85話 飛行する敵は厄介なんだぞっと
『アネモイ』は『魔導の夜』に出てくる『ニーズヘッグ』がちょくちょく作戦で雇う『風の傭兵団』の団長が使用する『魔導鎧』だ。なにか神器を埋め込んでいるとかいう設定で、空を高速で飛行してシンを苦しめていた。
3巻で初めて出てきたキャラだ。そのときはシンがギルドの依頼で運んでいた品物を奪い取ってしまった。なんとシンは倒すことができなかったのだ。
ほら、主人公も無双がすぎると、読者に飽きられちゃうパターンがあるだろ? そのため、シンでも倒せない強キャラとして作られたんだ。しかも傭兵なので、どこに出してもおかしくないという、使い勝手の良い原作者が大好きなキャラだった。インタビューで、原作者がそう話していたので間違いない。たまたま聞いていた俺はなるほどと笑ったものだ。
あれ? なんの荷物を奪い取っていたんだっけか……忘れたな。ゲームでも、いつも荷物を奪い取りにくるキャラだったし。
俺もプレイヤーとして苦戦した相手だ。こいつ、飛行扱いだから、魔法のいくつかが無効化されるんだよ。しかも回避率も高い上に、防御力も高く、火力もあるという強いボスだった。名前はたしか……たしか……ゼなんちゃらだ。ということは、もう一人はパートナーである……フローラのはず。なんで団長は忘れていてフローラは覚えているかというと、水の羽衣をくれそうな名前だからだ。
『調べる』
道路へと着陸しようとするリムジンの中で、俺は手足を伸ばして窓から覗いて解析する。
『ゼピュロス:レベル52。風無効、弱点:突、土』
『フローラ:レベル40。風耐性、弱点:突、土』
空を飛んでいる2人の結果に舌打ちしちゃうぜ。みーちゃんの小鳥のハミングのような舌打ちをいくらで買い取ってもらうかが問題だ。
「少し荒く着陸します!」
急いでくれたのだろう。運転手さんが叫んで地上が目の前に迫る。『浮遊』の弱点は最高時速60キロまでだ。だが、60キロでも結構速いので、両親は緊張していながらも俺を守るために抱きかかえてくれる。
身を挺して守ろうとしてくれることには、嬉しく思う反面、危機感を覚えてしまう。俺のせいで、両親が怪我とか絶対に止めてほしいからだ。
細っこい眉根を顰めて、幼い美少女は親をぎゅうと抱き締め返し、車は着地した。ドゴンドゴンと乱暴に車が揺れて、俺たちの体も跳ねて、シートベルトがギシギシ音を立てる。母親は俺だけではなく、ゲリとフレキも抱きかかえていたので、落とすまいと力を込めて必死だ。
ギャリリとタイヤが擦れる音がして、無事にリムジンは着陸した。すぐに俺は窓から外を覗く。外では『金剛』と『マティーニ』の皆が空を飛ぶバンの後部を開けて、『浮遊板』に飛び乗ると、接近してくるゼピュロスたちを迎撃しようとしていた。
駄目だ。駄目なんだ。ノーマルの『浮遊板』じゃ、鈍くって『アネモイ』のいい的になるだけだ。せめて『飛行』の魔法を付与させないと、遅すぎる。
『アネモイ』は血のような不吉な暗い色の翼を羽ばたかせて、陣形を組もうとする金剛お姉さんたちに接近している。深い緑色の重装甲を持つ『魔導鎧アネモイ』は、ずんぐりむっくりした姿なのに、風のように速い。全身鎧のために中身は誰かわからない。
フルフェイスヘルメットの目の部分には細いスリットが空いているが、そこからは機械的な赤い光しか見えない。あのスリットは見た目だけで、鎧の各所に搭載されている超小型魔法カメラが、搭乗者に外の様子を見せているはずだ。
なんで知ってるかって? ゲームのイベントシーンで搭乗者が外の様子をホログラムモニターで見ているかっこいいシーンがあったからだ。
もう一体はレオタードのような服に装甲が備え付けられている『魔導鎧アネモイレプリカ』だ。そこまで性能は良くないが、見た目はナイスバディが丸見えなので、原作者は好んでいたと思われる。好んでいた証拠はこいつもかなり強いんだ。
バインバインと胸が揺れる美人だ。もしかして、火星人の奥さんなのか。え、あの人何歳? まだ20代か? まぁ、レオタード姿を気にしていないようだし、それどころではない。
遂に接敵して、ゼピュロスはロングライフルタイプの魔杖を金剛お姉さんたちに突きつけると、得意げに口上を述べてくる。
「邪魔すんのか? おい、死ぬだけだぞ、てめえら」
バサリと赤き翼を空中で広げて、太陽の光を緑の装甲が跳ね返し、『アネモイ』を着込むゼピュロスは馬鹿にしたように声をかけてくる。悔しいがかっこいい装備だ。
強化された視力と聴力ならば、ゼピュロスたちのやり取りがよくわかる。対峙する金剛お姉さんたちは、浮遊板に危なげなく乗っており、手慣れてはいるようで、それぞれ武器を構えて、いつでも戦闘を開始できるようにしている。
「はっ! 明らかに殺る気の相手を、はいどうぞと、通すほど馬鹿な護衛じゃないんでね!」
斧を構えている金剛お姉さんは、相手を殺しそうな厳しい目つきだ。精霊使いさんや、召喚士さんたちは、早くも召喚を始めている。種類は予想通り、風系の魔物や精霊だ。空を飛べる魔物を選ぶなら、そうするよな。
というか、金剛お姉さんたちとの相性が悪すぎる。槍使いさん、狩人さんを除けば、風使い、精霊使い、召喚士じゃねーか。
「パパ、ママ! 私も助けに行ってくる!」
この後の展開はわかりすぎるほどわかる。敵の幹部を前にした、モブな護衛の未来は常に悲惨なものなのだ。
シートベルトを外して、すぐに車を飛び出そうとする。飛び出そうとした。飛び出したいんだけど。
「パパ! 私のシートベルト外して!」
このシートベルト、よくわからない仕組みだ。ボタン一つで外れてくれ。
ジタバタとちっこい手足をバタつかせて、必死に父親に頼み込む。かっこよくこれから飛び出すのだ。ちょっと手伝って?
