45話 死骸って、高いんだなっと
鷹野美羽、世界一可愛らしい美少女は、冷や汗をかいていた。だらだらと冷や汗をかいていた。
なぜかって? それはそのだな……。大魔導の魔法強すぎ。魔法使いとは格が違う。いかに全体魔法といってもダンジョンを焼き尽くし、外の世界も焼き尽くすか? 明らかに『太陽炎』の余波だ。
『太陽炎』は全体魔法であり、一体でも敵が残っていると、炎の継続ダメージがあとに残る。クイーンアントが死ななかったために、その間、炎は数キロの広い空間を持つダンジョン全ての階層を焼き尽くしていったのだろう。
クイーンアントが死ぬまで、ほんの僅かの時間だぜ? その僅かな時間で燃やし尽くす………。もはや危なくて使えない魔法です。継続ダメージを打ち消す魔法を使えば大丈夫かもしれないけど、よほどのことがない限り、もう使うつもりはない。
単体魔法もあるけど、躊躇うなぁ。本当に単体のみにしかダメージを与えないのか不安に思っちまう。ゲームのエフェクトはド派手だったからな。
ダンジョンはなくなり、クレーター、クレーターになっています。すり鉢状のクレーターに。ここは倉庫だったような。気のせいだったかなぁ?
闇夜と遊ぶ約束をしていたので、夜ふかしして眠かったのをこらえて、家に来た闇夜と遊んでいたのだ。そうしたら、闇夜を呼びに帝城家の人が来たので、一緒についてきた。イベントらしきものを目にしたら、勝手に身体が動くのだ。俺の好奇心のせいじゃないよ。ニャア。
好奇心は猫を殺すと聞いたことがあるが、なるほどついてこなければ良かった。なんかビリビリとした空気で王牙は、他のおっさんたちと睨み合っている。誰だ、この人たち? そして、なんでこんな所にきたわけ? 犯人は現場に舞い戻ると聞くが、俺はシャケじゃないんだ。
クイーンアントの死骸だけが残っている。記念トロフィーとして置いておくから、好きに使ってくれ。もう帰って良いかな?
無論、良い訳はなく、闇夜ですら真剣な表情だ。というか、皆完全装備です。なぜ? 戦闘するの?
車の中で、話は聞いた。何やら、スラム街のある場所から、天へと向かう炎の龍が確認できたとのこと。クイーンアントがすぐに死んでくれて助かったと、思った瞬間である。もう少し遅かったら、スラム街に被害が出ただろう。
で、いくら治外法権と言われるスラム街でも、無視することはできずに、何人かが調べにいったところ、膨大な魔力を秘めたアリの魔物の死骸と、クレーターを見つけた。
即座に回収に向かうことに決めたらしい。いかに危険なスラム街といえど、魔法使いが20人もいれば手を出してくることはない。
なので、急いで来たが、先に他の貴族たちも来ていたらしい。
「これはこれは。帝城侯爵。貴方が出てくる必要もありません。わたくしがここは管理致しますので、ご安心をしてください」
丁寧であるが、反論を許さない空気を醸し出し、狐目のような、神経質そうなスーツ姿の中年男性が優雅に見える礼をみせる。
「ぬかせ。ここは俺の土地だって言ってんだろうが」
なんだか、いかにも炎の魔法使いでございと、燃えるような赤毛と赤目、そして、ルビーで出来ているような全身鎧を着たおっさんが、獣のように唸りながら口を挟む。
赤毛のおっさんは知ってる。その横に立つ性格悪そうな子供も。粟国公爵家の人たちだ。ストーンゴーレムの事件で謝りにきたんだ。以降はたびたびお詫びとか旅行の土産とか、御中元にお歳暮も贈ってくるので、両親が困っていた。なにせ、超高級品なのだ。ドリアンは嫌がらせかと思ったけどな。
お返しも同じぐらいに高級品じゃないといけないんだぜ? 公務員の父親の給与を圧迫するじゃん。俺は食べたことのない美味しいメロンを食べながら、旅行の土産は500円ぐらいにしろよと思ったものだ。子爵になって、課長に昇進した父親だけど、手当なんか5万程度増えるぐらいなんだ。まったくもう。金持ちの基準恐るべしだ。
もう一人は誰だと思って、横に立つ子供に見覚えがあり、狐目のようなおっさんが誰か気づいた。こいつ、神無公爵だ。日本魔導帝国の筆頭公爵家。その髪の色は金髪だ。金髪金目でますます狐に見えるおっさんだ。
あの子供はシンだ。神無シン。『魔導の夜』の主人公、唯一の『虚空』属性を持つ男だ。ちなみにゲームでは万能属性扱いです。しかし、遂に主人公に出会っちゃった。アニメのとおりに、平凡な顔つきだよ。即ち二枚目だ。平凡な顔つきって、二枚目のことをいうんだぜ。全てをかけ合わせて平均した顔って、二枚目になるんだよ。
真面目そうな顔つきで、ニコニコと人懐っこそうに笑っている。理知的で、その才能は魔法が無くとも高いが、複数の属性を持つ神無公爵家では、『マナ』に覚醒しなかったとして必要ないと放逐された男だ。
