70話 激闘。王対女王なんだぞっと
「ひょえー」
何やら鉄の塊が悲鳴をあげて、お空を飛んでいく。アイスブルーの瞳をキラキラと輝かせて、美羽はちっこい手を合わせて祈った。
「戦車へーさん、ありがとうございました」
ドッカンと地面に転がり火花を散らし煙を噴いている鉄蜘蛛さん。頑張って耐えてくれてありがとう。お陰で盗賊Ⅳを極めることができました。
ステータスボードに燦然と輝く盗賊Ⅳの☆9個。やったね、みーちゃん。盗賊を極めたよ。
鷹野美羽
レベル43
盗賊Ⅳ:☆☆☆☆☆☆☆☆☆
狩人Ⅰ:☆☆☆☆
HP:338
MP:198
力:131
体力:157
素早さ:403
魔力:89
運:226
固有スキル:鍵開けⅣ、盗むⅣ 隠れるⅣ、気配感知Ⅰ、狙うⅠ、短剣装備時攻撃力100%アップ、弓、銃装備時50%アップ
スキル:盗技マスター、短剣技Ⅳ、弓技Ⅰ、初級神聖魔法Ⅲ、初級神聖範囲魔法Ⅱ
単純なスキル構成だ。もう少し、神聖魔法のレベルを高めないといけないかも。ソロ狩りには神聖魔法は必須なんでね。
だが、今ではない。今はキングマンティスを倒すお時間だ。
『範囲小治癒Ⅱ』
鉄屑と化した戦車が遠くに放り投げられた時に、ちらりと見えたおっさんに回復魔法を飛ばしておく。魔導障壁があるから、投げ飛ばされたぐらいならたぶん大丈夫だろう。魔法使いの場合、HPが10回復した程度で、すぐに元気になるかはわからんけど。あ、ハッチから飛び出して逃げていった。元気そうで何よりだぜ。
俺は勝利の雄叫びをあげて、6本の鎌を振り上げるキングマンティスと対峙する。遂に一対一の戦闘の時間だぜ。
クイーンダガーを横に構えて、ゴクリとつばを飲み込む。さすがの俺も緊張する。
良いドロップを落とすかなぁ。みーちゃんは空飛ぶ鉄屑に祈ったけど、叶うかしらん。キングマンティスも良いドロップアイテム落とすんだよ。
「聖奈様っ! この風の結界を消してください! お助けできません!」
武士団の隊長さんが、聖奈にお願いをしている。聖奈さん、呼んでるよ〜。
「こらーっ! たった一人で戦う気かい!」
金剛のお姉さん。そんな当たり前のことを聞かないでくれ。
俺の後ろには竜巻の壁が生まれている。高速で何回も『竜巻剣』を使い続けた副次的な効果で、竜巻のエフェクトが重なり合って、大規模な嵐の壁となっていた。暴風により荒れ狂う世界が俺と金剛のお姉さんたちの間には立ちはだかっていた。上手く『竜巻剣』を使用した結果である。
真っ暗な空間に暴風が巻き起こり、一歩入ったら切り刻まれそうな光景を与えてくる。恐れる理由は、切り刻まれて、地に転がっている蟷螂の残骸である。風の刃が暴風となって吹き荒れているように見えるのだ。
本当は扇風機を強にした程度の威力だが、外の人たちはそんなのはわからない。入ったら最後、肉片となると固く信じていた。おかしいと思ってもいいはずなんだけどね。嵐の壁を無傷で越えた魔物が少しいたはずだしさ。教えてあげないけど。
それにこいつ相手では、まともに戦闘すれば絶対に死人が出る。死人はゼロでこのスタンピードはクリアさせてもらう。誰か死んだら、ギャン泣きしちゃうからね?