「危険だよ、美羽! あそこは大人に任せて、私たちは避難するべきなんだ。わかるね?」
うん、わかるわかる。護衛対象が戦闘に加わるなんてあり得ないし、しかも幼い美少女なんだ。
真剣な表情で、美羽の肩を掴んで教え聞かせようとする父親。そのとおり。そのとおりなのだ。正しい選択肢だ。
だが、非常事態だ。ちらりと空を眺めると、戦闘が開始されていた。
金剛お姉さんが、赤熱させた斧を振りかぶり、ゼピュロスへと打ちかかる。だが、その速度は遅すぎて、カタツムリにも負けそうだ。
「うぉぉぉ!」
『赤熱斧』
超高熱で真っ赤に燃え盛る斧は、空気を熱し猛然と襲いかかる。命中すればたとえ重装甲でもただではすまないと思われたが、高機動の『アネモイ』は、翼を翻すとひらりと躱す。金剛お姉さんは、めげずに斧を振り回すが、馬鹿にしたようにゼピュロスは木の葉のようにひらりひらりと躱していった。
「はぁぁ!」
『槍突』
『風刃』
槍使いのお姉さんが戦闘に加わり槍の武技を使用し、風使いのお姉さんが魔法の風刃を飛ばす。
「ハッハー! とれぇ、とろいんだよ、お前ら!」
体を捻り、高速の突きを躱して哄笑するゼピュロス。風刃は回避することもせずに、その身体にまともに受けるが、物理的な刃の力を持った風の刃は、命中した瞬間に雲散霧消してしまった。
「な! 私の魔法が!」
風使いのお姉さんが、消えてしまった魔法に驚愕して、金剛パーティーも同様の表情となる。
「く! シルフよ!」
「ウィンドエレメント!」
精霊使いのお姉さんと召喚士のお姉さんが使役している風の精霊たちに命令する。半透明の羽根をはやした小人が風の弾丸を撃ち、クリスタルのようなウィンドエレメントが風を纏わせて、ミサイルのように飛ぶ。
「無駄だ。この『アネモイ』には風属性は通じねぇんだよ!」
風の弾丸は、シャボン玉のように破裂して、ミサイルと化したウィンドエレメントは『アネモイ』の装甲に命中した途端に砂のようにサラサラと消えていってしまう。
「なら、これならどう?」
弓使いさんが、弓をつがえて矢を放つ。ヒュッと風斬り音を立てて、ゼピュロスに迫る魔法の付与された矢であったが、余裕の態度で眼前に迫った矢を掴んでしまう。
「遅え、遅すぎる。この『アネモイ』の高速機動、冥土の土産に見せてやるよ!」
一気に加速すると、ゼピュロスは瞬時に金剛パーティーたちと距離を取り、魔杖を向ける。
「おらよっ!」
『竜巻衝』
メカニカルなロングライフルに似た魔杖が光ると、逆巻く竜巻の弾丸が金剛パーティーへと撃たれる。人を簡単に飲み込める大きさの竜巻を前に、金剛お姉さんが盾を前に翳す。
『金剛体』
『巨大盾』
金剛お姉さんの身体がキラキラと輝き、盾が光を纏い巨大化する。竜巻は尖端をドリルのように尖らせて、翳された巨大盾にぶつかる。
「く、ぐっ! こんなもん!」
ミシミシと翳された盾が音を立てて、金剛お姉さんは歯を食いしばり耐える。だが、魔法で作られた巨大盾はジリジリと竜巻に圧されて、遂には破壊されてしまう。
「キャァッ」
「ウグッ」
魔法の欠片がキラキラと空中に舞い、竜巻の弾丸に金剛パーティーの数人は吹き飛ばされようとする。だが、金剛お姉さんが防御していたこともあり威力は大幅に減衰されていたために、魔法障壁は消えずに、すぐに体勢を立て直す。
「ほぅ? なかなかやるじゃねぇか。ちびを殺す前に、楽しめそうだ」
「ハッ! あたしらを軽く見た奴らがどうなったか、あんたにも教えてやるよ」
僅かに歪んだ盾を構え直し、金剛お姉さんがにやりと挑発する。
「おもしれえ。どうなるのか、教えてもらおうじゃねぇか」
せせら笑うゼピュロス。翼を羽ばたかせて、再び魔杖を構え直す。その余裕から、圧倒的な力を感じて、それでも怯まずに金剛パーティーたちは、戦意を露わにしていた。
