83話 引っ越しするんだぞっと
引っ越しすることになった。なってしまった。しなくても良いのに、することになった。
誰のせいだろうか。小さな幸せを見つけて、平和に暮らしていた家族を、魑魅魍魎の住む世界へと誘ったのは。
『ロキ』のせいだな。うん、ロキのせいだ。だいたい悪いことは『ロキ』のせいにしておけば良いだろう。
世界一素晴らしい家族を前に、鷹野美羽はそう考えることにするのだった。
「……とはいかないか」
鷹野家は引っ越しのために、『浮遊』が付与されている魔法装甲のリムジンに乗って、空を飛んで移動している。ふかふかのソファみたいな椅子に、備え付けの冷蔵庫から出したオレンジジュースを飲んでも気が紛れない。本来は空を飛んでいるのだから、もう少しテンションが上がってもおかしくないのだが、落ち込みーちゃんなのだ。
現実逃避をしながら、眼下に遠ざかる自宅を乗っている車の窓から眺めて寂しく思う。罪悪感もマックスである。悪人を殺しても罪悪感を抱かないゲーム仕様の俺だけど、他は普通の感情を持てることに、心の片隅で安堵もしちゃう。
なんか、自分が化け物にでもなったのかと、ちょっぴり考えていたのだ。考えただけで、自分の存在にまったく心が苦しくないのが、またゲーム仕様だなぁとも思ったりする。
ほら、ゲームキャラは、ゲーム中になんで俺はゲームキャラなんだって、考えて苦しまないじゃん? だから、俺もちっとも心は苦しくない。うーん、それこそが鷹野美羽の最大の弱点かもな。
一番怖いのは、心が化け物で、外側がありきたりの人間だとか、昔の小説などでちょくちょく言われるしね。
ふう、と銀色に近い灰色髪を手で直しつつ、サファイアのような美しいアイスブルーの瞳を曇らせて、美少女みーちゃんはアンニュイなため息を吐いちゃうのであった。アンニュイの使い方って、これで合ってるっけ?
『そうだな。その演技くさい態度こそが、お主の問題だと思う。お嬢よ』
窓にぷにぷにほっぺをむにゅうと押し付けて、可愛らしい姿を魅せちゃうみーちゃんに、宙に映し出された隻眼のお爺ちゃんは刺すような鋭い眼光で言ってくる。オーディーンのお爺ちゃんに演技くさいと言われるとは、なんかショックだぜ。
『え〜、私のどこが演技くさいわけ?』
わけわけ〜? と、むぅと頬を膨らませてご不満みーちゃんだ。演技をしている気はちっともないぞ。心の赴くままに生きているのが、鷹野美羽なのだ。
『ふむ………確かに、そう言われるとそうだな。とするとだ。これは興味深い。恐らくはお主には二面性がある。それなのに、人格障害などがないということは、それもまたお嬢の特性なのだろう』
白鬚を扱きつつ、オーディーンの目に面白そうだという光が宿る。俺的にはこれ以上、特性とかはいらないんだけど。びっくり人間じゃないんだし。
半眼になっちゃう俺だが、オーディーンは気にせずに推測を口にしてくる。
『恐らくはこの世界に生きる鷹野美羽、即ちこの世界に生きる本来の少女の性格と、ゲームキャラを操作するプレイヤーとしてのお主が融合して存在しているのだろう。だから、両親に見せる態度は演技ではなく、たんにアホなだけということなのだろうな』
『最後のアホという評価はいらないと思うんだけど? 家族思いの可愛らしい才媛なみーちゃんだぞ』
『アホでないなら、幼すぎる。……ふむ。本当に幼いのかもしれぬ。マイルームにいる間は不老だとすると………』
オーディーンの新たなる仮説には、たしかになと納得できるところもあるけどな。アホじゃないもん。でも、たしかに前世を思い出して、俺はなんでこんなことをしているんだろうと、苦悶したことはない。なるほど、この体に精神が引きずられているのではなく、本来の美羽の性格ってわけか。
不老とかなんとかは聞かなかったことにしておく。不安しか残らないしね。ちっこいままならどうしよう。いや、マイルームに入り浸らなければ良いのか。まぁ、そう考えると、多少の影響か。気にすることもないかな。
