく。お腹が裂けている人や、肩から身体を引き裂かれている人。たぶん風魔法の一撃で致命的な重傷を負った一般人だろう。
癒やしの光により、皆はみるみるうちに治っていく。光に包まれたあとには、引き裂かれていた腹は傷跡一つないお腹に戻り、肩から分断されていそうな人はぴったりと身体がくっつく。
「うぅ……なにが起こったんだ?」
「わ、私は身体が……あれ?」
「夢……だったのか?」
不思議そうな顔で立ち上がる重傷だった人たち。良かった、回復魔法が間に合って。
グーちゃんの背に揺られながら、ぶんぶん手を振ってご挨拶して、今度は他の軽傷の人たちに回復魔法を使用する。
『範囲小治癒Ⅱ』
『範囲小治癒Ⅱ』
『範囲小治癒Ⅱ』
今回の戦闘で俺はMPをまったく消費していない。なので、大盤振る舞いだ。鷹野美羽のご挨拶です。
倒れ込んでいる人たちを魔法陣が次々と覆う。魔法の光は傷ついている人たちを回復させていった。傷だらけで、血まみれで、今にも息を引き取りそうな警備兵も、とりあえず傷を塞ぎ、失われた血液は戻らないが、見た目は元に戻す。これ、どうなっているんだろ? HPがちょっぴりしか回復していないこの人たちは転倒したり、足の指を小石にぶつけたら死んじゃうのかな? 検証はできないし、する気もないけどね。
『範囲小治癒Ⅱ』
『範囲小治癒Ⅱ』
『範囲小治癒Ⅱ』
どんどん回復魔法を使っていき、治しちゃうぜ。
「皆さん、こんにちは。鷹野美羽です。小学四年生です!」
さっきまで、血が止まらないと泣き叫んでいたメイドさん。もはや息絶える寸前だった人たちも元通り。頭が取れたり、致命的な欠損をした人たちはどうやらいないようだ。良かった良かった。何人か腕がない人とかはいるようだが、その人たちは神官の熟練度を上げたら回復させてあげよう。
「か、回復魔法……。これが回復魔法……」
「生き返ったわ! 奇跡よ!」
呆然として、自身の身体をペタペタと触って確認したり、親しい人なのだろう、重傷だった人に涙を流しながら抱きしめる人たち。回復魔法の凄さを実感しているようだ。
「こんにちは。鷹野美羽10歳です。これから当主として頑張るので、よろしくお願いします! 育成出身です!」
皆がみーちゃんを見つめてくるので、おててを振って挨拶を返す。元気になって良かったよ。そろそろピッチャーかよと、誰か突っ込んでくれないかな。
「重傷者の人も助けられて良かったです」
コテリと小首を傾げて、ニパッと花咲くような笑顔で護衛の皆へと声をかける。
「回復魔法の凄さってのを、まざまざと見せてくれるねぇ」
「んだな。……死人も蘇らせるのか………」
「あの人たちは生きてましたよ? あと少し遅かったら危険でした! 回復魔法が間に合って良かったよね!」
みーちゃんを畏れを抱いた表情で、口元を引きつらせながら見てくる金剛お姉さんとマティーニのおっさんへと、誤解のないように伝えておく。神官では蘇生魔法は使えないんだよ。あの人たちは重傷者。
「なんだい、体温が残っている間とかかい? 蘇生魔法とどこが変わらないか教えてほしいさね」
「無茶苦茶だな。これが回復魔法かよ。………俺たち、命をかけて護衛しなくちゃいけないようだぜ、おい?」
肩をすくめて呆れる金剛お姉さんと、死んでも生き返ることができるなら、護衛は命をかけないといけないのではと、恐怖の表情となるマティーニのおっさん。
「頭が粉々になっていたりしたら、回復魔法も意味がないので、無理はやめてくださいね? 命もかけなくて良いですよ」
単純にこれが回復魔法なんだ。ゲーム仕様だけど、あんまりこの世界の回復魔法と仕様は変わらないと思う。聖女ちゃんは同じ魔法を使えるよね?
たぶんみーちゃんよりも遥かに強力な回復魔法を使えるはず。なんと言っても小説のヒロインさんだ。ポンポン覚醒して、パパッと主人公たちを癒やすチートキャラなんだから。
「み、美羽様! ありがとうございます!」
「この方が新しい私たちの当主様!」
「すぐに後片付けを行います!」
「お服がボロボロでは?」
「お部屋にご案内を」
愛らしいみーちゃんスマイルに、魅了されてしまったのだろう。召使いの人たちはみーちゃんをお部屋に案内してくれようと殺到してくる。
「ありがとうございます! 後からパパとママも来ますのでよろしくお願いします!」
元気よく答えて、グーちゃんから飛び降りる。地面の硬い感触が足に感じられて……感じられない?
