69話 熟練度を上げちゃうぞっと
『疾風迅雷』こと、『聖女』にして 皇女である『弦神聖奈』と名乗る世界一可愛らしい少女『鷹野美羽』はキングマンティスへと駆けていった。
うん、すまん、二つ名が多すぎだよな。でも、一つだけ二つ名は外してこれなんだ。外した二つ名? 強くてかっこいい前世の魂があるんだよ。
まぁ、聖奈だと思われるのは別によい。鷹野美羽だと思われるのも別に良い。バレバレの話だ。さすがに俺もバンバン回復魔法を使って別人だとは言わないよ。だが、スタンピードで襲われる人々を助けるには回復魔法は必須だった。
回復魔法を隠すことはできなかったんだ。絶対に死にかける人々はいると予想していたからな。見過ごすことはできないだろ?
なので、どうにかする作戦は用意してあるから、すぐに違う新しい二つ名になる予定だけど。………だいたいはフリッグお姉さんと話し合った計画通りに進んでいる。
後は力を見せれば良い。キングマンティスが現れたのは多少想定外であったが、ボスっぽいのは必ず現れると考えていた。想定よりもかなーり強めのボスだが、俺が倒して人外の力を周囲に見せれば、作戦は進む予定だ。『疾風迅雷』の活躍を見せちゃうぜ。
僅か10歳の少女がキングマンティスを倒す姿を見て、皆はどう思うかな?
『スタンピード発生中!』
ピカピカと光るモニターの表示をすぐに消すと、シタタタと短い手足を振って、既に鉄蜘蛛やら、シザーズマンティスたちにより踏み荒らされて、めちゃくちゃとなった芝生を走り抜けていく。そのちっこい手には、以前にクイーンアントからドロップした短剣がある。
『クイーンダガー:レベル55。装備時全ステータス10%アップ。昆虫系統に特効。固有技有り』
レベル55の武器だが、超レアな武器だ。クイーンアントを倒した際にドロップされる武器の一つだ。なんと攻略サイトでの検証ではドロップ率3%らしい。みーちゃんの日頃の行いの成果と言えよう。やったね、みーちゃん。
通常はインセクトキラーという昆虫特効の剣がドロップされる。レベルは45で固有技は昆虫系統を即死させる殺虫斬り。そこそこ使える武器だ。
しかし、レベルを見てもわかるとおり、クイーンダガーの方がレア度は遥かに上だ。それに、ステータスアップもあり、クイーンダガーの方が固有技が使いやすい。ダガー装備の中では攻撃力も高く、70レベルくらいまでは使える優れ武器である。
ドロップしたのを確認したときは、喜びを表すために、みーちゃんダンスとでんぐり返しを両親にお披露目したものである。これはゲームでも中々手に入らなかったので、何回もクイーンアントを倒して苦しんだ覚えがあるからな。
くねくねと身体を揺らして、両手をふりふりと振って頑張ってダンスをしたら、可愛らしいダンスを見せてくれたお礼と、母親がおやつにクッキーを焼いてくれたので、もっとダンスを練習しなくちゃと思ったものだ。
そして、もう一つ確定ドロップの指輪を装備している。キランと輝く銀の指輪だ。玩具みたいなちっこいルビーが嵌っている一見安物の指輪である。
『クイーンリング:レベル52。HP+100、MP+100。固有技有り』
単純な性能だが、固有技が気に入っているので、ゲームではそこそこ使っていた。この2つの装備に、『盗賊のみかわし服』と『盲目無効のサングラス』に『盗賊の靴』を装備したのが、今の美羽だ。盗賊シリーズはレベル10だから弱々だけどな。今度『機工士』の熟練度を上げないといけないだろう。
キングマンティスは残った鉄蜘蛛と戦闘を繰り広げている。キングマンティスの周りには、もはや2000体程度の幼体と100体程度の成体しか、残っていない。
一応『調べる』をするかなっと。
『シザーズマンティス:レベル14。弱点:火』
『グレーターマンティス:レベル31。弱点:火』
幼体がシザーズマンティス。成体がグレーターマンティスである。おわかり頂けただろうか? 雑魚です。幼体なんか1000匹倒しても、レベルは1しか上がらなかった。成体を数匹斬り殺しても、さっぱりでした。なので、サクサク片付けさせてもらったよ。
『盗賊Ⅲ』の短剣武技『竜巻剣』でな。
もはや鉄屑と化した戦車の上で、戦車兵が孤軍奮闘しているのを横目に群れの中に突撃する。
『竜巻剣』