どうりで、闇夜たちと普通に楽しんで生活できると思った。利発なみーちゃんを演じて、なんか周りを騙している罪悪感が……なかったのはこれが原因か。チャーラーメンは、チャーハンとラーメンのセットの事だったのにと、がっかりしたのは美羽の性格からくるものだったのか。納得。俺のせいじゃなかったわけか。
『即ち、2つの性格が融合して相反することがないのは、『魔法』のなせる技だ。お嬢が生まれた経緯が気になるが、まぁ、今は他にも調べたいことはたくさんある。後で良いだろう。それよりも、ゲリとフレキを粗末に扱うなよ?』
『そんなこと呼ばわりとは酷い。でも、了解。子犬は大事に飼うから安心して』
オーディーンのお爺ちゃんに小柄な身体を丸めるように土下座をして、頼み込んで借りたのだ。これは絶対に必要なことだった。夜中に出かける不良みーちゃんだと思われても、まったく気づかなかったことで、落ち込む金剛お姉さんたちや、マティーニのおっさんたちがいてもだ。
この世界が小説の世界だからだろうか。いや、前世の護衛も同じだったのだろうかはわからんけど、彼らは極めてフィジカル面では強い。言い換えれば、脳筋ということだ。
襲撃者には強いが、こっそりと忍び込む敵には対応できないと思うんだよ。フリッグお姉さん然り、こっそりと俺が出掛けても気づかないしな。
『まぁ、これで忍び込む敵は気付けるのではないかしら。ゲリとフレキには『気配感知』があるようだし』
新たなモニターが宙に浮かび、妖艶なる笑みを浮かべて、フリッグお姉さんが会話に加わる。
『うむ。狼なのに『気配感知』できない方がおかしい話だ。当然だろう。ゲームでも2匹のステータスは見えなかったのであろう?』
『オートアタックをする名前だけの存在だったからなぁ。ステータスは見えなかった』
オーディーンお爺ちゃんの言うとおりだ。あくまでもゲリもフレキもオーディーンの付属品。パーティー枠には入らずに、『ゲリとフレキも攻撃した!』と、表示されて、オーディーンのお爺ちゃんの後から現れて攻撃すると画面外に去っていく。よくゲームで使われる表現であった。ほら、他のゲームでも商人軍団とか、ダンス軍団とかが現れて敵に攻撃するだろ? 同じような感じだった。どこにいるかもわからない謎の存在だったのだ。
『魔導の夜』は、そこらへん凝っていて、オート攻撃ができる持続魔法や、『浮遊剣』などもあった。俺もピキーンとか呟いて、「いけ、ソードビット!」とか新人類ごっこをしたものだ。
『現実ならではというわけだろう。ゲームでもマスキングされたステータスやスキルがあったのだ』
『たぶんそうだろうね。でも、これで少なくとも母親は大丈夫かなぁ。父親もなんとかしたいんだけど』
小説の世界では、ほいほいと簡単に侵入者が主人公たちの前に現れる。厳重な警備なのにとか、だいたい主人公は驚くけど、フルアーマー装備で立っているのは、威嚇にはなっても、本来の侵入者にはまったく役に立たないんだ。恐るべし、小説の世界。護衛は隠れて潜入する敵には極めて弱いのである。護衛の意義が疑われます。
みーちゃんが守る屋敷では、漏れなく見つかってもらう。子犬がキャンキャン鳴いて護衛に伝えるのだ。万が一には戦うけど、見つけるだけで問題はない。護衛はフィジカル面では強いのだ。侵入者を見つければ、よほどのことがない限り負けないだろう。
任せたよとゲリとフレキへと視線を移す。対面に座る母親の膝に乗って、おなかを見せながら、すよすよと2匹は寝ている。その姿からはまったく野性を感じない。
母親は笑みを浮かべて、子犬たちのお腹を撫でている。隣に座る父親も、そっとフレキのお腹を撫でて嬉しそうだ。父親はペットを飼ったことがないらしいので、興味津々だ。わかるわかる。ペットは癒やされるからね。しかも人語が解るゲリとフレキは、どんな犬よりも頭が良いし。
