60話 戦闘開始なんだぞっと
高位貴族の護衛以外の護衛は貴族区画のパーティー会場に入れないため、『金剛城塞』の面々はパーティー会場の隅で暇そうにしていた。
「ふわぁ、暇だねぇ」
『金剛』と呼ばれるガタイの良い女戦士は、パーティー会場で無料で食べられるクレープをパクつきながら眠そうにしていた。ふんわりとした生クリームの味が口内に広がり、その優しい味に顔が緩む。甘い物が好きなのである。
毎年恒例だが、この祭りだけは凄い金がかかっている。佐賀出身の自分だが、上京してきて驚いたものだ。佐賀でもご馳走は出たが、人の多さが全く違う。当時は日本人全てが集まったのかと、驚愕し興奮したものだった。
「当時は若かったねぇ」
昔を思い出しながら、人、人、人と、人だらけだ。広大な庭園で祭りを楽しむ人々を見て、目を細めて懐かしく思う。護衛として来ている冒険者の中には上京してきたばかりなのだろう。若い冒険者たちが興奮気味でお喋りをしていた。
ここは平民区画のパーティー会場だ。大勢が祭りを楽しむため、皇城で一番大きな庭園である。庭園と言っても、ただ芝生が広がっているだけで、普段は軍の訓練所として使用されており、開放はされていない庭園とは名ばかりの場所だ。
「太っ腹なところを見せて、人気取り。皇帝陛下ってのも、大変さね」
この祭りに毎年巨額の金額が動いているが、全て皇帝陛下のポケットマネーから出されていると言われている。全ての皇族は何かしらの企業を持っており、金を稼ぐ手段がある。無論、国防への魔法の使用料やら、皇族だからこその税金の優遇もあるのだが、ポケットマネーは凄い。国費は全く手を付けていないらしい。……どこまで本当かはわからないが。
「いやぁ、それに国の力を見せるってところもあるぜ?」
「なんだい? 独り言を盗み聞きするとはマナーがなっていないんじゃないかい?」
隣に近寄ってきた自分よりも20センチは背が低い中年男性へとニカリと笑う。『マティーニ』のリーダーの男だ。剣も魔法もそこそこ使えて、斥候などもこなせる万能な能力を持っているが、抜きん出た能力がないので、器用貧乏なんだと愚痴っていた記憶がある。
同じ護衛対象を守るために、事前に調べておいたのだが、リーダーとして、素早い判断力と統率力があるとの評価だった。それならば充分だと思うと、前衛で斧を振るうだけの自分よりもリーダーとしての能力は上だと羨ましかったが、考えることは人それぞれだ。
マティーニのリーダーとしては、金剛のような一撃の威力と、硬い防御力が羨ましいらしい。隣の芝生は青く見えるとは、よく言ったものである。
「まぁ、良いじゃねぇか。それよりも見ろよ。皆は皇帝陛下の太っ腹なところと、国の武力を見て安堵しているぜ」
「まぁ、幼い頃の記憶ってのは大事だからね」
庭園にはパーティーのために、多くのテーブルが置かれて、様々な料理や飲み物が載っている。皆は舌鼓をうち笑顔で楽しんでいるが、場にそぐわない物があった。
それが魔導多脚戦車『鉄蜘蛛17式』だ。これみよがしに重厚なる金属装甲の表面が、陽射しを照り返し、鈍い輝きを見せている。その数は4車両。なぜかパーティー会場から少し離れた場所に鎮座している。
いや、なぜかではない。以前はその威容を見て感動していたが、今は平民への圧力に近い、アピールだと知っている。我が国はこれだけの魔導兵器がありますよ、強いですよと宣伝しているのだ。
「魔法使いが立っているよりも、わかりやすい力の塊だからね。皇帝陛下も国を治めるのに大変さね」
