62話 金剛たちの防衛だぞっと
シザーズマンティスは雪崩のごとく攻めてきたが、鉄蜘蛛たちの活躍によりほとんどは抑えられていた。とはいえ、2千匹を超える魔物が鉄蜘蛛たちを相手にせずに突っ込んできていた。
「こっちは700人程度。多少少ないがやれそうだね!」
「そうだな! おっしゃー、気合いを入れろ、てめぇら!」
金剛は斧を振り上げて咆哮し、マティーニのリーダーも仲間と共に戦うべく魔法の準備を始める。
シザーズマンティスが急接近してきているのが見える。人を餌にする魔物はその鈍色の胴体を揺らして、多脚を高速で動かして迫ってきていた。その鈍色の身体は金属よりも硬く、鎌の切れ味は如何なる刃よりも鋭い。そして、厄介なことに、空をも飛ぶ。
「ここで止めるのだ! 敵を一匹たりとも通してはならん! 全員魔法を放て!」
「はっ!」
武者鎧を着込んだ武士が大太刀を構えて、号令をあげる。整然とした動きで武士団は魔法を唱え始めた。その動きは訓練されたものだ。冒険者たちとは比べ物にならない。
『火球』
『火球』
『火球』
『火球』
人間大の大きさの火球を武士団は作り出し、迫ってくる化け物蟷螂たちの群れへと撃ち放つ。高熱の火球は放物線を描いて飛んでいき、シザーズマンティスに命中する。大爆発が起こり、炎と熱風が魔物を焼いていく。
「さすがは武士団。戦闘力では敵わないさね」
「訓練された軍隊だからねぇ」
火球が次々と放たれ、シザーズマンティスたちがみるみるうちに減っていく。しかし、その後ろから新たなるシザーズマンティスたちが抜け出てくる。
「リーダー。それでもおかしくない? やけに武士の数が少ない」
「たしかにそうだねぇ。平民区画の警護だからって200人足らずしかいない。少なすぎる」
燕が不可解だと眉を顰めて、疑問を口にする。金剛はたしかにそのとおりだと、自身もおかしいとは感じた。例年ならば、もっと警備の武士は多い。真面目そうな隊長の下、武士たちは動きから精鋭には見えるが、数ではなく、質で対応することにしたのだろうか?
だが、そんな疑問を考えたのは一瞬だった。
「お偉いさんたちはお偉いさんたちの都合があるってことだろ。あたしたちは目の前の敵を倒すことだよ!」
「ま、そうだよな。さて、私らも攻撃しますか」
槍を構えて、ケラケラと仲間が笑い、マナを溜めていく。金剛も同じく斧にマナを凝集させていった。
「そうさね。それじゃあ、攻撃開始だ! 冒険者の力ってやつを武士たちに見せつけてやろうじゃないか!」
高熱を帯びて紅く光り始めた斧を大きく振りかぶると、金剛は横薙ぎに振るう。ブォンと重々しい風切り音が鳴り、紅き刃が斧から放たれた。
『赤熱斧刃』
地を這うように紅き刃は飛んでいき、シザーズマンティスを纏めて切り裂く。胴体を真っ二つに切られたシザーズマンティスは刃に付与された高熱により燃え上がるが、後続は自身が多少燃えることも気にせずに、屍を踏みつけて接近してくる。
『槍尖』
『矢雨』
『風刃』
『水息吹』
『炎息吹』
それぞれが魔法を放ち、ダイアウルフが抜け出てきた蟷螂へと走っていく。他の冒険者たちも魔法を放ち、爆発音と共に蟷螂の群れは倒されていった。蟷螂たちはバラバラと肉片となり散らばる。平和であったパーティー会場は一瞬で、死臭が立ち込める戦場へと変わっていた。
「後衛は魔法を放ち続けるんだ! あたしらはそろそろ近接戦闘をするよ」
「幼体は私らの相手じゃない。けど混じっている成体と、後ろの親らしいデカブツに気をつけよう」
「あぁ。そうだね!」
