63話 蟷螂退治だぞっと
その小柄な者は呆れるほどに強かった。自分たちが思わず戦闘をしていることを忘れるほどにだ。まるで一迅の風のように、その動きは速く、そして荒れ狂った。
数百のシザーズマンティスの群れだ。一人では絶対に人々を守りきれない数であったのに、その小柄な体躯の者は、恐るべき技の冴えを見せて倒していく。
手強いと見た、多少頭が回る化け物蟷螂たちの一部は、横を通り過ぎようとしたり、空に飛びたち、頭上を越えて行こうとする。だが、それら全ての試みを無駄に終わらせていた。
『竜巻剣』
小柄な者が、ルビーを固めて作ったような、美しい短剣を振るう。その身体はあまりにも高速に動くため、ブレて見えるようになり、視認も難しくなる。切り払う短剣からは細い糸のような輝線が放たれて、シザーズマンティスたちの身体を通り過ぎていく。
幼体とはいえ、その背丈は2メートルはある。対して小柄な者の背丈は半分にも見えてしまう。圧倒的に体格差では劣り、数でも劣るにもかかわらず、怯むこともなく、迷うこともない。敵の真っ只中に突撃すると、短剣を振るいシザーズマンティスたちをバラバラにしていくのだった。
シザーズマンティスたちも、ただ殺られている訳ではない。鉄よりも硬く、剣よりも鋭い腕の鎌を振るい、切り裂こうとする。包囲されている小柄な者は、全面から攻撃を受けるのだが、シザーズマンティスの鎌は掠ることさえない。
目の前に迫る鎌の刀身の横を、紅き短剣で叩き軌道を変えて、横から迫る他のシザーズマンティスが繰り出す鎌にぶつける。横薙ぎに振り払われる一撃には地を這うように腰を下げてかいくぐり、袈裟斬りの攻撃はタンと軽やかに身体をずらし、多数のシザーズマンティスの同時での攻撃をフワリと飛翔して、その頭上を越えて、逃げ切ってしまう。
そうして、短剣を構えると武技を再び発動させた。
『竜巻剣』
竜巻と名の付く武技は、その名の通りの力を発揮して、右足を支点に竜巻の如く回転する。その速さにより、小柄な者の姿は風に巻かれるようになるため視認も難しい。
1回転、2回転、3回転と回転するたびに、極細の糸のような白刃がキラリと輝き、周囲の蟷螂たちは輝線が走り、分断されて死んでいく。
少なくとも幼体のシザーズマンティスは200匹はいただろう。それなのに、その小柄な者が一歩進むと数十匹の身体に輝線が奔りバラバラになっていく。2歩、3歩と進むごとに剣の暴風は周囲の敵を肉片へと変えて、あたりへとばら撒くのであった。
数分の間に、小柄な者は成体を含めて、200匹近くいたシザーズマンティスを一掃した。
「凄い……なんだよあれ、リーダー」
ゴクリと燕が息を呑み、金剛もシザーズマンティスと打ち合いながら、その戦闘力に驚愕していた。しかし、すぐにそのカラクリに気づいた。
「ありゃあ、弱い範囲攻撃だよ。まだ生き残っている奴がいるからね。それでも範囲攻撃をあそこまで連発できて、あの動き。たいしたもんさね」
倒しきれていないシザーズマンティスたちが多少残っていることを、金剛は強化された視力で確認した。とはいえ、胴体を半ばまで切られていたり、片側の脚を全て切断されていたりと、戦闘力は失われており、動くことはできなさそうだ。
「そういうカラクリか。でも、多数には適した戦闘方法だ」
仲間がシザーズマンティスに牽制の槍を突き出して、ニヤリと笑う。あれならば、もはや気にする必要もない。
「よっしゃ! あたしらもこいつをさっさと倒しちまうよ!」
「おう!」
抜かれたシザーズマンティスたちが気になり、戦闘に集中できなかったが、もはや大丈夫。後は、目の前のシザーズマンティスを倒し、鉄蜘蛛たちに群がる奴らを倒すために態勢を立て直すだけだ。
「ぬうりゃぁ!」
腕に力を込めてシザーズマンティスに斬りかかる。玄武の斧の質量がシザーズマンティスに襲いかかる。しかし相手も鎌で受け止めて防ぐ。だが、動きが止まったために、召喚されたダイアウルフが足に噛みつき、仲間が槍で薙ぎ払う。
『風刃』
『水息吹』
魔法の質量を付与された風の刃がシザーズマンティスの身体を斬る。水滴のような体を持つ水精霊が仲間の命令を受けて、岩をも穿つ高圧の水を放つ。
シザーズマンティスの身体は、次々と繰り出される金剛たちの攻撃により徐々にダメージを受けて、その動きを鈍くしていった。緑の血を流し、脚が何本かなくなり、胴体も斬られてふらつくシザーズマンティス。
