54話 お城に入るんだぞっと
皇城まで、ぶるるんとリムジンで移動する。窓にべったりへばりついた状態で。美羽は人だかりを楽しそうに眺めていた。むいむいとぷにぷにほっぺを押し付けて、外を眺めている愛らしい姿にクスクスと周りは微笑ましそうに笑う。
大通りには屋台が軒を並べて、大きな公園には人だかりができており、太鼓の音が鳴り響いている。皆は楽しそうな笑顔で歩き、屋台でたこ焼きを買ったり、大道芸を見て楽しんでいる。この世界の大道芸は魔法込みだから、ド派手だ。車を降りて、俺も見に行きたい。
「私、ずーっとこの日は春祭りだと思ってた」
この世界、大規模な祭りが何回かある。日本という国全体を巻き込んだ祭りだ。小説らしい世界と言えよう。ほとんど全ての会社がお休みを取る。取らないのはコンビニとレストラン、それとインフラ関係だけだ。
前世の世界では無理な祭りだ。そこまで強権を国は振るえないし、そもそも祭りというのはそれぞれ地域ごとにやるものだしな。
でも、この世界ではあるんだ。その方が小説のイベントストーリーのネタに扱いやすいからであるのは言うまでもない。
3月30日。大きな祭りが毎年ある。屋台が軒を連ねて、多くの人々が祭りを楽しむのだ。大体は魔法で花が散るのを遅らせている桜の花見となっていた。
美羽も毎年両親と手を繋いで、桜を眺めたり、屋台でお好み焼やクレープを食べて楽しんでいた。家族でお出掛けして、お祭りを楽しむのは最高だ。笑顔で走り回って、毎年祭りを存分に楽しむのだ。
毎年楽しみにしていた祭りだけど、てっきり春祭りとか、花見祭りとか、そんなもんだと思ってた。
「たしかに10歳の子供がいる家しか気にしないですものね」
「玉藻はゲーム機買ってもらったよ。お祝いお祝い〜。帰ったら一緒にゲームしよう!」
ふふっと保護者のような目で闇夜が見てきて、嬉しそうに玉藻がゲーム機を買ってもらったと教えてくれる。最新型のハードなのかな? もちろんやるよ。オンラインでも、オフラインでもどんとこいだ。
10歳で御祝いかぁ。七五三みたいなもんだな。俺もお祝い貰えるのかな?
「大丈夫よ、みーちゃんのために夕飯はご馳走よ。ケーキも作っておいたわ」
「わーい! ありがとうママ。大好き!」
この身体は少女のものなんだ。だから身体に精神が引きずられちゃうんだよ。仕方ないよな? 母親の手作りケーキは賢者の石よりもレアなのだ。やったね。
都内は大盛り上がりだ。全国民で祭りをやるとこうなるんだな。小説の世界の中で良いことの一つだ。こういうド派手なイベントは前世では見られないからな。このイベントでレストランの店員さんは大変そうだけど。
ならば、都内は渋滞かというと、規制されており、貴族専用道路とかいうのが祭り用に特別に用意されていて、皇城まではスイスイと進める。格差社会だよな。
総じて言えば、楽しい。祭りは平和の証なりとか、昔の人が言ったとか、言わなかったとか。貴族専用道路とかは、多少気になるけど、多少だ。パレードとかで規制されているのと同じ感じだしね。
「10歳がお披露目会なのは、鎌倉時代から始まった元服式で、織田信長が日本を統一して、安土時代でお祭りに変わったんだよ。お祭りにしよ〜って。お祭り〜」
サイドテールをふりふりと振って、両手も振って、玉藻がえっへんと得意げに説明してくれる。10歳で元服式か。早いとは思うが、恐らくは魔法の存在があるからだ。
魔法使いは闇夜たちを見ればわかるが、10歳でも大人を倒せる力を持つ。一軍を制圧できるかもしれない。なので、前世では飾りとして存在しただけの元服が、この世界では魔法使いとして活動できる歳となる。
魔法とは、単純に現象として、存在するだけではなく、本当に様々な事柄に繋がるな。前世の常識と違うところが、たまにある。気をつけないといけないぜ。
