87話 ライダーの力を見せるんだぞっと
グリフォンの背中にスタンと降り立つと、美羽は不意打ち大成功と言わんばかりに、むふんと胸をそらす。そして、空に浮くゼピュロスの様子を観察する。
「こ、このちびガキぃぃぃ! 何をしやがった! 魔法障壁には異常はないのに……くそったれ、気持ちわりぃ!」
気持ち悪そうに頭を振りながら、激昂したゼピュロスの叫び声が響く。ほうほう、棍棒の武技『ブレインシェイカー』は予想以上に効果があったようだ。
『ブレインシェイカー』は、『相手の脳を揺さぶり、知力を下げる』棍棒技の初期武技だ。その効果、『知力を下げる』は、攻略サイトでも、意味のわからない効果だと言われていた。
なんでかって? だってステータスには『知力』の表示はないからだ。これなんぞ? と掲示板でも困惑の声があがっていた。検証好きが魔法の威力を下げるとか、抵抗力を下げるんだよと検証したが、よくわからなかったらしい。
即ち、検証できるほど、効果は見られなかったということだ。敵が様子を見たり、困惑したりと、ターンを無駄にする行動をとるとも言われていたが、不明。エッチな装備シリーズを装備していると、本当に極稀に敵が見惚れてくれてターンを無駄にする、そんなこともなかったとか。
武技によるダメージ倍率なし。殴打武器の為に攻撃力も低い。その上、効果がわからず、誰も使わない武技『ブレインシェイカー』。それがゲームでの立ち位置だった。
でも、この『知力を下げる』という効果。絶対に敵に入る。敵は防御できない。特殊なデバフ技なんだ。『状態異常回復魔法』か『魔法解除』を使用しない限り、戦闘が終わるまで継続する特殊な技だった。
そこで俺は考えた。みーちゃんは可愛らしい顔で真剣にうんうんと考えた。現実ではどうなるんだろうなと。現実ならではの効果があるのではなかろうかと。
それが、今検証できた。ゼピュロスは気持ち悪そうだ。とはいえ、激しい頭痛や知性を失うといった強い効果ではなさそうだ。
たぶんあの様子だと、たくさんお酒を飲んだ次の日という感じみたい。二日酔いになった感じだろう。嫌がらせに最高の技だね。ワイン瓶アタック大成功。良い子は悪人にのみ、この武技を試してみてね。
「二日酔いになりましたか? 間違って零したワインを舐めるへーみんとなったおじちゃん。そんなに貧乏になっちゃったんですか?」
ふふふのふと、不意打ち大成功と俺は口元に片手を当てて、貧乏は辛いですかと、優しい笑顔で尋ねてあげる。もう片方の手には割れちゃったワイン瓶だ。危ないので、ポイッとな。
「もう一本あげましょうか? 高価ですよ〜」
みーちゃんスマイルを向けてあげて、もう一本ワイン瓶をチャボチャボと振ってみせる。車に備え付けられている冷蔵庫から2本持ってきたのだ。
「ちびガキがぁぁぉ!」
怒り狂い怒髪天をつくってやつだ。『アネモイ』の周りにマナが渦巻き、ゼピュロスの怒りを見た目で教えてくれる。とってもオーラが禍々しい。触れたら火傷しそうだよ。
「殺して……くそっ、気持ちわりぃ」
すぐに動きを止めて、頭を押さえるゼピュロス。かなり気持ちが悪そうだ。二日酔いレベルかね。
「金剛お姉さんたち、マティーニのおじさんたち! 『浮遊板』を捨てて、地上に降りて私を追いかけてきて! 空中で相手をしてやることなんかないよ!」
グリフォンに乗りながら、俺は背伸びをして、口に手をメガホンのように当てると大声で注意を向けた。だってそうでしょ? なんで、地上では高速で動けるのに、空でのろのろと戦うんだよ。地上から迎撃しようよ。その方が全然戦えるよね。
「地上に……? そうか、わかったよ! 皆、嬢ちゃんを追いかけるよ! 大切な護衛対象だからね!」
歴戦の金剛お姉さんたちは、俺の言うことを素直に聞いて降りてくる。空中戦を諦めて、浮遊板から飛び降りていった。
