74話 迷宮の奥
隠された神殿の最奥にいた守護者『ヘラクレスナイト』。無限とも言えるスタミナと、物理魔法両方に強力な耐性を持ち、持っている武具は現代の最新武具を上回る力を持つ、黄金のヘラクレスカブトムシ型の魔物だ。
しかし様々な武技を使用して、立ちはだかる敵を屠ってきた神話の魔物は、角を折られ、脚は切り落とされ、地面に倒れ伏している。美しかった金色の外骨格は、無惨にも砕かれ黒焦げになっていた。
「ようやく倒せたか……。予想外の犠牲であったわ!」
汗を拭い、老人は忌々しそうに周りを見渡す。自身の高弟であった優れた『魔物使い』であった魔法使い9人のうち、5人が倒れている。頭のない者や、上半身だけの者、胸に大穴が空けられている者など、ひと目で息絶えているのがわかる。
自分たちが使役していた魔物もケルベロスは真っ先に倒されて、サンダーバードも撃ち落とされて、他の魔物も殆どやられてしまった。切り札の『地獄の番人』を使役して、ようやく倒せたのである。
戦闘は終わったが、老人たちは既にボロボロで満身創痍であった。
「驚いたよ。皇帝の力を使っても苦戦するとはね」
肩で息をして、疲れたようにロキも口を開く。予想以上に強かった『ヘラクレスナイト』の力に少し驚いてもいた。
「神話の半神半人である『ヘラクレス』を真似た魔物と聞いたことがあるが、悪ふざけにも程があるネーミングの魔物であったな。……しかし、これだけの力を持つ魔物の魔石を手に入れることができたのだから、犠牲を出しただけはあるか……」
老人は顎を撫でながら、倒した『ヘラクレスナイト』を見て、迷った顔になる。魔石はもちろん回収し、儀式魔法にて加工して魔物使い用の魔石にするつもりだ。魔物使いは魔石を手に入れたら、その場で魔物を使役できるわけではない。しっかりと加工しないといけないのだ。
「……こんな化け物が貴方の物になったら、もう無敵じゃないかな?」
さり気なく、倒れている『ヘラクレスナイト』の亡骸に手をそえて、付いた血をぺろりと舐めるロキ。
「もう少し小さければ良かったのだが。まぁ、それでも使い道はいくらでもある。それよりも封印の扉を開けろ、ロキ」
「わかった。さて、財宝はあるのかな? ……なんだこれ? 信長は変な人だったんだね」
悪戯そうにロキはクックと笑うと、扉に近寄り手を翳そうとして、扉に書いてある文字を見て、肩を傾げる。
『営業時間9時から17時まで。昼休憩12時から13時まで』
そう書いてあったのだが、後ろの老人たちは気にする余裕はなく怒鳴りつけてくる。
「さっさと開くのだ!」
「はいはい。わかったよ」
皇帝に変身しているロキが真銀の扉に触れると、どこからか機械音声のような声が響いてくる。
『皇族の血を確認。解放します』
魔法の力を持つ真銀の大扉は、朽ちることなく、錆びることなく、銀の輝きを見せている。その大扉がロキが触れたことにより、仄かに光り開き始めた。
ゴゴゴと音を立てて、分厚い真銀で作られた扉は開いていき、老人たちは警戒して中を覗き込む。
「おぉ! これは素晴らしい!」
そうして、中の光景を目の当たりにして、感動の声をあげるのだった。老人の高弟たちも、その光景を見て、感激の声を上げる。
「本当だ。これは素晴らしい!」
隠された財宝。口伝のみで怪しい話だと考えていたロキも、予想を超えた光景に感嘆の声をあげた。
部屋自体は50メートル四方の部屋であり、そこまで広くもない。壁も石造りで、なんの変哲も見えない。劣化が見えないので、魔法石を使っているのだろうが、神秘的なイメージを与えるための、神話的な彫刻などが彫られた壁画もない。
だが、そのシンプルな部屋だからこそ、財宝の輝きがわかった。
