90話 ゼピュロスが示す可能性だぞっと
屋敷から見えた煙は狼煙だったらしい。なるほど、大火事に見えたけど、あれはゼピュロス襲撃に際して助けを求める狼煙だったのね。どうりでやけに火山の噴煙みたいな煙のはずだよ。
「小さい狼煙だと、普通に魔法の練習とか思われたりするからね。あれだけ大規模だったのさね」
「ふーん」
前世では、小さな焚き火でも消防車がやって来たけど、この世界では魔法使いはいるわ、魔物もいるわで、ドンパチに事欠かない。煙も偶に見るんだよね。ほんと、魔法がある世界は常識が変わるもんだなぁ。
美羽はゆっくりと歩くグーちゃんのもふもふな背中を堪能しながら、隣を歩く金剛お姉さんの説明を聞いて納得していた。
金剛お姉さんたちは、すぐに救援の狼煙と気づいたらしい。『雑音』って、本当に酷いな。現代社会で狼煙に頼らざるを得ないとは泣けてきちゃうよ。110番に掛けたら、111番に掛かるように、全ての通信機は影響を受けるらしい。本当に魔法って、厄介だ。
俺たちは救援に来た武士団に護衛されながら、屋敷へと向かって、森林内を歩いていた。
ぷにぷにほっぺをグーちゃんのふわふわな毛皮に押し付けて、眠そうにあくびをしちゃうみーちゃんです。背中の上でぐでーっと寝そべっちゃう。ゴロゴロ〜。
可愛らしく幼い美少女が、グリフォンの背中で寝そべる姿に皆は癒やされて、顔を緩ませる。ちなみに服は、ビリビリに破けて血だらけの泥だらけ状態なので、武士団の用意した毛布にくるまってます。家についたら両親に見られる前に素早く着替えないとね。
「しかし悪いね、護衛対象に回復魔法をかけてもらうなんざ、護衛失格さね」
「俺たちは危なかったから助かったぜ」
金剛お姉さんが苦笑して、後から合流したマティーニのおっさんたちが血だらけの姿で礼を言ってくる。結構深い傷もあったから、かなり危険だったのだ。原作と同じくフローラはかなりの腕前だったようで、危うく死ぬところだったらしい。
原作と同じというのは、変な感じもするけどね。俳優を生で見て、テレビとおんなじだと感想を言うような違和感がある。テレビの俳優は虚像なのにね。
フローラに嫌がらせのような攻撃をチクチクとして、ゼピュロスの救援に行くのを防いでいたのだから、マティーニのおっさんたちは今回の戦闘のMVPだ。結局参加できなかったお爺ちゃんたちもいるし。
『『瞬間移動』を効果的に使うためにも、儂は全国津々浦々の旅行に行く必要があるやもしれぬ』
『却下です』
津々浦々って、悠々自適の旅行じゃん。俺も連れてってほしい。お土産は生八ツ橋で良いかな。少女のお口に合うかなぁ。あれって、独特な匂いがするし。
結局オーディーンのお爺ちゃんたちは間に合わなかった。まぁ、家から遠かったからなぁ……。仕方ない。今後はオーディーンのお爺ちゃんが『瞬間移動』できるように、たしかに各地を回ってもらう必要はある。それは後で考えよう。
それよりも考えることがある。それは何かというと………。
『ねぇ、嵐だけ変じゃない?』
『変?』
ガタンゴトンと電車の音をBGMに、フリッグお姉さんも会話に加わってくるので、小さく頷き返す。電車で来ようとするとはフリッグお姉さんはみーちゃんを助ける気あった?
