77話 お昼寝していたんだぞっと
窓から射し込む太陽の光が弱くなり、徐々に夕闇が部屋を包み始めていた。太陽の光が失われ始め、薄暗くなると、部屋の電灯が点く。
煌々と明かりが灯る部屋は、いつか見た上品な内装の部屋であった。政治家が仮病を使い閉じこもるのに使われるような個室だといえば、イメージは湧くだろうか。
高価なソファにテーブルが置かれており、応接セットが揃っている。調度品もひと目で高価だとわかるが、成金じみた雰囲気はなく、落ち着いた空気を醸し出している。
横にはキングサイズのベッドが置かれており、その布団はふかふかそうだ。贅を尽くした部屋であるが、一つだけ普通と違うものがあった。点滴に血圧計、傍らには静かに女性の看護師が待機しており、この部屋が病室だと教えてくれた。
しかも美羽たちには見覚えがある部屋であった。4年前に美羽が闇夜を救った時に使われた病室であった。
以前と同じく、ベッドに美羽が寝ている所まで同じであった。銀に似た灰色髪の幼い少女は、すよすよと気持ち良さそうに寝ている。
うにゃうにゃと寝息を立てて、可愛らしい寝姿だ。
「うにゃー。ホーンベアカウはうさぎだったの……」
寝言を呟いて、寝返りをうつのは、最強を目指す幼き美少女の美羽だ。何回か寝返りをうつと、ようやく目が覚めたのか、ゆっくりと目を開けて、ふわぁと欠伸をした。
「よく寝た〜。ここどこ〜?」
きょろきょろと周りを見渡して、コテンと小首を傾げて、またふわぁと小さくお口を開けて欠伸をした。こしこしとおめめを擦って、寝ぼけ眼で不思議そうにする。
バトル中は全く疲れを感じなかったが、トランクに忍び込んで目を瞑ったら、疲れが一気に吹き出して、本当にお昼寝しちゃったのだ。真面目に誘拐されていても、気づかなかったかもしれない。それだけキングマンティスとの戦闘には強烈な負荷が身体にかかっていたのだろう。
ゲーム仕様の身体だけど、戦いが終わると疲れるんだよね。小説仕様になってしまう。疲れて倒れるのは、イベントとして当たり前ということだろう。もしくは、普通の身体に戻ったとも言える。どっちかなぁ。
白いシーツの柔らかな感触が気持ちよくて、さわさわと触っちゃう。年相応の無邪気な少女に戻った美羽は、もう一度辺りを見渡す。広いお部屋には見覚えがある。ここは以前に入院した病院だ。ここは病室だな。
壁際には看護師さんが座っており、何やらパソコンを弄っていたが、俺が起きたのに気づいて、細めの眼鏡をクイと持ち上げた。いかにも私は師長ですといった、厳しそうな女性だ。
「起きたのね、お嬢様」
「フリッグお姉さん? 変身スキルなんて持ってたっけ?」
コテリと首を傾げて、身体も傾げて、パタリと倒れてしまう。ね、眠い。まだまだたくさん眠れるぞ。かなり疲れているなぁ。やはりキングマンティス戦はかなり無理があったよ。
コロンコロンと転がる俺に、婦長さんは薄く笑う。
「この世界は魔法の世界。だから、護衛も魔法を感知する魔道具に頼りすぎている。潜入するなら、『幻影魔法』か『姿隠し』を使うと思い込んでいるわ。人間はもっと簡単に変装できるのにね」
カツラとカラコン、そして僅かなお化粧よと、フリッグはウィンクをして教えてくれる。フリッグお姉さんの面影も全く見えない厳しそうな女性だ。
「フリッグお姉さんは、スパイなの? それとも盗賊?」
「私は女神よ。愛と貴金属を司る女神フリッグよ」
「愛と豊穣の女神じゃなかったっけ?」
「豊穣と貴金属って、同じ意味なのよ。今度古典を調べてご覧なさい?」
「息を吐くように、小さい娘に嘘をつかないでください」
ジト目で平然と嘘をつくフリッグを見ると、フフッと微笑み、フリッグは肩をすくめると、壁に寄りかかり腕を組む。いちいちかっこよく決まっているお姉さんだこと。
「で、お昼寝の間の話を聞きたいかしら?」
「そんなに時間は経過していないの?」
「4時間といったところかしら」
3日経っているとかいう話ではないらしいので、ホッと胸を撫で下ろす。両親に心配かけたくないからね。んん? でも、なんで誰もいないわけ?
