47話 救われた子供たち
トンテンカンテンとトンカチの音が孤児院に響く。
『壁2598修復起動』
『乾燥475起動』
工事の作業員が使い捨ての魔道具の杖を翳すと、穴の空いていた壁が波打ち、不思議なことに穴が塞がり、壁の汚れも消えていった。
工事業者が多数孤児院に訪れて、現在ボロボロだった孤児院は急ピッチで修復されていた。どんどん壁が綺麗になるのを見て、孤児たちは初めて見る魔法に驚き、ポカンと口を開けて感動で目をキラキラとさせていた。
「すげーな、あれ、魔法だって」
「あっという間に、壁が直っていくね」
以前から孤児院にいた子供たちは、隙間風がなくなったことに喜び、魔法の力に感動する。やんちゃ坊主の男の子が部屋にどんどんと持ち運ばれてくる布団を見て、嬉しそうに皆へと叫んできた。
「フカフカの布団だぞ!」
「枕もフカフカだよ」
「見て、シーツも真っ白よ。黄ばんでないわ」
新品の布団を見て、皆は喜びの声をあげる。新品の布団なんて、見たのは初めてだ。しかも自分たちの分があるようなのだから、感激するのは当たり前だった。
「すべすべだよ」
早くも布団にダイブする子供もいる。その気持ち良さそうな表情を見て、俺も私もと皆がダイブしようとするが、パンパンと手を叩いて、孤児院のリーダーの女の子が制止する。
「だめよ! 汚い身体だと布団が真っ黒になっちゃうよ。ほら、今日はお風呂にお昼から入って良いってさ。きれいにして布団が汚れないようにしましょう?」
「は〜い」
年長であり、孤児院のリーダー的な勝ち気そうな女の子の指示に、皆は素直に従い、浴場に向かう。元宿舎だけあって、ここの浴場はかなり広い。その分水道代も高くなるので、3日に1回しか入れなかったが、最近は毎日入れている。
工事業者がボロボロだった孤児院を直していき、運搬業者がふとんを運び入れて、電気業者がエアコンを取り付けて、食堂にテレビを設置していく。
かなり騒がしい中で、孤児たちは浴場に向かう。
「先週のチャリティーイベントで、寄付がたくさんあったみたいだね」
浴場に入ると脱衣場で服を脱ぎながら、リーダーの少女へと、仲間の少女が声をかける。その声は嬉しそうだ。
「そうね。たくさんあったらしい………ううん、たくさんどころじゃなかったみたいだよ」
この間入ってきた新しい幼女が服を脱ぐのを手伝いながら、リーダーの少女は答える。
「たくさんどころじゃなかったって、どういう意味?」
「言葉のとおりでしょ。院長先生青褪めてたよ。こんな大金どうすればって」
「へー。だから、ご飯が一品増えたんだ」
カラカラと引き戸を開けて、浴場に入りながら仲間の少女はそんなにいっぱいなんだと、気楽そうに呟く。皆もぞろぞろと浴場に入ってくる。幼女がちょろちょろと走って中に入ろうとするので、苦笑混じりに抱っこして、湯船に入る前に身体の汚れをお湯で落とす。
「おふろ、しゅき〜」
「はいはい。身体を洗ってからだよ〜」
早くお風呂に入りたいと暴れる幼女を押さえて、お湯をかける。この娘はここに来て、お風呂に入って以来、お風呂が大好きだ。
浴場は最初に直されており、床のタイルもヒビの入っていた壁も綺麗なものだ。タイルは欠けていたのもあったのに、全て貼り替えられており、壁も補修されて塗り直されていた。
「いや〜、あたし、院長室で見たんだよ」
「なにを?」
湯船に入り、身体がじんわりと温まる。ふぃーと息を吐き、気持ち良さそうに足を伸ばす。泳ごうとする幼女を抱っこして、この間、見た内容を口にする。
「スーツをきっちり着込んだ人がさぁ。お金の管理は任せてくださいって、言ってたよ。院長先生はペコペコ頭を下げてお礼を言ってた」
「えぇ〜、それ詐欺じゃないの?」
ざぶんとお湯を波立たせて、仲間の少女が詰め寄ってくる。たしかにそれだけだと、詐欺師に聞こえてしまうと、リーダーの少女は苦笑いをして、詰め寄ってきた仲間の顔を手で押し返す。