「おほほほ、あなたら、楽しい玩具ねぇ?」
「グアッ、こいつ!」
「ひらひらと! ガハッ」
マティーニの面々は、フローラと戦闘をしているが、高速で鞭を振り回すフローラに撃退されていた。性能がガクンと落ちる『アネモイ』の量産型だが、それでもマティーニのおっさんたちには厳しいようだ。
「パパ! 私は回復魔法を使えるから、皆を助けに行かなくちゃいけないの!」
「回復魔法を……。いや、それでも危険だよ! あれはたぶん嵐兄さんだ。私が説得してくるよ」
「それはマナが尽きて、魔導鎧を脱いで、鎖で雁字搦めになった時にしようよ。あの人は火星からやってきた宇宙人だって、誰かが言ってたよ」
それは却下です。どうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。あの火星人が話を聞くわけがないし、確実に殺しにくるよ。テンプレだよ。地球人とはコミュニケーション取れないんだ。
「行きます! これは絶対に譲れないの! それに、遠くから魔法を使うし、これを使うから。ね? お願い! ピーマンがご飯に出ても食べるから! 早く行かないと、皆死んじゃう!」
金剛パーティーもマティーニパーティーも、ガンガンと武技や魔法を放ち抵抗をしているが、まったく当たることがない。ゼピュロスたちは弱い魔法を使って、からかうように攻撃をしている。パーティーがマナが尽きた後に嬲り殺しにしようと考えているのは間違いない。
早く助けに行かないと、美羽と家族の身も危ないんだ。護衛が殺られたあとに、俺たちも狙われる。モブは殺されましたエンドになっちゃうよ。
「それに金剛お姉さんたちが、やられちゃったら、あの火星人は私たちを追いかけてくると思うの! この間見たえーがで、こんなシーンあったの!」
元服パーティー以来、万が一のために常に持っておくようにと渡されているとっておきのアイテムを見せながら、必死になって説得する。むふーっむふーっと、アイスブルーの瞳に強い決意を光らせて説得する。
美羽の決意の光を見て、手で額を押さえながら苦渋の顔で父親はため息を吐く。
「美羽は好き嫌いないだろ。たしかに嵐兄さんは私たちを殺そうと追いかけてくるか………絶対に遠くからだよ? 危なかったら、絶対に逃げるんだ。いざとなったら、美羽だけでもそれを使って逃げるんだ。パパたちもなんとか逃げるから約束だよ!」
「あなた!」
「たしかに美羽の言うとおりなんだと思う。今、金剛さんたちを助けないと、反対に私たちの命が危険だ。それに美羽はこれがあれば逃げ切ることはできるよ」
「……美羽。絶対に逃げるのよ? ママたちは大丈夫だから」
母親も現状を理解したのだろう。そして、美羽だけでも逃そうと考えて、悲壮な顔で伝えてくる。うん、わからないわからない。俺だけ逃げても意味がないんだ。だからこそ、ここは食い止める。
「それじゃ行ってきます!」
シートベルトを外してもらうと、車から飛び出して、とっておきのアイテムを空へと放る。
「きたれ、カプセル怪獣『グリフォン』!」
放り投げられた大粒のエメラルドが光り輝き、魔法陣が空中に描かれていく。魔法の宝石は立体魔法陣に覆われて、核となり受肉していく。
「クェェッ!」
地上に降り立ち、咆哮するのは鷹の頭と翼に獅子の胴体を持つグリフォン。以前に粟国公爵家から貰った魔法の宝石だ。全長10メートルはある立派な空の王者である。
んせんせと、グリフォンによじ登って背中にぽすんと乗ると、片手を掲げる。
「ゆくよ、グリフォン!」
「クェェッ!」
俺の指示に従い、グリフォンは翼を大きく羽ばたかせて、空へと飛翔する。
今、グリフォンライダーが助けに行くから、待ってろよ、皆。遠くから回復魔法で支援するぞ。もしかしたら、グリフォンから落ちちゃう時があるかもしれないけど、子供だから仕方ないよね。




