7話 親友ができたみたいなんだぜっと
俺はしこたま両親に怒られた。泣きながら怒られるのは辛い。心にグサグサと刺さるので、もう危険なことはやめておこうと心に誓う。ちゃんと安全マージンをとって戦おう。
戦うのはやめないぜ? それに俺はモブだ。小説の主人公なら危ないことはもうしないと約束しても、すぐに危機に陥るが、モブプレイヤーはたっぷりと成長してから敵と戦えるので、たぶん大丈夫。
願わくは、この決心がフラグにならないことを祈るだけだ。
「本当に驚いたんだよ? まさか魔物と戦うなんて」
「そうよ、みーちゃん。連絡を受けた時は私たちの心臓が止まるかと思ったんだからね?」
「ごめんなさい、パパママ」
ペコリと頭を下げて、反省する。演技じゃない。本当にごめんなさい。俺は甘かった。幼稚園児なのに、魔物と戦おうなんて無謀にすぎる。やはりまだまだ俺は主人公的な気分が残っていたんだろうな。
この戦いで俺ははっきりと現実だと理解した。魔物って現実感がなくて、簡単に倒せると心の片隅にあったのだから。二度目の人生だ。命を大事にで行くんだぞっと。
俺が頭を下げる姿を見て、両親は顔を見合わせると、安堵の表情となり頭を優しく撫でてくれる。エヘヘと俺は嬉しくなり笑顔を見せてしまう。新しい身体に精神も引きずられている。
前世の俺は何事も無感動だったからな。興奮したのはロトで3等を当てた時だけだ。6個のうち、5個当たっていたから2等の一千万が当たったと喜んでいたら、ボーナス数字を当てないと2等ではないと気づいて、かなりショックを受けたんだけどさ。
「みーちゃん、次に魔物を見たら逃げるのよ? 近くの大人に助けを求めるの」
「うん!」
そこは嘘をつく。だってレベルアップしたいしね。悪いがそれだけは譲れないんだ。……でも、覚醒したことになっているから冒険者になれるんじゃないか? それなら大手を振って魔物退治に精を出せるな。
俺の答えに、苦笑しつつ母親がそっと抱いてくれる。ふわりと母親の安心できる匂いが香り安心してしまう。
「でもお友だちを救ったのは立派よ。良くやったわ」
「ああ、よくやったぞ、みーちゃん」
でも、もう危ないことは駄目だからねと釘を刺されて話は終わるのであった。
「ところで、ここって高くないの?」
話は一段落したので気になることを口にする。なんというか、俺は語彙が少ないのでうまく言えないが、マホガニー製のチェストや、大きなサイズのテレビに、冷蔵庫まである。あの冷蔵庫の中、ジュースが入っていないか、後でチェックしよう。
そして、ソファにテーブルもある。広々とした部屋は一言でいうとスキャンダルから逃れるために政治家が仮病で泊まる特別な個室といった感じだ。一泊おいくら万円?
子供ながらに心配してしまう。こんな部屋を借りることができるほど、うちは金持ちではないはずだ。帰ったら家を売り払ったとかノーサンキューである。
「ここはうちが借りたんじゃないんだよ」
「パパが借りたんじゃないの?」
「うん。助けてくれたお礼と」
父親がこの部屋を借りれた理由を教えてくれようとする時、コンコンとドアがノックされた。母親がドアに近づくとガラリと開ける。
「どうぞ」
「申し訳ない、鷹野さん。娘さんが目を覚ましたと聞いてね。お見舞いに訪れたのだがよろしいだろうか?」
「はい。もう大丈夫とお医者さんから教えられましたし」
にこやかに答える母親。渋く重々しい貫禄のある声が聞こえてきて、のそりと入ってきた。
「おお、元気そうで良かった」
入ってきたのは、着物の老人であった。肩まで伸ばす髪は白髪が混じっている。大柄で父親よりも背丈はある。190センチちょいくらいかな?
眼光は鋭く猛獣のようだ。意思の強そうなカリスマがありそうな威圧感のある顔立ちの老齢の男だった。それが俺を見て、相好を崩し近づいてくる。誰だろう?
だが、その背中に隠れるようにちょこちょこと歩く娘の姿を見つけて理解した。なんだ闇夜の親か。
「儂の名前は帝城王牙。娘を助けてくれて本当にありがとう」
「闇夜ちゃんはお友だちだから当たり前です!」
元気よくハキハキとした口調で答える俺。大人にはこの口調がウケが良いのだ。それにしても、このおっさん、王牙という名前に加えて、この威圧感のある容貌。メインストーリーに絡むおっさんのような気がする。
なので、俺の記憶を探ってみる。『魔導の夜』はアニメは全部見たのだ。………うん、これだけインパクトのあるおっさんは見たことがない。この容貌と名前でモブかよ。
まぁ、主人公に絡むのは世界の人口に比べるとほんの少し。海の中の一滴のようなものだ。しかし小説の設定は世界にいきている。こういった凄い名前のおっさんもいるんだろう。
「みー様!」
「ぐへっ」
俺がそんなことを考えていると、闇夜がダッシュタックルをしてきた。まるでジャッカルのような突進だ。俺は再び冥土に向かうかもしれん。
頭から思い切り腹に突撃してきたので、助けた時に床に叩きつけたりした復讐かしらんと思って咳き込むと、俺の首に手を回して、頬ずりしてきた。
「ありがとうございます、みー様。あのまま操られていたら、私は大勢のお友だちを傷つけるところでした」
ぐしぐしと涙混じりに俺にお礼を言ってくる闇夜。子供ながらにやばかったとは覚えているらしい。というか、憑依されていても記憶は残っていたのか。
「みー様が傷だらけになっていく姿を見て、泣いてました。でも、みー様が魔法を使って助けてくれて感動しました! ありがとうございます!」
幼女にはトラウマレベルだったようで涙目だが、助けてくれてありがとうと感動しきりだ。テヘヘと照れちまうが、闇夜の頭を撫でて気になることを聞く。
「みー様って、なぁに?」
「これからはみー様って呼ぶことにしましたの! 命の恩人の私の王女様ですので!」
なるほどねぇと俺はうんうん頷くと、ニコリと笑う。
「吊橋効果って知ってる?」
こういった感動を元に懐かれるのはフィクションの世界だけなんだ。日常生活を過ごすと、幻滅しちゃうんだぞっと。……この世界も小説の世界だから、フィクションになるのか?