「チャリティーでいた人だよ。貴族の執事さん。て、て、ていきょー家とか言ってたよ。身元はたしか」
お湯を掬って、顔にかけて拭う。気持ちが良いなぁと、濡れた髪の毛をかき上げる。
「へー。お貴族様かぁ。なんか変な感じ。今までお貴族さまがうちに来たことなんて、一回もないじゃん?」
「そうだね〜。なんでなんかね〜」
リーダーの少女も同意する。一体全体なんでうちがチャリティーイベントの対象に? 言ってはなんだが、他の孤児院よりも小さいし、目立ったところはない。
私の身体にもない。むむむと胸を触り、仲間の少女を見つめる。同じ栄養しかとれていないのに、差がある。これが、遺伝子の力か。
魔物に両親を殺されて、6年。もうリーダーの少女は来月で12歳だ。『マナ』に目覚めれば、仕事には困らなかったが、生粋の平民である自分は覚醒することなどなかった。一時期、集中したり座禅を組んだりと、一度は子供がやる修行をしたが無駄だった。
それならば、玉の輿をと、美貌を磨こうと思ったが、そもそも美貌がなかった。栄養がそもそも足りない。胸だけではない。身体は痩せぎすで、脂肪もない。美貌以前の問題だ。仲間の孤児の皆は似たりよったりだった。
そう。特に目立ったところは……院長先生が人が良いのと、最近一気に孤児が増えたことだろうか。スラム街に住んでいたという子供たちが20人近く来た。一気に孤児院は困窮することになった。
人の良い院長先生は困りながらもなんとかやりくりをしようとして、あたしたちも手伝うことにした。だって、入ってきた子供たちはガリガリに痩せていたのだ。たとえ、ご飯が減ろうとも、助けようと皆で頑張った。
だけどもお金のことはなんともし難く、院長先生の顔が暗くなっていくのを、あたしたちは辛い思いで見ていた。そうしたらチャリティーの話が飛び込んできたのだ。
あたしたちが歌を歌って、寄付を募る。正直、全く期待していなかったが、少しでも院長先生の力になればと頑張ったのだ。
チャリティーイベント。チャリティーイベントが飛び込んできた理由は一つだ。
ちらりと新しく来た子たちを見ると、普通だった。ガリガリだった身体は肉がついてきて、マシな身体になってきている。
「ねぇ……なんでチャリティーイベントがここに来たのかわかる?」
話を振ると、新しくきた仲間たちは顔を見合わせて、首を横に振って否定する。
「しししし、知らないなぁ」
「う、うん、わかんない。運が良かったんだよ」
「かみさまがたすけてくれたの!」
「わっ、ばか! それはひみつでしょ!」
「そうだった。ひみちゅ!」
パシャパシャと湯船で泳ぐ幼女が怒られて、慌てて自分の口に小さい手を当てる。物凄い怪しい。この子たちはなぜチャリティーイベントがうちに舞い込んてきたのか、明らかに知っている。
誤魔化し方が雑だ。目の中の魚がトビウオ状態だ。でも、詰問しても教えてくれなそうだ。幼女は教えてくれそうだが、意味がわからなそう。神様って、どういう意味だろう。
「知らない方が良いのかなぁ」
「う、うん。知らない方が良いよ!」
「世の中は〜、知らない方が良いこともある〜。私たちは命が惜しいのだ〜」
どうやら、追及したらいけないようだ。余計なことを口にして、大変なことになりたくない。蛇をつついて、薮に入りたくないのだ。ん? ことわざ間違っているかな? ま、いっか。
謎は謎のままにしておこう。そう思いながら、お風呂を出ると食堂に向かう。チャリティーが終わってからは、一品増えて、おやつも出るようになった。すごいことだ。
とはいえ、食事は自分たちで作らなきゃいけない。当番制だ。50人からの食事を作らないといけないので大変だ。今日は土曜日なので、まだ時間に余裕があるが、学校がある日は大変である。院長先生が下ごしらえとか、力仕事はしてくれるから、なんとかなるが、それでも夕飯は遅くなる。
さてとと、腕まくりして厨房に入ると、見知らぬおばさんがいた。院長先生も一緒だ。誰だろう?
