50話 力を手に入れる手段を模索するんだぞっと
うららかな暖かい陽射しが、ぽつんと平原に建っている2階建ての家へと降り注ぐ。春うららかで、小鳥は囀り、若芽が春の到来を告げる平和な世界がそこにはあった。
森林を背にして、背の低い木の柵に囲まれているこじんまりとした煉瓦で建てられた可愛らしい家には、傍らに小さな納屋、小さな池に、家庭菜園と言うには立派な田畑、少し離れた所には、綺麗な川がキラキラと水面を輝かして、パシャリと時折魚が飛び跳ねる。
川の先には海があり、白い浜辺がある。カサカサと蟹が歩き、貝殻が転がっている。しかし、潮風は届かないようで田畑に生える作物はいきいきと生長している。森林の横には5メートルほどの岩山が存在しており、椰子の木のような、しかしてその葉が虹色であり、カラフルな木が生えていた。
広々とした土地にはこの一軒の家以外存在しない。ただその家のみ建っていた。リゾート地の別荘だろうか。この家を見た者はそう考えるかもしれない。それだけ周りには何もなかった。
しかして、この家は別次元に存在する家だ。この一軒の為に、この空間は存在していた。森林も平原も海も川も、魚も植物さえも。
いや、家のために存在するのではない。この家の持ち主のためだけに存在していた。
小さな世界だが、それでもたった一人のためだけに存在する世界。
その名は『マイルーム』。
ゲーム仕様の美少女の為に存在する世界である。
家の中にいるのは、再来週で小学四年生になる美少女だ。銀色にも見える灰色の髪を靡かせて、ニコニコと人懐っこい微笑みを見せ、アイスブルーの瞳がサファイアのように輝き、可愛らしい顔立ちの美少女だ。
『魔導の夜』という人気小説の世界に転生した美少女であり、名前は鷹野美羽。ある特徴を加えると微少女になるのでやめておく。主に中の人という言葉だけを残そう。
小柄な体格の少女は、二階まで吹き抜けの広い居間でフカフカの絨毯の上に座り、うんうんと考えながら、コロリンコロリンとでんぐり返しをしていた。
もはやでんぐり返しは毎日の練習の成果もあり、達人だ。でんぐり返しの達人は全然自慢にならないかもしれないが、まるで車のタイヤみたいにスムーズにコロリンコロリンと転がっていた。
美少女が転がっている姿もまた可愛らしいと、紳士諸君なら撮影しても良いですかと、殺到するに違いない。その場合は一眼レフカメラならオーケーですよと答える所存です。今や一眼レフカメラは超高級品なので、美少女を撮影する気合を感じられるのが理由である。
子犬化したゲリとフレキがコロリンコロリンと転がる少女の周りを遊んでくれると思って、尻尾を千切れんばかりに振って駆け回っていた。狼さんたちは子犬化できるらしい。可愛らしい子犬さんたちだ。
まぁ、そんなことはさておいて、今日の日課のでんぐり返しの練習を終えると、ソファの背もたれにかけておいたタオルで汗を拭い、ぽふんとソファに美羽はダイブした。そうして、美少女にあるまじき乱暴な疲れた口調で呟く。
「あ〜、力がほし〜」
美羽にしては珍しく、庇護欲を喚起させる幼気な顔を歪めて、最近困っていることを口にした。
そのセリフにもう一人の同居人が、意外そうな顔をして、その隻眼を光らせる。
「珍しいな。この間、力が上がったではないか」
ソファに座り、テーブルの上に浮いている水晶のタッチキーボードをカタカタと叩き、宙に浮くホログラムタイプのモニターを見るのは、北欧の古代魔術師にして、神であるオーディーンだ。鍔広の帽子は脱いでいるが、相変わらずボサボサの顎まで伸ばした白髭を時折癖なのか触っている。着ている外套は古ぼけて年季が入っており、神だと言われても、冗談だろうと、その姿から認めはしないだろう。
正直言うと、貧乏臭い。外見に無頓着なところが、叡智を求めることに邁進する探求者に相応しいとも言えるが。
「レベルじゃなくてさー。ほら、力ってのは他にもあるだろ?」
「あぁ、権力や財力か。たしかにあれは単純な力よりも遥かに強い」
納得して、再びモニターを見ながら高速でブラインドタッチをしているオーディーンを俺は見つめる。何やってんだろ?
「それって、『マイルーム』にいながら、冒険者ギルドのクエストとか、ニュースを探せる未来型パソコンだろ? なんでキーボードを叩いているんだ?」
コテンと小首を傾げて、俺は疑問顔だ。不思議そうな顔の美少女も愛らしい。おじいちゃんは、この間までは現代魔導学の欠片も知らなかったのに、急速に知識を得ている。もはやブラインドタッチは残像が見える速さだ。
おじいちゃんが持っている端末は、ゲームではいちいち冒険者ギルドに行くのが面倒くさいユーザーの為に設置されているクエスト確認用アイテムである。
「うむ。この世は戸籍が無ければ生きにくい時代のようなのでな。この端末で役所にハッキングして、儂の戸籍を作っておる」
「えぇ……それって、犯罪じゃね? 今のセキュリティってのはウイルスチェックするだけじゃなくて、不審な動きも検知しちゃうんだぜ?」
犯罪である。前世はセキュリティ関係も仕事にあったから知っているけど、今の世も同レベルっぽいから、かなり難しいんだよ? すぐに見つかっちゃうのだ。バレたらどうするんだよ……。んん? この家はログになんて出るんだろ? IPとか出力されるのかな? ここ、亜空間だよ?