「おとー様、吊橋効果ってなんですか?」
闇夜は知らなかったようで、コテンと小首を傾げると王牙に尋ねる。王牙は俺たちのやり取りを聞いて、がっはっはっと獅子のように笑い、両親もクスクスと微笑む。
おかしくないぜ? 吊橋効果だよ。クリスマスにテロリストから助けて、元妻と仲直りしても結局破綻するもんなんだ。
「吊橋効果というのは危機において、胸がドキドキすることを恋だと勘違いすることだな。君は難しい言葉を知っているのだな」
「まぁ! 私はみー様を親友だと思っていました。これからはもっと親友になるだけですわ!」
ぎゅうぎゅうと首を締めてくる闇夜。親友には思えない攻撃だ。ギブギブ。
一頻り俺に頬ずりをして満足したのだろう。俺を見て闇夜はニッコリと野花が咲いたような穏やかな笑みを向けて言う。
「その髪の色も可愛らしいですわ、みー様」
俺の髪の色は灰色になっていた。ん〜、白髪とはいかないが、この色はどうなんだろう。普通に外国人ならいそう。あまり違和感はないかも。
滑らかな艶の灰色の髪。どうやら俺は神官を選んだことにより、灰色の髪になったらしい。
両親へと顔を向けると、二人とも優しい微笑みで頷いてくれる。
「似合っているわよ、美羽」
「そうだ。とっても似合っているよ」
少し離れた鏡に俺の姿が映っている。灰色の髪は艷やかで銀色にも見える。瞳もアイスブルーで日本人には見えない。
そこには美少女がいた。うん、俺は今世は女なんだ。『魔導の夜』は女の子はモブでも可愛らしい。
なので、俺も美少女だ。名前は鷹野美羽。満6歳になる。
「この部屋の代金は全て私が受け持つ。娘を助けてくれたお礼だ。もちろん後ほどちゃんとしたお礼もするから楽しみにしてくれたまえ」
お礼となと、俺は王牙の言葉にピクリと耳を動かす。お礼か。ラッキーだ。ならば願うは一つ。
「それじゃ、春風のスーパージャンボパフェを奢ってください!」
元気よく俺は手を上げてお強請りする。
一度食べてみたかったパフェなんだ。前、散歩中に見つけた喫茶店にあったんだよね。一個3000円と書いてあったから、さすがにお強請りできなかったんだ。
その言葉に、王牙はキョトンとして、すぐに大笑いした。
「良いだろう。たくさん食べてくれ」
「私も一緒に行きますわ!」
「お腹を壊さないようにね」
ほのぼのとした空間がそこには作られて、俺は疲れていたことを思い出すようにウトウトし始めた。幼女の身体は疲れやすい。電源を切ったように眠っちゃうんだぜ。
まぁ、何よりも闇夜を助けることができて良かったと思いながら、俺は昼寝を始めようとするのだった。これで、モブが殺されたニュースとかにはならないだろう………。
美羽はモブ同士のいざこざだと考えていた。なぜならば闇夜のような目立つ容姿のお嬢様は小説で出てこなかった。アニメもだ。
しかし、実のところ闇夜は小説のサブヒロインの一人だった。
お金持ちの家門帝城侯爵家の長女。小説では11巻で登場。幼稚園児の時にダンジョンから現れたゴーストに憑依されて、幼稚園児を殺しまくった。その際は家から放逐されて分家に預けられる。
その後は虐げられて苦しみ、将来は髪はわかめのようになり、性格は暗く、目には隈ができている不気味な容姿となり、敵組織に入る闇の使い手となった。口調すらもキヒヒと不気味な口調へと変えていた。
主人公に倒されて、救われる。闇の世界で苦しんでいたが救われて主人公を好きになり、ストーカーとなるサブヒロインであった。
しかし、その凄惨な子供時の設定と、ヒロインとしては人気の出ない容姿のために、アニメではなんと全カットとなったキャラである。この小説のヒロインは多数おり、誰もいないことに違和感を覚えなかったとか。
幼稚園児を殺しまくる凄惨なシーンはアニメではアウトであったのだ。
美羽に助けられたことにより未来がどう変わるかは不明である。美羽が気づかないのも無理はなかろう。
ただ存在自体をアニメでは消された不遇のキャラであった。5期のアニメ制作時のインタビューで作者曰く、身奇麗にしたら美少女に! の展開を考えていたが、次から次にヒロインを増やしていったために、そんなイベントを起こすタイミングがなかったらしい。
そんなヒロインが美羽が転生した世界では他にもいるかは、今のところ不明である。




