57話 可愛らしいじゃれ合いをするよっと
『鷹野嵐が現れた!』
『鷹野宙哉が現れた!』
子豚が俺に魔法を向けた途端に戦闘開始のログが出たんだ。親子セットでのバトル開始らしい。
なので、母親が止める前に、美羽は足を踏み出し、嵐へと向かう。やられたらやり返す。みーちゃんのじゃれ合いを見せてやるぜ。可愛らしいじゃれ合いだから、見惚れてくれよな。
嵐の目的がわからないが、チンピラの考える程度のことだ。大したことはないだろう。そうに決まった。
なぜなら、俺の両親を危険に晒したからな。馬鹿なのは決まりだ。馬と鹿と戯れていれば良いものを、オレの前に出るのがいけないんだぜ。
でも、両親にあんまり素を見せるとグレたと思われるから、少しだけ気分的には手加減してやると思いながら、嵐との間合いを詰めて、俺は嵐のレベルを確認する。
『鷹野嵐:レベル37』
伯爵家の嫡男にしては、意外とレベルが低い。ゲームではタコ殴りしてやった悪役高位貴族は大体レベル40は超えていたのだ。だが、この現象、現実ならではの特徴を示している。即ち、『魔導鎧』を身に着けていないからだ。たぶん装備していれば、レベルは上昇する。
これはゲームのレベルの確認の仕方が現実ならではの特徴に適用されているためだ。『調べる』はプレイヤーから見た敵のレベル、強さを確認するコマンドなんだ。強さ=レベルになるので、装備によって、敵のレベルも変わるんだ。闇夜たちのレベルが普段は大幅に低かったから気づけたんだよ。
しかし、このチンピラは『魔導鎧』を身に着けていないにもかかわらず、素がこのレベル。かなりの強さだということだ。伯爵家の嫡男は伊達ではない。だが、負けはしないぜ。ゲーム仕様の強化人間の力を見せてやる。
「ていっ」
踏み込みを速めて、加速して間合いを詰める。予測外の速さに嵐は目を剥くが、戦闘は得意なのか、すぐに両手を構えて、俺に立ち向かってくる。
前傾姿勢となり、キュンと加速して俺は飛び込む。嵐は風を纏わせた拳を繰り出してきた。
「餓鬼が! 戦闘経験の差を思い知りな!」
『嵐撃拳』
腕に魔法の刃を持つ竜巻を纏わせて、嵐は拳を繰り出してくる。滑らかな拳の起こりから、練習は真面目にしていたらしい。掠るだけで、物理的な刃の力を宿した竜巻は、簡単に俺をズタズタに切り裂くだろう。
手加減という言葉を知らないのだろうか。馬さん鹿さんに取り憑かれているようだから、知らないんだろう。もしくは回復魔法を当てにしていると見た。怪我を負わせても、俺自身が回復魔法で傷を癒やせば良いと考えているのだろう。つくづくクズである。
迫る暴風の拳が俺の髪の毛を吹き流し、その恐るべき螺旋の暴風を俺に当てようとしてくる。拳を繰り出す動きは手慣れており、武術の基礎を知っているものの拳だ。
だが、オレには届かないぜ。
『盗賊歩法Ⅱ(シーフステップ)』
踏み込む足を複雑なステップに変えて、タタタンとリズミカルに身体を揺らめかし、素早さをあげる。
「なにっ!」
小刻みに、そして複雑なステップを踏み、高速でゆらゆらと動く美羽は、残像が重なるように残り、その実体がどこにあるのかわからなくなり、嵐は驚愕で目を剥く。
嵐はそれでも怯まずに、連続で拳を繰り出してくる。暴風が逆巻き、美羽の身体を引き裂かんと何発もの拳が迫ってくるが、冷静に迫る様子を観察する。
スイと身体を揺らして、横へと滑るように移動し、嵐の拳を俺は余裕を持って回避する。風により、ばたばたと灰色の髪がなびく。
俺の横を通り過ぎていく嵐の拳を横目で見て、さらに間合いを詰める。スキル『盗賊歩法Ⅱ』は素早さを40%上げるのだ。
ゲームでは、素早さを上げても、上昇する回避率は僅かなものなので、あまり使わなかったスキルだ。素早さを上げるスキルや魔法はいまいちな効果が多いのが、ゲームのテンプレだよな。素早さをあげても、敵の攻撃を躱すのはかなり難しい。
だが、現実ならスキルの効果はガラリと変わるんだ。素早さが高いと終始有利になれるからな。
どうやら、このチンピラは、体術3、魔法7の割合での戦闘を得意としていると見た。なぜならば、拳を当てるのではなく、拳に纏わせている暴風で俺にダメージを与えようとしているからだ。