「玉藻ちゃん、物知り〜!」
ぱちぱちと拍手して、玉藻を褒めるのも忘れないようにしないといけないぜ。円滑なる友人関係には、多少大袈裟にしても、褒めて良いと思うんだ。
「えへへ、ありがとう〜」
くねくねと身体を揺らして照れる玉藻に、対抗するようにコホンと咳払いを闇夜がする。
「今は10歳を祝うお祭りです。皇城には貴族の他に平民の有力者の子供たちも集まります。子供たちの数こそ、未来の国力の証ですし」
「なるほど! だからたくさん人がお城に向かってるんだね! 闇夜ちゃん教えてくれてありがとう」
「いえ、大したことはありません。皇城に向かっている人たちは、見学者も多いですね。お城の周りの公園にも屋台はたくさん開かれているんですよ」
ニパッと笑いかけると、ほんのりと頬を染めて、闇夜は微笑む。一応はお城は開かれているわけか。終わったら、屋台に寄ろうっと。お強請りみーちゃんが誕生だ。
皇城まで向かう途中に、他の貴族だろう車も合流し、護衛の車も加えるとかなりの団体となる。そうして、皇帝が住む皇城が見えてきた。俺は初めて見るのだが………。
「お空にお城が浮いてるよ!」
ポカーンと口を開けて、呆然としてしまう。『魔導の夜』で、皇城の描写は見ていたし、ゲームでは神器をすり替えに行くときに潜入した際に見ている。だが、現実だと圧倒されちまう。
浮遊している巨大な水晶の天空の城が空にはある。地上にも宮造りの宮殿が重なるように建っており、広大な庭に、ドーム型の研究所、幾つもの尖塔が建ち、ガラス張りの近代的なビルも建ち並び、地上施設は合理的な建設物も多い。コンクリートの兵舎に、兵器が仕舞われている蒲鉾型の倉庫もある。
要塞としても地上施設は作られている。人を襲う魔物が身近なこの世界ならではというところだろう。
「私たちは天空城に入れないよ。10歳の記念式典は地上施設で行うんだ」
「パパ! あそこに皇帝へーかが住んでるんだね!」
小説の世界の魔法建築ならではの光景だ。前世では絶対に建設は無理だ。たしか織田信長が江戸に首都を移転する際に作ったんだよな。建物全体に『永遠浮遊』と『絶対結界』が付与されていて、侵入するには地上の転移装置だけなんだ。
うん、小説にありがちな設定だよな。わかるわかる。だってここは小説の世界。あるんだよ、こういうテンプレ施設。天空の城の謁見の間で、皇帝は偉そうに玉座に座っているんだ。
テンプレだよなと、俺が父親に尋ねると、クスクスと闇夜母がおかしそうに笑う。ん? なんか変なこと言ったっけ?
「いえ、あそこは行き来するのに不便すぎて、ほとんど使っていないのよ。転移装置を使わないといけないから、面倒くさいのよ。重要な儀式や、最重要の秘密の会議の時にしか使われないの。いつもは地上の宮殿に皇族は住んでいるわ。天空の城にいるのは大抵は清掃員だけね」
「ガーン!」
はい、現実と原作の摺り合わせが発生しました。酷ぇ……たしかに不便だけどさ。
なに? それじゃあ原作で天空の城の謁見の間で、水晶の玉座に座って皇帝が肘掛けに肘をついて偉そうに報告を受けるシーンは、わざわざ移動してたのかよ。会議室にも、「この城で会議するのやめません?」とか、誰かが愚痴を言ってたりしてたのかよ。
それで、そのシーンが終わったら、無駄に疲れたとか愚痴って、皇帝共々皆は地上に戻ると。なんというか……小説の裏舞台とか知らない方が良かったよな。
がっかりしょんぼりみーちゃんになるのを見て、あらあらと母親が頭を撫でて慰めてくれる。闇夜たちも、元気づけようと話を振ってくるので、立ち直ることにする。現実となると色々と問題が発生するのはわかったよ。
原作の舞台は、色々と苦労した上で築かれていたんだな。知りたくなかったぜ。
