68話 様々な思惑が見える勝利
無双と言えるだろう。追いかけてきていたシザーズマンティスたちは、小柄なる者があっさりと殲滅し、戦場へと駆けていった。恐ろしい腕前だ。何者なのだろうか? いや、回復魔法を使えるとは、もしかして……?
「魅音、なにが起こったの?」
「真美! 無事だったんだ!」
勝利の腕を解くと、魅音は仲間の少女を見て驚いた顔になる。それはそうだろう、恐らくは死んでいたはずだ。二人が抱き合って喜ぶ様子を見て、安堵で胸をなでおろす。自分らしくないと苦笑して立ち上がる。
人々も呆然として、なにが起こったのかと不思議そうにしている。戦場の方へと視線を向ければ、救援の戦車も姿を見せて、味方はシザーズマンティスたちを押し返していた。
もう大丈夫そうだと胸を撫で下ろし、土埃を落とす。マナもほとんど尽きており、クタクタだ。たった一発の魔法で疲れ切ってしまうとは、あの魔法は要改善だ。
「あんたが助けてくれたの?」
「あぁ、いや、だからピザの礼程度だ。なんにもしてな――」
「勝利さん、凄いです! あんな化け物たちを簡単に倒せるなんて!」
聖奈が飛びつくように、勝利に詰め寄ると、魅音を抱き上げた際にべっとりと付いている血を気にもせずに、尊敬の念を込めて手を握ってくれる。
「ふっ。たいしたことはしていませんよ。それよりもお手が汚れてしまいますよ、聖奈さん」
魅音は大丈夫だし、もういらないなと、さり気なく手を振って追い払う。半眼となって、苦笑混じりに魅音たちは肩をすくめる。生きているなら問題はない。あばよ、モブの少女。
「もう欲張るなよ!」
「はいはい、ありがとさーん」
魅音は手を振って、去っていった。もう会うこともないだろう。決して、助けるのが間に合わなかったから、気まずいなんてことはない。
最後の別れを口にして、すぐに聖奈へと顔を向ける。
クールな男である勝利は聖女の恋心を掴んでしまったらしいと、鼻の下が伸びて、口元が緩む。やるときはやる。それが僕なんだと皆の傷が癒えて死人が出なかったこともあり、さっきまでの反省は雲散霧消して、気障なセリフを口にする。
「守るのが遅れてすみません。ナイトとして失格ですね」
謝罪しながらも、自分ではクールだと思っている笑みを見せる。
「いいえ、お気になさらずに。勝利さんの勝利の証ですね。あっ、勝利さんの勝利って、なんだか変ですね」
クスクスと笑う聖奈は、変装していても可愛らしい。小説の中から飛び出してきたヒロインを前にデレデレとなってしまう。
「いえいえ、ぼ、僕の名前が変なんですよ、うへへ」
聖奈ルート確定だ。何しろ、自分自身も汚れてしまうのに、血塗れの手を嫌がることもせずに、握ってくれている。その瞳はぐるぐる眼鏡で隠されているが、きっとキラキラとした好きな男を見つめる輝きをみせているに違いない。優しく握ってくれるその手の温もりが心地よい。
心の片隅には、僅かにしこりが残っているが、後で考えることにする。今、考えたら、気分が悪くなり倒れてしまうかもしれない。
なぜならば、周りをまったく気にしていない聖奈たちに違和感を覚えたからだ。あれほど好きだった原作のヒロインだ。きっと気のせいに違いない。
魅音が助かってよかったとも口にせず、傷ついている人を探そうともしないが、きっと動揺していっぱいいっぱいなのだろう。心優しい聖奈だ。間違いない。
「ごめんよ、勝利君。君があれほど強いとは思っていなかったんだ。凄かったね、あの魔法」
嫌味なく、尊敬の眼で勝利を素直に褒めながら近づいてくるシン。さすがは主人公。妬みみたいなのが、一切無い。さすがは主人公。僕なら妬み嫉みで睨んでいたと、改めて主人公の善人っぷりを確認しながら、笑い返す。
「ふっ、君も『マナ』に目覚めればこの程度、簡単だよ」
「そうだね、神無公爵家の嫡男だし、これぐらいはできるようになるかな。でも、今は勝利君さ。これは噂になるよ、英雄的な行動だってね」
「そうか? それほどでもあるか? いやぁ〜、これで僕はもしかしたら、いや、なんでもない」
うはははと笑い、調子にのって、聖奈さんの婚約者になるかもしれませんねと口にしようとして、寸前でやめる。原作でも、聖奈はなぜか婚約者がいなかった。婚約者候補はいたが、傲慢で嫌味的な奴で、シンに絡んでテンプレの結果となっていた。自分もその轍を踏むわけにはいかないと、ぎりぎりで思ったのだ。
「もしかしたら、勝利さんは私の婚約者候補になるかもしれないですね! あ、ごめんなさい、勝手なことを言ってしまって」