「パパとママはどこ?」
美羽を心配して、絶対近くにいると思っていたのに、これはおかしい。………まさか怪我をしたとか? 焦りを覚えてしまう。
「怪我をしていたら治さなくちゃ! 状態異常? すぐに神官の熟練度を上げなきゃ!」
いかなる傷も癒して、どのような状態異常をも治す魔法を手に入れる必要があるのかもしれない。どこか、ダンジョンに籠もりに行こう。そうしよう。
ぺしぺしと、シーツを叩いて、いつでも出撃できるぞと、灰色髪の美少女が慌てるのを、呆れた顔でフリッグは笑う。
「大丈夫よ。貴女の父親はなにか話があるらしく、龍水公爵というお婆さんに捕まっているわ。母親は貧血でふらついたから、医者に見てもらっているようよ」
「ダンジョンに向かうぞ! すぐに複合ジョブの、ワブ」
「落ち着きなさい」
ベッドから飛び出そうとする俺の頭を、フリッグが近づいてきて、ペシリと叩く。
「もう。貴女は家族のことになると、本当に後先考えないのね。大丈夫、貴女が心配させただけ……というより、あれは………」
「俺が心配かけちゃったの? こんなに良い子なのにどうして!」
心配かけるようなことはしていないはずだ。品行方正で良い子なみーちゃんなんだぞ。キングマンティスの件は誤魔化せたよね?
ふんすふんすと、鼻息荒く興奮して、幼き美少女は手でシーツを激しく叩く。おかしいだろ。
「貴女は全く自覚していないようだけど、誘拐されかけた設定なのよ? 両親が心配するのは当たり前でしょう?」
「ガガーン! 盲点だった! そうか、たしかにそのとおりだ………しょぼーん」
スタンピードを誤魔化すことばかり考えていて、そっちは全く考えていなかった。迂闊だったよ。みーちゃん反省。ぽてりと倒れて、そのまま眠っちゃうぞ。
「まだ話もしていないでしょ? 聞きたいの、聞かないつもりかしら?」
「ごめんなさい、フリッグお姉さん。で、あれからどうなったの?」
気を取り直して、フリッグお姉さんに向き直ると、軽く頷いて、これまでの経過を語ってくれる。
「貴女は誘拐されたけど、運ばれなかった。神殿に潜入した魔物使いの魔法使いと争って、財宝を運ぼうとしていた者たちは死体で見つかったの。貴女は呑気に車のトランクの中で寝ているのを保護されたわ」
「それは御愁傷様」
財宝を前に仲間割れ。まぁ、テンプレだよな。良かった、みーちゃん保護されて。
「財宝はほとんど無かったわ。隠し部屋にあったのも含めてね。大判小判が詰まった千両箱があったけど、部屋の広さに比べると明らかに少ない。『ロキ』が盗んでいったと騒いでいるわよ」
「ふむ。『錆びた綱』は?」
「回収済みよ」
「やった! やっぱり『錆びた綱』は神殿にあったんだ。これで皇城に忍び込まなくてすむよ」
ちっこい指をパチリと鳴らして喜んじゃう。これで神器を3つゲットだぜ。ゲームだと、少し前に見つかって、天空の城の宝物庫に雑に仕舞ってあるんだ。少し前にという言葉が気にかかってたんだ。隠し部屋には『ドローミ』しか無かったしな。
「信長は中々考えたものね。隠し部屋に強力な魔道具を仕舞っておけば、宝物庫の隅に転がっている綱なんて、誰も気にしないもの」
「『錆びた綱』を覚醒させると、『グレイプニル』になるんだけど、『グレイプニル』は神器の中では、唯一しょぼい性能なんだよね。使用すると魔物を『拘束』する。魔物使いが魔石を加工して仲魔に変える際の成功率50%アップ。『魔物使い』以外は使わない神器。まぁ、魔神復活には必要なアイテムなんだけど」
ゲームと違って簡単に手に入ったことだけ、喜ぼう。天空の城に忍びこむのは、恐ろしく大変だったんだよ。その割に微妙な性能だったんだ。ゲームあるあると言えよう。
「………でも、財宝がほとんど無かった?」
ジト目で見ちゃうよ? この世界の金はダンジョンからも産出されるため、前世の数分の1の価格で安い。高価なのはアダマンタイトやオリハルコン、ミスリルなど魔法金属だ。なので、2000億円相応の金の大判小判といったら部屋にいっぱいの金があったんじゃないの?
