72話 プランLなんだぞっと
キングマンティスへと手を伸ばしていたが、振り返って声の主への体を向ける。人というか、闇夜であった。油断なく、見たことがない真っ黒なかっこいい刀を手にして、凛とした顔で俺を見てくる。
どう見ても、みー様なのに、闇夜は警戒の表情だ。どうやら上手くいきそうだなと、内心でホッと安堵した。誰も俺を警戒していなかったら、まずいことになっていた。闇夜が来るのは予想外だったが、ちょうど良いや。
『フリッグお姉さん?』
『オーケーよ。ただいま尾行中ね』
フリッグに思念を送ると、すぐに望んでいた返事が返ってきた。やるね、フリッグお姉さん。
『プランLね。気をつけてね、お嬢様』
『大丈夫。任せていーよ』
ドロップアイテムは、後でのお楽しみにして、闇夜たちへと顔を向ける。どやどやと武士団や冒険者たちが俺の前に集まってきた。どうやら漏れたグレーターマンティスたちは倒したようである。
「フッ。俺の名前は『疾風迅雷』という」
お胸を張って、ムフンと答えてあげる。正体はナイショだよ。
「上辺を取り繕って、その可愛らしい姿で騙されるとでも? 下手くそな変装のフリをして、私たちを馬鹿にしています?」
闇夜が厳しい声で詰問口調で尋ねてくる。先程まではフレンドリーだったはずの金剛お姉さんやマティーニのおっさんたちも警戒していた。よしよし、フリッグお姉さんの作戦どおりだ。
「貴様っ! 聖奈様ではないな!」
倒れているキングマンティスを確認して、武士団の隊長さんっぽい人が前に出てきて、怒鳴ってくる。だから、聖奈じゃないと言ったでしょ。
「みー様とか言わないでくださいね?」
ニッコリと微笑む闇夜。その目は凍える吹雪のようだ。ちょっと怖いよ。
「あ〜、確かに言われてみりゃ、当たり前のことだったね」
ポリポリと頬をかき、俺をみーちゃんだと確信していた金剛お姉さんが話に加わる。どうやら、美羽が戦闘中だと闇夜に説明したのだろう。気まずそうな顔だ。
俺はコテンと首を傾げてみせるが、闇夜は騙されないと、目つきを鋭くする。
「みー様とは、一緒に来たのです。帝城家の車でです。この意味がわかりますか?」
「ほう、どういう意味なんだい?」
斜めに身体を傾げて尋ね返す。みーちゃん、わかんないよ、バブバブ。ふざけるように問いかけると、名探偵闇夜は、ズバッと答えてきた。
「そのようなローブは持ち込んでいませんでしたし、たとえ持ち込んでいても、そのダガーと指輪には絶対に気づきます。恐ろしいマナを感じますので」
「ふむ? すこし変わったダガーと、安物の指輪に見えるんだけどな?」
俺の目には、本当にそう見えるんだ。美少女嘘つかない。だが、みーちゃんの素直な返答は、闇夜には届かなかった。
「ふざけないでください! その魔道具は離れていても恐ろしい力を感じます! そんな魔道具をみー様がもっていたら気づかないはずはありません。貴方は何者ですか? そして、みー様が見つからないそうです。どこに連れていきました?」
詰問してくる闇夜である。俺がみー様だとは、まったく信じていない模様。
当然の帰結であった。俺が世界一可愛らしい美少女の美羽だと、よくよく考えれば信じるものなどいないのだ。
その理由は俺はこの強力なアイテムを手に入れることはできない立場だし、手に入れても隠すことができない。なにせ、この世界はアイテムボックスも、無限に入るズタ袋もないのであるのだから。お部屋の宝箱に隠しておくなんてできないのだ。
バレちゃうのは確実だからね。『マナ』を隠せる魔道具を使わない限り。そして、みーちゃんはどう考えても、手に入れることはできない。
加えて、10歳の子供がキングマンティスをソロで倒せるか? 明らかにおかしいだろ。しかもたまにダンジョンに潜るから、闇夜は俺の腕前を知っている。まさかのスタンピード中に、達人を超えた人外の短剣使いになったとは、想像もできないに違いない。
