44話 スラム街の隠れた利権
勝利は魔法装甲の特別製リムジンに燕楽と共に乗り、どこかへと出発していた。後ろには、魔法装甲の装甲輸送車が何台も続く。粟国公爵家の精鋭を連れてきているのだ。
落ち着きなく自分の専用機の装甲を触りながら、勝利は対面に座り、指をトントンと叩いている不機嫌そうな父親を盗み見る。こんな不機嫌な父親は初めて見たと、勝利は恐れ慄き、肩を狭くし、身体を縮こませる。
粟国公爵家の環境において、未来において優秀な人物へとなろうとしている勝利であるが、その心根は前世のものだ。いくら自信を持っても、その奥底にある卑屈な心根は染みついており、小人物なところを表していた。
だが、この重い空気が耐えられなくなり、こわごわと口を開く。なんで、こんな不機嫌なのだろうとの好奇心もある。豪放磊落な人物を演技する父親が、こんなに不機嫌な理由はなんだろうと。
「父上、いったいなにが起こったのですか?」
勝利の問いに、ジロリと威圧感のある眼光鋭い目を向けてくる燕楽。指を叩くのを止めて、ため息をつきつつ、教えてくれる。
「うちはなぁ、都市の開発に手を付けていてな。その内の一つに他の貴族が入り込んだという情報が入った」
「はぁ、踏み入れただけですよね? それなのに、こんなに大勢を連れて行くんですか?」
暴力集団かよと、内心で罵る。縄張りに入ったからといって、兵を送り込むなど正気ではない。面子の問題としても変だ。変だ?
確かに変だ。謀略を使う父親がそんなことで、兵士を連れて、自分自身が乗り込むだろうか? 抗議をしつつ、自分の部下を向かわせるだけのはずだ。
怪訝に思う勝利の顔に、燕楽はつまらなそうに息を吐く。
「そこはちっとばかし特別な場所なんだ」
「特別なとは……ん? もしかしてスラム街に入っています。もしや、スラム街の開発をしようと?」
窓から覗く風景が、汚らわしい廃ビルや、倒壊している店舗となり、汚れた連中が建物の陰から覗いているのが見えた。スラム街には入ったことはないが、話は聞いている。恐らくはスラム街だ。
「そうだ。スラム街の開発をしようと思ってな。ここらへん一帯の土地を昔に買っておいた。まぁ、ここを開発するのは、金がかかりすぎていて、頓挫していたんだがな」
「なるほど、そこに他の貴族が入り込んだと?」
開発していないのであれば、放置していても良いのではなかろうか? こんな汚らわしい所など放置していても問題はないだろうと、勝利は訝る。
なにせ、目に入るだけで、ゴミの山がそこらじゅうにあるし、ドラム缶に入ったゴミが燃やされて、そこに貧民たちが屯している。ここの開発など無理であろう。
勝利の疑問は尤もであるが、燕楽はイライラとしながら椅子に寄りかかる。
スラム街の所有権をアピールするために、自分は呼ばれたのかと、呆れて窓の外を覗いていると、変なことに気づいた。
「雪? は、灰?」
窓の外をチラチラと雪が降っていた。いや、よくよく見ると灰であった。灰がいつの間にか、空から降って、雪のようにスラム街を包んでいた。一面が灰で真っ白と風景が変わっていたのだ。
「それが理由だ。俺の土地にダンジョンがあったらしくてな、昨日の夜に燃え尽きたらしい」
「ダンジョン? 燃え尽きたとは?」
「わからん。ダンジョンは空間の裂け目にできるからな。内部で燃えて、外にまで炎が噴き出し、その後に灰が火山灰のように降り注いだらしい」
ダンジョン。その言葉を聞いて納得した。ダンジョンは入口を地上に開くが、内部は亜空間となっており、地下を削って現れるわけではない。気づかないうちに、ダンジョンが生まれていたのだろう。
入口から炎を噴き出すとは、炎の環境のダンジョンなのだろう。ダンジョンはほとんどは害となるが、その中でも有用な資源を産出するものがある。希少なる鉱石や、魔法の薬草、ホーンベアカウなどの美味なる魔物など。
