73話 隠されし神殿
キングマンティスの現れた森林奥。森林は皇城内にあるのだが、さすがに広大な敷地のために手が回らないのだろう。鬱蒼と繁った雑草に、押し合うように枝葉を伸ばす木々。用事がなければ、このような所には誰も来ない。
だが、今日は違った。ぽっかりと大道が森林の中を貫くように存在している。木々は圧し折れて、草木は踏み荒らされていた。マンティスたちが移動した跡である。パーティー会場に近い森は鉄蜘蛛の『火炎槍』により燃え盛っており、煙が噴き出し、視界が利きにくい。
そして、大道の作り出された先にはぽっかりと大穴が開いていた。地面から盛り上がって現れた大穴は10メートルはある。
『隠されし神殿』だ。現代では誰も知らない神殿は、皇族以外では封印は解けないはずなのに、今は開かれていた。
この神殿のことを知っている者がいたら、なぜだと疑問に思うだろう。この神殿は皇族にすら秘匿されており、ある子爵家に伝わる口伝でしか、その場所を知ることはできないはずであったからだ。
森林の中のたった一本の木。その木に皇族が定められた合言葉を口にして、マナを流す。そうすると、神殿の扉が開く仕掛けであった。
初代皇帝が万が一のために隠した財宝がある神殿であり、子孫には伝えられなかった。なぜならば、伝えた途端に、必要もないのに財宝を手に入れようと、神殿の封印を解くことは容易に考えられるからだ。
そのため、当時側近の中でも、実直で爵位の低い者に初代皇帝は伝えた。いつか、皇族が困難に陥る時に、伝えてほしいと。
しかしながら、当然の流れとでも言うべきだろう。長い時の中で、子爵は没落し口伝もどういう意味かもわからずに放置される結果となった。
なので、神殿の封印が解かれることはあり得なかった。たまたま偶然に、ある『魔物使い』の一派が知らなければ。その一派が神無公爵と組まなければ。
そして、皇族にも変身できる悪名高き魔法使い『ロキ』を神無公爵が雇わなければ。
偶然と必然と野心が重なり合った結果、隠されし神殿は封印を解かれたのであった。封印を解かれた神殿は、中に入ると自動的に天井の光が点くようになっており、内部の様子がわかる。穴から地下へはかなりの距離があり、まるで地獄に通じているような距離のため、灯りがつかなければ、恐怖に襲われてしまうだろう。
数百メートルはある階段を降りて、神殿に辿り着くと、その光景が目に入るが、まるで通路を広くしたピラミッド内部のようだった。
皇帝が作ったのはざっと400年以上前にもかかわらず、神殿内の壁や天井には亀裂も埃もなかった。ただ、かび臭い古さを感じさせる澱んだ空気があるだけだ。
隠された神殿とは言うが、神殿内部は簡素なものであった。彫刻も何もない。単なる石造りの床に壁や天井。天井は真昼のように神殿内部を煌々と照らしているので、魔法が付与されているのはわかるが、後は神殿と呼ぶのもおこがましい造りであった。
単なる迷宮。通路は巨大で、延々と石造りの通路が続く光景を見れば、誰しもがそう思うに違いない。それに加えて、迷宮だと思う理由はもう一つある。
通路にはおびただしい魔物の死骸が転がっているからだ。様々な魔物の死骸が通路には山となって積み重なっている。
クワガタやカミキリムシ、セミに蝶。虫ではあるが、虫ではない。その身体は最低でも2メートルは超えて、大きいものでは5メートルはある。単なる虫ではない、異形の魔物たちだ。
一匹一匹が、鉄蜘蛛とも戦える力を持つ魔物たちであったが、その全てが倒されていた。身体を引き裂かれて、炎で焼かれたもの、氷漬けになっているものほか、様々な形で倒されていた。その横には多くの砕けた魔石も転がり、灰色の石へと変わっている。
迷宮自体は一本道で、延々と続いており、奥では激しい戦闘音が聞こえてくるのであった。
何かを打ち合う金属音と、魔法なのだろう爆発音、噴煙が通路を埋め尽くす。
『烈火息吹』
3つの頭を持つ巨大なる犬が、口を開けて炎を吐く。激しい炎は通路で燃えあがり、対峙する昆虫の魔物は焼き尽くされて、黒焦げの死骸へと変える。
『雷鳴羽根』
身体が雷で作られている鳥が、稲光を発して炎から逃れた昆虫の魔物たちを撃ち倒す。
『岩石落とし』
『突撃針』
『豪腕』
岩の甲羅を持つ亀が、岩石を作り出し、敵を押し潰す。金色の針を身体から生やすハリネズミが、自身の針を撃ち出す。巨大なゴリラが、牙を剥きだしにして、その丸太のような腕を振り下ろす。
そのたびに昆虫の魔物たちは減っていくが、ただやられるだけではない。昆虫の魔物たちも、顎で身体を食いちぎり、毒で混乱させて、音波で魔物たちを砕いて、迎え撃つ。
昆虫の魔物たちと、獣の魔物たちの激しい戦闘が、隠された神殿では行われていた。
「くそっ! 敵の数が多すぎる! なぜ、皇族の隠し財宝がある神殿に、ここまで魔物がいるのだ!」
苛立ちながら叫ぶのは、老齢の魔法使いであった。獣の魔物の後ろには10人の魔法使いが立っており、杖を振り獣の魔物たちを操っていた。