今はまだ10歳。たしか12歳までは『マナ』に覚醒すると思われて、嫡男として大事に育てられているんだ。シンは有能だったからな。その首には紐がかけられており古ぼけた指輪が付いている。やったね。2つ目の神器を見つけちゃったよ。偽物用意しておこうかなっと。
「ここは治安を守る我らに任せてもらおう」
「いえ、軍部としては容認できない物事です」
「てめえら、出ていけ。ここは俺の土地だ」
3人は引くことなく言い争っている。帝城家は治安を守る憲兵隊、いや、武士団のトップだ。たしか神無家は軍部のトップ。そして、粟国家はここの土地の持ち主? ……ほぉーん。ムニンがいればなぁ……残念だ。
『キマイラ』と繋がりがあるなと、ピンとくる。下部組織として使ってやがったな。だが、しっかりと管理していなかったのは明らかだ。
粟国家への好感度が、ズズッとマイナスに陥るのを感じながらも、たぶん粟国公爵家は子供たちを餌にするやり方にはかかわっていないとも推察する。
それはなぜか? 子供たちの命を使って、1000万円程度の端金を稼ぐのは公爵家にとって、メリットよりもデメリットが大きすぎる。もしも露見したら、公爵家の名前は地に落ちてしまうのは間違いない。そのことを知っているのに、この土地の所有権をアピールすることはあり得ない。
たぶん、粟国燕楽は下部組織にダンジョンの管理をこっそりとさせているだけなんだ。恐らくは『キマイラ』は暴走していたと思う。よくあることだ。テンプレだよな。
燕楽は密かに管理していた程度のことはバレても問題ないと考えている。もしも『キマイラ』が子供たちを餌にして金策していたと知ったら、絶対にここには来なかっただろう。
ちっ、証人はもう皆殺しちゃったよ。あとからこのことを知っても全力で隠蔽工作をするだろう。命拾いしたな。関係者であるのは間違いないから、何か報いがあればと思うけど、今は無理だ。
翻って、子どもたちの命の危機は去ったとも思う。知らぬ存ぜぬでいくなら、子供たちにかかわらないのが一番だ。目撃者は殺すと、暗殺者を差し向けて返り討ちにあい、公爵家が絡んでいると思われたらたまらないからな。なにせこのダンジョンを攻略した魔法使いが裏にいると思われるのだから、尚更だ。
知らぬ存ぜぬでいくのに、暗殺者を差し向けたら、矛盾する行動となるからな。バレても落としどころは『キマイラ』という組織がいつの間にか、ここを根城にしていたとでも言い張るつもりだろう。スラム街だから、有り得る可能性だ。
『キマイラ』と繋がっていて、尚かつ子供たちを餌にしていた証拠を突きつけなければ、動くことはないだろう。誰がダンジョンを攻略したかは、探すだろうけどな。というか、他の貴族たちも探すのは間違いない。
そして俺はこの人たちが、何を目的としているかを理解した。
クイーンアントの死骸が欲しいんだ。レベル52のボスモンスターの死骸だからなぁ。同レベル帯の魔物よりも遥かに良い素材だ。たぶん普通の魔物ならレベル60以上の価値になるかもね。
「あの死骸の所有権を求めているのかな?」
クイと闇夜の裾を引っ張って、小声で聞くと頷き返してくれる。
「そうです。あの物凄い魔力……見たことがありません」
ゴクリとつばを飲み、闇夜は多少震えて答えてくれる。恐ろしい魔力の塊を見て、魔力感知能力が高いんだろう闇夜は怖がっていた。たしかに物凄い魔力だと、俺も手を握ってあげて、ぷるぷる震える。
「う、うん。物凄い魔力だね」
まったく凄さを感じないので。ドッキリ第二弾ではなさそうだ。
でも焼け焦げた虫の死骸にしか見えません。ガンシップの風防にでも使うのかな? とりあえず、あれだ。エフェクトください。なんか魔力が籠もっていそうなゴゴゴな感じ。ゲームではあったんだから、現実でも同じようにしてくれないかなぁ。『マナ』を感じ取れない俺は魔力が籠もっていると言われても、さっぱりわからん。
もっとわからないのが、スラム街に自分たちの子供たちを連れてきた理由だ。普通に戦力として跡継ぎを連れてきたのか?
3人のおっさんたちは剣呑な雰囲気を見せて、言動も荒っぽいが、戦闘を始める様子はない。ふむん………これ、バトルはないな。
お互いにバトったらヤバい立場だ。これが部下だけとかなら、ぶつかり合う展開もあったのだろうが、高位貴族の当主がぶつかり合うのは洒落にならないということだろう。お互いにそれを想定しており、子供たちに経験をさせようとする腹づもりに違いない。
なるほどな。スラム街を見せて、高位貴族同士の争いを見せて、さらに相手への顔見せも兼ねる。あと、なにが目的かはわからねぇが、だいたいそんなところじゃないか?
美少女探偵美羽ちゃんには、まるっとお見通しだぜっと。
ならば、俺もいくつかの目的を達成するか。わりぃが利用させてもらうぜ。そこのクイーンアントの素材がお礼で良いよな?