そこには千両箱が所狭しと置いてあり、蓋が開かれて、大判小判が溢れ出していた。その中には宝石や真銀で作られた壺なども覗いている。黄金の輝きで埋め尽くされており、その煌きがロキたちの顔を照らしており、奥には祭壇が見えて、離れていてもわかる強力な魔力を持つ剣や槍、ネックレスや指輪に、他にも様々な魔道具が置いてあった。
「いやはや……信長は財宝のイメージをわかっているようだ。これだけの輝き、僕も初めて見るよ」
「うむ。まさしく金銀財宝の山というイメージをこれでもかと与えてくるな。まさかここまでとは」
いったいいくらあるのだと、黄金の輝きに魅了された魔法使いたちは、先程までの不満はどこへやら。ニヤニヤと笑って、財宝を眺めていた。
「さて、あの奥にある魔道具。その中に儂の求めている魔道具もあるはずだ。あらゆる魔物を操れるという『ドローミ』があるであろう」
ニヤリと老魔法使いは狡猾なる笑みを浮かべると、杖を握りしめてゆっくりとロキへと顔を向ける。ロキは皇帝の厳つい顔に似合わない笑みをニッコリと浮かべて、老魔法使いを見る。
「で。なにが言いたいのかな?」
「神無公爵との約束もここまでという意味だ。財宝部屋まで協力して向かうのが当初からの約束だ」
「たしかに。そんな契約だったね。で?」
「ロキ、貴様が手強いことは知っておる。しかし、この人数には敵うまい? これから先も取引があるかもしれぬからな。疾く去れ。この黄金を持てるだけ持ってな」
老魔法使いの言葉に、ロキはキョトンとした顔になったあとに、ケラケラと笑った。
「いや、もう用無しだと殺されると思ったんだが、意外と理性的だよね」
「金で雇われる、凄腕の魔法使いは少ないからな。で、どうする?」
ロキの言うとおり、その選択肢もあったのだが、この先脱出することを考えると、この魔法使いと争う利は無いと老魔法使いは考えたのだ。ロキは所詮は雇われ傭兵。この財宝の幾ばくかを与えれば、あっさりと神無公爵を裏切るとも考えていた。
だが、ロキは肩をすくめて、クックと笑い、顔を俯ける。すぐに頷くだろうと予測していた老魔法使いは怪訝に思い眉を顰めて、さり気なく高弟へと合図を出す。高弟たちは、率いる魔物に臨戦態勢をとらせて、警戒を始める。
「………答えはいかに? ロキよ」
「ふふふ、アハハハ。悪いね、僕は大金よりも、混乱が大好きなんだ。なので、神無公爵にこの財宝は渡すつもり。貴方は約束通り、欲しい魔道具と、半分の財宝を手に去ったらどうかな?」
俯けていた顔を持ち上げて、ロキはケラケラと楽しそうに嗤う。嗤うロキの顔は不気味に歪んでおり、怖気を感じて老魔法使いは後退るが、すぐに杖をロキへと向けて、険しい顔となった。
「戦うというのか? 皇帝の力でも儂らには敵わぬことはわかっているはずだ。力量では負けていても、それを補う数が揃っておる。凡百の魔法使いとは、儂らは違うのだぞ?」
老魔法使いとしては、ロキと戦いたくはない。脱出することを念頭に置いて、これ以上無駄に戦力を削ることはしたくないからだ。
だが、戦って負けるとも考えていない。自分と高弟たち、そして使役する魔物たちならば、皇帝一人を殺すことはできる。たしかに皇帝は強い。だが、老魔法使いたちも、闇の世界で有名な魔法使いなのだ。高弟の助けがあれば苦戦はしても、確実に殺せるだろう。
「そうだね。皇帝では無理だ。この身体はたしかに強いけど、君たちも強い。負けることは確実だ」
「ならば、財宝を持って去るのか?」
ロキも戦力差を理解していたかと、ホッと老魔法使いは安堵をするが、警戒を解くのは間違いであった。
「でも、たった今手に入れたこの姿ならどうかな? 君たち相手ならば充分に試せると思うんだ」