「いやぁ、気にしないでください。僕は光栄ですよ」
悪いな、主人公君。聖奈は僕が貰ったぜと、うはははと高笑いをする勝利。もはや天にも登り、大気圏を突破しそうな程に調子に乗る男がここにいた。
「あの回復魔法は誰が?」
「聖奈様だろう。間違いない!」
「だな! きっと私たちを助けるために、急いで来てくれたに違いない!」
人々が、先程の回復魔法使いのことを話し合っているのが聞こえてくる。戦場はどうやら魔物を武士団や冒険者たちが駆逐して、まだ生き残ってる残党狩りをするだけのようであり、そのことに安心して人々は避難することを止めていた。戦車に群がる残り少ないシザーズマンティスを退治するだけで終わるだろう。そこに支援の戦車が突撃していくのが見える。
「あの……聖奈さん。皆が勘違いをしそうですよ?」
「しっ。私はお忍びなんです。ここは黙っていましょう? どうせ後であの方の正体はわかりますよ」
「ま、まぁ、そうですよね」
聖奈がニコリと微笑んで、握ってくる手の力を強くするので、勝利は頷き同意する。あれだけド派手に活躍しているのだ。たしかに、今否定しなくとも良いだろう。それどころか、否定のために聖奈が正体をバラす方がまずい。
聖奈が手をさわさわとくすぐるように握ってくれて、小首をコテンと傾げてくるので、ますます調子に乗る勝利。なんだかんだ言っても、女性経験ゼロの男はうへへと喜びの笑顔となったが、少しだけ調子に乗るのは早かった。
「危ないっ!」
「へ?」
「キャァー!」
シンの鋭い声に、顔を向けると目の前にはシザーズマンティスがいた。先程のシザーズマンティスよりも大柄で強そうだった。
呆けた顔で勝利はシザーズマンティスを見上げて、聖奈は悲鳴をあげてしがみついてくる。振り上げた鎌を聖奈に向けるシザーズマンティス。その腕はマナが集まり、武技を発動させようとしていた。確実に殺すつもりらしい。
あぁ、こんなシーンが挿絵であったなと、マナも殆ど尽きており、聖奈がしがみついてるために、逃げることもできない勝利はぼんやりと原作を思い出していた。
「やめろぉー!」
切羽詰まったシンの必死な声が響く。そして、今にも武技を発動しようとしたシザーズマンティスの腕に、シンの手から透明な振動波が放たれた。よく見ないとわからない魔法だが、その魔法の効果は覿面であった。
パシリと光が弾けると、武技を使おうとしていたシザーズマンティスの腕のマナが弾けて消える。武技が放てなくなり、ヨロリとシザーズマンティスは後退る。
その光景を勝利は知っていた。
『魔法破壊』だ。『虚空』属性持ちだけが使えるあらゆる魔法を破壊する魔法だ。この魔法はシンの得意技にして、生命線の魔法でもある。
よろけたシザーズマンティスだが、すぐに立ち直り、攻撃体勢へと変わる。マナが尽きている勝利と、回復魔法使いの聖奈。たった今覚醒したばかりのシンでは抵抗できない。だが、焦りは覚えない。
神無大和が寸前で都合良く助けに来てくれるのだ。タイミングを計っていたのか、都合良く現れる。
『一閃!』
重々しい声が響き、ピシリとシザーズマンティスの身体に軌跡が奔る。ズルリと斬られた箇所から身体が滑り落ちてシザーズマンティスは分断された。
「ふん、どうやらドブネズミが紛れ込んでいたようだな」
「へ? な、なんで?」
重々しい男性の声に振り向くと、帝城王牙が立っていた。和服姿だが、その手には刀を持っている。後ろには『魔導鎧』を装備した武士たちが100人近く揃っており、王牙の横には闇夜が漆黒のドレス姿で立っていた。
「おのれっ! こうなれば総力戦よ!」
群衆の中から、10人近い男たちが飛び出してくると杖を掲げて、構えてきた。その中の数人は魔石を放り投げる。放り投げた魔石が煙を吹き出すと、シザーズマンティスへと姿を変える。
『魔物使い』だと悟る。ゲームのジョブとかではないが、魔物を使役するため『魔物使い』と呼ばれていた。『魔物使い』とは『召喚士』と違い、魔石に受肉させて、魔物を作り出し操る者たちのこと。一度受肉させると、もはや魔石に戻らないため使いにくいが、コスト度外視の使い捨てと考えれば役に立つ魔法使いたちだ。原作でも、ちょくちょく主人公の前に現れていた。
なぜ、シザーズマンティスがいきなり現れたのかも理解した。この男たちが召喚していたのだ。先程はマナの流れがバレないように隠れて操作していたから、細かい操作はできなかったのだ。だから上手く操作ができずに、ブリキ人形のように、シザーズマンティスは不自然な動きをとって、周りの人間を追い払っていたのだろう。
