48話 底知れぬ少女
鷹野伯爵家。元々は風魔法の名門であり、一門はこの日本魔導帝国で、かなりの格を持っていた。しかしながら、最近は嫡男が風魔法の能力も強力だが雑で、経営能力も低い。それに加えて高位貴族だと、傲慢な態度を取るので、人脈がなくなり、経営も赤字になり、落ち目の一門となっていた。嫡男の妻と子供たちが浪費癖があることも、事態の悪さに輪をかけていた。
だが、古くからの名門は未だ当主の風道が健在であるため、なんとか踏みとどまっていた。落ち目の一門で済んでいるのだ。没落したと言われないだけマシであろう。嫡男が継いだら没落するのは間違いないとも噂されている。
頭の痛い内容だと、老齢でありながらも、まだまだ健在である当主の風道は顔を顰めて、お猪口に注がれた日本酒をクイとひと呑みする。
その不機嫌そうな顔つきに、部屋の壁際に座る和服の侍女は黙している。今いるのは畳敷きの居間である。古くから使われている魔木のテーブルが、時代を感じさせる貫禄のある鈍い輝きを見せており、飾られている日本画と、生けられている華が上品な空気を醸し出していた。
「良い酒だ。さすがは鷹野家だ。これだけの日本酒はなかなか飲めねえ。魔法の米を使ってやがるな?」
対面に座る男が、お猪口を持ってカラカラと気持ちの良い笑いをあげる。ジロリとその男を見て、重々しい声音で風道は答える。
「『妖源仙米』の日本酒だ。今年はほとんど作られなかった。今年のダンジョンで育てていた米は、魔物の被害が多かったらしく、収穫がいまいちだったのでな」
カコンと鹿威しが音を立て、開かれた襖から外の庭園の見事さが見える。空は夜の帳が降りてきており、薄闇の夕暮れから、その様相を変えようとしていた。
「運搬業は未だ健在。黒字でめでたいことだ」
からかう声音に、僅かに風道は目を細める。嫌味的なと、口を微かに引き結ぶ。
「鷹野家の運搬業は、どこの家門にも負けぬつもりだ」
鷹野家は風の名門であり、その力を使い運搬業界でトップを確保している。なぜならば、極めて単純な理由からだ。魔道具にて風の魔法『浮遊』を一門は大量に製造している。無論、手作業ではない。大規模な魔法陣を当主等が作り、その魔法陣を一般魔法使いが使い、量産している。
その『浮遊』が、優位性を際立てている。単に数十センチ空に浮かす魔法だが、その魔法により、荷重が大幅に減り前世ではガソリンに当たる魔石エネルギーの消耗を本来の数分の1に抑える。車だけではない。『風付与』が付与された飛行機もそうだ。全て魔石エネルギーを抑えることができる。
燃料代は運搬業に於いて、かなりの割合を占める。その燃料代を抑えることにより、運搬費用を安くできるため、鷹野家は昔から優位を保っていた。
「運搬業は鷹野家のもんなら馬鹿でも経営できる。俺はそう思ってたんだがなぁ。黒字を他の会社の赤字に補填するとはね。あんたの息子はたいした才能だ」
嫌味が籠もるその発言に、チッと舌打ちする。そのとおりだからだ。
「嵐は経営の才能は全くない」
運搬業界のトップに位置する鷹野家は、その運搬業を利用して、多角経営をしていた。主に食品業界だ。レストランや居酒屋などである。肉や野菜を現地から安く直送できるので、これもまた優位性はあった。
味などの面もあるので、運搬業のように安く直送できるから、売上が確保できるが、トップではなくこちらはそこそこの位置にいた。
だが、どれも単純に費用が安いのが売りのために、黒字となる。普通に経営していれば。
だが、嫡男である嵐は、どこをどうやったのか、赤字を連発し、チェーン店を閉店し続けている。仕方無しに、黒字の運搬業から金を補填しているが、才能が無いのは明らかであった。
ある意味才能があるとも言える。黒字である会社を赤字にする才能だ。わざとかと調べて、わざとではないことも確認済みだった。
無能極まりない。次男の芳烈に任せると言ったのは真実だった。嵐よりはマシな経営をしてくれるだろうから。
「無能の嫡男は、お飾りの当主にして、風の魔道具作りに専念させておきゃ良かったな。で、次男を本来の当主の立場にすりゃ、今も安泰だったろうに」
鷹野家は魔力至上主義だ。それはたしかであるが、それでも赤字を出す人間よりも黒字を出す人間の方が良い。
「芳烈に、多少なりとも魔力があれば問題はなかった。だが、あやつは全く『マナ』に目覚めることはなかったのだ」
悔しそうに風道は唸る。追放したのは自分であるにもかかわらず、風道は芳烈のせいに責任転嫁をしていた。
「そうすれば、今頃は当主の地位が転がり込んできたはずだった。娘が回復魔法使いだったのだ。後は分家の風使いと結婚させれば、一般魔法使いレベルで良い、その程度でも皆は当主として敬ったはずだった。あの阿呆が!」
お猪口を勢いよくテーブルへと叩きつけて、不満を露わにする。
「おいおい、ひでえな。あんたが放逐したんだろうが」
呆れた口調で答えるのは、粟国燕楽だった。燃えるような赤毛と赤目。粗暴な風体の大柄の男はテーブルに置いてある料理を食べる。
「まぁ、よくあることといえば、よくあることだ。だが、そろそろ仲直りをしても良い頃だと思うんだがね?」
「私もそう思っている。この数年間、芳烈になにかと援助をしようと申し出て、孫娘には多くの贈り物をしている。……のだが、芳烈め。全て断りよるのだ」
忌々しそうに風道は次男の頑なな態度に顔を歪める。伯爵家に戻れるというのだ。しかも、内々で当主の座を渡そうとも仄めかしている。なんの不満があるというのだ。『マナ』に覚醒しないために、放逐されたのを未だに恨んでいるらしい。