そして、この世界では、このような悪ふざけをするキャラがいるんだよ。小説ならではの、場をかき乱す道化師が。しかもここに来ていたのだ。
「今まで力を持っていなかった者が、突如として強力な力を振るう。見たこともない強力な魔道具を手に、聖女と同じ力を持ち、それなのに本人ではない………。人々を助けたと思ったら、反対に攫ったりするものなのか? 姿を変える………聞いたことがありますぞ、闇夜様。気分屋の『道化師』と呼ばれる『ロキ』です。悪名高き傭兵魔法使い!」
隊長さんは考え込み、ブツブツと呟くと、ハッと気づいたように答えを口にする。ありゃりゃ、自分で名乗ろうと思っていたんだけど、ちょうど良いや。
あり得ないことを除外した結果は、必ず真実になるのだと名探偵ホームズは言っていた。なので、その考えに行き着く可能性はあったんだけどね。
「『ロキ』とは?」
闇夜の険しい顔に、隊長は苦々しく頷く。
「この帝都に数年前から姿を現している魔法使いです。世界各地でテロを起こして、苦しむ人々を救う。悪政を行う施政者を打ち倒す革命軍を助けたり、反対に独裁国家の手伝いをして、革命軍を倒すと、とにかく混乱を巻き起こす正体不明の魔法使いです。最初にその姿を見たのは15年前だと言われています」
「聞いたことがあるよ! 誰にでも変身できる魔法使いさね」
金剛お姉さんも、敵対する可能性がある有名な魔法使いなので、噂話を知っていた模様。
「あぁ、しかも変身した相手の魔法を全て使えるとか。驚いたことに、相手の潜在能力も引き出して扱えるそうです」
説明係のモブ隊長さんなのだろう。ありがとう、たいちょーさん。平凡なモブ魔法使いが強大な魔法を使ったり、ショボい腕前の剣士が達人となったりするのは、原作では『ロキ』が化けていたのだ。潜在能力まで使えるとか、原作者は『ロキ』を強くしすぎだろ。
そうなのだ。そんな魔法使いがいるのだ。実に小説のキャラらしいテンプレのストーリーを混乱させるタイプだ。主人公を助ける謎の婆さんから、敵対する幹部に化けてとにかく混乱を巻き起こす事が好きな魔法使い。人間どころか、魔物にも変身できるチートキャラなのだ。
隠されし神殿の封印を解くのが、皇族に変身した『ロキ』だ。これは、ゲームのサイドストーリーで知った。たぶん、原作にあった設定なのだろうが、俺は10巻までしか読んでないからね……。知らないんだ。
なので隠されし神殿はたしか封印を解く方法は皇族のみだと憶えていたんだ。覚えていた理由はあそこの隠し部屋には、隠し財宝があったからだ。殆どは解放された当時に盗まれていたけど、小部屋があってそこに有用なアイテムがあったんだ。
それを取りに行くサイドストーリーをしているときに、NPCの誰かが言っていた。誰が言っていたかは忘れた。依頼をしてきた怪しい『魔物使い』だったけど、最後は俺を騙してその財宝を奪おうとして、経験値となったキャラだったし。
本来は封印を解放される前に見つけて、この世界から退場を願おうと思ってた。プランAだ。だが、ムニンでは探せなかった。隠れて行動する『ロキ』たちはムニンでは見つけることができなかったのだ。
なので、隠されし神殿が解放された場合のプランをフリッグお姉さんと話し合った。封印された神殿が解放された時の場合だ。
スタンピードが起こる。まだ勢力も持っていない俺は裏で動くことはできない。でも、死んじゃう人々をそんな理由で見過ごすことはできないよな?
美羽の弱点でもあるゲーム的思考になることも予想できるしな。きっと俺は突撃して、クエストをクリアしようと頑張っちゃうだろうからね。
なので、どうすれば良いか、フリッグと考えた。今回のストーリー、そして現れる敵の種類。このパーティーで発生するのかはわからないが、念の為だ。
そこで一つの案が出された。
自重しないで、フルパワーを見せちゃおう作戦だ。どう見ても美羽なのに、その装備と腕前は美羽ではあり得ない。そっくりさんが暴れまくる。この人何者?