「うにゃ?」
ぐにゃりと視界が揺れて、身体が傾ぐ。幼い身体に、さっきまでの戦闘の疲れがどっと襲いかかってきた。戦闘が終わったから、小説の設定に戻ったんだ。
「今回はあまりダメージを負っていないはずなのに……」
たしかに危ないレベルまでHPは減ったけど、回復魔法で回復したぞ。ちょっと瀕死になったぐらいなのに、疲労感が物凄い。重力が数倍になったかのように、みーちゃんの身体は重くなり、意識は闇の中へと落ちていく。
グーちゃんから飛び降りた美羽は、トサリと倒れ込み、お昼寝タイムとなってしまうのであった。
「大変だ! おい、回復魔法使いを連れてきな!」
「目の前で倒れているじゃねぇか!」
「お嬢様! 早くベッドへ!」
周りでコントのように狼狽して騒ぐ人々。大丈夫大丈夫、まだまだ幼いからなんだよ……。おやすみ〜。
目が覚めるとベッドの中にいた。
ふかふかの羽根布団。手触りは滑らかで、すべすべで、暖かくて気持ちいいなぁと、美羽は寝ぼけ眼で思う。もっと寝ていても良いかなぁ。
顔にかかってきた髪の毛を、サラリとかきあげて、ぼんやりと思う。どうやらベッドに寝かされたようだ。
「天蓋付きのベッドだ。すごーい」
アニメなどのお金持ちのお嬢様が寝ているベッド。天蓋付きのベッドだ。なんというか、実際に寝てみると天蓋はいらないよな。天蓋の上に何かいそうで怖そう。
「うにゃー。ここはどこ〜?」
頭が埋まりそうな柔らかい枕をもにゅもにゅと触りながら、周りを確認する。もう真っ暗だ。分厚いカーテンの隙間から見える外の様子は闇で覆われている。真夜中かな?
周りを見ると、上品な内装だった。家具はアンティークだろう趣きがある高価そうな物で、花瓶や絵画などの調度品は、みーちゃんは触りたくないレベルだ。高そうなんだもの。
全体的にセンスのある上品な内装で、天井に蛍光灯が無いのが気になる。魔道具を使って明るくなるのかな、ちょっと灯りを灯したい。好奇心溢れる10歳の美少女みーちゃんだからね。
「灯りは点けない方が良いわよ、お嬢様?」
「おはよ〜ございます、フリッグお姉さん」
もそもそと布団から出ると、うーんと背を伸ばして、フワァと小さい口であくびをする。アイスブルーの瞳を部屋の片隅へと向けて、みーちゃんスマイルだ。
「おはよう、お嬢様。結構寝ていたわね。もう夜中の1時よ」
部屋の片隅から、靴音をさせずに輝くような金髪を靡かせて、美しき女神であるフリッグお姉さんが現れた。暗闇の中でも、まったくその動きには淀みはなく、妖しい笑みは似合いすぎるほど似合っている。服装はメイド服だ。
「もうそんな時間なんだ。ふむぅ、これはみーちゃんの最大の弱点だよね。戦闘のたびに寝ていたら、いつかは寝首をかかれちゃうよ」
「瀕死まで追い込まれたら、そうなるのではないかしら。小説でもあるあるなテンプレよね? 瀕死の主人公は戦闘が終わったら、疲労と怪我で倒れるのよ。そうじゃないかしら?」
「たしかに………テンプレだね。気をつけなくちゃ。で、どうなっているの?」
うさぎさん柄のパジャマに着替えさせられている。艶々な肌には泥もついておらず、血のあとも拭われて綺麗になっていた。
「今は最高レベルの警備をして、ゼピュロスの行方を調べているわ。貴女の両親は真剣な表情で今も話し合いをしているわ。悔しそうだけど、あの風道お爺さんとね」
最高レベルの警備の中でも、簡単に忍び込めるフリッグお姉さんである。
「放逐された恨みよりも、美羽の安全を考えて頼ることにしたんだね。さすがは私のパパとママだ、尊敬しちゃう」
酷い目にあったのに、娘のために風道お爺さんに相談するパパとママは素晴らしいよね。ここで、憎いからと風道お爺さんに相談しなくてもおかしくないのに、強い愛を感じて嬉しいよ。
「あのお爺さんには気をつけた方が良いわね。このようなことがないように、貴族社会のことを教えてやろうと、早くもマウントをとろうとしているわ」
「そこは両親にお任せするよ。謎の投資家さんや、王牙のおじちゃんも助けてくれるだろうし」
それよりもと、俺はアイスブルーの瞳を僅かに細めて真剣な表情へと変える。
「で、ゼピュロスの隠れ家はわかった?」
「えぇ、もう判明しているわ。ふふっ、隠れ家って、完全には隠しきれないわよね。特に目敏い情報屋の前には。こそこそしているような悪党なんて、絶対に情報を求めに現れるから、その足取りを探せば良いんだもの」
「目敏い情報屋ねぇ……。あまり時間が経っていないのに、情報屋を纒めるその手腕、女スパイを司るんだっけ?」
「世の中、金と命で忠誠心は買えるのよ。特に正体を知られた情報屋は簡単にね」
パチリとウィンクをしてくるフリッグお姉さん。たしかに顔を知られた情報屋は、忠誠を誓うかもね。卓越した手腕だとでも、フリッグお姉さんを褒めれば良いのかな。どうせ自分は姿を見せていないんだろうし。
「さて、それじゃあゼピュロスに再度会いに行こうか」
ベッドからもそもそと出ると、アイテムボックスをててっと叩いて装備を変更する。
いつものローブに姿を変えると、口元をニヤリと笑みに変えて、武器を取り出す。
「『アネモイ』の神器は欲しい。特に分身はね。あれがあれば、ベッドですよすよと寝る分身みーちゃんと、夜に出歩く『ロキ』は結びつかない」
「そうね。私も賛成よ。既にオーディーンは待機しているわ」
フリッグお姉さんの同意に頷き返して、顔を険しく変える。『マイルーム』でジョブ変更したら、出発だ。
「よくもパパとママを殺そうとしやがったな、ゼピュロス。悪いが俺はランダムエンカウントを待つなんてことはしないぜ。お前にはここで退場してもらう、『ロキ』の出番と行こうじゃないか」
激しい怒りを心の奥底に宿しながら、美羽は今日の最後の仕事を終わらせようと、猛禽のような笑みを見せるのであった。