手慣れているが、その戦い方は魔法使いのものだと、俺の付与された戦闘知識が教えてくれる。ならば、問題はないだろう。こちらの番だぜ。
「じゃれ合いだぞっと」
遂に、美羽の短い手足でも当たる距離へと詰めたので、地を這うようにしゃがみこみ、嵐の足へと蹴りを放つ。
『足払い』
武技『足払い』。美羽の足に魔法の力が集まり、風のように速い回転蹴りとなり、嵐の支点としていた右足を蹴りぬく。
「ぐあっ!」
支えのなくなった嵐は、思い切り尻もちをついて、痛そうにうめき声をあげる。痛みで身体が動かないのか、動きが鈍くなっている。
『足払い』は敵にダメージを与えることはないが、中確率で『スタン』状態にして、敵の動きを1ターン止める。なるほど、現実だとこうなるのか。
「追撃だっ!」
ダンッと、強く足を踏み込み、空高くジャンプをして爪先を揃えて、倒れた嵐へと向ける。
「こ、この餓鬼!」
『嵐壁』
倒れた嵐は俺へとすぐさま手を向けて魔法を使う。嵐の眼前が薄暗くなり、まるで箱の中にあるように、局所的な暴風の壁が生まれた。どうやら嵐という名前のとおり、嵐系統の魔法が得意らしい。
このまま突っ込めば傷を負う。治せば良いけど……。今日は一張羅だ。
「むぅ」
くるりと身体を回転させて向きを変えると、追撃を諦めて、地上へと降りる。宝物の服がズタズタになったら、俺はギャン泣きしちまうからな。美羽は可愛らしい少女なのだ。身体に精神が引きずられて泣いてしまう。
「はっ。所詮は戦うことのできない似非魔法使いだな! 俺の魔法には敵わない!」
嵐は自分の魔法を見て恐れたと勘違いしたのか、得意気にニヤリと嗤い、立ち上がると腕をクロスさせる。
「風よ、集まれ!」
雑な詠唱を口にして、マナを己の腕に集め始める。俺にも見える見えるぞ、集まるマナが。淡く光る緑の粒子がその腕に集まり、風が流れていく。
「バトル中は見える仕様かよ」
なるほどと、納得した。たしかにマナがバトル中に見えないと困るもんね。ゲーム的に、見栄え的に。
実にしょうもない新たなるゲーム仕様に気づいたが、嵐の技はタメがあるだけ、強力そうだ。
子供たちが集まる皇族主催のパーティーでこんなことをするなんて、馬や鹿が頭に取り憑いているレベルじゃない。突き抜けすぎている。このチンピラ、まったく状況判断ができていない。
ドン引きする俺だが、それでもあの魔法はやばいかもしれない。止めるために再度武技の使用を決断するが、その決意は良い意味で裏切られた。
集まる風の中に無数の木の葉が舞い散り、その中に混ざっていったのだ。顔を埋め尽くす量の雪崩のような木の葉により、嵐は慌てて魔法を解除して、取り払おうと腕をめちゃくちゃに振るう。
「わばっ! こりゃ、なんだ? なんでこんな木の葉が」
剥がそうとしても次から次へと木の葉が濁流の如く向かってくるので、慌てまくる嵐。チンピラのその慌てる姿に、悪戯そうに少女の声がかけられる。
『木の葉雪崩の術』
「おじさん、私とも遊んでよ。たくさん遊んで〜」
振り袖の裾をひらひらと蝶のように靡かせながら、狐っ娘に変化した玉藻がニヒヒと笑う。腕を振るい、身体を回転させて、舞うように踊るように、狐の尻尾をゆらゆらと揺らし、狐耳をピコピコと動かし、身体を翻して、玉藻は魔法を使っていた。
俺へとVサインを向けてくるので、ナイスと笑顔で返す。美羽のお友だちは良い子ばかりだぜ。
「舐めるなよ、餓鬼どもが!」
『風』
チンピラはその一言で、身体から爆発させるように風を吹き出して、木の葉を吹き飛ばした。魔力の風により、木の葉の魔法を打ち消したのだろう。あれだけ舞っていた木の葉は幻であったように消えていく。適時の戦闘判断だけはできるよな、こいつ。
だが、嵐の魔法はそれまでであった。
「う、うぐっ、こ、これは?」
嵐の首や手足に、ピンと張られた細い光の糸が絡められていた。動けば糸が食い込み、肌が切れそうだ。
いつの間にか、嵐の周りにビー玉のような光り輝く水晶が5個展開されており、その水晶から光の糸は放たれている。
『光糸縛陣』
「『魔導鎧』を展開させていない状態で動かない方が良いですよ、鷹野嵐さん。その糸は結構な切れ味を持っていますので」
