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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
4章 元服パーティー

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61話 蟷螂対蜘蛛なんだぞっと

 多脚型戦車『鉄蜘蛛17式』の薄暗い車内にて、鉄蜘蛛大隊の戦車長は、モニターに映るシザーズマンティスたちの群れを見て、冷静に指示を出す。


「できるだけ、蟷螂のターゲットをこちらに向かわせろ。通常弾にて牽制を開始」


「了解。通常弾による牽制を開始」


 砲術士が素早く目の前のタッチパネルを叩き、離れた場所にいるシザーズ蟷螂の集団へと機関砲を向け、弾丸を撃つ。


 狙わずとも命中する。それぐらい敵は多かった。蟷螂は卵を一度産むと、それはもう気持ち悪いぐらい子供が産まれる。それが大人と同じぐらいの体格ならば一層の恐怖を覚えるというものだ。


 無機質なる複眼。肉食で強靭なる顎。鉄柱すらもやすやすと切り落とす鎌。そして巨大化していることにより、はっきり見えるびっしりと生えた繊毛と複数の脚。


 嫌悪と恐怖を齎す者。それがシザーズマンティスだ。


 魔法金属でもなく、魔法が付与されたわけでもない通常弾の嵐が、迫るシザーズマンティスへと降り注ぐ。


 ドドドと唸りを上げて機関砲から弾丸がばら撒かれて、1メートル大の大穴が地面に空いていき、土が吹っ飛び舞い散る。戦車の機関砲だ。一般人ならば、掠っただけで肉塊に変わる威力を持っている。


 しかし、相手は魔物であった。それも幼体でさえ、Dランク相当の強敵だ。魔法障壁を身に纏うシザーズマンティスの体には通常弾など、パチンコ玉も同然。いくら攻撃を受けても、多少押し下がるだけで、魔法障壁の力により、傷一つ負うことはなかった。


 だが、それは戦車長たちも予想済みだ。ダメージが入らないと嘆くことはない。敵のヘイトを稼ぎ、自分へとターゲットを向けるために攻撃をしているのである。


「撃て撃て! 残弾は気にするな! 全弾使い切るっ! 防衛線を越えそうな敵には魔法弾を使え!」


「了解!」


 砲術士がレバーを操り、巧みに通常弾と魔法弾を切り替えて、襲い来るシザーズマンティスを倒していく。何発もの魔法弾が間近に迫る蟷螂を砕いていった。


『こちら、タートルツー。戦闘を開始する』


『タートルスリー。ここは一歩も通さねぇ!』


『タートルフォーだ。見直したぞ、大隊長。あんたはコネで戦車隊の大隊長になったと聞いていたからな』


 モニターには、離れた場所で戦闘を開始する戦車隊が見える。口々に戦闘を開始すると報告をしてきて、機関砲を発射し、化け物蟷螂たちを吹き飛ばしていく。


『そうだぜ。あんたは最初、待機状態にもせずに、火を落としておけと言っていたからな』


『そうだな。急に起動シークエンスを始めろと指示を出してきた時は驚いたものだ』


『はっはー。だけど幸運だったな!』


 各車両の戦車長が口々に褒め称えるセリフが、機関砲と戦車砲の轟音をBGMにして聞こえてくる。タートルワン。この戦車に乗る最初に戦闘を命じた戦車長は、鉄蜘蛛大隊を率いる大隊長であった。


 とはいえ、帝都防衛隊の鉄蜘蛛戦車隊はたった10両。小さい名ばかりの大隊であり、金食い虫の戦車を動かすことはないので、箔付けのための地位で、コネで入ったと陰口を叩かれていた男だ。


『うるさい! 蟷螂共に抜けられないように、注意をしろ!』


『了解!』


 部下たちへと怒鳴りつけて、大隊長はモニターへと視線を戻す。倒しても倒しても、シザーズマンティスたちは屍を乗り越えてやってきていた。


「魔物寄せのダミーバルーンを発射! 後に残りの『火炎槍ミサイルフレイム』を叩き込んでやれ!」


「ダミーバルーン発射!」


 鉄蜘蛛は運転手、砲術士、通信士兼副砲術士、戦車長の四人乗りだ。すぐに通信士がダミーバルーンを発射させた。鉄蜘蛛の胴体横に設置してある3本のミサイルが空へ飛んでいき、空中で爆発すると中の蜘蛛型の風船が膨らみ、シザーズマンティスの中に落ちていく。