「はいよー、ぐーちゃん! 『逃げる』よ!」
その一言はコマンドを選ぶ合図でもある。
『逃げる』
『鷹野美羽は逃げ出した!』
ゲームでは、ダダダとキャラが画面外に走っていくが、現実は少し違う。逃げられるだけの素早さが身体に宿るのだ。いかなる敵からも逃げられるだけの速さをな。
敵より少しだけ速くなる。一番速い敵よりも。それこそが、ゲーム仕様の鷹野美羽の『逃げる』なのだ。回り込まれることもある、ぎりぎりの素早さアップだけど。
それがたとえ逃げられなくてもだ。
『このバトルからは逃げられない!』
「遂にボス戦も出てきたのか」
ボス戦のチュートリアルについてを、誰か可愛らしいみーちゃんに教えてくれないだろうか。今までのボス戦とは一味違うようだな、まったく困ったもんだ。
両親や金剛お姉さんたちに危険が迫っていなければ楽しめたんだけど、今回は楽しめない。目指せ死亡者ゼロだぞ。
それでも素早さは大幅に上がる。逃げられなくともコマンドは選べるんだ。ゲームあるあると言えよう。
空中を鷲の翼を大きく広げて、グリフォンは飛翔する。その身体は風を纏わせて、加速すると突風が巻き起こり、地上の家屋の屋根やビルの窓ガラスが揺れる。
「うひゃー。グーちゃん、はやーい!」
ゲーム中、メインストーリーだけでなく、サブストーリーでも都合よく使われていた悪役『アネモイ』。傭兵という扱いだからだろうか。そして『アネモイ』は最高速を誇ると言われていた。
その『アネモイ』よりも、『逃げる』により強化されて素早くなったグリフォンは、空の王者と言われるに相応しい雄姿を見せて、空を切り裂くような速さで飛んでくれる。
「なにっ! 空の王者とか言われているのは、伊達じゃねぇのかよ!」
グリフォンと戦闘をしたことがなかったのだろう。グリフォンの本来の素早さとは違うことに気づかず、驚愕して慌ててゼピュロスは翼を広げて追いかけてくる。
原作最速と言われた『アネモイ』のさらに上の素早さを手に入れたグリフォン。そして、原作最速の『アネモイ』は両者共に文字通り風の速さで飛行する。
ビルが目の前に迫り、クンと身体を傾けてローリングしてグリフォンは軌道を変えて、ビル壁をぎりぎりを飛ぶ。追いかけてくる『アネモイ』も同じように急角度での旋回を見せて、後ろについてきた。
「死にやがれ、ちびガキ!」
『烈空刃』
メカニカルなロングライフルに似た魔法杖の先端を、逃げる俺へと向けてくる。杖の先端が光を宿すと緑色の魔法陣が描かれて、風の刃を放ってきた。
「急速上昇だよ!」
「クェェッ」
グリフォンは俺の指示に従い、身体を傾けると直上に一気に飛翔する。猛烈な風圧と急速な加速を受けて、俺は落ちないようにグリフォンのふわふわな毛皮をちっこい手で握りしめる。風圧は……まったく感じないな。あぁ、ゲーム仕様なのね。たしかに空を飛んでいる時にゲームでは風圧の影響とか受けてなかったや。
後ろからは風の刃が高速で接近してくる。ゼピュロスはグリフォンの速さを見て、隙を作らないと大技は命中しにくいと考えたのだろう。堅実に連射タイプの魔法を撃ってきていた。
まるでアサルトライフルから放たれるように、何百もの風刃が飛んでくる。しかし、弾丸とは違い魔法陣から生み出される風の刃は2メートルはあるギロチンのような刃に巨大化して迫ってきており、受けるとヤバそうだ。
「戦闘センスはあるんだよな。……そうか、火星人はゼピュロスだったのか」
むぅと頬を膨らませて、俺は後ろを通り過ぎていく風刃をちらりと見て眉を顰めちゃう。
たしかにゼピュロスはアホだった。アホというか、戦闘馬鹿だった。空気を読まずに、主人公に闘いを挑む小説でありがちな敵キャラだった。
