59話 父親はかっこいいんだぞっと
心配していると、美羽へと大袈裟な演技で近寄ってくる鷹野のお爺さん。名前は、名前は………えーと。なんだっけ?
コテリと首を傾げる世界一可愛らしい銀色に似た灰色髪の美少女を、鷹野のお爺さんは抱きしめてくる。感動的な再会に見えちゃうな。むぎゅぅ。
さっきは宇宙人と騒ぎを起こしてしまった両親は、鷹野のお爺さんの行動を止められなかった。一見すると、久しぶりに孫娘に出会って嬉しそうなお爺さんに見えるからな。その瞳はギラついているけど。
「まったく、このような場所で騒ぎを起こすとは。あやつは謹慎させる。美羽は怪我はなかったかい?」
猫なで声とは、こういう声を言うのだろう。また一つ賢くなった美羽ちゃんである。
「うん、大丈夫!」
ニコリと笑顔で答えるみーちゃんだ。どう出れば良いのかなぁ。宇宙人の父親だけど、俺の爺さんでもあるんだよな。ここでこれ以上騒ぎを起こすのもまずい。父親の社会的地位的にも厳しい。なので、素直なみーちゃんモードだ。
「そうかい、そうかい。連絡を受けた時は驚いたぞ。芳烈も大丈夫だったか?」
「………えぇ、風道さん、私は大丈夫です」
そうそう、風道だった。風道爺さんへと苦々しい顔で答える父親の様子から、やはり仲が悪いと理解できる。それにしては、友好的だな風道の爺さん。
「探していたのだぞ? まぁ、ちょうど良かった。聖奈様のお披露目も終わったのでな。皇帝陛下に挨拶に行こうではないか。次期鷹野家当主として、お主の妻と娘と共にな。この争いの謝罪も含めて行こうではないか」
俺の頭を撫でて、風道の爺さんは決定事項のように告げてくる。その言葉に、ますます顔をしかめさせる父親。あんまり顔をしかめさせると、皺になっちゃうぜ。可愛い娘が回復魔法をかけてあげるよ?
「風道さん、私は鷹野家の当主になるつもりはありませんよ。何度もお断りをしたはずです」
「わかっとる、わかっとる。しかし、嵐のあの酷さを見たであろう? 後継者として、とてもではないがあやつを指名するわけにはいかぬ。となると、お主しかおらぬ。そうしなければ、酷いことになるのはわかるだろう?」
「………」
宇宙人が後継者になるのは、流石に無理だと父親も理解したのだろう。だって、美少女の俺もそう思うもん。というか、周りの人々に宇宙人ですと自己紹介もしちゃったしな。しかし、それを利用しようとするとは、なんと卑怯な爺さんだ。
「鷹野家は多くの社員の人生を背負っておる。芳烈が当主として挨拶をしなければ、親戚たちの後継者争いになる。大変なことになると思わんか? お前も子供の頃はうちで育った。その時に恩を受けた者もおるであろう?」
「私は風魔法を使えません。誰も当主とは認めないでしょう」
首を振って答える父親。……風魔法を使えないと、当主になれないのはなぜなのかな?
疑問に思う俺だが、手応えがあると思ったのだろう。善人の父親はそう言われると弱いと知っているんだ。狡猾な奴。畳みこむように、話を続けてくる爺さん。
「そろそろ仲直りをしても良い頃だとは思わぬか? お互いに意地を張る程に子供ではあるまい? それに、美羽はどうするのだ? このままでは有象無象の輩に食い物にされる未来しかないぞ?」
「………」
言葉に詰まる父親。むぅ、俺は大丈夫。もう少し時間をくれれば、もっと強くなっちゃうぜ。だから心配しなくて良いよと言いたいが、子供の俺の言葉は説得力皆無であるだろう。
だが、俺にはスーパーな秘められた力があるんだぜ。
「パパ、もうお料理食べに行って良い?」
宇宙人も麺員ブラックに運ばれたから良いよねと、美羽はアイスブルーの瞳をウルウルさせて、父親に問いかける。ふふふ、秘技幼い美少女流「お話は終わりだよね、難しいお話はわからないや」の術である。術名が長すぎるのは、要検討にしておくよ。
「ぷわっははは! そうだね、この娘の10歳のパーティーは今日だけだ。大人たちはまた今度話し合いをすれば良い。そう思わないかい? あぁ、陛下への謝罪はあたしがしておいてやるよ。なぜあんたらの喧嘩が止められなかったか、把握されているだろうからね」
どうやら暗躍していた様子の婆さんである。俺は宇宙人を殴れて良かったけどな。
「ぬぅ、謝罪もこちらで行なっておく! それに、この機会を逃せば、皇帝陛下に挨拶をする機会はなかなかないですぞ?」
笑う巴お婆ちゃんに、余計なことを言うなと、風道爺さんが口を噛み、周りをチラチラと見る。なんだろう? 他人の目を気にし始めたのか? 周囲の何人かは興味津々でお家騒動を横目で眺めている。これは恥ずかしい。ん〜、それとも誰かを探しているのか?