ジト目で話を続ける。気になっていることがあるんだ。嵐はゼピュロスであった。なので、おかしなところがあることにようやく気づいた。
『変というか、アホすぎない? 現実であんなアホっている?』
あの行動はアホすぎる。周りが見えていないアホだった。小説の世界だからと納得しちゃってたけど、粟国のおっさんも龍水のお婆ちゃんも狡猾そうだった。
『たしかにあのアホレベルは普通ではありえぬな。まさに小説の中の人物ではないか。おかしいところがあるのか?』
お爺ちゃんは不思議そうにするが、たしかに小説の中の世界とはいえ、おかしいと思うんだよ。
『だからおかしいんだよね。他の人たちは現実に足がついているでしょ?』
あからさまにわかりやすいキャラとして、高笑いをしても、その裏ではなにか企んでいそうだった。それぞれ、しっかりと考えて行動をしていた。
『たぶんね、間違いなく小説の中の世界だろうけどさ、小説って一部分を取り上げて編集した内容みたいなものでしょ? 結婚式で新婚さんたちの人生の輝く時を編集して映し出すビデオみたいな感じ』
『あれって、見ている人たちは痛々しい思いになるわよね。特に人生で何もイベントらしいことがない人だと、寂しいビデオになるわ』
『そういう新婚さんが落ち込むような発言はおいておいて、小説の描写はほんの一部じゃないかなぁと思うんだ』
フリッグお姉さんの危ない発言は置いておいて、メインキャラクターもそれぞれ原作では映されなかった性格があると推測している。聖女ちゃんも、ロキの功績を貰っても、まったく罪悪感とかなさそうだったし。聖女ちゃんは原作のイメージを考えると、もう少し申し訳なさそうにしていても良かったんだ。
『それが、嵐となんの関係があるのだ?』
『ゼピュロスは、ほとんど唯一と言って良いプレイヤーを認識できるメインキャラクターだったんだよ。サブストーリーでも絡んできて、プレイヤーに話しかけてきたんだよね』
この話の肝はそこなんだ。モブなプレイヤー。空気としてメインキャラクターに扱われる俺は、誰にも話しかけられなかった。反対にサブストーリーではメインキャラクターは空気だった。絡むことはなかったんだ。
『原作のメインキャラクターはサブストーリーに絡まない。空気であったからサブストーリーでは描写がなくて、原作のキャラクターイメージと変わることはなかったんだ』
『ふむ………話が読めたぞ。ゼピュロスはサブストーリーでも絡む敵であったから、より多くその性格や行動が描写されていた。原作のメインキャラクターたちよりも遥かに性格などの詳細がわかるようになっていた、ということであろう?』
『あぁ、私も理解したわ、お嬢様。アホすぎる行動はゲームでの性格も反映されてしまっているからだと。だから、あれだけ酷い行動をとっていたのね』
なるほどとフリッグお姉さんが感心した表情になる。オーディーンお爺ちゃんは面白そうな顔になった。予想外のことだからだろう。
そうなんだ。ゼピュロスは使い勝手の良いキャラだ。殺しても、『アネモイの加護』で復活できるチートキャラだ。
だから、輸送クエストでランダムにヒャッハーと襲撃してくるし、素材採取クエストで、ヒャッハーと襲撃してくるし、護衛クエストでヒャッハーと襲撃してくるし、とにかくヒャッハーと襲撃してくるキャラと化していた。運営会社の酷さがわかる使われ方だった。他にもサブストーリーで絡んでくる敵であった。
その結果を反映しているとしたら、あれだけのアホな男となったのは納得である。少しだけ可哀相に思う相手だ。
この世界は小説の中の世界とはいえ、性格などの自由度は高いと最近は考えている。小説のキャラの心情なんか、ほんの数行。それだけで人の性格などは表せない。サブストーリーだって、そうだ。「ここは滅びし東京です」と教えてくれる兵士さんは、その一言以外は全て自由。どんな性格かなんて、設定されていないからな。
その点、ゼピュロスはメインストーリー、ゲームオリジナルストーリーに絡むから、その分性格などの描写が細かく表されていたので、あんな残念な火星人に変化したのだろう。
『で、この話の肝はどこなのだ? ゼピュロスがゲームの性格も反映されているのはわかった。それがどうしたのだ? あのアホは今度は確実に殺せば良いだろう』
