79話 陰謀渦巻くんだぞっと
鷹野美羽10歳。この歳で鷹野伯爵家の当主となりました。
「パパ、とーしゅって、なぁに?」
俺はバッターの方が良いんだけど? DHでお願いします。
「後で教えてあげるよ、みーちゃん」
父親の裾をちょいちょいと引っ張ると、小声で答えてくれてから、皇帝へと平伏する。
「ははっ。陛下からのご下知。しかと芳烈はお役目、承りました!」
時代がかかった物言いである。戦国時代から変わらないことの一つだそうな。なんかかっこいいよね。
でも、内容が問題だ。承ってほしくなかったよ。
こうなった理由は複雑な要素が絡み合った結果と言える。
まず大前提は、シザーズマンティスたちの大行進だ。多くの人々が死に、皇帝の威信が奈落の底に失墜するだろうイベント中に、よりにもよって騒ぎを起こした宇宙人がいるのだ。
ワレワレハウチュウジンダーと、隠し芸を見せる程度ならともかくとして、アホな宇宙人は危険な魔法を使った。あの時、龍水のお婆ちゃんは看過していたが、皇帝は周りに影響が出ないように、さり気なく警備員を集めておいたらしい。
警備の配置が宇宙人のお陰で変わってしまったのだ。スタンピードが起こった際に、貴族側も下手したら被害が出ていた。さて、その時に警備の注目を集めていたのはだぁれという話だ。
答えはもちろん、鷹野嵐。龍水のお婆ちゃんが焚き付けたと、俺は推理しているが証拠はない。それに炊きつけなくとも、同じ行動をしていた可能性は高い。
なので、当初の風道爺ちゃんの目論見どおりに、頭を下げてしばらく謹慎させておくという甘い処分は不可能となった。『ロキ』の一味と勘ぐられたからだ。
こいつのアホな姿を見れば、それはないなと皆は納得するかもしれないけどね。少なくとも、嵐は廃嫡が決まった。
ならば次は誰が当主になるのかという話だ。鷹野家をお取り潰しにするわけにはいかない。なにせ運輸業の大手だ。分割して分家に管理させようとしても、混乱は必至だ。余波で失業者がどーんと出ることは皇帝としても防ぎたい。
流通を司る大手企業を分割させたくはないとの思惑もある。この世界はダンジョンが存在し、魔物溢れる世界だ。救援物資や軍事物資を運ぶのに、大手の運輸会社は必須なのだ。
他の大手企業に吸収させようとしても、元は鷹野家だと思えば、混乱を恐れてどこも嫌がるだろう。前世みたいに他のチェーン店を簡単に買収するようなことはできないのであった。風魔法が使えない企業を買収しても旨味がないしね。
だが、嵐を放置することはできない。風道も隠居させなくては示しがつかない。そして、当主として分家の誰かを選ぶにも、しばらく混乱は必至だ。
なによりも、鷹野家には麒麟児がいることがわかっている。ヒヒーンとキリンの真似が上手な美少女がな。
回復魔法使いである上に、その陰で風魔法も使いこなせると、『ロキ』がその潜在能力を示してしまった。おのれ、ロキめ。あいつが『竜巻剣』を乱発して、なんちゃって風結界を作るからである。その時の光景から、美羽は高位の風魔法適性もあると考えられてしまった。
この説は極めて説得力があった。なにせ、鷹野家は風魔法の名門。本来は風魔法で覚醒するはずなのだ。それがなぜか聖属性にて覚醒した。回復魔法ばかりに目がいっていたため、気づかなかったが、本当は聖属性と風属性の2属性持っていたのだと。
そして、武力も財力も持っていないなんちゃって子爵ではホイホイと誘拐されてしまう可能性もあることもわかってしまった。31人しかいない回復魔法使いなのに、誘拐されてはとても困る。
帝城家が後ろ盾だといっても、限界を見せてしまった。後ろ盾は所詮は後ろから守ってくれる程度でしかない盾なのである。直接的な介入にはどうしても後れを取ると、周囲に見せてしまった。
36家門の当主ならば、どのような所でも護衛を付けて移動できる権限がある。何をするにも財力と権力、そして武力を用意できる力を持っている。
そうだ、可愛らしくって愛らしい鷹野美羽を当主にしてしまおう。そう考えたらしい。龍水公爵はそのため、俺の父親を説得していたのだ。
父親にしても、今のままでは守りきれないと痛感したらしい。みーちゃんは自分の身は自分で守るから大丈夫なのにね。
なので、風道爺さんが引退することと、住む場所は別にすることを条件に受けたのだとか。情報のソースはフリッグだ。あのお姉さんはスパイの神だったっけ? フリッグお姉さんは、簡単に手に入った情報よと、謙遜していたけど、簡単の基準が一般人にはベリーハードではないかと、疑っています。
様々な思惑が交錯した結果、俺は当主になっちまったわけだ。正直気まずい。ごめんね、パパ、ママ。心の中で謝ります。
引退しても、結局は風魔法の最高レベルで儀式魔道具を作れるのは風道だけとなれば、影響力はそんなに消えまい。魔法が使えない父親を蔑む奴もいるだろうし、チャンスとばかりに、乗っ取ろうとする輩も出てくるかもしれない。
ゲーム仕様の俺では儀式魔道具は作れないのだ。ただし可能性はあるけどね。試してみても良いレベルの賭けだ。今度試すつもりである。
「魔導省上がりでは、家門を経営するなどできまい。3年だ。3年間、経営に詳しい余の部下を貸してやる。その間に基盤を作り、土台を固めるのだな」
「はっ! ありがとうございます」