「風道殿はだいぶ嫌われているようだな」
「貴族の世界では当たり前の話であろう? 貴方も『マナ』に息子が覚醒しなければ放逐したであろう? 燕楽殿」
「まぁ、魔法が俺ら貴族の基本だからな。そこらへん、わかってねぇ奴らが多すぎる。金を稼ぐにも魔物を倒すにも、魔法は欠かせねえからな」
カラカラと笑う燕楽も風道と同意見であった。即ち、『マナ』に目覚めない、ただの人間はいらない。放逐しても、なんら問題はない。昔ならばもっと酷かった。何しろ15歳を待たずして、病死となっていたのだから、放逐はマシな方である。
燕楽も同意見であるのを見て、多少機嫌を戻した風道は、態度が柔らかくなる。
「そうだろう? 放逐などは生温いのだ。魔法は現在の権力構造のかなめであり、魔物から人類を守るためのものでもある。魔法使いの数を減らすわけにはいかんのだ。そこらへんが、一般の平民の中ではわからぬ者たちがいて、困ったものだ」
やれやれと肩をすくめる風道。老人の言葉は一方では合っている。もはや、現代社会において、科学技術に並ぶ『魔導技術』は切り離せない。そして、『魔導技術』は魔法使いのみが使えるものであり、社会の根幹を為すものである『魔導技術』を持つ魔法使いは必然的に権力者となる。
魔物に対抗するためにも、魔法使いは必須だ。世界の物理法則に縛られない、理外の力を魔物は使う。たんなるパンチ力が30キロ程度の攻撃でも、分厚い鉄の装甲を貫通させてしまう。反対に核の炎でも、ピンピンしている魔物や、それどころかエネルギーとして吸収してしまう魔物もいるのだ。
過去に核ミサイルが開発された。魔物に対する切り札となるかと思いきや、そのエネルギーを吸収して、凶悪化した魔物が出てきたために、核ミサイルは開発が中止となった。そもそも放射能汚染をする核は魔石エネルギーに比べて、話にならない程に危険だったということもあるが。
過去には魔法使いを奴隷として、道具として使用しようとした国があった。産業革命当初の頃の話だ。銃は進歩を遂げて、一般人でも、簡単に引き金を引けば人を殺せるようになった時代。
その時に進歩する武器技術、そして産業革命の契機となった魔石からエネルギーを取り出すマナドライブ技術が開発されたことにより、魔法使いを国で管理しようとした国があったのだ。
管理とはその名前のとおりで、奴隷のように魔法使いは管理されて、魔導技術の進歩のため、対魔物への切り札として、使われた。その国は全国民による民主主義国家となったと嘯いた。
魔法使いも『マナ』が尽きれば、ただの人。銃を持った一般人には、『マナ』が尽きると対抗できない。そのため、魔法使いは従った。平民たちは諸手をあげて歓迎し、民主主義国家万歳と喝采したのだ。
その結果は国の崩壊を招いた。
強い魔法使いはその国から逃げ出して、従った魔法使いたちは弱い魔法使いであり、魔物に対抗できなかった。
その国はその対応策として、長い目で見れば良いと、魔法使いが奴隷であることを常識にしようと考えてもいた。そうすれば強い魔法使いも疑問に思わないであろうと。
だが、人々は魔法使いであることを隠し始めた。誰しも奴隷扱いなどされたくはない。結果、魔法使いは激減した。そうして、ダンジョンから溢れかえる魔物の脅威の前に多大な損害を出して、国は崩壊した。
その有名すぎる歴史に、人々は魔法使いの重要性と、管理しようとする愚を悟ったのだ。
しかも、その国では『マナ』を持たない平民と結婚する者が多かった。魔法使いということを隠して生きてきたためである。
そこで判明したのだが、平民との間に生まれた子供たちはほとんど『マナ』に覚醒する者はいなかった。
魔法使いが減少してしまう結果となった。国レベルでの滅びをセットにした検証で、現代は魔法使いは魔法使い同士で結婚することを推奨されることとなったのであった。推奨といえば聞こえは良いが、実質は暗黙の了解で、ほとんど強制である。
魔法使いは人にして、人に非ざるもの。大切に扱い、人々の護り手であり、『魔導技術』の使い手として、人々は再認識して、魔法使い至上主義となる結果となったのであった。
これがダンジョンが存在せず、魔物の脅威がなければ、まだ話は変わったのかもしれない。しかし、魔物という存在があるために、このような結果となった。
とはいえ、現代では『マナ』に目覚めなかったからと、放逐する家は稀である。だいたいは家族愛があるために、自分の事業の手伝いなどをさせて、貴族の社会からは抜けてもらうが、それ以外は普通の家族だ。放逐など苛烈なことはしない。
まぁ、『マナ』に目覚めない子供はほとんどゼロに近かったということもあるのだが。特に高位貴族では。
「しかし……まさか孫娘が『マナ』に目覚めなかった芳烈の娘として産まれるとは……」
放逐したのは正しいことであり、常識だと再認識した風道は困惑げに呟く。
『マナ』に目覚めなかった人間、しかも結婚した相手も一般人だ。そこそこ大きな会社の娘だが、その家系において、魔法使いは存在しない。
だからこそ、産まれた娘も魔法使いにはなるまいと考えていたのだ。
「500年に1度程度の割合で産まれるとは聞くな。で、風道殿は最近の話を知っているか?」
「燕楽殿が訪問した理由でしょう? なんでしょうか?」
ニヤリと面白そうに語る燕楽の話の内容に、風道は息を呑み、仰天することになった。




