84話 大歓迎のパーティーだぞっと
この世界は小説の中の世界だ。
なにが言いたいかというとだ。都心でこんなに広大な敷地を持つ屋敷が! と、大金持ちの友だちの家に主人公が訪れると驚くパターンあるよね? 現実ではそんな広大な土地を都心で持つなんて不可能だろと、読者が内心ツッコむやつ。
そういうよく小説とかで見る屋敷がこの世界にはあるのだ。前世ではどんなに金持ちでも、都心に森林付きの屋敷なんて持てないが、この世界の高位貴族は持っている。高位貴族は皇帝のお膝元に住む際に、土地に対する優遇措置があるからだ。
鷹野伯爵家もそのパターン。高位貴族なので広大な敷地に、森林付きで大庭園の大きな屋敷を構えているのだ。個人的には大きすぎる屋敷って、自宅という感じがしなくて、羨ましくないんだけどね。
空高くまで伸びている立派な木々が聳え立ち、その奥には庭園が広がっている。そして、その中心に屋敷が建っている………はず。今は大火事でもあったかのように煙が立ち昇り、まったく視界が通らないから、わからんけど。
のんびりと外を眺めていてしばらく経ち、鷹野家にもうすぐ到着すると思われていた。なにせ、あれだけ広大な敷地を持つ者って、ここらへんでは鷹野伯爵家だけらしいから。
だが、遠く地上に見えてきた屋敷は、どう見てもおかしい。サプライズパーティーの仕掛けにしても大掛かりすぎだ。
両親たちも煙は見えているので真剣な表情である。家族全員、魔法で視力強化ができないが、不穏な空気は嫌でも感じてしまう。
「芳烈様! すぐに着陸します。お屋敷でなにかあったようです!」
「わかりました。すぐに着陸を。それから、金剛さんたちに、なにが起こったのか確認してもらいます」
運転手さんの焦った声に、父親は頷いて指示を出す。オロオロしないパパかっこいい!
「あなた、武士団に連絡しましょうか?」
母親がスマフォを手にして、連絡しようと身構える。警察ではなくて、武士団に連絡しようとするママかっこいい!
この世界は『帝国軍』。魔物や犯罪をする魔法使いと戦う『武士団』。一般的な事件を扱う『警察』がある。
なんでこんな組織構成になっているかというと、時折都市に現れて、小規模の被害を出す魔物や、魔法を悪用する個人の魔法使い程度に軍は動けない。いや、動かしたくはないといったところだ。軍が動いたら、そっちの方が大事になっちゃうからな。
ならば『警察』が請け負うかというと、警察は平民が多いのだ。命をかけて戦うことを前提に作られてはいない。前世で言えば、お巡りさんたち全員がSWATになるようなものだ。その場合、普通の事件はどうするんだよという話。殺人の対応メインで『警察』は設立されたわけではない。治安を守るために存在するのだ。
なので『武士団』が存在する。原作ではさらに魔物退治に特化した『須佐之男』部隊があるんだけどね。
原作だと、オロオロしているだけで、『武士団』は影が薄かったんだよなぁ。なんというか、やられ役として存在する組織。怪盗に翻弄される馬鹿な警察のような組織に原作者はしていたのだ。
けれども、それはあくまでも原作のシーンだけで、その裏は精強な武士団がいたんだろう。頼もしい存在として皆が心強く思っている武士団に連絡をするべく、母親はすぐにスマフォを操作し始める。
みーちゃんは、尊敬の視線で両親を見つめる。キラキラオメメで動揺を見せない両親はかっこいいと見つめちゃう。あ、ママがスマフォ落とした。………動揺しているみたい。動揺しながらも行動できる両親って、かっこいい!
すぐに緊急連絡用を使い、武士団へと連絡をとろうとする母親だが、困惑げな表情となり、耳に当てたスマフォを再度眺め始めた。
「おかしいわ。圏外になっているの」
不思議そうにする母親のスマフォを、父親も横から覗き圏外であることを確認する。圏外だと確認して、眉をしかめて慌てて自分のスマフォも取り出すが、やはり圏外であった。都心の中でだ。
「この現象は、まさか………『雑音』の魔法だ! あれを使うのは禁じられているのに!」
それを見た元魔導省の父親は、すぐに何が起こっているのか理解して青ざめて叫ぶ。『雑音』って、なんだろう?
「パパ、『雑音』って、なぁに?」
ピッと小さな手をあげて、エクスキューズミー。みーちゃんは好奇心旺盛の少女なのだ。
「中級レベルの風魔法だよ。空間に『雑音』を作り出して、あらゆる通信機器、魔法的思念での連絡を妨害する魔法なんだ。周波数が少しでも変化させられると、通信機器はお互いに連絡をとれなくなるんだ。その脆弱性を利用した魔法なんだよ」
「お友だちと連絡を取れなくなっちゃうの!」
「そうなんだよ、みーちゃん。完全に遮断するには恐ろしく高度な魔法が必要になると言われているけど、これなら比較的簡単なんだ。だけど、法律で許可なくこの魔法を使うことは禁じられている。使用したことがバレたら、執行猶予無しで懲役5年以上、または1億円以上の罰金となる危険な魔法なんだよ」
焦っても、丁寧に教えてくれるパパに、そうなんだとコクコク真剣な表情でとりあえず頷く。マジかよ、そんな魔法があったのか。
……どうりで、原作では『ニーズヘッグ』との戦いで、軍隊呼べよというシーンでも連絡をとらないはずだ。……いや、どこかで説明してたかも。小説だからと、ご都合主義だと勝手に思い込んでいたフシがある。細かい記憶は忘れたからなぁ。
なんにしても、そんな魔法があることに驚きだ。有視界戦闘のみの世界にようこそってやつだ。ツゴウイイー粒子とか、名付けたらどうだろうか。魔物はそんな魔法は使わないから、明らかに対人専用の魔法だ。
この魔法がやばいことはすぐに理解できちゃうよ。たしかに通信って、そういうことをされると一気に使えなくなるよな。使用したら罪に問われる風魔法……。地球人の法律を気にしない火星人に心当たりあるんだけど?