クックと嗤うロキの姿が粘土細工のように崩れて、異様なる姿へと変わっていく。変わっていく姿に、老魔法使いたちは目を剥き驚愕する。
「な、なにっ! そ、その姿は!」
「ふふ。この姿なら勝てるよねぇ? なにせ、さっき試したばかりだからさ」
老魔法使いの前には倒したばかりの『ヘラクレスナイト』の姿であった。皇帝の姿を借りたロキの力を借りて、なおかつ切り札たる魔物を使ってまで倒した神話の魔物であった。
「知らなかったのかい? 僕は相手の血を飲むことで、変身できるんだよ。今さっき『ヘラクレスナイト』の血を飲んだだろう?」
ロキとしては、このまま老魔法使いを放置して、去っても良かった。その選択肢はあったのだ。なにせ神殿前には神無公爵の精鋭が待っており、今まさに神殿内へと入っているはずなのだから。
ロキは渡された通信機を使い、合図を出していたのだ。なので、ぶつかり合う2つの勢力を高みの見物を行い楽しむこともできた。
しかし、ロキの悪癖が出た。予想以上に強かった神殿の守護者『ヘラクレスナイト』。その力を手に入れたので、試したかったのだ。手に入れた姿をすぐに使うのは、ロキの悪癖であった。
黄金の外骨格を持つ『ヘラクレスナイト』に変身を終えたロキは、驚愕する老魔法使いたちへと、からかうような口調で言うと、トンと飛翔して『ヘラクレスナイト』の死骸の側へと降り立つ。
「変身時の弱点は、装備がないことだけど、目の前にあるからねぇ」
『ヘラクレスナイト』の死骸の側に落ちている魔法剣と盾を拾い上げて、スッと剣先を老魔法使いへと向ける。
「くっ! そのようなことが! やれ、『地獄の番人』!」
老魔法使いが杖を振り上げて怒鳴る。黄金の魔物に変身したロキの背後がゆらりと揺れて、空間から漆黒の毛皮と、爛々と輝く血の色のような真っ赤な目をした猿のような悪魔が現れると、剣のように長い闇の爪を振るってくる。
強固なる黄金の外骨格を砕いた必殺の爪だ。『地獄の番人』の漆黒の爪は強力な闇属性の実体のない魔法の爪だ。『ヘラクレスナイト』の外骨格でも防げない攻撃であるのだ。
「ダメダメ。その攻撃は見せちゃっただろ? 同じ手品は見せないでほしい」
『雷光三連』
ロキの持つ魔剣が紫電を発した瞬間、雷光が地獄の番人を通り過ぎていった。地獄の番人は腕を振り上げた状態で、ぐらりと身体を揺らし、ピシッと輝線が身体を通り過ぎる。
輝線の数は3本。輝線を境目に、ズルリと身体が傾げて、分断されて床へと落ちていくのであった。
「これで、貴方の手持ちの魔石はゼロかな?」
「ぬぅぅ! おのれぇ、ロキー!」
怒りで額に血管を浮かせて、老魔法使いは叫ぶ。
「雷と剣の力。貴方たちで試させてもらうよ!」
楽しげにロキは『ヘラクレスナイト』の力を奮う。老魔法使いたちも魔物へと命令をして、魔法を放つ。
炎が燃え盛り、氷が吹き荒ぶ。風が刃となり、雷鳴が光り、魔物の咆哮が迷宮に響き渡った。そうして、しばらく戦闘音が聞こえて、静寂へと変わる。
戦闘は終わり、立っているのは黄金の魔物の姿を取るロキだけとなっていた。
「これは凄いや。武器があれば無敵かもね。君もそう思わないかい?」
老魔法使いたちの死体が床には転がっていた。その手に持つ魔剣から血を滴らせて、カブトムシの顎を動かして、ロキは満足そうに振り向く。
「そうですね、さすがです、ロキ様」
迷宮の奥から、足音を立てずに黄金の髪を靡かせて、美しい女性が現れると頭を下げる。
「神無公爵の使いかな? 財宝を回収しにきたんだろ?」
「はい、財宝を回収しに参りました」
ロキの言葉に美しき女性、フリッグは妖艶なる笑みを浮かべた。