「試しにお主の家にある端末にハッキングしてわかったが、IPなどの侵入経路は出ていなかった。どうやら、この端末のネットワーク接続システムはこの世の技術の上をいっているようだな。ただ動作は残るので、『機械支配』にてログを残さないように『命令』しておいた」
「えぇぇぇ、それって最強じゃん。何でもできるね?」
『機械支配』も併用したのかよ。ログも残さないとか最強すぎるだろ。世界支配できちゃうよ。
「そうでもない。ネットワークの海は膨大だ。魔導兵器として単体で存在するなら支配も簡単だが、ネットワークはそうはいかん。狙い澄ました一つのIPだけしか支配することは叶わぬ。通信経路を支配して止めることはできるのだがな」
「なるほど、例えて言えば、水源を押さえることはできるけど、川となって支流が増えると、支配対象が多くなって全体を支配するのは難しいってことか」
大雑把にネットワークは支配できても、細かく操作するとなると、無数にある通信経路の中の一つだけになると。納得。そう簡単にはいかないか。
「この端末。この世界の技術水準ではありえまい? ログも残さずにダイレクトに相手の端末に入り込めるからな」
ギラリと隻眼を爛々と輝かせる学ぶことに貪欲すぎるおじいちゃんである。その手にある水晶のタッチパネルとホログラム型モニターはたしかにこの世界では珍しいだろう。魔法があるから、完全に無いとは言えないけどな。
「もうそこまで学んだのかよ。たしかにそれはゲームの制作会社が悪ノリして備えたSF映画的な端末。というか、魔導技術はたぶん熟練度5辺りからこの世界の技術水準を10年から20年ずつぐらい超えている感じ。熟練度マックスだと何年超えているかわからないよ」
ゲームではインフレしていく技術力。最終的には小説では主人公の手に入れる最強の『魔導鎧』を遥かに上回る装備が作れるしね。ゲームではあるあるだろ?
「でもネットワークを利用してそんな風に使えるとは思わなかったよ。単にイベント確認用だったから」
マイルームの端末を使用して、タッチパネルを使うなんてコマンドはなかったんだ。でも、現実では使えるよな。おじいちゃんは早くも活用中だし。
「ゲームでは武器や防具、兵器やアイテムだけだから、過剰に使えるアイテムはないんだよ。ちょっと残念だよね」
足をパタパタと振って、小柄な美少女はつまらなそうにする。この点はゲームでは融通は利かないのだ。一覧に存在するアイテムしか作れないからな。
「そなたの権能はなかなか興味深い。わざわざ自分に制限をかける。どのような存在として生まれたのか、秘密がありそうだ」
「美少女はお触り禁止なんだよ。だから、解剖とか駄目〜」
マッドサイエンティストはお断りだぜ。しかし、言わんとすることはわかる。なぜゲーム能力を俺が使えるのか? 明らかにこの世界の人たちとは違う。なぜ未来の技術を持っているのか? なぜ、ゲーム能力を使えるなら、レベルカンストで俺は生まれなかったのか? 色々と考えないといけないことはある。
けど、そんなことは皆を守れる力を手に入れて、暇でしょうがない時に考えれば良いだろう。みーちゃんは今を大事に生きるんだ。
なので、強化だけを考えるぜ。
「ゲームでは、『マイルーム』を家具や小物で改装できるんだ。家を大きくもできる。ジャグジーバスを付けることもできるんだけど、未来的な小物はたくさんあった。背景画でなければ、そういうのを使うこともできるだろうなぁ」
色々と面白いメカニカルな小物とかあったのだ。だって魔導だもんな。制作会社はノリノリで面白い機械をたくさん制作したのだ。
「それにもっと肝心なこともある。この『マイルーム』の中では腐敗がないのに、そなたが必要としない物は消去される。我らの身体も傷つかぬ。この世界はまさしく神の世界。世界としては完璧と言えるだろう。恐らくはこの世界にいる限り、そなたは不老だ。これもゲーム仕様というやつか?」
目を細めて、ギラギラと目を輝かせるおじいちゃん。既に色々と検証したらしい。このおじいちゃんは俺がいない間に、本当に様々なことをする。
「『マイルーム』の仕様だからなぁ。パーティーメンバーは傷つかないんだろうね。っと、そんなことよりも、強化! 強化!」
この話は遥か彼方に放っておこうよ。美羽は頬をぷっくりと膨らませて、地団駄を踏んじゃうぞ。力が欲しいんだ。腕とか足に寄生するタイプじゃないよ。もっとちゃんとした力が欲しい。
なぜなら、この間の貴族たち三家のやり取りを見て危機感を覚えたからだ。このままでは、美羽もその家族も食い物にされてしまうかもしれない。守るには武力的な力だけではなく、他の力も必要だと痛感したんだよ。
ソファに座り、ちっこい手足をパタパタと振る可愛らしい美羽である。
「そんなこととは、大物か小物かわからんな。まぁ、良いだろう。それならば良い方法がある」
苦笑混じりにおじいちゃんは、人差し指を壁際に置かれている像へと向ける。壁際には大勢の神々がそれぞれポーズをとっている神像が置いてある。
北欧神像だ。オーディーンのおじいちゃんを召喚した課金アイテムだ。
「フリッグ。儂の妻を召喚せよ。あやつは経営能力がある。宮殿を管理し財を増やすあの女の力は役に立つであろう」
「あの女扱いかよ。たしかにおじいちゃんと仲が良いのか、悪いのかフリッグってわからない伝承が多いよな。どっちかというと、仲が悪いか」
嫌そうな顔になるおじいちゃんだが、それでも進言してくれるのは嬉しい。なんだかんだ言っても、おじいちゃんは俺の味方だ。
「おし! それじゃあ、フリッグを召喚するか!」
フリッグ、新たなる仲間、楽しみだぜ。