ようやく訪れたチャンスだと、金剛はマナを身体に巡らせて、必殺の武技を放つ。身体全体が赤く光り、マナがオーラとなって吹き出す。
『爆裂豪砕』
紅きオーラを纏わせて、金剛は渾身の力を込めて振り下ろす。先程と違い、今回のシザーズマンティスは動きが鈍かったために、金剛の攻撃を回避できないと悟ったのだろう。鎌を突きだして、振り下ろされる斧を受け止めようとした。
ガツンと金属音が響き、お互いに鍔迫り合いになる。と、思われた。
「あたしの一撃を受けられるかァァァ!」
裂帛の声をあげると、鬼のような顔で金剛は叫ぶ。その声に呼応するように、斧が爆発し、そのエネルギーは指向性を持って、防いでいたシザーズマンティスへと襲いかかる。
高熱がシザーズマンティスの身体を焼いていき、爆風が燃えるシザーズマンティスの身体を吹き飛ばす。焼け焦げた肉片となってバラバラと散っていき、ようやく金剛たちは成体のシザーズマンティスを倒すのであった。
「よっしゃ! 他の奴らを助けに行くよ!」
ふぃ〜と、額にかいた汗を拭い、すぐに他の冒険者たちの救援に向かおうと、周りを見る。成体のシザーズマンティスは凶悪だ。その戦闘力は『魔導鎧』を着ていない冒険者たちには厳しい。
だが、金剛は辺りを見渡し、またもや驚く。先程までは後方にいた小柄な者が前線に走り込んできていた。
パーティーに来ていただけで、『魔導鎧』を着ておらず、傷だらけになって苦戦している冒険者たち。まだ死人がでないのが不思議なぐらいだ。そこへ飛び込んで、紅く光る短剣を振るっていく。
「チチチチ」
シザーズマンティスが、接近してくる小柄な者へと鎌を振るうと、間合いを詰めて駆け寄る速度を1段階引き上げた。
加速して鎌の下を潜り抜けて、短剣を振り下ろされた鎌へと向ける。
『武器落としⅡ』
ギィンと音が奏でられて、シザーズマンティスの腕に短剣が食い込むと、あっさりと切り落とす。くるりと身体を半回転させて、さらにもう一方の腕をも切り落とすと、その場を離れて次へと向かう。
次のシザーズマンティスも同様に鎌での攻撃を繰り出すが、複雑なステップを踏み、ダンスをするように身体を動かして、的を絞らせることなく躱すと、同じように腕を切り落としていった。
次々と冒険者たちと戦うシザーズマンティスの腕を切り落とし、窮地に陥っていた場所のシザーズマンティスたちの近接戦闘の手段を無効化すると、くるりと振り返る。
バタバタと着ている白いローブをはためかせて、小柄な者は手を突き出す。
『範囲小回復魔法Ⅱ』
パアッと傷ついている冒険者の足元に白く光る魔法陣が描かれる。そして、柔らかな光と共に冒険者たちを癒やしの光で包み込む。
シザーズマンティスの攻撃により、傷ついていた者たちの切り傷や、衝撃波によりボロボロになって倒れていた者たちの身体が癒やされていった。
「おぉ! 身体が治った!」
「ゴフッ……あ? 俺、死んだかと……おっとっと」
胴体を斬られて、内臓が飛び出て、今にも死にそうな重傷者でさえ、その光により元の傷一つない姿へと変わっていった。
その様子を見た小柄な者は、ススッと手を動かして、更に回復魔法を使う。
『範囲小回復魔法Ⅱ』
『範囲小回復魔法Ⅱ』
『範囲小回復魔法Ⅱ』
『範囲小回復魔法Ⅱ』
『範囲小回復魔法Ⅱ』
信じられないことに、小柄な者は連続で範囲回復魔法を使い続けて、人々を癒やしていく。どうやら、範囲回復魔法は敵にもかかるようで、傷ついていたシザーズマンティスの何匹かの傷も治っていったが、切り落とされた腕は治らないためにたいした影響ではない。
「おぉ、疲れが取れていく!」
「信じられねぇ」
「奇跡だ!」
傷が癒やされて、皆は戦意を向上させて、咆哮をあげると、腕の無いシザーズマンティスたちへと戦いを始める。武器のないシザーズマンティスは後ろに下がり、『震動波』で攻撃しようとするが、流石にそれは冒険者たちが許さない。
もはや気をつけるのは噛みつきのみ。自身は回復している。負けることはないと、一気呵成に攻撃を繰り出すのであった。
劣勢であった戦場の形勢が一気に変わり、次々と成体のシザーズマンティスたちは倒されていった。小柄な者はその後も、負けそうになっているパーティーへと救援にいき、援護をしていく。