フリッグお姉さんの能力があれば逃がすことはない。なので殺せるだろうけど、ゼピュロスの話が肝ではないんだ。
『俺たち以外にもゲームの設定が反映されていることが肝なんだ。ということは、俺たちはずっと勘違いしてたんだけど……』
二人が興味深そうに見てくるので、グリフォンの毛皮にぷにぷにほっぺをむにゅぅと押し付けて、話を続ける。
『錬金術師って、いるんじゃないかな?』
『錬金術師が? 小説の世界だから、いないという結論に……あぁ、そういうことね。ゲームの設定が反映されているのならば、錬金術師の店はあるはずというわけね?』
『それか、錬金術師の店は小説の設定に圧されて存在しなくとも、錬金術師自身はいる可能性があるということだな?』
二人ともピンときたようで、話の流れを理解してくれる。
『うん、回復魔法使いは希少なレベルまで数を減らしていた。これは小説のご都合主義に圧された結果だと思うんだ。でも回復魔法使い自体は聖女ちゃん以外にも存在したよね?』
『ゲームでは冒険者になっていた回復魔法使いたち。その数は多かったが、この世界ではたったの30人にまで減らされていた。ということはだ。錬金術師の店は数が少なかった。比率として考えると……もしや一家族程度しかおらぬ可能性はあるな』
『………それだけ希少だと、誰からも狙われてもおかしくないわね。そうだとすると力を隠しているに違いないわ』
錬金術師の凄さは知っている。名前のないモブなキャラだった。フードを深く被った相手で、性別すら不明だった。
錬金術師が誰かはわからない。わからないけど、ゲームの力が反映されているとしたら、いないと思っていた錬金術師はいるはずだ。
『しかし闇雲に探しても見つかるまい? あてはあるのか?』
『一人だけあるよ。錬金術師が絡むサブストーリーがあったんだ。その人のサブストーリーが生きているとすれば、出会える可能性はある』
きっとこの小説の世界だと、危険だと完全に力を隠しているはず。でも、サブストーリーがゼピュロスの性格のように、この世界で反映しているとしたら、存在している可能性はある。
『助けるついでに、仲間になってもらおうよ』
そのサブストーリーをクリアすると、錬金術師と仲良くなり、新しいレシピを貰えたり、低位の素材用錬金術アイテムを作ってくれたり、お店の経営ができたりしたんだ。レシピは覚えているからいらないけど、他は有用だよね。
もちろん、小説の設定が強く働いてるから、街中にお店を開けたりはしないだろうけどね。でも、錬金術師が仲間に入るとかなり助かる。
『あんな死にそうな戦闘を繰り広げながら、そんなことを考えていたのね。お嬢様って、本当にゲーム脳よねぇ』
『ポーションを作る技術は、以前見たことがあるしね。錬金術師っぽいのはいるんじゃないかな〜って、ずっと考えていたんだ。ゲーム脳じゃなくて、みーちゃんは頭が良いんです』
むふーっと口元を得意げに変えて、美少女みーちゃんは笑みを見せちゃう。『ユグドラシル』が油気家に渡した魔力緩和のポーション。あれが錬金術の可能性を指し示していた。でも、治癒ポーションがなかったから、ずっと疑問に思っていたんだ。ゲーム脳じゃないもん。みーちゃんはお外で遊ぶのが大好きな少女です。
『そのサブストーリーはいつ始まるのだ? それに儂らには助けたとしても、その錬金術師を囲えるほど、力はないであろう?』
『あのサブストーリーはいつでも発生させられるはず。まだまだ原作も始まらないし、時間はあるよ。だからフリッグお姉さん、早く隠し拠点とか作ってね?』
『はいはい。それじゃあ、できるだけ早く地盤を作ることにするわ』
肩をすくめて、ニヤリと妖艶なる笑みを見せるフリッグお姉さんに、お願いしますと答えて通信を終える。
それじゃあ、みーちゃんも地盤を作ることにするかな。
まずは、自宅となる屋敷の人たちに、可愛らしいみーちゃんスマイルを魅せちゃおうっと。
森林を抜けて庭園に移動すると、立派な屋敷が目に入る。壁が壊れていたり、多くの人々が怪我を負ったようで、救急箱を持つメイドさんの姿が目に入る。
さて、回復魔法を使いまくるぞ。