「ふん、どうやら狙われた者がいたようだな」
ジロリと王牙が聖奈を睨む。聖奈は肩を縮こませて、気まずそうな顔になった。なんで、原作では聖奈が襲われたのか、真相を勝利は知った。
最初から狙われていたのだ。原作ではそこらじゅうにシザーズマンティスがいて、多くの人々が殺されていたから、わからなかった。
原作では本来なら神無大和が助けに入り、シザーズマンティスたちを駆逐していたとあったが、今の状況は原作とは大きく違う。
なぜか、魔物は防がれて、多くのシザーズマンティスたちに人々は襲われていない。なので、こいつらの行動が目立ってしまっていた。本来は目立たなかったのだろう。なにが目的かはわからないが、神無公爵の手のひらで踊っていたに違いない。なぜならば犯人が捕まったとの描写はなかったからだ。
「むんっ!」
『一閃』
居合い切りを王牙が放つ。細い糸のような軌跡が男たちを斬ろうとするが、相手も杖を振り回し、魔法を発動させた。
『緩衝壁』
ゴムのような弾力性のある壁が男たちの前に現れると『一閃』を防ぎ、軌跡は程なく消えていった。
「ほう。テロを起こすだけの腕前は持っているということか」
目を細めて、顔を険しく変える王牙。『魔導鎧』を王牙は身に着けていないとはいえ、武士団トップの王牙の武技を防ぐのだ。かなりの腕前なのだろう。
幻影の魔法か魔道具で隠していたのか、相手はハーフプレートタイプの『魔道鎧』を着ており、こちらを殺そうと殺意を向けてきていた。
「お父様、私はあの戦場に向かいます。みー様の姿が見えないと連絡がありました。なにかあちらと関係するかと」
「うむ、此奴らは捕らえて、何を企んでいたのか白状させねばならぬ。いけ、闇夜。半数は闇夜と共に救援に向かえ!」
魔物使いが新たにシザーズマンティスを召喚する。他の面々も魔法を使うと見て、王牙は命令を下す。
「では、私たちは戦場に向かいます!」
ひらりとスカートをはためかせて、闇夜は飛ぶように駆けていった。そうして、王牙たちは、テロリストたちと激しい戦闘を開始する。
「シンさん、大丈夫ですか? 今、なにか魔法を使いませんでしたか?」
「いえ、僕にもなにがなんだか………」
いつの間にか勝利から離れて、聖奈は心配げにシンへと話しかけていた。
「なんだよ、やっぱり原作通りになるっつーのかよ」
チッ、と勝利は舌打ちする。原作通りだ。命を落とす寸前でシンに助けられた聖奈は、仄かな恋心を抱くのだ。そして、再会した時には恋をする。シンは優しい聖奈の苦境を助けるために、幾度も大変なイベントをこなしていくのである。
つまらなそうにしながらも、今回の事がなぜこんなに変わったのかを考える。王牙がここに来た理由は闇夜が生きていたことと関係する。その結果、王牙は半引退とはならず、武士団は力を失っていないために、神無大和ではなく、帝城王牙が救援に来たに違いない。
シザーズマンティスの襲撃も防がれそうだ。まさかとは思うが、このままでは隠されし神殿の隠し財宝は神無公爵の物にはならず、皇帝に渡るのではなかろうか?
そうなると原作の根幹が揺らぎそうになるだろう。即ち、帝城闇夜のせいだった。恐らくは全てあの転生者のせいだ。原作を知る神としては忌々しいとは思うが………。魅音たちが生き残ったのだ。今回は良いとしよう。それと、今度からは死人が出るイベントはさり気なく防ごうとも思う。罪悪感を持って暮らすのは真っ平ごめんだ。
死人が出るイベントは数えるのも馬鹿らしい多さで、しかも日時も場所もハッキリしないものが多いので、厳しいかもしれないが、自分の周りぐらいは守ろうと思う。
ストーリー自体は介入するつもりはあまりない。なにせ、魔神は『虚空』持ちのシンしか倒せないから、あまりストーリーを変えるとまずいことになるだろう。シンが成長せずに魔神を倒せなかったら、世界は滅亡するのだから。
それに、よくよく考えると、隠し財宝が皇帝に渡るなどということはあり得ない。皇族にしか封印が解けないはずの神殿の封印を解いたのは、万人に変身できる悪名高き魔法使いなのだから。警備の武士に見つかって倒されるなどとはあり得ない。
もはやマナも尽きた勝利にできることはない。この戦場は勝利とは関係なく、最後の戦闘に入るのであったが、勝利はぼんやりと王牙たちの戦闘を少し離れて見るのであった。
まさにモブに相応しい男の立ち位置であった。
後方では、小柄なる者がボスカマキリとその取り巻きの群れを相手に激戦を繰り広げようとしていた。