鷹野嵐。言われてみれば、まったく同じだ。素のレベルが高く、戦闘センスが高く、空気を読まない。そして、ゼピュロスと同じ風使い。気づいても良かったな。そうか、ゼピュロスは火星人だったのか。
地球人ではないから、あれほど空気を読まずに戦闘を繰り返していたのかと納得する俺だが、風の刃が追いついてきて、グリフォンに命中してしまう。グリフォンの毛皮が切り裂かれて、鮮血が舞う。
「予測射撃されているな。蛇行……いや、俺ならできる!」
ここにきて、鷹野美羽は覚醒だ! と言うわけではない。ゲーム仕様の俺なら問題なくできることがある。
「グーちゃん、グーちゃんの操作権を貰うね」
「クェェッ」
わかったよと鳴き声をあげるグーちゃんを操作するとイメージする。
『ライダーとなりますか?』
『はい』
ゲームでもバイクに乗ったり、天馬に乗ったりすることはあった。空を飛ぶのはゲームでは鉄板だよな。そしてその時に、天馬に命令はしなかった。レバーで直接操作したんだ。
それは現実でもできると思ったんだ。
「うぉぉぉ!」
予測射撃をしてくる風刃を躱すべく、俺は思念でグーちゃんを操る。直上に飛翔するのをやめて、左へとローリングしながら斜めに飛ぶ。
「逃すか!」
ゼピュロスは追いかけながら、連射を続けて、俺たちは何発かは風の刃を受けてしまう。センスの良い敵だよ、まったく。
俺も肩を切り裂かれて、グーちゃんも傷だらけになるが大丈夫。
「連射タイプで撃墜されるほど、弱くはないんだぞっと」
螺旋降下しながら、グーちゃんの軌道を複雑に変えて飛行を続ける。連射タイプの魔法はダメージ差がでかい。ゲームでもそうだった。そして『逃げる』コマンド中は防御モードでもある。この2つが合わされば、ダメージなんか大したことない。ちょっと、傷跡が抉られており、痛々しいが見かけだけだ。
それよりも高空で戦闘をしなければならない。ゼピュロスは一般人を好き好んで殺さないタイプだったが、巻き込んでもまったく気にしないタイプだった。目的のために選ぶ手段は純粋な戦闘だけだったが、障害となるなら、簡単に殺す。
烈空刃を地上すれすれで躱すわけにはいかない。地上から何事だと空を見ている人々に当たってしまうからだ。他の魔法もそうだ。常にグーちゃんはゼピュロスの上をいかないといけない。
「ちょこまかと!」
『竜巻衝』
烈空刃では足留めにならないと悟り、ゼピュロスは魔法を切り替えてくる。『竜巻衝』を放ち、竜巻の暴風で俺たちを切り刻もうとしてきた。
『竜巻衝』を維持して、薙ぎ払うように俺たちへと魔法を向けてくる。グーちゃんでも、巻き込まれたらミキサーに入った野菜みたいになってしまうだろう。ぐんぐんと竜巻は俺達へ接近してくる。
『停止』
俺はブレーキをかけて、ピタリとグーちゃんを停止させる。
「なにっ!」
驚きの声をあげるゼピュロスは無視して、くるりとローリングをさせて、反対側に飛行する。グリフォンはその翼で飛んでいるわけじゃないんだ。翼はあくまでも補助。本当の浮力はグリフォン自身から作られている。だからUFOみたいなあり得ない挙動をとれるんだ。火星人だって、同じように高速機動をしていただろ。
加速からの上昇。一気に速度を落としてのローリング。複雑な機動を描くグーちゃんに魔法が命中することはない。さすがは『アネモイ』の素早さだ。本来のグリフォンなら無理だろう。
「ちっ!」
ゼピュロスは魔法を使うのを諦めて、俺を追いかけてくる。そう来るだろうと考えていた。きっとそう考えてくれるだろうと。
俺を倒すには接近してからの『ゼピュロスの羽箒』での攻撃が最適だ。
「だが、その戦闘センスの高さが仇になるんだ」
目的地はもう目の前だ。
「グーちゃん、最高加速!」
「クェェッ!」
俺の声に従い、グーちゃんは目的地へと降りていく。
鷹野伯爵家の森林内に。
お邪魔しまーす。可愛らしい当主様が来ましたよ〜。