「ちげぇねぇ。あれって、動かすのに億単位かかるらしいぜ。だから動くことは稀で、カプセルホテルとかあだ名がついているらしい」
「舞台裏を語って、子供たちの夢を壊すんじゃないよ。あれはロマンあふれる我が国の守護神ってことにしときな」
「ロマンねぇ。まぁ、しょうがねぇか。抑止力は目に見えた方が良いもんな。ところでよ、今日の護衛が終わったら、飲みに行かないか? パーティーの半分は休みになるんだろ?」
「しつこいねぇ。あたしみたいながさつで大柄な女のどこが良いんだい?」
マティーニのリーダーへと、苦笑を返す。この男は金剛のどこを気に入ったのか、頻繁にデートや飲みの誘いをしてくる。婚活にきた訳ではないと、最初は怒ったが、めげないので適当に受け流していた。
「あんたの良さがわからない男は、見る目がないんだよ。美味い居酒屋を知っているから、んん? なんだ?」
話途中で、マティーニのリーダーは顔を若干険しく変える。金剛もすぐに異変に気づき、顔を真剣に変えてパーティーメンバーへと顔を向ける。
「『鉄蜘蛛』が動き始めたね。なにかアトラクションの予定でもあったかい?」
「いや、ないな」
その顔は既にプロのものだ。侯爵家肝いりの少女を護衛するにあたり、Cランク冒険者は力が劣ると思いきや、この男のパーティーのプロ意識はかなり高いと、短い付き合いだが金剛は理解しており、好感を持っていた。無論、それを口にするほど、乙女ではないが。
重低音を響かせながら、鉄蜘蛛が歩き出し芝生に大穴を空けながら、ズシンズシンと歩き始める。きっとこの芝生を直す魔法使いは大変だろうなと思いつつ、なにが起こったのかと注視する。
マティーニのリーダーはもちろんのこと、他の冒険者も、警備の武士たちも何事かと見ており、パーティーを楽しんでいた平民たちも不思議そうにしていた。
だが、その疑問はすぐに解決した。鉄蜘蛛から、スピーカーで男の声が響き渡ったのだ。
「こちらは皇都防衛隊所属鉄蜘蛛騎兵団です。魔物の群れが発生したことを確認しました。すぐに排除いたしますが、念の為皆さんは避難をお願い致します。慌てず騒がずに、落ち着いて移動してください」
その言葉に人々は驚愕し、ざわめきが広がるが、慌てて逃げる人は少数であった。まだ、料理が残っているのにと、残念そうにしている人がほとんどだ。鉄蜘蛛が魔物など撃退してくれると、その頼もしさを見て安心しているのだろう。
「相手は小型だが数が多い。武士団及び、冒険者は抜けてきた魔物を退治してもらいたい。後ほど報酬も出るでしょう」
その言葉に、冒険者たちは色めき立つ。まさかの臨時報酬だ。しかも魔導兵器と武士団が揃っており、まさか負けるとは思えない。
『魔導鎧』を着込んでいる冒険者は少数だが、着ていない者も、予想外の小遣い稼ぎができると嬉しそうにして、楽勝雰囲気が魔物の姿も見ないのに漂い始めた。
もっとまずいのが、平民のうちの大半がアトラクションが始まるとばかりに、逃げないで料理片手に、野次馬化していることだった。
「こりゃ、まずいぜ。軍が冒険者に頼る意味をまるで解っていないぞ」
「あぁ、あいつらの手に余るから、声をかけてきたんだ。プライドの高い武士団が報酬をだすから手伝えなんて言うはずがない」
マティーニのリーダーの言うとおりだと、金剛は舌打ちする。戦車で通告してきた兵士の落ち着きようが悪い意味で作用していた。落ち着き過ぎていて、皆は必要以上に頼もしさを感じすぎているのだ。
