52話 モブの勢力を作る方法だぞっと
次の日の夜である。
「パパ、ママ、おやすみなさい!」
居間で寛いでいる両親にオネムの挨拶だ。両親はニコリと笑って、お休みと返してくれる。それだけでなんとなく嬉しい。挨拶を返してくれる家族は夢だったんだ。
「あぁ、おやすみ」
「ねぇ、みーちゃん? 最近パジャマに犬の毛が付いているんだけど、心当たりないかな?」
母親は少し悪戯そうな顔になっているけど、知らなーい。
「たぶん、き、近所の子犬さんだと思う! おやすみなさい!」
もう夜の9時。ニパッと元気に挨拶して、とてちたと部屋に戻る。ベッドに潜り込み、そのまま『マイルーム』に移動した。ちなみに『マイルーム』は前回開いた場所がゲートになっているらしく、オーディーンやフリッグらのパーティーメンバーも最後に『マイルーム』が開いた場所から行き来できる。
『マイルーム』に移動すると、相変わらず葡萄酒を飲みながら、端末を叩くおじいちゃんの姿がある。フリッグはといえば、ソファに座って仕舞ったはずの宝石類を亜空間倉庫から取り出して、うっとりとした顔でキュッキュッと磨いていた。その仕草は熟練の者にしか見えない。宝石職人なのかと疑うレベルだ。
子犬化しているゲリとフレキが、嬉しそうに尻尾を振って飛び込んでくる。今度一緒に散歩に連れていこう。ワシャワシャと、転がってお腹を見せる子犬たちのお腹を撫でながら、美羽はご満悦だと可愛らしい顔を綻ばせる。犬は可愛らしいなぁ。人を食べていた記憶は消しておこうっと。
「あら、来たのね? 随分と遅いじゃない」
「こんばんは、フリッグお姉さん。『マイルーム』に来れるのは夜寝るときだけなんです。姿が消えちゃうとパパとママが心配しちゃうので」
俺に気づいたフリッグが声をかけてくる。おじいちゃんはガン無視だ。必要なこと以外は話さないんだから、まったくもう。
「宝石類を磨いているんですか?」
「えぇ、やはり磨いておかないといけないわ」
「『亜空間倉庫』の中は汚れも劣化もしないですよ?」
「貴金属を愛する者の気持ちよ。劣化しなくても大切にしたいの」
肩をすくめて、もっともらしいセリフを吐くフリッグお姉さん。たしかにそれもあるだろうけど、もう一つ目的あるでしょ。
「ちゃんとアイテム類は帳簿に書いておくから、ネコババはできないですからね?」
「もう少し適当に生きた方が良いわよ?」
「フリッグお姉さんが貴金属を食べなければ、アイテムの管理は行うつもりはありませんでした」
「………仕方ないわね。たまたま私のアイテムボックスに間違えて仕舞った貴金属を戻しておくわ」
渋々とアイテムボックスから貴金属を取り出して亜空間倉庫に仕舞うフリッグ。やはり帳簿を作っておいてよかった。今回は亜空間倉庫に仕舞ったはずの貴金属が一つもないので気づいたんだけどね。全部盗もうとは強欲すぎる女神だ。
そんなフリッグのステータスはこんな感じ。
フリッグ
レベル41
メイン:超能力者Ⅳ:☆☆☆☆☆☆☆☆☆
セカンド:盗賊Ⅳ:☆☆☆☆☆☆☆☆☆
サブ:狩人Ⅳ:☆☆☆☆
HP:209
MP:321
力:117
体力:165
素早さ:228
魔力:326
運:85
固有スキル:銃装備時100%アップ、短剣装備時100%アップ、弓装備時50%アップ、魔法成功率100%アップ、鷹変身、万能以外の全魔法耐性、予言(次のターン絶対回避)、セイズ魔法、鍵開けⅣ、盗むⅣ、隠れるⅣ、狙うⅣ、気配感知Ⅳ
スキル:盗技マスター、銃技Ⅳ、短剣技Ⅳ、狩技Ⅳ、弓技Ⅳ、支援魔法Ⅴ
『超能力者』は基本職の一つだ。支援魔法を得意とする魔法使い。魔法成功率100%アップは勘違いしやすいが、元の成功率を2倍にするだけだ。同レベル帯だと大体5%の確率を10%に上げるだけである。
支援魔法と言っても攻撃魔法も混じってはいるが、本職には負ける。後、なぜかフリッグはセカンドジョブが50にならないのに解禁されている。
これの理由は判明している。攻略サイトではフリッグは課金キャラなのに、『複合ジョブ』ではないのが理由だと言われていた。俺も同意見だ。
ようはゲームを買ったばかりの人向けの初心者救済用キャラだからというのが理由だ。盗賊は弱くとも、MPを使わない武技も多く、雑魚戦で役に立つ。ボス戦では支援魔法が役に立つというわけ。特に『盗むⅣ』が役に立つんだよ。ダウンロード販売された当時、既に裏ダンジョンもクリア寸前でアイテムが溢れかえっていた俺には無意味だったけどな。