 餌だと思ったのだろう。ワラワラと群がりあっという間に、蟷螂の群れに覆われてダミーバルーンは消えていった。だが、ある程度集まったと見て、最後のミサイルをタートルワンは発射した。


 噴煙を後に残し、ミサイルは着弾し蟷螂たちは炎の渦に巻き込まれて焼けていった。その様子を見ながら、タートルワンは機関砲を撃ちまくり、次々と群れを倒していく。


 モニターに映る残弾数を確認すると、大隊長は頭をあげて、厳しい声で命令する。


「よし! 突撃を開始!」


「はっ! 突撃でありますか?」


「そうだ! もはや残弾も残り少ない。援軍が来るまで、この戦車を囮にするのだ。突撃!」


「了解! 突撃します!」


「安心しろ、鉄蜘蛛の魔法装甲はシザーズマンティスの鎌を防ぐ!」


 険しい声で命令を出し、運転手も反論せずに突撃を開始した。鉄蜘蛛は重装甲だ。そんじょそこらの魔物では傷一つ与えられない……はずだ。


『タートルワン。突撃するのか? 正気かよ?』


『貴様らも軍人だろうが。国民が後ろにいるのだぞ! 盾になれ!』


 大隊長が怒鳴ると、各車両の戦車長は感心した声を返す。


『凄え……まるで別人だな。タートルスリー了解』


『帰ったら一杯奢らせてくれ。タートルフォー了解』


『おっと、タートルツーも続くぜ! 勇者に乾杯!』


 同じく他の鉄蜘蛛たちも化け物蟷螂の群れに突撃していく。そのために、ほとんどの化け物蟷螂は鉄蜘蛛へと群がってきた。


 ギシギシと戦車の車体が揺れて、鉄蜘蛛にまとわりついたシザーズマンティスの鎌がギギギと装甲を叩く音がする。


 金属を削られる嫌な音を耳にしながら、大隊長はフトなぜこれだけ勇気があるのかと疑問に思った。


 こんなことをする予定だっただろうか?


 今日のパーティー前の話だ。軍務大臣である神無公爵が、鉄蜘蛛を待機状態にするだけでも、魔石を食うので、完全に鉄蜘蛛を停止させておくようにと命令を出してきた。


 鉄蜘蛛のコンピューターを落とし、マナドライブを完全に停止させておくとなると、起動に10分は軽くかかる。火力管制や各システムのチェックを行うとなると、軽く30分は必要となるだろう。


 万が一の場合を考えるのではなく、帰るときに面倒くさいという気持ちから、神無公爵へとその命令は厳しいと反論したところ、今度飯でも食べにいきましょうと、肩を叩かれてにこやかな笑みで返されたので、その命令を聞くことにした。


