56話 あくどい親戚はいらないんだぜっと
聖女のお披露目会が終わると、後はお祭りだ。のんびりと料理の全種類制覇を目指すだけだ。仲良くなった新しいお友だちとお話をしながら、シュークリームを頬張る。もちろん小分けだよ。俺たちの様子を見て、コックさんが笑いながら、最初から小分けにしてくれるから、皆でたくさん食べられるんだ。
お腹を空かせる『満腹消化薬』を作ってくれば良かったな。ゲームでは料理は6時間ステータスにバフが付くんだけど、一種類食べたらお腹いっぱいになったと表示されて食べれなくなる。なので他の料理を食べて、バフを切り替えたい時は『満腹消化薬』を使ったんだよ。
高級料理だから、そんなことをするのも勿体ない。食べ終わったら、運動をしてお腹空かせとこうっと。でんぐり返しの練習だな。
「皆のパパは男爵さんなの?」
「うん、そうだよ!」
「一昨年男爵になったの」
「あたしのパパはしゃちょーなの」
へーっと、新しいお友だちを眺める。なるほど、着ている服がどことなくまちまちだったと思ったのだ。高そうなひらひらしたドレスを着ている娘や着物を着ている娘、紋付袴やスーツを着ている男の子がいると思えば、美羽と同じく可愛らしいワンピースを着ている娘や、普通の服の子もいる。
金額的にまちまちなんだよな。有力な商人と男爵たちの集団だったのか。
「あっちは行っちゃ駄目なんだよ」
「えっとね、偉い人たちの所なんだって」
少女の一人が指差すのは、バルコニーに近い集団だ。そこには絢爛な服を着ている集団がいた。大人も子供も皆、金がかかっていそうな衣服だ。女性がその傾向が顕著である。宝石の付いた高価そうなアクセサリーを身に着けているからな。
「あそこは子爵たちの集まりだね。もっと奥には公爵や侯爵らの偉い人たちが集まっているところもあるんだ。あそこは行っちゃ駄目だよ?」
「うん! お友だちと一緒にお料理を楽しむよ! 玉藻ちゃんはあっちに行く?」
「エンちゃんと一緒に遊ぶよ! ペター」
父親が頭を撫でてくれながら、告げてくるので、素直に頷く。みーちゃんは良い娘なのだ。空気を読まない乙女ゲーヒロインみたいに突撃はしないぜ。
目立たず大人しく。それが鷹野美羽のモブの処世術なのさ。
玉藻が抱きついて戯れてくるので、キャッキャッと笑いながら、闇夜は戻ってこれなさそうとも思う。挨拶回りとか大変そうだしな。
それに、皆と遊ぶのは楽しいしな。ドレスがちょっと古くなっている子供がいるので、名前を聞いてチェックしておく。フリッグに注意しておくように言われたのだ。困窮していそうな貴族は記憶しておけってな。雇用できるか確認するらしいぜ。
新しいお友だちとお喋りを楽しみ、料理に舌鼓をうち楽しんでいたが、最後までほのぼのとした終わりとはならなかった。
バサリと翼の羽音させて、テーブルにカラスが舞い降りた。ムニンだ。
知性のある赤い目を俺へと向けてくる。俺以外は誰も気づいていない。ムニンは世界の情報を集める性能上、オーディーンやパーティーの俺たち以外には、見られようとしなければ、誰にも気づかれない。
「ダンジョンは見つからなかったカァ」
弱点は一般的な情報しか集められないということだ。謀略関係は調査できないし、隠されているものは見つけられない。神話でもフリッグに嵌められて拷問を受けたり、ロキの謀略にオーディーンは気づかない。ムニンの能力に限界があるという証明だ。それをゲームのムニンは現実化しても、同様に情報収集に対して制限を受けていた。
だが、頼んでおいたダンジョンは見つかると思ってた。隠されているのかよ………。それとも俺の勘違いか? うーん、よくわからないなぁ。
毛づくろいをして、その後に小分けした料理を食べ始めるムニン。見られていないとわかっていても、少し怖いから離れていてくれ。ありがとうな、ムニン。
さり気なく、ムニンの頭をサッと撫でると、カァとひと鳴きして空へ飛んでいく。
「何かあったら教えてくれ」
「カァ」
頷くとカラスは飛んでいった。平和に終わるかもと、空を見て安堵していると、ダミ声がかけられてきた。
「ハッ! いい暮らしをしているようだな、えぇっ? 芳烈よ」