芝生に足をつけると、支点としてクルリと回転して短剣を振るう。紅き刃がキラリと光り、竜巻が俺を中心に巻き起こると、剣刃が飛んでいく。
ザシュザシュと切断音が聞こえて、シザーズマンティスたちを切り刻む。『竜巻剣』は範囲攻撃の武技だ。正直いうと、範囲攻撃系統の武技は弱い。これは魔法との差をつけるためだろう。そして、盗賊の範囲攻撃はさらに弱い。昆虫特効が付いているクイーンダガーでも、お残しが出るくらいである。
ゲームでは、全員で範囲攻撃をする際に気休めとして使用していた。雑魚狩りならもっと弱い敵を狩っていたしな。使用することはなかったが、現実ならば違う。
なにせHPがほとんど削られた敵はなぜか動けなくなるからな。軟弱な敵である。俺なら1でもHPが残っていたら、普通に動くぞ。
なので、死にかけた敵はスルーだ。半身斬られた程度で動けなくなっているので、後ろから追いかけてくるお姉さんたちにお任せである。
傷を負うと段々と敵は動きが鈍くなる。大発見だと言えよう。クイーンアントは反対に強くなったから、必ずとは言えないので注意は必要だけどね。
『盗賊Ⅲの熟練度が4に上がった!』
チャラララ〜と、嬉しい音が聞こえてきた。また熟練度が上がったらしい。素晴らしい。ホクホク顔で俺は機嫌よくシザーズマンティスたちを切って捨てていく。スタンピードイベントは熟練度稼ぎのステージだよな。皆を守る報酬として、ありがたく貰っちゃうぞ。プライスレスだから、これぐらい良いよね?
ゲームでは魔物のスタンピードイベントは、戦闘中に追加の魔物がお代わりとして現れるだけであった。ほら、ターン制のゲームだからさ。3体から5体で、一回のバトル。『仲間を呼んだ』と同じエフェクトで、全滅させると後ろから敵が追加で現れる仕様だった。
15回連続での戦闘が繰り返されて、全ての魔物を倒すと、スタンピードイベントクリアとなっていた。美味しい理由は、このバトル、15回戦闘をしたと計算されるのだ。なので、熟練度稼ぎに便利であった。
それが現実だと、どうなるか? ずっとバトルモードであり、敵はぞろぞろと現れる。
正解は3匹倒すと、一回のバトル扱いになる。でしたー。熟練度がじゃんじゃん上がったから、おかしいと思って、戦闘中に熟練度を見ていたのだ。そうしたら、だいたい3匹計算で一回のバトル扱いとなっていた。………多少の計算は違うかもだけど、そこはみーちゃんスマイルで許してほしい。
しかも、範囲攻撃は同じ種族なら、36匹までターゲットにできることはわかっている。なので、12回分のバトル回数が稼げちゃうのだ。これは稼がないといけないだろう。神様がくれたチャンスである。
「チチチチ」
シザーズマンティスたちは、俺に触れることもできずに、バラバラになっていく。それを見て、グレーターマンティスが翅を広げてくる。
翅に風のマナが集まっていく。『振動波』を使う前動作だ。
「あまいっ!」
タンと地面を軽やかに踏むと、俺は短剣を突き出し武技を発動させた。
『疾風突き』
風が俺の小柄な身体を覆い、身体が軽くなる。瞬間、まだ8メートルはあった距離を詰めて、『振動波』を放とうとしていたグレーターマンティスの胴体に俺の突き出した短剣は刺さっていた。『疾風突き』は必ず先制攻撃できる武技なのだ。現実では風を纏っての超高速攻撃になる模様。
「チチチチ」
驚いたグレーターマンティスは、慌てて鎌を振ってくる。横薙ぎに俺の胴体を分断しようとしてくる鎌を冷静に見て、背面飛びをするように、鎌の上を飛翔して躱す。
新発見。敵にダメージを与えると、なんと痛みで武技や魔法を中断しちゃうことがあるのである。信じられないことだ。ゲームではなかったよ。俺なら腹を裂かれても発動させるぞ。
「たあっ、やあっ!」
鎌が躱されて、体勢を崩したグレーターマンティスへと、飛び込むように短剣を振るう。横薙ぎ、すくい上げ、ぴょんと飛んで袈裟斬りだ。サクサクと抵抗感なく斬れるのは、さすがは昆虫特効の短剣だ。特効ダメージは2倍ダメージなのだ。
緑の血を流し、グレーターマンティスは力なく倒れ伏す。その様子を見ることもせずに、俺は新たなる敵に接敵する。
「たぁっ!」
『竜巻剣』
再びシザーズマンティスたちが、俺を囲んでくるので、雑魚刈りアタック。経験値はしょぼくとも、戦闘回数として数えられるのだから、素晴らしい。