「ふふふ、よく知っていたね。僕の名前は『ロキ』。混乱と混沌を愛する魔法使いさ。以後お見知りおきを、皆さん」
ちこんと可愛らしく頭を下げて、挨拶をする。
作戦名プランL。ロキになりすましちゃおう作戦だ。この作戦の良いところは、本人が本人の真似をしても、ここまでそっくりなのかと、相手が勘違いしてくれるところだ。
うん、本人の真似とかよくわからないよな。でも、ちょっぴり迂闊な俺はこの作戦がピッタリなんだよ。まぁ、ほんのちょっぴり迂闊なだけだから、大丈夫だとは思うんだけど。
主人公を混乱させて、ストーリーをかき混ぜるキャラのロキに今回のことは全て押し付けちゃうんだ。
そうして、天才子役の可愛らしいみーちゃんの挨拶に、皆は癒やされて、笑顔に変わる。
とは、ならなかった。
「ロキ! みー様はどこにいるのですか? なぜみー様のフリを?」
目の前にいます。とは、答えられないので、肩をすくめて答えてあげる。
「今回の僕は忙しくてね。トリプルブッキングぐらいの仕事が重なったのさ。その中で、あの娘を攫うこともお願いされていたような気がするよ。そうだなぁ、きっと今頃は車でドライブじゃないかね? この娘はかなりの才能を持っているようだね。本当はちらっと姿を見せて隠れるつもりだったけど、あまりの才能に思わず張り切ってしまったよ」
丁寧なそれでいてからかうような口調で答えてあげる。『ロキ』は手に入れた姿の性能を試すテンプレ的変身キャラの悪癖があるんだ。なので、みーちゃんの姿で楽しんだというシナリオなのだ。
天才女優みーちゃんはこの後、ダッシュで敵の用意した財宝を運ぶ用の車に飛び込んでお昼寝をする予定である。
「金剛さん!」
「あぁ! 任せな!」
闇夜が鋭い声をあげると、金剛お姉さんたちが頷くと離れていく。武士団の何人かも同様に走り出す。
「おや、君は行かないのかい?」
むふふと笑って、闇夜へと声をかける。俺ってば名演技じゃね? 天才俳優として、デビューしようかな。
「まずは貴方を捕らえることからです! みー様の姿に変身するなど許せません!」
「僕は人々を助けたんだよ? 感謝状を貰っても良いと思うんだけど?」
「ならばこのままご同行願おうか。これだけの功績だ。莫大な報酬が陛下から授けられよう」
隊長さんが厳しい目つきで伝えてきて、周りの武士がさり気なく包囲しようと囲んでくる。まったく言動と合っていない行動だよな。
だが、このようなシーンはテンプレだ。名俳優みーちゃんはテンプレどおりに行動しちゃうぞ。
「残念だけど遠慮をしておくよ。では、またどこかでお会いましょう」
丁寧に礼をしておさらばだ。あばよ、とっつぁん。
「逃しません!」
闇夜が高速の踏み込みをしてくる。だが、『魔導鎧』を着ていない闇夜はレベルが低いので相手にはならない。注意するのは、隊長さんたちだ。完全装備の彼らのレベルは高い。
インペリアルアントが俺を庇おうと前に出て盾を構える。闇夜の刀が盾に当たり火花が散る。そして、インペリアルアントの身体が沈み込むと、ちこっとHPが減った。
へ? インペリアルアントのHPが減ったよ? 盾で防いだのに? なに、あの刀? 攻撃力ありすぎじゃない? インペリアルアントはレベル45の聖騎士でステータスの高い魔物だ。めちゃくちゃ防御力あるんだけど?
「うぉぉ!」
隊長さんたちも、俺へと切りかかってくる。まずい!
「インペリアルアント!」
『聖騎士の誇り』
すぐさま、インペリアルアントが俺の命令どおりにスキルを使用する。インペリアルアントのスキルにより、俺への攻撃は無効化されるが、これはやばい。
「そんじゃ、まちゃあおー」
はわわと、慌てて噛んじゃうが、逃げられなかったらまずい。両親に不良だって怒られちゃうよ。他にも色々と困った事態となってしまう。
シュタッと、小さく手をあげて、スキルを発動させる。
『隠れるⅣ』
推定レベル60から70は無いと、『隠れるⅣ』は見破ることは不可能だ。皆の前で姿を消すと、美羽はちっこい手足を振って、慌てて逃げるのであった。少し最後がかっこ悪いけど、仕方ない。練習はなくて、いきなり本番だったしな。
すたこらさっさ。そんじゃね〜。
インペリアルアントがボコボコにされるのを見ながら、この場を離れる美羽であった。正直すまんアリさん。後で再召喚したときに角砂糖あげるから。
………そういえば、バトルが終了してもインペリアルアントは消えなかったな? 時間制限なのか、召喚系統は色々と調べないといけないな。