 神無公爵との縁が深まれば、出世も早い。大隊長は噂通りの、コネと七光りで出世したものだったので、出世欲が強く、怠惰でもあったのだ。


 ………だが、なぜなのだろう? 突如として、軍人としての義務に目覚めたのだ。なにかが起こったら大変だと、部下へと再度戦車の起動を命じておいたのだ。


 そして、今や敵の真っ只中に突撃をしていた。


「なぜ……俺はなぜこんなことを……」


 疑問から不信感が頭にちらつき始めてくる。こんな英雄的な行動は自分には相応しくない。本来ならば、即座にこの場から逃げていてもおかしくないのだ。


「あら、貴方は英雄を目指すことにしたのよ。忘れたの? 軍人としてか弱き者を助けるために、正義の心に目覚めたんじゃない」


 耳元に心地良い女性の声がそっと囁かれる。


「そうだった。そうだったな。俺は英雄になるんだった。俺たちの後ろには大勢の人々がいる。守らなければならない!」


「そうよ。皆は勇敢だわ。褒め称えてくれるでしょう」


「そうだった。そうだったな。全員、気合いを入れろ! 鉄蜘蛛が破壊された時は、己自身の力を振るう時だ!」


 艶めかしい脳味噌をグズグズに蕩けさせるような美しい声に陶然としながら、大隊長は命令する。取り巻きである部下たちも反論することなく頷き返す。


 戦車兵用の『魔導鎧』を装備しているのだ。いよいよとなったら、外に出て戦闘をするつもりである。


 英雄になるのだ。多くの人々を助けるのだ。


「我々は英雄になります」


 いつもおべっかを使い、訓練をサボる運転手が強い意志を示す。


「我々は英雄になります」


 同じく七光りで楽な通信士になった男が、凛々しい顔になる。


「我々は英雄になります」


 砲弾を撃つことよりも、女を狙うことの方が好きな砲術士も宣言する。


「そうだ! 我々は英雄になる! か弱き者たちを助けるのだ!」


 七光りで、訓練も滅多に出ずに、軍人にあるまじき腹がでっぷりとしている肥満気味の大隊長は皆へと気合いの入った声をあげる。


「素晴らしいわ。貴方たちのその勇姿に私も惚れ惚れしてしまうわ」


 白魚のような美しい手で、パチパチと拍手をする女性が薄っすらと妖艶なる笑みを魅せる。


 僅かに身体を揺らして、戦車兵たちは鬨の声をあげて、その心を一つにするのだった。


「感動的ね。本来ならば、戦車を動かすこともできずに、さっさと逃げちゃったらしいけど、軍人ですものね。この方が貴方達も幸せでしょう?」


 戦車のコックピットには、もう一人いた。黄金の髪を靡かせて、妖艶なる肢体を持つ美女が予備の座席に座っていた。


「まったく酷いものね。でも、こちらも充分に酷いと思うけど。予言よりも酷いわ。ストーリーを知っているということは」


 クスクスと可笑しそうに笑うのはフリッグであった。スッと立ち上がると、髪をかきあげて、チュッと投げキッスを投げて、ハッチを開ける。


「それじゃあ、私はここでお暇するわね。大丈夫。貴方たちは運が良ければ生き残ると思うわ。恨まないでくれると良いのだけれども。だって、貴方たちの仕事だもの。生き残れたら、夢から醒めてちょうだいね」


 フリッグは外へと飛び出ると、すぐにハッチを閉める。既に鉄蜘蛛には無数のシザーズマンティスたちが群がり、破壊せんと腕の鎌を振るっていた。


 重装甲とはいえ、さすがに鉄蜘蛛は傷つき、装甲は剥がれかけている。それでも、まだまだ耐えられそうだ。耐久力こそが、魔導兵器の売りなのだ。この金属の塊は化け物蟷螂たちを暫くは惹きつけておけるだろう。


「『生命支配ライフドミネーターⅤ』を全員にかけるのは大変だったわ。お嬢様には追加報酬を貰わないといけないわね」


 ため息混じりに、フリッグは近づいてくるシザーズマンティスの幼体を蹴り落とすと、アイテムボックスから羽衣を取り出して、ふわりと身体を覆う。


『鷹変身』


 その身を鷹へと変身させながら、ポソリと呟く。


「次が最後の命令ね。やれやれ、人使いの荒いお嬢様だこと」


 完全に鷹へと変身し終えると、バサリと翼を羽ばたかせて、空へと飛翔する。地上を眺めながら、命じられた地へと飛んでいく中で、鉄蜘蛛たちから漏れたシザーズマンティスの姿が目に入る。


「結構抜けているわね。……まぁ、仕方ないわ。わたしは命じられたとおりに行動したのだから」


 そう言って鷹となったフリッグは飛んでいくのであった。


 眼下では防衛線を越えたシザーズマンティスたちが冒険者や武士団たちとぶつかりあい、マナが弾けて、金属音が鳴り響くのであった。

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インビジじゃないんだ
複数人で操縦するちゃんとした戦車だったのね。チーム七光りの面子がひどいw
英雄であった。
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