戦闘が続く中で、戦車砲の轟音が遠くより響いてきたのが、最後の決め手となった。化け物蟷螂たちと自らを囮にして戦闘を繰り広げていた戦車のそばに砲弾が着弾し、群れを吹き飛ばす。
「おおっ! 救援だ!」
新たなる鉄蜘蛛たち3車両が金属の脚を動かして、こちらへと向かってくるのが見えた。機関砲を撃ちまくり、ミサイルでシザーズマンティスの群れを焼いていく。ともすれば囮の戦車にも命中しそうな勢いである。
「どうやら、こちらの勝利みたいさね」
斧を肩に乗せて、息を吐き金剛は嬉しげに笑う。もはや、敵が一掃されるのも時間の問題だ。
「そうだな」
スタッと金剛の前に小柄な者が降り立つと、手に持つ信じられないほどに魔力の籠もった短剣を仕舞う。
「で、あー。なんだ、一応あんたは何者なんだと聞いた方が良いのかい?」
ポリポリと頬をかいて、金剛が尋ねると、フッと小柄な者は笑う。白いローブですっぽり身体を覆い、フードを深く被って、マスクをしてサングラスをしているために何者かさっぱりわからない。
わからないことにした方が良いのだろう。ちっこい背丈は見ないほうが良いのだろう。
「ふっ。俺は『疾風迅雷』という。通りすがりの冒険者だ。ゲヘンゲヘン」
わざと声音を変えようとしているのだろう。低い声を出して苦しそうに咳き込んでいた。どうやら謎の冒険者のつもりらしい。
「………」
金剛はなんと答えようか迷う。シザーズマンティスを倒し終えたマティーニの連中も近寄ってきて、困り顔になっていた。どうしたら良いのだろうか。
この娘はこれで、正体がバレないと本気で考えているのだろうか? あまりにも見慣れている少女だ。護衛役が、守る対象に対してわからないとでも思っているのだろうか?
だが、予想外の所から援護の声が聞こえてきた。
「聖女様だ! 弦神聖奈様だ!」
「そうだ! あれだけの回復魔法を使えるのは聖女様しかいない!」
「ありがとう、聖奈様!」
平民区画では、ホログラムでバルコニーでお披露目された聖女の様子が映し出されていた。なるほど、背たけは少し小さいが、たしかにそう言われるとそう思える。タイミング的にもピッタリと言えよう。
あれだけの回復魔法を使用したのだ。皆がそう考えても無理はない。
「ま、まさか、あなた様は聖女サマー」
大根役者金剛が現れた。
「聖女サマー、ありがとうございます!」
大根役者のマティーニリーダーも現れた。
空気を読まないといけない。それに後ですぐにバレるだろうが、ここは誤魔化せると金剛たちは考えた。
「フッ。俺は聖奈とやらではない。今の俺は疾風迅雷。それ以上でもそれ以下でもない」
むふふと平坦な胸を張り、その波に乗ることにした疾風迅雷。聖奈様万歳と、勘違いした冒険者たちは歓声を上げて、気を良くした疾風迅雷は調子に乗って、フリフリとちっこい手を振る。
バレないうちに逃げるよと、首根っこを掴もうと金剛は考えたが、その判断は少し遅かった。
ガッシャン
と、支援に向かった鉄蜘蛛の一体がこちらへと吹き飛んできたのだ。鈍い音と共に鉄蜘蛛は地面を転がり、金属の脚は断ち切られて転がり、腕はねじ曲がり、戦車砲は潰れていた。
「なにがあったんだい?」
スクラップと化した鉄蜘蛛を見て、驚き前方へと顔を向け、言葉を失う。
背丈が6メートルはある化け物蟷螂がそこにはいた。漆黒の胴体を持つ化け物蟷螂は他のシザーズマンティスたちと違い、6本の鎌の腕を持ち、鉄蜘蛛へと襲いかかっていた。鉄蜘蛛が戦車砲を放つが、驚くことに鎌で弾き返して、8本の脚を高速で動かすと、一瞬の間に間合いを詰めて、他の鎌で鉄蜘蛛を切り裂く。
鉄蜘蛛の胴体に深く鎌を食い込ませると、面倒そうに振り回して、投げ飛ばしてしまう。支援に来た鉄蜘蛛たちはあっという間に、その化け物蟷螂にやられて、スクラップと化してしまうのであった。
「なんだありゃ!」
驚きの声をあげるマティーニのリーダー。
「キングマンティスだ。どうやらまだ獲物は残っていたらしい」
自称疾風迅雷は、薄く笑うと走り出す。
「雑魚は任せた! 俺はあいつを倒す!」
「ちっ、待ちなったら、こらっ!」
金剛たちはキングマンティスへと向かう疾風迅雷を追いかけるべく走り出す。
キングマンティスは勝利の雄叫びをあげて、手を翳していた。その後ろにはぞろぞろと成体が100体程見える。どうやら、最後の戦力をあのボスマンティスは残していたらしい。
周りの武士団や冒険者たちも走り出す。
この戦場は最後の戦闘へと入るのであった。