ドンッと戦車砲が轟音をたてて、砲煙が漂う。その先にあった現在はパーティーのために立ち入り禁止の森林の木々が吹き飛び、砂煙が舞う。
「おぉ! 初めて見たぞ!」
「おとーさん、凄いね!」
「あれが魔導兵器かぁ」
人々がその勇姿に歓声を上げる中で、4両の多脚戦車は森林へと進みながら、今度は背中に設置されているミサイルポッドから、複数のミサイルを発射した。
噴煙を跡に残し、空高く舞い上がっていくミサイルは角度を変えて、森林へと落下していく。着弾と同時に火炎が嵐のように吹き上げて、森林を燃やしていった。
わぁわぁと歓声を上げて、避難しない連中を尻目に、金剛は自身の『魔導鎧』にマナを流して起動させる。
『接続、起動開始』
ウィィンと聞き慣れた頼もしい駆動音をたてて、『魔導鎧』が稼働する。金剛は腰に吊り下げていたバイザーを顔に装着すると、小脇に準備しておいたトランクケースから、組み立て式の両刃の斧を取り出すと素早く組み立てた。
『正常に起動。玄武15式駆動』
発売開始からもはや7年も経過しており、かなりのロートルとなった『玄武15式』が完全に起動すると、装着している鎧の装甲部分が広がり、黒いラインが走っていき、白く色が変わっていく。『魔法障壁』が己の身体を包み込み、金剛は斧を強く握りしめた。
「燕!」
「あいよ」
呼ばれた斥候役の仲間が使い魔の鷹を呼び出し、空へと飛び立たせる。すぐに鷹は森林の様子が窺える高度まで飛翔する。そこから『視界共有』で確認した光景に燕は舌打ちした。
「リーダー、ヤバいね、こりゃあ。一面蟷螂だらけだ。ありゃ、シザーズマンティスだよ」
「ちっ、どこかに卵があったのかい!」
すぐに金剛は事態を把握した。シザーズマンティスは数千匹、下手したら数万匹の子供たちを産む危険な魔物だ。ダンジョンの束縛から逃れると、大群で街を襲うので危険な魔物なのだ。
「おし、全員踏ん張りな!」
「しゃあないね」
「了解したわ」
仲間が数に対抗するために、精霊のフレイムを呼び出し、ダイアウルフたちを召喚する。手慣れており、阿吽の呼吸のパーティーだ。
「見ろよ、怪物だ!」
「あんなにいるわ!」
「に、逃げるぞ!」
森林を見て、誰かが悲鳴をあげる。金剛が見ると、雪崩のように2メートルはある蟷螂たちがこちらへと向かってきていた。
再び戦車砲を撃ち、両手に付いた機関砲を鉄蜘蛛が撃ち始める。ばら撒かれた弾丸は、シザーズマンティスの群れに命中し、いくらかを吹き飛ばす。
「落ち着いて行動をしてください。ここで充分に守れます。武士団及び冒険者たちは漏れた敵を駆逐してください」
スピーカーから兵士の落ち着いた声が聞こえてきて、そのまま鉄蜘蛛は蟷螂の集団へと向かっていった。どうやら囮になるつもりのようだ。
「はっ! あの戦車に乗ってる兵士は肝っ玉が随分と太いようさね」
「ちげぇねぇ。なんであんなに落ち着いてやがるんだ?」
慌てて逃げようとした人々はその落ち着いた言葉に、混乱せずにほとんどは整然とした状態で逃げ始めた。
さすがは皇都を守る防衛隊というところかと、金剛は感心しつつ、仲間と共に前へ出る。マティーニの連中も同じく武器を構えて、恐れることなく隣に並ぶ。
戦車砲を撃ち、機関砲で砲弾をばら撒きながら、鉄蜘蛛は無数の化け物蟷螂たちにまとわりつかれる。鉄蜘蛛に向かわない化け物蟷螂たちがこちらへと向かってきた。
「さて、祭りのアトラクションらしいから、気合入れて活躍しないとね!」
金剛たちは咆哮をあげて、迫りくるシザーズマンティスと戦闘を開始するのであった。