静かに告げるのは、玉藻の父親だった。人差し指に嵌めた指輪が光り、その表情は冷たく、目を細めて嵐を睨んでいた。
「くっ、魔道具使いの油気か! てめぇ、こんなことをして良いと思っているのか」
「それはこちらのセリフです。まさかこのパーティーで騒ぎを起こすとは。当主様は知っているのですか?」
「うるせえっ! 俺は伯爵家――」
怒鳴る嵐へと、俺は気にせずに疾走して、タンと飛翔する。
「じゃれ合いキーック!」
「グハッ」
父親にやられたことは、娘として倍返しだぜ。驚愕する嵐の顔へと右足からのキックを食らわす。そして、くるりと身体を縦回転させると、踵落としを食らわす。でんぐり返しの成果を見せちゃうぞっと。
「じゃれ合い踵落とし!」
「ゴフゥ」
雛の鳴くような可愛らしい声での追撃だ。ゴスンと頭に蹴りは決まり、痛そうな声を上げてふらつく嵐。
「ちょ、みーちゃん、危ないよ!」
蹴りにより身体が吹き飛ばされて、糸により首が切れるのを恐れて、慌てて玉藻父は糸を解除する。慌てる必要はないんだけどな。
スタッと地面に降り立つと、よろけて尻もちをつくチンピラへと、細っこい指を向けて、俺は皆に聞こえるように告げる。
「おじさん、だいじょーぶです。この人、『魔法障壁』を展開させています」
「なんだって! まさか戦闘用の魔法服を着てきていたのか!」
玉藻父は驚きの声を上げて、周りも信じられないとざわめく。まさか『魔法障壁』を展開させているとは思わなかったのだ。
「へっ、護身用だ。護身用。くそったれ、なのに、なんで餓鬼の攻撃が貫いたんだよ。不良品だったか?」
口元から血をにじませて、苛ついている態度をそのまま見せて、嵐は立ち上がる。うん、『魔法障壁』は俺にとっては単なる防御力だ。貫いてダメージを与えることができるんだぜ。
『足払い』をした時に、へんてこな感触に不思議に思ったのだ。このチンピラ、不可視の弱い『魔法障壁』を展開させていやがったのだ。着ている服が特殊なんだろうよ。だから、素手の俺は躊躇うこともなく攻撃できたんだけどな。盗賊の素手なんてダメージ全然出ないのだ。みーちゃんなら『魔法障壁』を展開させていなくとも、思い切りやっただろう? ノーコメントでお願いします。
「護身用? 護身用ならばもっと強力な『魔法障壁』でしょう。不可視である必要はないし、不意打ちに反応するように作られているはずだ。常に展開はしない。まさか、最初から戦うことを念頭に置いていたのですか?」
詰問口調の玉藻父に、つまらなそうにペッと血の混じったつばを地面に吐くチンピラ。
「はっ、知らねーな」
「兄さん……。なんでこんなことを?」
身体が回復した父親が、怒りを込めた静かな声音で嵐へと尋ねる。このチンピラの思考回路はバグっていると思うよ?
「兄に勝る弟はいねーんだよ。俺様の力を少しばかり見せてやろうと思ってな」
「………子供時代のことを言ってるのか……。昔の私とは違うんだよ」
「ハッ! たまたま回復魔法使いの餓鬼が産まれたからなんだと言うんだ? てめぇは相変わらず弱いままだ。わかったら、俺にその娘を寄越しな」
「はぁ?」
シリアスに語り合おうとする父親だが、予想を超えた回答に、呆れた顔になる。うん、わかるわかる。弱いとなんで、嵐の下へと美羽を渡さないといけないんだ? このチンピラは実は宇宙人だったのか。話がわからん。
「てめぇじゃ、そいつは守れねぇだろ? だから、鷹野伯爵家の次期当主である俺が引き取ってやろうって言ってるんだ」
「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど……。たしかに私は弱いよ。でも、美羽と妻を守りたいし、少なくとも嵐さんへは渡さない」
頭が痛いと、額を押さえる父親。そうだよな、この宇宙人、思考回路が人類製じゃない。火星製とかかな? 実はタコが人間に変身しているだろ?
あまりにもアホな話に、皆はシンと静まり返り、嵐だけがなぜか自信満々の顔をしているのだった。
アホすぎて、パーティーのアトラクションとか言っても、逃げれそうだな、この展開。
ヒヒーン、メェメェと鳴けば誤魔化せるかもな。メェメェは羊だっけ?