「院長先生。その人は?」
「あぁ、彼女は新しく雇った人だよ。パートでね。食事の準備をしてくれる。後で皆に紹介しようと思う」
「パートさん!」
はぁ、とおばさんを観察する。少しふくよかな体型で、顔はニコニコと笑顔で優しそうだ。リーダーは優しそうな笑顔でも、底意地の悪い人間を何人も見てきた。孤児はだいたいそのような人間に会うことが多く、人の悪意に敏感になっている。
それを考えるに、このおばさんは人が良さそうだ。性格の悪さはどこかで滲み出るものなのだ。
「でも、院長〜? 無駄にお金を使うと、後で大変ですよ〜?」
いくらチャリティーでお金が入ってきたとはいえ、使いすぎなのではなかろうか? この孤児院で贅沢は敵だ。おやつにカステラをひと切れ増やしてくれるととても嬉しい。
ジト目で見つめると、頭をかいて苦笑いを院長先生は浮かべる。
「わかってる。言いたいことはわかっているよ。でもね、帝城家の方が、チャリティーでのお金で、余裕のある暮らしを見せなさいと言ってきたんだよ」
「余裕のある暮らしですか?」
「注文というわけではないけどね。かなりの寄付金が入ったのに、君たちにまともな生活を送らせないと、お金の使い道が怪しまれるらしい。特に孤児院なんかは、しっかりと子供のために使わないとまずいですよと注意を受けたんだ」
「はぁ……そんなに寄付金が入ったんですか? 2千万円ぐらいですか? 3千万ぐらい?」
そんなことに注意をしろなんて、聞いたことがない。そうなんだ。
「それがね、耳を貸して」
こそっと耳元で囁いてくれる。あたしはこれでも孤児院の年長で、院長先生に信頼されているのだ。だが、耳元で囁かれた金額に言葉を失う。
「え? じゅ、えぇぇぇぇ!」
想像もしなかった金額だった。言葉を失い、院長を見つめる。そんな金額なら、管理人が必要だと理解した。
「どうやら、君たちを高校に進学させることもできそうだ」
良かったねと、あたしの好きな笑顔で頭を撫でてくれる。……そっか。高校に進学できる可能性が出てきたんだ。
じんわりと胸に温かさを感じて嬉しくなる。これもチャリティーのお陰だ。高校は行けないと、もう諦めていたのだが、進学できるなら、勉学を頑張るつもりだ。
「院長先生、チャリティーって凄いんですね」
「いや、あのチャリティーは普通じゃないよ。あの回復魔法使いの娘のおかげだ。普通は無償で回復魔法を使ったりしないんだよ」
「へー。そうなんですか。それならあの娘は院長先生よりも人が良いんですね!」
あの娘は、何者なのだろうか? なんだか手が届かない人っぽい。あんなに小さいのにたいしたものだと、感心しつつ、リーダーの少女は食事の準備の手伝いをする。
冷蔵庫の中から牛肉の塊を取り出しつつ、リーダーの少女はあの笑顔の可愛らしい少女へ感謝の念を送るのであった。
恐らくはあの娘が助けてくれたのだと思うのだ。