「その娘ならきっと謁見する機会はこれからもあると思うがね。それに今はお互いに頼れる者はいないようだ。穏便に終わらせた方がいいんじゃないかい?」
風道爺さんの行動を見透かしたかのように、余裕の表情で言う巴お婆ちゃん。
「くっ。さっきからおかしいとは思っていたのだが、さては妨害工作をしておったな? 龍水公爵には関係ないでしょう?」
僅かに悔しそうにする風道爺さん。さっきまでの好々爺のメッキが少し剥がれかけている。父親は少し考え込んで、巴お婆ちゃんを見つめていた。なにか思うところがあるようだ。
「いやいや、このままその娘が喰い物にされるのを眺めているだけというのも、気分が悪いからね。お互いの立ち位置を改めて教えてやろうっていう、ささやかなる老婆心ってやつだ」
龍水巴公爵は、原作どおりの性格をしているようだ。その性格は面白いこと好きで場をかき回すことが多い。そして、その合間にちゃっかりと自分の利権を奪い取るしっかりものだ。
狡猾と言うにはあけすけで、元気いっぱいで軽い性格だった。主人公になにくれと変な依頼をしていたよ。なんの価値もない物を古代遺跡からとってこさせたり、稀にしか現れない魔物退治をしたりとか。学園で立場的に追い込まれた主人公たちに、武術大会出場を命じて、その立場を回復させる逆転の方法を教えたりな。
基本的に味方サイドのお婆ちゃんだ。ただし主人公のな。俺の味方とは限らない。
「行ってきて良いよ、みーちゃん」
ここで話を終わらせるつもりにしたのか、決意した顔で父親は許可をくれる。
「はぁい!」
美羽隊長が今行くぜと、俺はてってこと新しいお友達の所に向かうことにした。
「待て! 待つんだ美羽!」
「いえ、風道さん。先程の答えはお断りをします。後継者争いが始まると言うならば、貴方がその中から選べば良い。親戚筋で、風の魔法使いであり、経営能力の高い人をね」
きっぱりと風道爺さんに断りの言葉を告げる父親。かっこいいぜ。風道爺さんのセリフには嘘があった。社員のことを考えろと言っていたが、それなら代わりの人間は自分の息子たちでなくとも良い。風魔法を使えて、経営能力のある条件なんて、鷹野一族とやらには少なからずいるだろうからな。
それを父親にしか頼めないというのは嘘だ。選択肢を狭めて、それしか方法はないと思わせる話術である。
「むぅ。直系血族でもないのに、任せられるか!」
「それは私にはもう関係のない話なんです。わかってくださいとは言いません。貴方は昔から自分の計画は必ず押し通す人でしたからね」
「………わかった。今はお前の我儘を聞こう。だが、いずれお前は鷹野家に戻ってくる。これは儂の願いだけではない。来たるべき絶対の未来だ。帝城家の庇護下がいつまでも安全だと思わないことだぞ」
「わかっていますよ」
予言者のような言葉を吐いて、風道爺さんは去っていった。なんというか少しだけかっこいい悪役な爺さんだ。去り際を理解している。
本当にあの宇宙人はこの爺さんの子供なのかと思うぐらいだよ。それを言うなら、善人でかっこいい父親がこの爺さんの子供ということも信じられないけどな。
「美羽と言ったね。今度一緒にケーキでも食べようじゃないか。なかなか面白い娘のようだしね。有名なパティシエが作ったケーキをご馳走するよ?」
隊長業を開始するかと俺が再びお友達に話しかけようと歩き出すと、巴お婆ちゃんがニヤニヤと笑いかけてくる。