「雑魚狩りは周りに任せるつもりだったけど………」
キングマンティスを見ると、鉄蜘蛛の戦車兵と戦闘をしていた。もはや動かなくなった鉄蜘蛛でメタボなおっさんがハッチから顔を出して、魔法を放っている。どうやら、屋根の上から戦車の中へと避難して、それでも戦闘は続ける模様。
『魔法障壁』を抜かれたのだろう。ところどころ、『魔導鎧』は壊れて、自身も血を流している。キングマンティスは苛立っているのだろう。ガツンガツンと戦車に鎌をぶつけていた。
「英雄たる私が相手だ! 『炎よ!』」
メタボなおっさんが、手のひらサイズの炎を生み出して、ぺしぺしぶつけながら、キングマンティスのヘイトを稼いでくれている。そのたびに、この野郎とキングマンティスは戦車を破壊しようと鎌をぶつけていた。そのたびに、うひぃと戦車の中に逃げるおっさん。
………うん、元気そうだしまだまだいけそうだな。HPもまだまだ残っているようだ。よくイベントであるプレイヤーが話しかけるまでボスが襲いかかってこないように、時間稼ぎをしてくれる足止め要員のおっさんに違いない。
これからのキングマンティス戦を考える。このままキングマンティスと戦うのは実はかなりきつい。実は最低でも『盗賊Ⅳ』にしておきたかった。それならば多少安全マージンを取れるかもしれない。
「作戦変更。雑魚を倒そうぜ!」
悪い気もするが、おっさんが耐えている間に、雑魚をできるだけ倒す作戦に変更する。キングマンティスと対峙するにあたり、『盗賊Ⅳ』なら完全な詰将棋ができると思うのだ。
俺がボスと戦うまで、あのおっさんは大丈夫だろ。なにせ、ついにハッチから手を出すだけにしているからな。死にようがない。それに軍人だからな、魔物と戦うのは仕事でもある。
まだまだシザーズマンティスたちはたくさんいる。2000体を3で割ると………。600回ぐらいになるだろ。基本ジョブは300回戦闘を繰り返せば、マックスに上がる。これはⅣまで上げきるチャンスだ。
「うおりゃー!」
『竜巻剣』
『竜巻剣』
『竜巻剣』
MPを消耗しないタイプの武技だからこそできる。走り回って殲滅だ! 威力の弱い武技はMPを消費しないタイプが多いのだが、『竜巻剣』はその枠に入るんだ。
地上に竜巻がいくつも生まれ、消える前にまたもや竜巻が巻き起こる。エフェクトなので、中に入っても、ちょっと強い風なだけだが、見た目は竜巻を作り出す傍迷惑な少女である。
「こ、これは……」
「ちょっと、その武技を抑えな!」
「うぉぉぉ、うぉぉぉ!」
何やら雑音が聞こえてくるが無視である。近づけないなら、その場にいてくれ。全部、俺のもんだから。
シザーズマンティスたちを切り裂いていくと、新たにグレーターマンティスたちが立ちはだかる。翅を広げて全員が『振動波』の構えだ。
ズラズラと並ぶグレーターマンティスたち。その数は30体。他のグレーターマンティスたちは俺と戦うことはせずに、後続へと翅を広げて飛んで襲いかかっていた。
「チチチチ」
これ以上、シザーズマンティスたちを倒させまいとしているのだろう。虫の癖に頭が回る魔物だ。扇状に放たれる『振動波』の連打を食らうと俺もさすがにまずい。
だが、問題ないぜ。返り血一つないきれいな刃紋を見せるクイーンダガーを天に掲げてにやりと笑う。
「女王の前だ。頭が高い!」
『重圧』
短剣が怪しく光ると、俺を中心に波紋が広がっていく。波紋が通り過ぎていった後の地面はクレーターのように陥没していき、グレーターマンティスたちを、ベシャリと押し潰していく。
俺を囲んでいたグレーターマンティスたちは、その全てが等しくぺしゃんこになり、陥没していく地面の中に潜っていった。
『重圧:対象を中心に円攻撃。敵への無属性重力ダメージ及びステータスダウンを与える』
「ふふん、クイーンダガーの固有スキルだ。女王を前に頭が高いんだよ。見たか、虫野郎」
フンスと美羽は平坦な胸を張り、得意気になる。発動するかわからない昆虫即死技よりも、デバフもかかる、クイーンダガーの方が使いやすい固有スキルなのだ。
新人類でなくても、プレッシャーは使えるんだと、美羽は再びシザーズマンティス狩りに奔走する。
そうして、戦車がスクラップになる頃に、ようやく盗賊Ⅳの熟練度をマスターに上げるのであった。
……おっさん生きてるかな?