なので、ダンジョンが現れたので慌てたのだと理解した。つもりだった。だからこそ、所有権をアピールしようと向かっているのだと。
「炎のダンジョンですか。攻略が大変そうですね。なにか有用な物があれば良いのですが」
防火の装備をして、内部を攻略するのであれば、元から炎の耐性を持つ粟国公爵家の一族が駆り出されてもおかしくない。自分が候補にあがるのだろうかと、僅かに顔を顰める。
だが、予想外の返事が返ってきた。
「ダンジョンはたしかに鉱石が豊富だったが、敵が面倒でな。訓練がてら時折採掘させに行っている場所だったんだが、そこまで美味しいダンジョンじゃなかった。それに、ダンジョンは攻略されたんだ。あそこは攻略不可能であったはず……。充分に備えて攻略するつもりだったのによ、参ったぜ」
「は? ダンジョンがあることを知って……。い、いえ、なんでもありません」
話が矛盾している。知らなかったはずなのに、攻略不可能だとはおかしい。だが、好奇心に蓋をしておく。命は惜しいのだ。もう少ししたら教えてくれるかもしれないが、それまでは黙っておくことに勝利はする。密かに管理していた訓練用兼資源採掘用ダンジョンだったようなので、推察だけで十分だ。
すぐに車は停まって、燕楽は飛び出すように出ていくので、勝利も慌てて後に続く。
車から出ると、雨が降りそうなのか、湿度が高く雨の匂いがしてくる。灰が辺りに静かに降り注いでいるのが、不気味だ。
そして、目の前にはスラム街にあり得ない光景があった。『魔導鎧』を着込んだ大勢の魔法使いが武器を構えて、警戒しており、その中心にはトラックが何台も停車し、作業員が重機を動かしていた。
「やめろ! てめえら、作業を中止させろ! 中止だ!」
燕楽は怒鳴りながら、乱暴に手を振って、ズカズカと進む。魔法使いたちは警戒を見せるが、何もせずに燕楽を通して、作業員たちは重機を停止させる。
「こ、これは!」
燕楽の後に続いて中心らしき場所を目にした勝利は目を見張り、言葉を失う。
そこには何もなかった。綺麗に半径100メートル程のすり鉢となっている土地があった。チラチラと灰が降り積もるが、未だに熱が残っているのか、煙が噴き出し、暑さを感じる。地面は硝子状となっており、その中心にはなにか巨大な黒焦げの物が鎮座していた。
なにかが抉りとったのだ。いや、話に聞くに、炎が周辺を抉りとったのだ。しかも、クレーターとなっている場所の周辺にある建物は残っている。
一瞬の超高熱が過ぎ去った。延焼する間もなく消えたにもかかわらず、土地を灰にしたのだろう。どのような炎の魔法か、想像もつかない。原作でも、そのような魔法は読んだことがない。いや、小説の描写ではわからない既知の魔法なのだろうか?
ともあれ、魔物の死骸もない。ダンジョンコアが破壊された場合、ダンジョン配下の魔物は死ぬ。なので、大量のダンジョンの魔物の死骸が残っているはずなのに、何もない。いや、中心にある黒焦げの巨大な死骸だけなのだろう。恐らくはボスだ。
外骨格は溶けており、頭は砕かれて、脚もほとんどがない。だが、勝利は見覚えがなんとなくあった。
「あれ………もしかして、エンプレスアントか?」
原作で出てきた魔物のように感じる。巨大なアリの死骸に見える。原作では、ダンジョンから這い出してきて、帝都を大混乱に陥れた怪物だ。たしか、巣分けするように、現れたのだ。
スラム街のダンジョンから現れたエンプレスアントは、配下の眷属と共に暴れまくった。主人公がそこで、最強の魔法『新星爆発』を使用できるようになったはずだ。ヒロインたちと力を合わせて、攻撃を続けて、皆のマナを分け与えてもらい、スラム街を消滅させる魔法をなんとか使い、一躍英雄として有名になり、成り上がりの頂点に達する切っ掛けとなった魔物だ。
「あれは、鬱展開だったな。描写が最悪だったんだ」
エンプレスアントは、スラム街の人間を皆殺しにした。その際の描写が不気味だったと勝利は顔を顰める。