「行くぜ、キングマンティス!」
タンと地面を蹴って、キングマンティスへと駆けていく。その速度は先程よりもさらに速い。熟練度ボーナスにより、素早さが大幅に上がったからだ。盗賊Ⅳまでの素早さ補正ボーナスは合計でレベル40分だ。ただでさえ素早さの高い盗賊が手をつけられなくなったのである。
ゲームでは、盗賊Ⅳは手数が増えて、アイテムを使う係と宝箱を開ける係も兼任していたが、現実ではその仕様は大幅に変わる。
「ヂヂヂヂ」
火花を散らすような音をたてて、キングマンティスが俺と向き合う。
「俺の名は『疾風迅雷』。漢字がわからなければ教えてやるぜ!」
「ヂヂヂヂ」
6本の鎌のついた腕を持ち、8本の脚で6メートルを超える胴体を支える魔物、キングマンティス。その胴体は色鮮やかなエメラルドグリーン。複眼はミラーボールのように煌めき、小柄で可愛らしい美少女の美羽を見つめている。
「ギィ」
ヒュッ、と風斬り音がしたと思ったその時には、目の前まで鎌が迫っていた。こめかみを狙っているが、その巨大さから、美羽の頭は粉々になってしまうだろう。
「ヒュッ」
俺は呼気をして、屈んで躱す。だが、他の5本の鎌が既に俺がどこに逃げようと当てるように、逃げ道を塞ぎ、攻撃してきた。初撃の反応を見て、効果的な攻撃を繰り出してきたのだ。頭の良い奴だこと。
左から時間差で2本。俺を横薙ぎにしようと繰り出してくる。右からも時間差で2本。残りの1本は待機して、追撃の構えだ。いずれも高速で風のような速さだ。
「だが、その攻撃は同じ体格で効果的なんだぞっと」
俺には通じない。その巨大さが弱点だぜ。俺の思考が加速し、高速戦闘に対応する。世界が遅くなり、敵の攻撃がスローモーションのように映る。
俺は左にサイドステップをして、敵の鎌の少し上で寝そべるような体勢で横回転をする。美羽の背丈と同じぐらいの大きさの鎌だ。その刀身は寝そべることができる大きさである。冷たい鎌のひんやりとした感触を感じながら、コロコロと転がり刀身を越えていく。
刀身を越えて、次に迫る刃も同様に刀身に乗って回避する。横薙ぎに攻撃をするのではなく、斜めに攻撃をしてくるべきだったな。
地面へところがると、トンと飛翔して体勢を立て直し、追撃の一撃にクイーンダガーの刃を合わせる。ギギィと音がして、俺を力ずくで吹き飛ばす。
「クイーンダガーは、お前の鎌じゃ壊せない。同レベルの女王様の武器だからな」
地面をボールのように跳ねて吹き飛ばされても、気にすることなく立ち上がり、体勢を立て直す。
間合いは取れた。今度はこちらのターンだぞっと。
『幻影歩法Ⅱ』
複雑なステップを踏み、小柄な体躯を揺らす。魔法の力を身体に満たして、盗賊最高のスキルを使用する。
俺の身体は何人もの残像が後に残り、どれが本物か見極めることが難しくなった。
『幻影歩法Ⅱ』は、素早さを40%アップする。それだけならば、『盗賊歩法Ⅱ』と同様の効果だが、もう一つ効果が付与されている。
幻影を作り出すことだ。この幻影は、物理、魔法の両方の攻撃に対して、回避能力を上げる。ゲームではソロ攻略に便利なスキルだった。
現実ではどうなるかと、興味津々だったが、敵の鋭かった攻撃が鈍くなり、迷いを見せるようになった。
鎌での振り下ろしが迫るが、俺の後ろの残像を狙っている。トンと鋭いサイドステップで回避して、次々と迫る鎌に対して、踊るようにステップを踏み、回避していく。
俺のステップは素早さが大幅に上がったことにより、たった一歩のステップで数メートルは移動できる。キングマンティスにとっては、瞬間移動をしているように見えるに違いない。しかも、残像を斬っていくが手応えもなく、本当に俺がいるのかも疑問を覚え始めてきたようだ。ますます攻撃が鈍くなってくる。
「今度は俺の番だなっと」
クイーンダガーの力を解放する。対象はキングマンティスだ。
「女王の前だ。跪きなっ!」