うーん、このお婆ちゃんと付き合うのは大変そうなんだよな。ゲームでも面倒くさいクエストしか依頼してこなかったし。
「アポイントメントをとってください!」
なので、笑顔でバイバイと腕を振る。お婆ちゃんと同レベルになったら考えるよ。うんうん。
「ぷわっははは。わかったよ。それじゃあ、また今度だね。あたしもそろそろ戻らないとまずい。陛下に怒られちまう」
ひとしきり笑うと、巴お婆ちゃんも去っていき、ようやく平和が………訪れなかった。
「隠されし神殿が解放されたカァ」
ばさりと翼を羽ばたかせて、テーブルにムニンが舞い降りた。赤い目をキロリと俺に向けてきて、カァと鳴く。
「シザーズマンティスが大量に発生しているカァ」
「ちっ、やっぱりこのパーティーだったのか!」
ムニンの報告に舌打ちをしちまう。もしかして違うんじゃないかと思ってたんだ。原作だと、たしか主人公と聖女は平民たちのパーティーに紛れ込んでいたからな。
バルコニーでのお披露目会から、平民たちのパーティー会場へと原作は移っていたから、大幅な時間経過があったと予想していた。なので、まだまだ時間はあると思ってたんだけど、違っていたようだ。ムニンにおかしな所を探させて、再封印する時間があると思っていた。失敗だ。
「シンと聖奈はどこにいる?」
「平民区画のパーティーに紛れ込んでいるカァ」
「いつの間に! さっきまでバルコニーにいたじゃん!」
転移系は使えなかったはずなのに、ここからもかなり離れている平民たちのパーティー会場に宮殿から移動していた? しまった、たぶん緊急用の転移陣か何かが宮殿にあったんだ。それを使いやがったな。
「蟷螂は何匹ぐらいだ?」
「卵が孵ったようだカァ。成体、幼体合わせて1万匹カァ」
その数にクラリと目眩がしてしまう。まずい、多すぎる。
「おトイレに行ってくるね!」
玉藻へと告げて、お料理全制覇隊から抜け出て走る。漏れちゃう漏れちゃうと、慌てる演技に、気をつけてねと玉藻は手を振り見送ってくれる。
俺は前傾姿勢となり走りながら、隣に飛んでくるムニンへとアイスブルーの瞳を険しくさせて問いかける。
「ここの警備は万全だよな?」
「貴族区域は、警備の武士がたくさんいるカァ」
「それに、貴族自身は戦闘できるしな。パパとママは大丈夫だ」
原作でもそうだった。貴族たちは死人がまったく出なかったんだ。それが平民たちの反感と皇帝の影響力を下げる原因になるんだけどな。
それは大勢のモブな人々の犠牲から始まっている。
『仲間と話す:フリッグ』
人混みを縫うように駆けながら、遠く離れたパーティーへと俺は話しかけるべくコマンドを選択する。すぐにフリッグの顔が中空にホログラムとして現れた。
『フリッグ。頼んでおいたことは終わった?』
『えぇ。このとおり』
ちゃらりとフリッグは錆びた指輪が嵌められたネックレスを取り出して、妖艶にふふふと微笑む。宮殿に潜入は難しいと思っていたけど、上手く入り込めたらしい。さすがは盗賊Ⅳのお姉さんだ。
『それじゃあ、次に頼んだことは?』
『のんびりと座って待っているところよ』
オーケーだ。全て頼んだことは終わっている。新しい仲間の頼もしさに惚れ惚れしちゃうよ。
『なら、計画どおりだ。時間が早まった』
『ふーん、そうなのね』
『そうなんだ。だから、やれ!』
『了解したわ、お嬢様』
厳しい目で犬歯を牙のように剝いて、命令を下す。ニヤリと微笑むとフリッグの映る画面は消えた。
そうして、パーティー会場に、戦車砲の轟音が鳴り響くのであった。