『まずいよ、オーディーンお爺ちゃん、フリッグお姉さん。連絡が取れなくなったら、現代戦は一気にピンチになっちゃうよ!』
通信ができなくなるとは大変だと、モニターを映し出して、2人と話し合うことにする。両親は真剣な顔で話し合っており、ゲリとフレキが起きて、ふんふんと鼻を鳴らす。車は着陸できる場所を探して降下し始める。速度を落として、金剛お姉さんたちの乗っている装甲バンが前に出ていく。
『通信ができない? 科学的な通信機械が?』
『ううん、魔法的な物も妨害されちゃうみたい! えっと、雑音で周波数を変えちゃうんだって』
フリッグお姉さんが不思議そうにして、オーディーンのお爺ちゃんはそれは面白いと笑う。
『なるほどな。その魔法を考えた者は頭が良い。極めて合理的だ。強力な魔法には意味がないだろうが、通信程度ならば簡単に妨害できるであろう』
そうだよね。あらゆる通信が妨害されるとなると、俺もピンチの時に助けを求めることができなくなっちゃうよ。あわわ、どうしよう。なにか、良いアイデアないかな?
『俺たちの通信ができなかったら、強みが失われちゃうよ!』
通信機器を持たないで、通信をやり取りできるのが、可愛らしいみーちゃんと仲間たちの強みなのに。敵軍め、いつの間にこんな新兵器を作ったんだ。
『………ここは、そうね、大変ねと答えれば良いのかしら、お嬢様?』
『落ち着いている場合じゃないよ! 通信を妨害されるんだよ! 俺たちの通信が………あれぇ?』
ジト目のフリッグお姉さん。その視線を受けて、あれぇとコテンと小首を傾げちゃう。なんで、俺たちは通信ができてるの? 教えて、オーディーンお爺ちゃん。
『マイルームにある端末と同じだ。我らの通信はこの世界の魔法の影響を受けない。高次元間通信ということだな。本物の『魔法』というわけだ』
『なるほど、無線通信と光通信の違いとかなのか』
隻眼を光らせて、クックと笑うオーディーンお爺ちゃん。実に楽しそうで何より。なぁんだ。それなら……それでもピンチには変わらないな。
『こっそりと助けに来て! 今日の俺はメインジョブを神官Ⅱにしているから、武器の使い方も覚束ないんだよ!』
ジョブの熟練度システム。適正装備なら100%アップとかあったけど、それ以外にも現実化したら、デメリットがあるのに、この間気づいたんだ。
クラスが上がり、☆マークが増えるごとに、盗賊は短剣の腕が上がっていった。……ジョブを変えると、さてどうなるんでしょーか?
答え。その武器の使い方をきれいさっぱり忘れる、でした〜。今日の俺はメイン神官Ⅱ、サブ狩人Ⅰだ。神官は一応メイスを使えるけど、熟練度も1だし本職じゃないから、その腕は拙いし、狩人なんかⅠである。
今日の俺は、弓を持ってきていないし、メイスは冷蔵庫に入っているワイン瓶で代用はできなさそうだ。大ピンチである。気分はひと狩り行こうぜと、ネットの仲間たちと狩場に着いた後に、装備が採取用だったとか、そんな感じである。
「運転手さん、早く着陸して隠れよう!」
みーちゃんだけなら、なんとか逃げ切ることもできるが、両親は別だ。このままだと、なにかあった時に危険だ。両親が死んだら、闇堕ちする自信があるよ。
「早く、早く!」
運転席を隔てる壁をペチペチ叩いて、運転手が見える小窓にむにゅうと顔を押し当てる。かつてない危機感を覚える。俺はモブだから、巻き込まれないと思いたいが、過去に火星人はモブを皆殺しにするという酷いことを……とか、過去形で語られる死んだモブになるかもしれない。
了解と車が降下していく中で、俺は煙が吹き上がるのを窓から見つめる。『戦う』が使えないと、一般人の視力なので、何も見え………。煙の中から何かが飛び出してきた。
人影っぽいので、コマンドが表示された。オーケーだ。これなら力をだせるぞ。
『戦う』
コマンドを選択した途端に、視力が強化されて、煙の中から飛び出してきた相手がよく見えた。敵は2体。いずれも『魔導鎧』を着込んでいる。『魔導鎧』であることは予想通りであったが、そのシルエットに見覚えがあったので、俺は真剣な表情となる。目をこしこしと擦って、もう一度見るが、やはり幻ではない。本物だ、あれ。
というか、あれは……。『アネモイ』だ。『ニーズヘッグ』の風の傭兵が装備していた『魔導鎧』だ。見覚えがありすぎる機体だよ。
真紅の翼を羽ばたかせて、緑色の重装甲鎧を着込み、ロングライフルに似た魔導杖を手に持っている。ゲームでよく見た敵だ。しかもシルエットから推測するに、量産タイプじゃない。オリジナルの『魔導鎧』だ。ちくしょー。あれは厄介な相手だぞ。
これはまずいと、美羽は久し振りに焦って真剣な表情となるのであった。