人間を酸で溶かし、生きたまま肉団子にする。蟻塚を作るために、人間の肉と骨を使う。女子供も等しく餌とされて、バリバリと喰われていた。その食べられ方の描写も酷く、小説ながら勝利は吐き気を覚えたものだ。
スラム街の人間はアリにより一掃されて、その土地は主人公の物になり、新しい住民を募り、大貴族として新たな開発地区を手に入れるという成り上がりに相応しいストーリーだった。
アニメではオリジナルストーリーに変えられていた。スラム街の人々と共に開発し、その土地を治めるというストーリーだ。スラム街の人間を皆殺しにした挙げ句に、主人公があとの土地を手に入れる展開は色々と問題があったのだろう。『魔導の夜』は酷いストーリー展開が多かったのだ。
現実だとドン引きする展開だと、さすがに勝利は思うが、あの敵は主人公以外は倒せないだろうと思っていた。
「無限の再生力と、湧き出る近衛アリたち。硬い外骨格に、強力な魔法に、威力のありすぎる武技。倒せる訳がないんだけどな。モブキャラの高位貴族たちが何人も死んで、敵対勢力が大きく削られて、主人公にとって、良いことしかしなかったボスだけど、だからこそ、他の連中には倒せなかったはずなんだが……」
その頃は主人公の名は貴族たちの中で有名になりつつあり、主人公の実家が対抗するために、力を見せつけようと、派閥を率いて攻めて倒されるザマァ展開だったのだ。………違う魔物だろうか? 黒焦げでよくわからない。
ちなみに、アニメでは、土地開発を邪魔する敵対派閥を、主人公が新魔法で倒す安っぽい展開に変えられていた。
燕楽は黒焦げの魔物の側にいき、作業員たちを威嚇して、追い払う。部下が慌ててハルバードを燕楽に手渡す。
「ここは俺の土地だ。なんだかわからねぇ、不幸なことがあったようだが、この死骸は俺のもんだ!」
激昂して、怒鳴る燕楽に作業員たちは怯えて、逃げていく。最強たる炎の魔法使い燕楽を前には、一般人など、対抗することも考えない。
だが、反対に言えば、一般人でなければ対抗する者もいる。
「困りますね、粟国公爵。その魔物の死骸は重要物件として、私共が保管するつもりなのですが」
穏やかな口調で、スーツ姿の中年男性が燕楽へと近づいてくる。この状態の燕楽に近づく人間がいるとはと、勝利は驚く。
その男は中肉中背の、糸みたいに細目の男だった。穏やかなる空気を醸し出しながらも、危険な警戒するべきイメージを与えてきていた。
「神無公爵か。てめえは俺の土地の物を盗もうってのか、えぇっ?」
燕楽が歯を剥き出し、威圧感を与える。殺気すら感じさせるその態度は燕楽らしくない。演技も混ざっているのだ。
だが、神無公爵と呼ばれた男は、その威圧をそよ風のように受け流し、口元だけをニコリと笑みへと変える。
「軍のトップとして、危険な魔物は回収しなければなりません。なにが起こったのかも調査しなければなりませんしね」
「そうはいくか。この土地は粟国公爵家のもんだ。手出しさせることはできねえな。それに魔物の死骸を手に入れたい考えが丸わかりだぜ」
「どうとってもらっても構いませんよ」
荒々しい燕楽に対照的な静かな物言いの神無。
「父さん、あまり無理を言わないで、妥協した方が良いのでは?」
中年男性の横には勝利と同じ歳の男の子が立っていた。一緒についてきたらしい。
ゴクリと勝利は息を呑む。
黒髪黒目、平凡な顔つきに才能も突出したものがないと言われた、実際は真剣な顔になると二枚目で、誰も敵わない才能を持つ男の子。
『魔導の夜』の主人公、神無シンがそこには立っていた。
「待たれよ、二人とも。高位魔法が使われた様子。ここはお互いに力を合わせて調査をする必要があるのではないか?」
さらに現れたのは帝城王牙。そして、その後ろに転生者である闇夜と、原作では死ぬはずだった美羽が続く。
そして、後ろには大勢の武士たちも。
どうやら、面倒なことになったと、勝利は冷や汗をかくのであった。