『重圧』
妖しくクイーンダガーが輝くと、空間が歪む。キングマンティスの身体が地面にめり込み、超重力によりますます動きが鈍くなる。クイーンダガーを使用したことにより、MPが抜けていく。連続での魔法使用により、そろそろMPが枯渇しそうだな。
「ギイッ」
所詮は範囲攻撃だ。キングマンティスは身体を起こして、俺へ向けて翅を広げてくる。『超振動波』の構えだ。
『防御』
構えを解いて、俺は腕をクロスさせる。と、同時にキングマンティスの翅が揺れる。膨大なマナが集まり始めて、空間がキングマンティスのオーラで歪む。
『超振動波』
ギンと音がして、空間が爆発した。扇状に全てが細かく砕けて、微細な砂埃が俺の周りに舞い散っていく。砂煙が視界を塞ぎ、キングマンティスの姿が見えなくなった。
「やばっ! 危なっ!」
金剛お姉さんたちの方にいなくて良かったと、後ろをちらりと振り向き、冷や汗をかく。俺の立っていた後ろだけが芝生が残っており、後は地面すら大きく抉られており、何もなかった。凄まじい威力だな。
砂煙で相手の姿が見えなくなったので、どこにいるか念の為に確認する。
『調べる』
『キングマンティス:レベル50。弱点火』
攻撃速度を幻影で遅くさせて、デバフをかけた。物理攻撃はなんとかなったが、魔法攻撃には無意味だったな。
ローブはボロボロになって、身体も傷だらけだ。大きいリアクションの技は防御しないと大ダメージを受けてしまう。しかも今は『魔導鎧』も装備しておらず、耐久力に難のある盗賊だ。200近いダメージを負っていた。肉が抉られて骨がちらりと見えたり、歯がガタついている。
やるなぁ、キングマンティス。結構痛い。泣いてもいい痛さだよ。痛さで動きが鈍くなることはないけどな。なぜならば、この身体はゲーム仕様。1でもHPがあれば、普通に戦えるんだ。
まだ砂煙の中で、行動をとらないキングマンティスの隙を狙って、回復魔法を使っておく。
『小治癒Ⅲ』
傷が塞がり、歯のがたつきも治り、ボロボロだったローブも元に戻る。だが、所詮は気休め。見た目は治ったが、実際は治っていないのだ。HPは20ちょいしか回復していない。まぁ、見た目が治っているから良いだろ。痛みも多少薄れたし。
戦闘続行だ。
「もっと削る必要がありそうだなっと」
コキリと肩を鳴らすと、猛獣のように犬歯を剥いて、にやりと笑う。
『隠れるⅣ』
見失うような環境にしたお前が悪いんだぜ。
スゥーッと、空気に俺の身体が溶けていくように消えていく。そのまま、キングマンティスのいる場所へと駆けていった。
盗賊Ⅳの歩法は極められており、足音一つ、微細な砂埃を舞い散らすことなく、駆け抜ける。
キングマンティスのそばに行っても、警戒しているが俺には気づいていない。むふふと悪戯そうに笑って、背中に移動すると、魔法の力を身体に巡らせる。
『武器解除Ⅳ』
俺はちっこい手に握り締めるクイーンダガーを振り上げる。莫大なエネルギーが刃となって、キングマンティスの身体を通り過ぎていった。
ピシリと音がして、キングマンティスの斬られた翅が、勢いよく空に舞う。
「ギギィ?」
驚いて、慌てて振り返るキングマンティスへと、ふふんと笑ってやる。
「量産型のボスじゃ、装備破壊無効系統のスキルは持ってないだろ。まぁ、知ってたけどな」
『盗むⅣ』
俺がサッと手を振ると、空を舞う翅がかき消えた、アイテムボックスに『キングマンティスの翅』と、表示されて、俺は口元を曲げて不敵に手を誘うように振る。
「格上の敵とはいえ、量産型のボス。やり込んだ俺の敵じゃねえな」
「ギイッ!」
自身の翅が小さき存在に奪われたと、本能で理解したのだろう。キングマンティスは怒りの鳴き声をあげて、鎌を振り上げてくる。
先程の『超振動波』で、傷ついていた額から流れてきた血を拭い、美羽はそろそろ終わらせるかと、身体を豹のように屈めるのであった。




