88話 グリフォンは空を飛ぶだけじゃないんだぞっと
鷹野伯爵家の皆さんこんにちは。鷹野美羽が来ましたよ。可愛らしい美少女が来ました〜。皆には悪いけど、先にパーティーをするつもり。勝手にパーティーを始めるのは悪いとは思うけど、美少女スマイルで許してください。
というわけで、森林内に突撃する美羽です。
銀色に似た灰色髪を靡かせて、サファイアのような深い蒼き瞳に獰猛な光を宿して、幼き美少女は犬歯を猛獣のように剥く。
グリフォンを乗りこなす美少女。地球の侵略を企む火星人との戦いに挑む。という絵を一枚誰か描いてください。
我ながら馬鹿なことを思いつくなと、クスリと花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべつつ、美羽は鷹野伯爵家の森林に飛び込んだ。
どれだけ広い庭なんだよと、テンプレ展開での主人公が驚くような広さの敷地にある森林は、幹の太さが直径5メートルはありそうな木々が聳え立っており、まさしく森林だった。こんな森林を作ってどうするんだか。赤松でも育てて松茸とろうぜ。
「逃すかよ!」
怒りに満ちたゼピュロスの声を聞き流し、森林に広がる枝葉が俺たちの邪魔をしてくるのを気にせずに突進する。枝葉によるダメージは全くないし、衝撃もない。もちろんゲーム仕様だからだ。空を飛んで間違ってビルに突進しても、ダメージは負わない仕様なんだ。ゲームあるあるだよね。
「オーケーだ、グーちゃん。ここなら良しだよ」
「クェェッ」
ここなら戦える。キャラ専用『魔導鎧』と戦うにあたり、ここならなんとかなる。
『魔導鎧』は『魔導の夜』の花形武装だ。ぶっちゃけ魔物との戦闘よりも多かった。まぁ、学園物だったから当たり前なんだけどな。
俺はこれまで、まともに『魔導鎧』持ちと戦闘をしたことはない。量産型の『魔導鎧』はあるけどね。キャラ専用の『魔導鎧』はその火力や防御力、特殊魔法やスキルなど、様々な点で遥かに性能が違う。
例えて言えば、兵士と戦車くらいの差がある。なので、まともに正面から戦っても間違いなく負ける。それぐらい比較にならないほど能力値に差がある。キャラ専用『魔導鎧』はそれだけ厄介なのだ。
パーティーで戦闘をした時とは、遥かに火星人の戦闘力は違う。俺では敵わない。
せめてメインジョブを盗賊にしておけば、まだマシだったんだろうが、今の俺は神官Ⅱだ。プレイヤーの悪いところが出たんだ。即ち、カンストしちゃったから、他のジョブに変えて熟練度を稼いでおこうというせこい精神である。護衛もいるし、まさかこんな強敵と戦闘になるなんて予想だにしなかった。
鷹野美羽は、可愛らしい美少女10歳だぞ。こんな幼い美少女なのに、戦闘イベント多すぎない?