「ねぇ、闇夜ちゃん。あの黒焦げの残骸は高いのかな?」
「そうですね……私もまだまだ勉強し始めたばかりですが、いくらなんでしょうか?」
闇夜もわからないらしい。が、俺たちの話が聞こえて、初めて俺たちに気づいたかのように、粟国燕楽が俺へと顔を向けて、ニカリと体育会系のむさ苦しい笑顔を見せてくる。
「こりゃ、値がつけられないんだぜ。これだけの魔物の素材は久しぶりだ。値段には換算できるが、その値段では手に入らないんだ、嬢ちゃん」
推定で『キマイラ』と組んでいたと思われるおっさんだが、子供たちを餌にしていたのは知らんと思うので、一応笑顔で俺は驚く。内心では報いを受けさせたいと考えているが、まだまだ9歳。美少女美羽ちゃんは何もできないのが悔しい。
「そうなんですか! それはすごいよ、闇夜ちゃん! 値札がつかないんだって! 時価というやつですか?」
「みー様、時価とは少し違いますよ」
くすりと笑う闇夜に、ほへーと口を開けて、美羽は驚いちゃったけど、違うの? と小首を可愛らしく傾げる。
「あ、粟国のおじさん、この間はありがとうございました。メロン美味しかったです。でも、こーきゅー品は、パパとママが困っちゃうので、もっと安いのが良いです」
ペコリと頭を下げて、お礼を言っておく。美羽は良い子なんだ。その無邪気そうな様子に、口元を緩めて、ガハハと燕楽は豪快に笑う。
「そりゃ、悪かったな。今度からは気をつけよう。で、話に出たからわかると思うが、この死骸は家のもんだ。炎で倒されてもいるしな」
俺へと答えつつ、後半は神無と王牙の二人へと鋭い目つきで告げる燕楽。この場所を調査されたら、色々まずいはずなのに、気にせず所有権を求めるとは、クイーンアントの素材はそれだけ価値があるらしい。
「そうはいきませんが……どうでしょうか? このままでは、話し合いに決着はつかないでしょう。魔石は皇家に献上という形にすることにしませんか? 表に出たこれだけの魔石。使い道は限られます。と、すれば皇家への献上で覚えめでたくすれば良いと思います」
「………粟国家からの献上にするぜ?」
神無のおっさんの言葉に、思案する燕楽。なるほどねぇ。頭いいな。どう考えても、神無と帝城は所有権を求めるには弱い。たぶん粟国は本当にここの所有権を持っているだろうからな。
「構いません。それよりも残りの死骸。これらの分配を決めましょう。わたくしも調査が必要なので」
「儂もだ。ここでなにが起こったのか、調査が必要だろう」
王牙のおっさんも話に乗る。燕楽は頭をガリガリとかくと、諦めたのか、ふぅと息を吐く。
「わかった。ここはスラム街だからな。これ以上、調査に時間はかけられんだろう。なら、分配して終わりにするか」
ははぁ………。調査を終えちゃうらしい。目の前で悪党同士の取引を見ちゃったぜ。これ以上、探られたくなかったら、死骸を分配しろと。どこの暴力集団だよ。これが貴族かぁ………。
風通しの良すぎる世界は住みにくい。田沼の時代が懐かしいってか。とはいえ、俺が口出しできることはない。むむむ、悔しいけどな。
でも、子供を餌にするような非道なことはさせない世界にしたい。小説の世界だからと、諦めることはしたくない。今は無理だけどな。
……とりあえず、次の目的を叶えることにしよう。
「ねぇ、闇夜ちゃん。ここってなぁに? なんだか困っていそうな人がたくさんいるよ?」
スラム街って、なぁにと、無邪気な質問をする。闇夜は困った顔になる。悪いな闇夜。答えにくいよなぁ。でも、遠巻きにスラム街の住人が俺たちを見ている。皆、一目で困窮しているとわかる人たちだ。
「私、知ってるよ。困った人を助ける人たち! 助けることができるかなぁ?」
「そ、そうですね。困った人たちを助ける人たちがいるから、任せましょう」
「困った人たちを助けるんだよね! 孤児院とか、福祉施設っていうんだよね!」
「ですわね。どうでしょう、今度慰問にいきませんか?」
スラム街の話から逸らす闇夜だが、とりあえずそれで良い。本当は俺が話の流れを孤児院に持っていこうと思ってたんだけどな。すまない、俺は自分が救った人間には支援したいけど、それ以上は今は手が回らないのだ。美羽の腕は細くて短いんだよ。
「慰問? 大変な人たちを助けるの?」
「えぇ、そうですわね」
「孤児院に慰問に行く!」
片手をあげて、元気よく答える。20人押し付けた孤児院にチャリティーに行こうぜ。
美羽は頑張っちゃうぞっと。寄付してくれる人に、治癒魔法をプレゼントだ。
え、主人公? 俺はモブな主人公だ。空気なんだぜ。だからかかわることはしないのさ。指輪だけ貰っておこうと思います。