まぁ、仕方ないかとため息を吐いて、近づいてくるお城を眺めていると、城門が見えてくる。門には宙に浮く魔法陣が回転しながら光っており、ファンタジーなセキュリティシステムだ。
門前には数人の兵士と、戦車に機銃の付いた腕を生やした機動兵器が設置されている。キャタピラはなく、蜘蛛のように6本の無骨な金属製の脚が生えており、後部にはミサイルポッドも搭載されている、いわゆる多脚型戦車というやつだ。小説やアニメの中にしかいないロマン兵器。ここは小説の世界なのであるのだ。
「まどーへーきだ! えっと、たしか『鉄蜘蛛17式』!」
魔導兵器だ。現実では初めて見たよと、都市用に灰色の迷彩柄である多脚戦車をよく見ようと、身を乗り出して、窓にへばりつく。ロマン兵器だ。かっこいい。乗りたい。
ゲームでは素材集めの金属の塊扱いしていた雑魚だけど、現実になると、その装甲の重厚さ、戦車砲のかっこよさが、俺の心を掴んでくる。
「『鉄蜘蛛17式』は……たしか、50億円かけて製作されています、みー様。1時間の戦闘で最大5億かかるとか。魔法戦闘の場合、10分持たないらしいですが。30両製作されて、皇城に10車両配備されているはずですわ」
「へーっ。闇夜ちゃん物知り〜」
闇夜が俺が知りたいと思って、ニコリと微笑み教えてくれる。うん、あの戦車調べてみようかなっと。
『調べる』
『鉄蜘蛛17式:レベル35』
改めて、ロマン兵器なことは納得したぜ。通常兵器も備わっているんだろう。だけど、チーターよりも速く疾走して、空を飛ぶことも可能な『魔導鎧』には勝てないな。
というか、魔物退治とかに毎日使ってたら、国の破産確定だ。万が一のための抑止力として存在するだけの置物なのね。見た目は強そうだし、それだけでも価値はあるんだろうな。よく30車両も製作したもんだ。
課金ダンジョンでは、たくさん出てくる階層があったんだけどな。……そういや、課金ダンジョンはどういう扱いになるんだろ? 今度確認してみるか。
課金ダンジョンは『マイルーム』からしか行けないからな。レベル制限とジョブがある程度の数マスターしておかないと、アンロックされなかったんだ。ゲームではダウンロード時はもうアンロックの条件は満たせていたから、条件忘れた。
ロマン兵器だなぁと、がっかりしながら門前に辿り着く。武士がタブレットを片手に、訪問者を確認している。平民用と貴族用で検問が違うようで、貴族用はスカスカ。平民用は大勢が詰めかけて渋滞だ。
遊園地の先に入れる優待券持ちの気分である。
「おとーさん、美味しいものたくさんあるのかなぁ?」
「おとーさんの時も、食べたことのない料理ばかりだったんだ。すごく美味しいのがあるぞ〜」
「一生に一回しか来れないものね」
「私、皇帝陛下が見えたら、手を振るね!」
窓を開けて、外の様子を聞くと、大勢の人々がニコニコと楽しそうに会話をしていた。お祭りは皆の心を幸せにするな。平民用の庭園にも豪華絢爛で無料の料理がたくさんあるらしい。皇帝はここらへん、政治が上手いよね。人気をどう取れるのか理解している。
「私もこーてーへーかが見えたら手を振る!」
皆が仲良くしているのを見て、なんとなく美羽も家族と仲良くしたくなって、父親にダイブして宣言する。頑張ってぶんぶん手を振るよ。ちらりとぐらいは見えるよね?
「貴族だから、たぶん近くで見えると思うよ、みーちゃん」
「おー、楽しみ!」
現実の皇帝陛下はどんな奴なのかね。楽しみだ。残念ながら護衛はここまでしか入れないので別れることになったが、リムジンを降りると、美羽は皆と共に城内へと入りながら、心はワクワクと沸き立つのであった。
どこかで、カァとカラスの鳴き声が聞こえてきた。