「国にとっては大したことのない金額よ。私たちで有効活用しなくちゃいけないわ」
しれっと答えるフリッグお姉さん。やはり、フリッグに任せるとこうなっちゃったか。
「手数料だけ貰っておいてと言ったのに……」
「惜しむらくは、上手くマネーロンダリングしないと、すぐに足がつくところ。大量の大判小判を売り払ったら、怪しまれるわ。だから、私が適切に保管しておくから安心してね」
この世で一番安心できない微笑みを見せるフリッグさんである。
「それに、今後裏で動くのに役に立つでしょう。『ロキ』が暗躍している証拠として残しておくのよ」
「大判小判が売り払われたら、誰かが気づくということかぁ。ヘンゼルとグレーテルのパンくずなのね」
「なかなかハードボイルドな言い回しをするじゃない。そのとおりよ。お菓子の家には誰もいないのだけれども」
『ロキ』かぁ。ゲームでも、ちらほらと足跡を残すキャラだった。神出鬼没な彼女の足跡をわざと残すというのはナイスアイデアだ。さすがフリッグお姉さん。こういうのに慣れすぎている感もあるけどね。
「でも『ロキ』を殺して良かったの? ストーリーに大きく絡むのでしょう?」
「うーん、原作ではちらちらと出てきたし、ゲームでも重要な情報を持ってきたけど、その情報は記憶しているしね。別に良いでしょ」
面白半分にスタンピードを巻き起こす奴だ。この先も色々と良いこともするけど、悪いこともする。しかも変身する相手はほとんど殺していたからな。退場必須だろ。ストーリーだと変身していた警備員の死体があった。なんていう描写だけでもたくさんあったんだ。
原作者も変身相手は閉じ込めただけとかの筋書きにしておけば良いのに。殺したと描写したのは、相手の姿を奪うキャラとしてテンプレの行動だろうと考えていたフシがある。
「それじゃ、二代目『ロキ』は予定通り、貴女が襲名するのね?」
「うん。『ロキ』は15年前から見られている。俺が産まれる前からね。だから、疑われることがない。アンダーカバーとしてはちょうど良いでしょ」
襲名式はジュースとお菓子で良いだろ。
「その残酷なところは、傲慢なる神様らしいわね」
フリッグの言うとおりだ。俺は傲慢だと自覚はあるよ。悪党とはいえ、殺しても全く罪悪感がないからなぁ。否定をするつもりもない。そして、止める気もない。とはいえ、悪人専門の必殺仕事人になるつもりもないけどね。そこまで正義感はない。場合によるだろう。うーん、やはり傲慢なのかもね。
「片端から悪人を殺しまくって、世界平和を目指すなんてことはしないけど、『ロキ』は危険すぎるから。『道化師』は人々に笑いを与えて、やはり面白おかしく立ち回らないといけないと思います」
「そうね。後は………そろそろ護衛が戻ってくる時間ね。『魔法感知』の魔道具をそこらじゅうに配置していたの」
「で、フリッグお姉さんは、普通に入ってきたと」
監視カメラばかり気にして、横を人が通り過ぎていっても、気づかないパターンだなぁ。
フリッグは看護師らしい空気を纏わせて、ウィンクをすると部屋から去っていく。入れ替わりに父親たちが入ってきて、美羽が目を覚ましているのに気づいて喜びの笑顔になった。
「良かった、みーちゃん。起きたんだ」
「おはよ〜、パパ、ママ!」
闇夜たちも後からやってきて、喜んでくれる。騙している罪悪感はあるけれども、仕方ない。
新たなる『ロキ』が暗躍しちゃうぞ。世界平和は目指さないけど、身内平和は目指すつもり。
『道化師』たる『ロキ』。今日を区切りにその行動は変わるのさ。世間に優しい悪戯を巻き起こしていこうじゃないか。モブな美少女は楽しい空気を世間にフーフーと吹きかけるぞ。
灰色髪の幼き美少女は、ニヤリと笑い、アイスブルーの瞳を煌めかせるのであった。
ところで、なんでフリッグお姉さんは思念ですむのに、病室まで潜入したかだけど、その方がハードボイルドだからだってさ。やっぱり女スパイじゃん。