皇帝のお優しい気遣いだ。父親が困らないために、人材を貸してくれるらしい。至れりつくせりである。このまま家門を乗っ取ろうとか、俺を傀儡にしようというお優しい気遣いに泣けてくるぜ。
父親が泣きついて、もっと貸してくださいとお願いすれば、わかったと笑顔で返して、影響力を最大にしようとする心遣い。さすがは皇帝だ。
たしかに、父親には敵が多いだろう。明日には横領で捕まる専務とか、袖の下を貰って、月末には懲戒免職になる常務とか。自分の派閥を作ろうと張り切っているがセクハラで訴えられる予定の役員とかな。敵がたくさんいるんだ。
父親はこれから自分の味方を作らないといけない。大変だ。今はそれどころじゃないのにな。
とりあえず、赤字経営のレストランのいくつかを謎の投資家と共同経営にしたら良いと思います。きっとそこそこ真面目で、そこそこ忠実な人材は誰かをさり気なく教えてくれるだろうぜ。
俺もお手伝いを頑張っちゃうぞ。肩もみするし、皿洗いもする、みーちゃんダンスも見せちゃうぞ。
これからのことを考えていると、皇帝が話を終えて、手をひらひらと振る。宇宙人相手に少し疲れた模様。
「では、これで沙汰を終える。パーティーを楽しむが良い」
「な、馬鹿な! なんで俺様が平民なんぞにっ! こ、グハッ、離せこのやろう!」
呆気にとられていた宇宙人が気を取り直して、暴れ始める。すぐに近衛兵が押さえつけて、動きを封じる。インペリアルガードは最高の『魔導鎧』を装備しているから、かなり強いんだ。
「本当に愚かだな。最後の贅沢になるかもしれんのに。おい、こいつを放り捨てておけ!」
もはや叱責することもしない皇帝。宰相も不敬だと口に出して怒ることもしない。あまりにも酷いからだ。この宇宙人はまさしくザマァキャラだ。原作ではいなかったけど、現実にいるんだなぁ……。恨むなら世界観を設定した作者を恨んでね。
さすがに魔法を使って暴れるのはまずいと、ちっぽけな理性が働いたのだろう。グレイのように両脇を武士にとられて運ばれていった。きっとこれからはエリア52というダンジョンで頑張るんだろうな。逆恨みしてきそうなので、警戒だけはしておくか。
醜聞を高位貴族の前で見せちゃった鷹野家。てこてこと階段を降りてパーティー会場に戻る。高位貴族の前で処罰をしたことで、鷹野家の罰としているのだろうことは、簡単に推測できる。これから貴族社会で暮らしていくのに、素晴らしいプレゼントだ。
俺たちを見て、馬鹿にしたような顔でヒソヒソ話をする者たち。目端の利くものは反対ににこやかな笑みで近づいてくる。窮鳥を懐にいれると暖かいからな。
「いよう! 大変だったな。あ〜、芳烈と呼んでも良いか? 燕楽と俺のことも呼んでくれ。これからは同じ高位貴族だしな」
最初の相手は粟国燕楽のおっさんだ。快活な笑いで父親の肩を軽く叩いて、フレンドリーな体育会系のノリを見せてくる。まずは内角高目でビビらせるコースで良いかな? バシバシ三振を取る所存です。
「芳烈よ。困ったら儂を頼るが良い。引退しても、多くの貴族に顔は利く。それにまだまだ魔道具製作に、儂は必要であろうからな」
2番、バッター風道爺さん。まずは出塁を目指すようだ。狡猾な光を瞳にギラリと宿し、父親に話しかけている。隠居させられたのに、まったく諦める様子はなさそうだ。
「芳烈殿。この度は私の不甲斐なさに恥ずかしく思う。申し訳なかった」
「いえ、王牙さんが謝ることはありません。充分にご配慮して頂きました」
「そう言ってもらえると助かる。これからも帝城家は鷹野家と手を取り合っていきたいと思います」
「もちろんです。よろしくお願いします」
筆頭侯爵の王牙のおじさんが、近づいてくると、深く頭を下げて謝罪をしてきた。慌てて父親は謝罪を受け入れて、頭を上げる王牙のおじさんと硬い握手をする。
侯爵家が皆の前で謝罪するほど、重要な相手だぞアピールだ。その様子を見て、馬鹿にしていた貴族の何人かが、態度を変えるか迷い始めた。
「俺もその同盟に加えてくれ! なにせ、うちもやらかしているからな。その分のお詫びもしねぇといけねえ」
握手をする二人の拳の上に、自身の手のひらをかぶせる燕楽。すげぇな、強引にも程があるが、公爵なのだ。押しのけることは難しそうだ。押しの強い気持ちの良い熱血漢のノリだから、下心があまり見えないんだ。
それを見て、わらわらと多くの貴族が集まってくる。馬鹿にするよりも、ここは仲良くなったほうが良いと考えたようだ。
「やれやれ、鷹野芳烈。これが貴族社会だよ。覚えておきな。ようこそ魑魅魍魎が蠢く世界にね」
カラカラと笑いながら、龍水のお婆ちゃんもやってきて、父親はてんやわんやとなっちゃう。無理もない。これからは大変だ。俺も自分のチームを作るべく頑張るぞ。
神無公爵が離れたところにいて、話しかけに来ないのが気になるけど、今は放置でいいだろう。
それよりも重要なことがあるんだ。
「ママ大丈夫? お腹痛くない?」
腹周りが緩やかなドレスを着ている母親に話しかける。
「大丈夫よ、みーちゃん」
心配げに俺は母親の様子を気遣う。最近少し太ったかなと思っていたら妊娠していたらしい。ニコリと微笑みを返してくれる母親に、辛そうな影はない。悪阻は終わったのかな? どちらにしても、子供ができたらしい。
やったね、みーちゃん。弟か妹ができるよ。これからはもっともっと頑張るぞ。えいえいおー。