そこで考えた。『アネモイ』を撃退する方法を。皆が死なない作戦を。考えて決断した。これしか方法はないよねと。
それが森林内での戦闘だった。ここならグーちゃんの性能をフルに出せるし、他にも色々小細工ができる。
枝葉の中を突っ切ると、目の前に幹が迫る。グーちゃんは前脚を突き出すと、ドンと幹に脚をつけて、踏み台として、木々の間を壁を蹴るようにジャンプしていく。グーちゃんは柔らかなタッチで幹を次々と踏み台にして、森林内に消える。
「くっ! 枝が邪魔だ!」
すぐにゼピュロスは追いかけてくるが、鬱蒼と木々が生い茂った森林内では、その速度は逆にデメリットとなっていた。魔法障壁を張っている『アネモイ』は一切のダメージは負わない。だが、ダメージを負わずとも、視界は塞がれるし、移動するのに枝は邪魔だ。視界が阻まれて木に激突しないように、枝を払いのけて追いかけてくるが、どうしても速度は遅くなっていた。
その姿を見て、俺は計算どおりと、ちっこいおててをぎゅうと握りしめる。対してこちらは違う。
幹が迫れば、グーちゃんは獅子の脚をシタッとつけて、踏み台として、跳ねながら移動している。遅くなるどころか、木々の間を高速で飛び交っていた。
獅子に相応しい動きだ。残像を残すほどの瞬発力で、ゼピュロスはこちらの動きを捉えようとしても、追いつけないために、翻弄されていた。
「グリフォンは空の王者ではないと思うんだ」
高速で木々の間を飛び交うグリフォンに乗りながら、俺は木々に激突しないように気をつけて飛行し、すっかり『アネモイ』本来の速度を失ったゼピュロスに、小鳥の鳴き声のような可愛らしい声音で声をかける。
「ちびガキ!」
『縮退風刃』
魔法杖を向けて、パチンコ玉のような小さな風の弾丸をゼピュロスはマシンガンの弾丸のように撃ち出す。木々をあっさりと貫き、木の葉を散らしていく。だが、その場所には俺たちは既にいない。遅すぎるよ、火星人。
「空の王者は鷲。陸上の王者は獅子。なら、グリフォンは?」
からかうようにゼピュロスへと語りながら高速で移動する。怒りに任せて木々を全て吹き飛ばさないかなと思っていたが、予想に反してゼピュロスは静かになり、ホバリングをする。
木々を倒してくれれば、さらに障害物として利用できたのにと、しょんぼりする。冷静になったようで、ゼピュロスは俺を捉えるために集中しているようだ。戦闘センスが光るキャラだ。まったくもぅ。その姿に警戒レベルを上げながら、説明をしてあげる。
「思うに、グリフォンは中途半端。空でも王者にはなれない。陸上でも同じ。なら、どこが良いのかっていう話なんだけど」
「こんな環境が得意なんだろ? 空を飛べて獅子の瞬発力が使える、こういった森林内がな!」
『風乱刃』
ゼピュロスは面白そうに笑いながら、魔杖を横薙ぎに振る。風の刃がゼピュロスを中心に全方位に放たれる。幹を傷つけ枝葉を切り落とすが、その威力は弱い。グーちゃんの行動を阻害するための魔法だ。
幹を蹴り、次の幹へと移動するグーちゃんの目の前にも風の刃は飛んでくる。しかし、グーちゃんをピタリと空中で停止させると、俺は他の幹へと向かわせた。
つまりそういうことなんだ。今まで見てきたファンタジーもので、グリフォンは空の王者として存在していた。だけどね、獅子の牙は無く、獅子の大きな体のせいで速度も本来の鷲よりも劣るグリフォンは決して、空の王者ではない。
対して、地上ではどうか? 獅子の牙はなく、鷲の翼は邪魔なだけだ。空でも陸でもデメリットしかないよね、グリフォンって。姿はかっこいいけど、それだけなんだよグリフォンって。ならば、本来のメリットはどこにあるのかなと考えていた。
グリフォンは、獅子としての瞬発力で木々を飛び交い、軌道を読まれても、鷲の浮力で軌道を変えることができる、このような森林内でこそ、グリフォンの能力は発揮されるんだ。みーちゃん賢い! えっへん。
「戦い慣れてやがるな、てめぇ?」
「おでん屋のお爺ちゃんと訓練したんだよ!」
テヘヘと照れながら、木々の合間を移動しながら教えてあげる。サプライズの為に訓練していたんだよ。
警戒しながら、グーちゃんが飛び跳ねる位置をなんとか掴もうと、ゼピュロスは空を移動してくる。少し離れた場所でグーちゃんが木々を蹴りながら移動するのを見て、魔杖を向けて狙い撃とうとするが……。
今だ!