それと『超能力者』はなぜか銃が専用武器である。銃と弓は矢弾を一回ずつ作らないといけないので、極めて面倒くさい武器だ。一回で99個まで作れる仕様だが、だいたい素材が厳しいので一個ずつ制作する。
銃はもちろん魔法銃のことである。キャラクターの力に依存しない、銃と弾丸の力を合わせた攻撃力を持ち、レアな弾丸を作ればその威力は強力であった。素材を集めるのが大変だったんだけどね。塵も積もれば山となるで、金額が恐ろしいことになるから通常戦闘では使ってられない武器だったが、ボス戦では役に立ったのだ。
ちなみに銃が流行らないのは当然だ。レベル20の銃の弾丸で素材代で100万円近く、レベル30だと300万円はかかる。これ、錬金術師の店があったゲームの話な。現実では錬金術師の店はないから………。うん、銃が流行らない訳である。
護身用でも意味がなさそうだしな。だって、一撃で相手を倒せないもん。ガンガン撃って倒すのだ。たぶん現実では魔法障壁を削っていく形になるのだろう。レベル20の魔物を殺すのに1000万円以上弾丸代がかかる。銃のお値段が一発の弾丸代の100倍ぐらいだから、合わせて1億ちょいは最低でも必要だろう。うん、軍が使ったら国は破産するわ。
でも魔法銃などを搭載した少数の魔導兵器はあるんだ。なぜかと言えば、いざという時の備えだろう。軍では使えないが、個人で使用したり、要人警護の為に配備はされている。もちろん小説でもゲームでも出てきたよ。これが俺の切り札だ〜とかな。
とはいえ、日常的には使えない。それを得意武器とする超能力者は必然的に魔法オンリーだ。短剣もフリッグは使えるから、そこは問題はないだろう。
「お嬢様は夜しか活動できないのが難点ね」
「というか、私は表に出れませんよ? 9歳なんで。あと、パパとママに心配かけちゃうので駄目です」
引き続き、みーちゃんモードでフリッグお姉さんと話す俺は、手をバツにして顔バレ禁止と伝えておく。でかい組織のボスとか、両親が心配する原因にしかならんからな。
「へーっ………。両親を気にするなんて貴女って変わってるわ。いえ、これが普通なのかしら」
フリッグは俺の顔をジロジロと意外そうな表情で見てくる。家族と仲悪そうだからなぁ。でも、うちは違うんだ。
「うちのパパとママは仲が良いんです。家族崩壊のきっかけはだめ! 家族は平和が一番!」
えっへんと薄い胸部装甲を反らして、灰色髪の美羽は得意げな顔になる。幼気な少女のそんな可愛らしい姿は癒やされる。
フリッグも美羽のそんな姿に癒やされて、くすりと微笑む。さすがは女神。微笑みだけで金が取れそうな程に魅力的だ。麗しき美女はそうして妖しい笑みへと変えて脚を組むと、これからの方針を伝えてきた。
「まぁ、貴女の望み通りにする予定よ。まずは資金を増やすの」
ピンと人差し指を立てて、フリッグはお茶碗とサイコロを取り出す。なんじゃらほい?
「私の権能は知ってるわね?」
「うん、予言でしょ?」
使用すると、次のターンの敵の攻撃を一回だけ物理も魔法も完全回避する特技だ。支援魔法のヘイトを自分に集める魔法を使用して、その後に使う特技である。ヘイトを集める魔法は10ターン効果が続くので、4回は盾になれるわけ。
惜しむらくは超能力者は前衛ではないので、タンク役に相応しくない。なんでこんな特技があるんだかと、ゲームでは思ったものだ。まぁ、神話をなぞって無理矢理つけた特技なんだろうと思っていたけど、なんかあるの?
「さて、これでチンチロリンをしてみましょうか」
「むむむ、賭けることはしないですからね」
45組にはならんからな。勝てる自信ありそうだし。
「それじゃあ、私から」
「えぇ、良いわよ。『予言』」
お茶碗にサイコロを俺が入れる前に、フリッグは悪戯そうな笑みで『予言』を使用した。え? マジか? 効果がどのように反映するか予想できちゃって驚くが、サイコロはチンチロリンと良い音で転がり、6の目となった。
「これは幸運ね。相手が強い目であればあるほど、幸運だわ」
サイコロを取り上げて、フリッグは茶碗へと放り込む。チンチロリンと音が鳴った。
『111』
「マジかよ! イカサマだろ!」
予想はしてたが驚いちゃう。『予言』はたしかにあらゆる現象を一回だけ回避できる。でも、こんな使い方あり?