『父親の方は難しいわね。でも、なんとかできる方法はあるのでしょう?』
『うん、スタンピードの報酬がある』
フリッグお姉さんの言うとおりだ。このあいだのキングマンティス戦を含むスタンピードイベント。イベントクリアしたら、報酬が手に入ったんだ。
手に入ったのは武器を素材を使わずに強化できる強化水晶。これは被害をどれだけ防げたかにより個数が変動したようで、マックスの10個を貰えた。そして、固定報酬としてのアイテムだ。
『体力上昇の腕輪:レベル20、HP+50、体力+5』
魔法使いではない父親たちは弱い。常にモブ市民はレベル1である。なので、予想HPは12から8。これはレベル1での基本HPから推測している。まぁ、ゲーム仕様の俺とは違うとは思うけれどもな。それでも、装備しないよりかはマシだ。
それに合わせて、もう一つプレゼントする予定。
『レプリカドラゴンリング:レベル5、防御力+5』
一見すると、なんの変哲もない鉄の指輪だ。……俺たちの目にはだけどね。ほんの少しだけ防御力が上がる指輪で『機工士』のジョブで作った。無いよりはマシなアイテムだが、一般人ならこれでも助かるアイテムのはず。
謎の投資家が、お見知りおきをと、父親にプレゼントする予定のアイテムである。
ちなみに普通の人たちが、俺たちの装備を身に着けた際、一番性能が良いのが反映されると思われる。指輪、腕輪、ネックレス。3つまで装備できるんだけど、複数の指輪を持つ場合はレベルの高さ、次がマスキングされた性能順である。
………これは、オーディーンお爺ちゃんが検証した結果だ。なので、仮説の段階でもある。装備実験をしたのは人間ではなくて、鼠を利用したらしいからな。
『これなら、………うーん、不安しか残らないけど、マシだと思うよ』
『我らの弱点でもあるな』
『弱点?』
『そうだ。恐らくはこの世界の住人は、ゲーム仕様ではないアクセサリーならば、複数装備できる。相反する効果の装備でない限りはだが。過去の歴史を調べたところ、織田信長は王冠にサークレット、指輪をすべての指に嵌めて、ネックレスをジャラジャラと山ほど身に着けている。肖像画の殆どがそうだな』
『あぁ……用心深かったのね。でも、それって織田信長のイメージが崩壊しちゃうんだけど? 成金の下品なおっさんにしか見えないんだけど?』
物凄く見栄えが悪い。今の皇帝は装備していなかったので、イメージを大切にしたんだろうね。
『ニコニコと笑っているので、恐らくは相手の反応も楽しんでいたのだろうな』
『そっか。そこは信長っぽいね』
複数のアクセサリーねぇ。俺たちは装備できないんだろうな。羨ましい。でも、アクセサリーをジャラジャラと着けている人は現代ではあまり見ないな?
『優れた魔道具を作る技術が失われたのか、そもそも信長だけが、そのような強力な魔道具を作れたのかは解らん。その代わりに現代では、複数の効果が付与された『魔導鎧』があるからな。ジャラジャラと嵩張るアクセサリーは廃れたのだろう』
『なるほど。『魔導鎧』は良いところもあるけど、過去の技術を失わせる発明でもあったのか』
技術の隆盛はあるあるだよね。ところで、お爺ちゃん、俺の心を読んでいない? まぁ、いっか。
『アクセサリーを集めておこう。フリッグお姉さん、お願いできる?』
『良いけど、貴女の継ぐ家にもなにかあるんじゃないのかしら?』
『あぁ〜。たしかにね。そろそろ到着するあそこに?』
空をフヨフヨと浮遊車でもある魔法リムジンは飛んで移動したので、あっという間に到着すると思ったのだけれども………。
「パパ、ママ、なんか煙が見えるよ」
窓からは立ち昇る噴煙が見えた。森林と見間違える木々が聳え立つ広大な庭、そして西洋風の大きな屋敷が遠くに見えるけど、合わせて火山噴火でもあったかのような噴煙が立ち昇っている。
大歓迎をする準備かな。パーティーでもしてくれるのかね。