腕に力を込めて、筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がり、金剛は眼前に迫るシザーズマンティスへと斧を叩き込む。2メートルほどの大きさのシザーズマンティスのその身体は、硬くとも細い。
金剛の振るう斧の威力には抵抗もできずに、その身体を叩き切られた。
「チチチチ」
ガラスを引っ掻くような嫌な鳴き声をあげて、倒したシザーズマンティスの後ろから、次のシザーズマンティスが腕の鎌を振るう。生命体の持つ光沢とは思えない化け物蟷螂の腕は、ギラリと鈍く光り、金剛へと襲いかかる。その動きは風のように速い。
全力で斧を振るった金剛は回避することはできずに、直撃を受ける。だが、その攻撃は金剛の予想通りであった。
キンと音をたてて、金剛の『魔法障壁』は、その一撃をあっさりと弾き返し、カウンターで斧を引き戻すと叩き切る。
「残念だったね。その程度じゃ、あたしの装甲を破るのは無理さね!」
金剛の装備している『玄武15式』は旧式だが、様々な防御魔法を備えており、大幅に防御力をあげている『魔導鎧』だ。『魔法障壁』のマナの消費量を高くしてあり、タンク役の金剛とは非常に相性が良い『魔導鎧』である。
『戦意咆哮』
「ウォォォォ!」
辺りに響き渡る猛獣のような声をあげて、金剛は魔法を使う。『戦意咆哮』は己の身体能力をあげて、咆哮による挑発で知性の低い相手の敵意を自身に集める魔法だ。
音にマナを乗せて、空気を震わせて、多くのシザーズマンティスたちの精神を揺さぶり、敵意を高めていく。
即ち、敵が渦巻くこの戦場で使う魔法ではない。集団が一気に使用者へと襲いかかってくるからだ。しかし敢えて危険を冒し、金剛はこの魔法を使用した。
近くにいる数十のシザーズマンティスたちが、金剛をターゲットにし、向き直り集まってくる。
「予想よりも向かってくるのが少ないけど、しゃあないかね」
魔法が渦巻き、マナが飽和しているこの戦場では、金剛の使用する音波は弱すぎて、消えてしまったのだろう。
仕方ないかと、襲い来る蟷螂たちの鎌を前に、ニヤリと壮絶なる笑みを見せて、次なる魔法を使用した。
『金剛体』
キラキラとガラスパウダーのように、金剛のマナが輝き、『魔法障壁』が複層になる。そうして、迫るシザーズマンティスの攻撃を全て受け止めて弾き返した。
「はっはー! あたしの無敵の防御力はどんな味だい?」
『金剛体』は、金剛のあだ名にする元とした固有魔法だ。たった数分間だが、複層の魔法障壁を作り出し、強固な防御の壁を作る。
金剛は膝を僅かに下げると、全身に己のマナを巡らせた。金剛のマナがオーラとなってゆらりと揺らめき、すぅと大きく息を吸うと、ガンガンと攻撃してくる群がるシザーズマンティスへと斧を向ける。
『爆裂斧』
「ぬおりゃあー!」
斧に赤熱が宿り、空気を熱する。気合いを込めて振るった斧の一撃は、シザーズマンティスたちに命中すると大爆発を起こした。群がるシザーズマンティスたちは全て千千に切り裂かれて、あっさりと一掃された。
「おっしゃ。一掃!」
ガッツポーズをして、ニカリと凶暴な笑みを浮かべる金剛。
「相変わらずド派手だ」
「まだシザーズマンティスたちはたくさん残っているんだから、マナの残量に気をつけなよ」
仲間たちがいつものことだと笑いながら、戦闘を続ける。金剛の豪快な戦闘にそれぞれ慣れているのだ。護衛の最中で、大勢の敵が現れた時は、同じコンボで倒してきたリーダーなのである。
「大丈夫さね。まだまだあと数回はこのコンボを使えるよ」
「成体も今ので片付けられるとは思わないことだよ」
燕が指差す先には、成体のシザーズマンティスがいた。群れの中に紛れ込んでいたので、『爆裂斧』で倒せたかと思えば、瞬時に後ろへと下がったらしく、翅を広げて飛翔し回避したらしい。その身体は僅かに傷ついているが、致命傷からは程遠い。