ソファからぴょんと飛び跳ねて、俺はフリッグを凝視しちゃう。フリッグお姉さんは、俺の態度を予想済みで、薄く口元を笑みに変えていた。
「そうなのよ。『予言』は回避するの。私の敗北を一回だけね。どうなるかというと、これを使えば、株投資もFXも勝ち放題。だって、上がるか、下がるかしかないのだから」
「競馬だと何頭も競う相手がいるから無理と。株式は投資家でなくて、株価が相手になるのかよ。ということは永遠に売らなければ、上がり続ける?」
「そこまで万能じゃないわね。勝手に偶然に株が負ける前に売られてしまうわ。私の知識がそうだと教えてくれるのよ。負ける前提の株は最初から買えないようよ。そうね、大体1日が効果時間というところかしらね」
「それでも目立たないかな? 巨万の富を短期間で手に入れたら目をつけられない?」
ちっこい手を顎にあてて、危険性を考える。こういうのは必ず気づく輩がいるもんなんだ。おかしいとな。特にこの世界は魔法のある世界。イカサマ魔法を使っていると、疑われても無理はない。
「そこは当然、考慮しているわ。オーディーンに何人もの戸籍を作ってもらうと言ったでしょ? これは組織作りだけじゃなくて、金稼ぎで目立たないためでもあるの」
なるほどねぇ。全体で巨万の富を手に入れても、複数の戸籍があれば目立たないわけか。考えているなフリッグお姉さん。
「それでね。稼いだ人物たちがダミー会社を複数設立して、活動するのよ。世捨人から魔導具を買い取り売る個人業者や、弱い冒険者を支援して、小さな仕事をこなすクラン、孤児たちにダンジョン畑の草むしりなどの仕事を与えて小銭を稼がせる口入れ屋などなど」
「はぁ〜、なるほどねぇ。そうしてジワジワと取引を増やしたり、人脈を広げて大きな組織に変えていくわけかよ。一つ一つは小さい会社だけど、連合を組めば大きくなる組織になると」
「これの利点は、こっそりと代理人を立てても不思議に思われないことね。小さな会社は貴族の脱税用会社とか、裏稼業の会社など後ろ暗い所があるから、なかなか調べられることはない。なので、雇われ社長を裏から操るの。私たちは表に出る必要はない。まぁ、私はチラチラと姿を見せて、怪しげな雰囲気を見せる予定だけど。もちろん株式会社にする予定よ。私とかお嬢様とかが密かに株式はほとんど取得するけど」
木々を育てて大森林を作るわけか。この利点は注意を引きにくく、それでいていざとなったら、お互いにフォローしあえる体制にもするつもりだな。これは名案だ。
ネットが普及して、人々が簡単に連絡を取り合える現代だからこそできる案だ。最初は物凄い地味な所も良い。おじいちゃんが推薦するだけはある。フリッグは天才的だな。
「凄いよ、フリッグお姉さん! これならパパとママを少しは助けることができると思う。名案だよ!」
「ふふっ。これが愛と豊穣の力よ。それじゃあ、暗躍開始でいいかしら?」
「お願いします! モブの勢力を作っちゃおう!」
キラキラとした目で美羽はフリッグお姉さんを褒め称え、黄金の髪をかきあげて、妖艶に女神は笑う。
「了解よ。雇う人選はムニンに頼ることになるわよ、オーディーン?」
「ムニンは貸すから、その利用料を寄越せ。買いたいものが多すぎる」
ビジネスライクな会話をフリッグとオーディーンはして、美羽はワクワクと胸が躍る。
なにせ、小さいだろうが、一歩前進だ。俺も手伝えることがあったら、何でもするから言ってくれ。
とりあえず明後日にはデビューパーティーがあるから、そこは用事は入れられないけどね。
原作では金に困って犯罪者になり、娘を残して死んでいく人とかがたくさんいたんだ。困らないように、先回りしておくこともできるだろう。ふふふ、モブな俺はモブな人たちを助けちゃうぞっと。
目指すは家族を守り、モブの人たちを助けることだ。期待しているぜ、フリッグお姉さん。
「それじゃあ、どんな仕事が良いか、探すところからやるわね」
自信満々に美しき女神は長く伸ばした黄金の髪をかきあげて、妖艶なる微笑みにて、雑な答えを返してくれた。まぁ、まだ2日だもんな、天才的な女神様、本当に頼むぜ。