なんだ? チンピラが紛れ込んできたのか? 声のする方向へと顔を向けると、高級そうなスーツを着込んだチンピラが近づいてきていた。隣には子豚のような太った身体の子供もいる。
誰だと首を傾げて不思議に思うと、母親が俺の手をぎゅっと握ってくれた。なんだろうと母親の顔を見ると、厳しい顔つきになっていた。
「これは嵐さん。こんにちは」
父親も同様に厳しい顔つきで、きつい声音で近づいてくるチンピラに答える。ふむ、誰だこいつら。
「嵐さんとは冷たいじゃねぇか、弟よ。あぁ、『マナ』に目覚めなかった弟よと言い直したほうが良いか?」
中肉中背、少し痩せ気味なチンピラはガンをつけてくる。そのくすんだ緑色の髪の毛を見て思い出した。こいつ、父親の兄だ。過去に一度だけ見たよ。
「本当にこんなのが親父の弟なのかよ」
太った子豚が俺の父親を見下げる目つきで見てから、馬鹿にしたように嗤う。いや、したようにじゃないな。馬鹿にしているな。なかなか性格が歪んでいる模様。
「あぁ、見ればわかるとおり、平民のゴミだな。そこの娘は奇跡的に『マナ』に目覚めたらしいが、そのおかげでだいぶ良い思いをしているんじゃねぇか?」
小馬鹿にしてくる嵐。なかなかのクズっぷりである。マジかよ、こいつ伯爵家だろ? こんな突き抜けたチンピラのアホがいるなんて、やはり小説の世界だ。ファンタジーだよな。自殺行為はお勧めしないぜ。
「そのスーツはオーダーメイドかぁ? いったいいくら………。いや、やけにでかい宝石のついたアクセサリー……。餓鬼のドレスはいくらだ?」
難癖をつけようと、チンピラは父親を見て、母親を見て、最後に俺を見てくる。父親のスーツはオーダーメイドではないし、母親の身に纏っているアクセサリーも大粒の宝石なんか付いていないからな。
「神無デパートで買いました! 税込みで5万円です! 最高のワンピースでしょ?」
えっへんと胸を張って教えてやる。結構な額の服だったんだ。可愛いだろ〜。ちょっとお高いので自慢しちゃうぜ。
ふふふと得意気に美羽がクルリンと体を回転させて魅せると、なぜかチンピラは言い淀んだ。なんなの? 美羽の可愛さにやられたか?
「そ、その可愛らしい髪飾りは……い、いくらだ?」
「これは1500円です! 今日のために買いました! 似合ってるかなぁ」
灰色の髪にワンポイントで付けられている葉っぱの髪飾り。可愛らしいと評するとは、嵐はなかなかの審美眼の持ち主だな。褒めてやっても良いぜ。
ご機嫌になる俺とは対象的に嵐は顔を歪めて悔しそうだ。なぜ悔しそうなんだろ?
「お、お前、芳烈、なんでそんなに質素に暮らしてやがるんだ。金は唸るほど入ってくるだろうが!」
「質素でもないと思いますよ? 身の丈にあった暮らしをしているとは思いますが」
指を震わせて、信じられないという表情で、父親を指差す嵐。父親は真面目な顔で穏やかな声音で返答する。その答えを聞いて、ますます信じられないと、嵐は顔を歪めていく。
うちは裕福な家庭だぞ。母親は専業主婦だし、手作りのご飯やケーキもあるんだからな! もしかしたら世界で一番裕福かもしれないぞ。
頬を膨らませて、チンピラを睨む。まぁ、言いたいことはわかる。ようは金の問題だろ? わかるわかる。俺の稼ぎがあるとか考えているんだろうが、家族愛は最高の価値があるんだよ。即ち、この生活は最高なんだ。
「美羽のことを言っているのなら、見当違いですね。ちゃんと美羽のために貯金しています」
「な、ぐ、信じられねえ……濡れ手に粟だろうが……」
きっぱりと告げるかっこいい父親を前に、化け物でも見るかのように、嵐は後退る。魔法使いでなくとも、父親の人柄に威圧されたのだ。ふふふ、チンピラにもどうやら父親の凄さがわかったようだぜ。ニマリと美羽は嬉しそうに微笑んじゃう。
だが、空気を読めない子供がそこにはいた。
「ブフーっ、5万? 安っ! 僕ちんのハンカチ代じゃないか。プププ」
チンピラの付属品が何やらブーブーと鳴く。
「私は鷹野美羽です。明後日は小学四年生です! 貴方の名前はなんていうのかな?」
「僕ちんの名前は、宙哉。伯爵家の長男だ! 偉いんだぞ!」