「ちっ! マナ感知が鋭いみたいだね」
武技を使うために、マナを集めていたのを感知して回避したのだ。幼体とは違い、多少の知性と危機感を持っているようだ。
「チチチチ」
鳴き声をあげて、シザーズマンティスは翅を震わす。
『振動波』
空気が震えたと感じた瞬間に、金剛の魔法障壁が震えて、金剛はその威力に押されて、地面を擦り後ろへとノックバックされた。
シザーズマンティスが使う魔法の一つ、翅から放たれる振動波の魔法だ。強力な威力を持っており、周囲へと放たれる範囲攻撃魔法だ。その振動は魔法障壁ごと金剛たちを押し下げて、振動範囲の芝生は粉々になり、細かな土が舞っている。
「成体は幼体とは格が違うとはわかってたけど、厄介な!」
間合いを詰めて斧を振るうと、シザーズマンティスは合わせるように鎌を振るい、弾き返す。仲間の槍が貫こうとするが、また翅を広げて、後ろへと下がってしまう。
「駄目だ! 成体を相手にしながら幼体を倒す暇なんてねーぞ!」
少し離れた場所にいるマティーニのリーダーが焦った声で、あちらも成体のシザーズマンティスと戦闘を繰り広げている。あちらは大苦戦しているようで、他のパーティーと合流して戦闘をしていた。
たしかにBランクの自分たちが6人がかりで、ようやく互角の敵だ。マティーニたちや、他の冒険者たちでは厳しい。ならば武士団はというと、成体の群れと戦闘をしており、もはや他へと手を回す余裕は無さそうであった。
「どうやら成体たちは戦車を相手にしなかったようだよ、リーダー」
「金属の塊なんか相手にしても美味しくないと考えたか、頭がまわるこった!」
「追加が来たよ! 守りきれない!」
シザーズマンティスの成体が数体と、幼体数百体が燃え盛る森林から新たに現れて、武士団や金剛たち冒険者を無視して、逃げている人々達へと向かっていく。
どうやら頭が良い奴がいるようで、手強い奴よりも、対抗できない弱い者を狙うことに決めたようだ。
「くそっ、コッチも余裕がないさね」
連続で振られる鎌を斧で弾き返し、魔法障壁を使い防ぎながら、金剛は悔しげに叫ぶ。成体は強すぎる。
一般人は遠く離れてはいるが、それでもまだまだ逃げ切れていない。魔物が狙える距離だ。
成体たちがチチチチと鳴き声をあげて、翅を広げて一気に距離を詰めようと空を飛ぶ。
一息で最後方にいる人間へと鎌を振り上げて、空から襲いかかろうとしていた。
「くっ、誰も助けにはいけないか」
成体のシザーズマンティスの一撃は冒険者の魔法障壁すらも打ち破る力を持つ。断末魔と共に殺されてしまうだろうと思われた。このままでは阿鼻叫喚の光景となる時であった。
シザーズマンティスは腕を振り上げたまま、コロリと頭を落として、空中で身体を揺らめかせると、そのまま倒れ込んだ。
そうして、なにか小さいものが現れては消えて、現れては消えてと、幻影の如く空にチラチラと現れると、成体のシザーズマンティスたちはその首をあっさりと切り落とされて落ちていくのであった。
「あん? なにが起こったんだい?」
「なにか、ちっこいものが………?」
金剛はどんな魔法が使われたかと、戦闘をしながらその様子を見て驚く。幼体のシザーズマンティスたちは、成体が倒されても、気にもせずに一般人たちへと向かおうとする。
その前に空間から滲みだすように小柄なローブ姿の者が現れると、短剣を構える。
『竜巻剣』
小柄な人影が、雛のような可愛らしい叫びをあげて、その姿がブレて回転すると、幼体たちはバラバラに切り裂かれるのであった。