ゼピュロスが目的の場所に移動したのを見て、真上の枝に隠れていた俺は静かに飛び降りる。
『ブレインシェイカー』
ワイン瓶を振り下ろし、再度の嫌がらせ武技発動。
「なに!」
しかし、ゼピュロスは俺が落下していくと、すぐに小手で防御する。小手に備え付けられた展開式の盾がカチャカチャと瞬時に組み立てられて、俺の武技を受け止めてしまう。
成功したと思ったのに、なんつー反応速度だ。
防御行動を取られたために、『ブレインシェイカー』は効果を失い、パリンとワイン瓶が割れるだけにとどまってしまう。問答無用に武技の効果を与えるとはいえ、盾で防がれたら、効果は発揮しないのか。武技を外した扱いになるみたいだ。
「くっ! みーちゃんパンチ!」
割れたワイン瓶を放り投げて、空中でくるりとでんぐり返しをし、おててを握ってパンチを繰り出す。
「はっ!」
『疾風拳』
しかしゼピュロスはせせら笑い、『ゼピュロスの羽箒』では間合いが近すぎると判断すると手元にしまい、風を腕に纏わせて疾風の速さで俺のパンチが当たる前に、拳を繰り出す。
「ガフッ」
小柄なみーちゃんのお腹に拳をめり込ませるゼピュロス。小手の金属の感触が感じられて、肺から空気が吐き出されて、激痛が走る。
「なんの! みーちゃんキック!」
くの字となって、地上に落ちようとする俺は振りぬかれたゼピュロスの腕を鉄棒代わりに掴んで、ぐるりと逆上がりをすると蹴りを相手の頭に目掛けて放つ。
だが、今度はゼピュロスは防ぎもしなかった。緑色の重装甲ヘルムに俺の蹴りが命中するが、ガインと音がして弾かれてしまう。
「ハッハー!」
まったくダメージを負わないゼピュロスは、俺の首を掴むと、そのまま持ち上げて嗤う。
「所詮はガキだな。魔力で強化した筋力なら、鉄ぐらい壊せるかと考えていたんだろう? だがな『魔導鎧』はそんじょそこらの金属とは比較にならねぇ硬度を持っている。複数の防御魔法が展開されているんだよ。特にオンリーワンのスペシャルはそうだ!」
「み、みーちゃんパンチ」
首を掴まれながらも、ゼピュロスの腕を叩く。だが、軽い金属音が響くだけでビクともしなかった。硬すぎるぞ、この金属。
「そして、これはアダマンタイトに風の魔法を付与させ軽さと硬度を追求したスカイアダマンタイト製だ。無駄な足掻きだったな」
首を締めようと、力を込めていくゼピュロス。ステータスボードに映るHPがみるみるうちに減っていく。後数分も経たないで、HPはゼロになっちゃうだろう。
息が苦しい。ヘルム越しに嗤うゼピュロスの顔が幻視できそうだ。ロードができないこの世界。みーちゃんはこのままではゲームオーバーとなってしまう。
「戦闘センスはあるが、腕もたいしたことはないし、戦闘経験がないのが、運の尽きだったな」
儚い抵抗だったなと、馬鹿にしてくるゼピュロス。ワイン瓶アタックはいい攻撃だと思ったんだけどね。だが、馬鹿にするのは少し早いよ。
「ふ、ふふん。獲物を前に舌を舐めるのは日本流……」
「あん? なんだって?」
余裕を見せるゼピュロスは、からかいの言葉を吐く。だが、この状況こそが俺の狙っていたことだ。
「火星人は隙を見せたってことだ! 地球人の知恵を甘く見たな!」
「なにっ! てめぇ、その目は!」
美羽はギラリと目を凶暴に光らせて、ゼピュロスの腕を掴む。予想だにしなかった美羽の行動に驚愕するゼピュロス。すぐに俺の首を掴む手に全力を込めようとするが、もう遅い。
『三角突進』
グリフォンが風を纏い、木々を蹴りながら高速で接近していた。嘴を槍の穂先のようにして、その身体を緑のマナで輝かせて背を向けたゼピュロスの胴体部分に突進するのであった。