皆、それぞれ強力な装備を身に着けており、マナを感知できるものならば、その秘められたマナの大きさに驚くであろう。それほど、超一級品の装備を10人の魔法使いは身に着けていた。『魔導鎧』を装備せずに古代に作られたローブや、アクセサリー、杖を持っている時点で、その力がわかろうというものだ。
「確かに子孫がピンチに陥っているから、財宝をとりに来ているのに、魔物が立ちはだかるとはおかしなことですね」
「気取ったことを言っている場合か! このままでは、手持ちの魔石が尽きてしまう。貴様も戦闘に加われ、『ロキ』よ!」
老人が隣で、何もせずに悠々と戦闘を眺めているスーツ姿の男に怒鳴りつける。スーツ姿の男は冷笑を浮かべて肩をすくめる。
「僕の仕事はこの神殿の封印を解くことだけだったと思うけどね」
からかうような口調に苛立ち、憤怒の表情に老人は変わる。
「貴様が封印を解くことを失敗したのだろうが! そうでなくては、魔物たちが襲いかかってくるとは思えん!」
「僕は失敗してないよ。少しだけ封印の解除を失敗させたのはわざとさ。だって、キングマンティスたちを動かさないといけなかったからね。神無公爵は大虐殺が必要だったんだ。完全に封印を解くと、キングマンティスは置物となっていただろうよ。君もその提案に乗ったはずだ。上手く外に誘導したのは君たちなんだからね」
「くっ。集めた口伝では、神殿の守護神はキングマンティスとその子供としかなかったのだ。現に入り口にキングマンティスと卵はいたしな。まさか、排除したあとも、魔物がいるとは……」
「だろぉ〜? それじゃ、僕を責めるのはお門違いってやつだ」
痛いところをつかれたと、苦虫を噛んだような顔となる老人へと、スーツ姿の男は言う。忌々しそうに、老人は杖を振る。
「その顔で、その言動。イライラする」
「八つ当たりはやめてくれないかなぁ」
ケラケラと笑うスーツ姿の男の顔は、先程皇城のバルコニーで演説をしていた男であった。即ち、皇帝のものである。
白髪混じりだが、まだまだ覇気を感じさせる活力に満ちた顔つき、鋭い目つきは、まるで鷲のようであり、強い意思を表すかのように、威圧感を与えてくる。
「ん〜。皇帝に変身しなくては、この神殿には恐ろしくって入れないよ」
腰に下げた刀を片手で触り、イメージと違う軽薄な口調で答えるスーツ姿の男。その名は『ロキ』。
混乱を求める『道化師』。あらゆる人間や魔物に変身でき、本人も知らない潜在能力すらも引き出す魔法使い。今日麻薬組織を潰したと思ったら、明日は人間を捕まえて、裏の奴隷商人に売る。没落した貴族の息子として活躍して、英雄となると思ったら、金持ちの娘に化けて、孤児たちを徒に殺す。悪人にも善人にも等しく金で雇われる傭兵魔法使いでもある。
悪名高いが気まぐれな魔法使い。それが『ロキ』であり、その正体は誰も知ることはできなかった。
「まぁ、この奥には君たちの望む魔道具があるんだろ? 財宝は神無公爵が使う予定らしいし、僕はこの日本が大混乱するところを特等席で見ることができる。ウィンウィンな関係だ」
神無公爵のこれからの戦略をロキは知っている。同じく目の前の老人も。皆はそれぞれの利益のために行動していた。ロキは楽しみのためだが。
「皇族を上回る力を持とうとするなんて、実に楽しそうだ。この国は混乱するだろうし、その中で悲喜こもごも、英雄譚が生まれたり、下剋上が起きたりと、楽しい未来がこの先待っていると思うと、ゾクゾクするね」
身体を抱きしめて、恍惚の表情となるロキ。皇帝の姿を借りているために、その姿はなんとも違和感があった。
「ならばこそ、このままでは全滅だ。魔石がそろそろ尽きる。撤退を考慮せねばならん」
「それは困るなぁ。でも、そろそろ最奥ではないのかな?」
ようやく昆虫の魔物たちを排除できて、老人たちの使役する魔物たちが勝利の咆哮をあげるのを耳にしながら、ロキは通路の奥を見通そうと目を細める。
強化された視力により、通路の奥が見えるが、そこには真銀製だろう大扉があった。強大なマナを宿しているため、最後の封印だろうことも予想できた。
「ちっ。儂にも見える。だが、あの扉の前に立つ魔物は厄介だぞ」
黄金の外骨格を体に纏う5メートルは背丈のあるカブトムシが立っていた。器用に2本脚で立っており、人間の手代わりであるその複数の前脚には、剣と盾を持っている。
頭に生える立派な3本の角がきらりと光り、その強者の装いから、扉を守る最後の守護者だとひと目でわかった。
「『ヘラクレスナイト』だ。僕も初めて見るよ。文献では読んだことがあるけどね」
「儂もだ。あやつは神話の魔物だぞ。かなりの強さを誇る」
ゴクリとつばを飲み、緊張と怯えを見せる老人を横目で見て、薄っすらとロキは冷笑を浮かべる。
「あれは僕も戦いに加わろう。さすがに厳しいだろうからね。それに急がないと。スタンピードで外は大混乱だろうけど、それでも悠長なことはできない」
「ふん。シザーズマンティスが1万匹だぞ。今日だけで収まる混乱ではない。だが、貴様の言うことも一理ある。さっさと倒すとしよう」
「了解だ」
ロキは刀を鞘から抜き放つ。老人たちも杖を構えて、魔物を使役する。
そうして最後の守護者を前に、ロキたちは激戦を繰り広げるのであった。