僕ちんと自分を言うとは、なかなかの子豚だ。さすがは小説の世界。こういう突き抜けたキャラがいるんだよな。俺みたいな普通のモブと違ってさ。
「おい、貧乏人たち! この服はハイドロックカシミアの毛皮なんだぜ! 魔法の服だから一千万したんだ! どーだ?」
「へーっ。玉藻ちゃん、凄いよ。嵐さんはペットの子豚になんちゃらとかいう高い服を着させてるんだって」
「本当だね。ブーブーって、機嫌良さそうにしているよ!」
ニヤニヤと下劣な笑みで、俺たちを見下し威張り散らす子豚。さすがは子豚。人間ではないようで、空気を読めないらしい。俺と玉藻はペットの子豚さんを過保護にする嵐を褒めてやる。
だが、なぜか子豚は顔を真っ赤にして、ブーブーと嘶き始める。周りの人たちが冷たい表情で見ているにもかかわらず、なぜかチンピラは立ち直り、子豚はこちらへと手を向ける。
「僕ちんを馬鹿にするなよ! たかがかすり傷しか治せない中途半端な魔法使いが!」
激怒した子豚のブヨブヨの腕に緑の粒子が集まり始めて、風が巻き起こる。マジかよ、こいつ魔法を使う気だ。煽り耐性なさすぎだろ。
芝生が風により波打ち、風により髪の毛が靡く。服が風に煽られてバタバタと音を立たせ、子豚が口元を歪める。
「危ない、美羽!」
ガバッと決死の表情で母親が俺に被さり、父親が俺の盾になろうと子豚との間に立ちはだかる。
やばい。魔法使いではない両親はあの程度でも、大怪我を負うかもしれない!
玉藻たちは、まさかいきなり魔法を使うとは予想していなかったために、驚き立ちすくんでいる。チンピラは子豚を止めることもせずに、ニヤニヤと嗤っている。なにか企んでいそうだ。
「僕ちんの魔法で吹き飛べ!」
『風ハ』
『投擲Ⅱ(スローイング)』
「ブヒッ!」
僅かに空いている射線へと、俺は手を持ち上げるように振るう。瞬きの速さで振るわれ、微風が吹くと同時になにかが顔に命中し、子豚は仰け反り転がった。
「グァァ、と、父さん、なにか当たったよ、いたいいたい!」
鼻を押さえて、地面に転がる子豚。鼻からは血が流れているが、大したことはないだろう。子豚が身構えた瞬間、『戦う』コマンドは選択済みだ。
「チョコレートムースは美味しかった?」
目を細めつつ、子豚へとおやつを分けてあげた俺は笑ってやる。小分けしたチョコレートムースを盗賊Ⅱの武技『投擲Ⅱ(スローイング)』で投げてやったんだ。本当は口を狙ったんだが、外れたな。ごめんよ。
まぁ、ゲーム仕様で手加減ができないから、チョコレートムースですんで、幸運だったと思ってくれ。
「大丈夫だった、美羽?」
「うん! 途中で魔法は消えたみたいだし、大丈夫!」
心配げな顔で母親が聞いてくるので、大丈夫だよとニパッと笑顔で答える。子豚にはおやつをあげただけだよ。
「兄さん! 子供をなんで止めなかったんだ! 危なかっただろう!」
血相を変えて、父親が怒りの表情で詰め寄ると、嵐は謝るどころか、蹴りを繰り出してきた。父親の腹に蹴りを入れて吹き飛ばして、ニヤリと嗤う。
「ちょっとした子供たちのじゃれ合いだろうがよ。まぁ、魔法使いではない、てめえにはわからねぇだろうがな。こんなのは日常茶飯事なんだよ」
「ぐうっ。こんなことが日常茶飯事なわけないだろ!」
お腹を押さえて立ち上がれない父親が、嵐を睨んで呻きながらも抗議をするが、どこ吹く風と嵐はせせら笑う。
チンピラだよな、このおっさん。
『小治癒Ⅲ(マイナーヒール)』
倒れている父親に、助けようとしてくれたことに感謝をしながら、回復魔法を使う。ぽうっと淡い光が父親を覆い、その身体を全快させた。魔法使いではないので、この魔法でも全快するんだ。苦しんでいた表情の父親が、痛みがなくなり立ち上がるのを見て、ほっと安堵する。
抱きしめている母親から抜け出ると、俺は嵐に話しかける。
「嵐のおじちゃん。日常茶飯事なじゃれ合いに慣れてるんだね。それじゃあ、私もおじちゃんにじゃれていい?」
「なんだ、やり返そうってか? 思い上がった餓鬼が! 良いぜ、じゃれついてこい!」
「それじゃあ、遠慮なくいくね!」
じゃれ合いか、楽しみだぜ。思い切りやってやるよ。
何しろ戦闘は継続中だからな。




