43話 現在の勝利
粟国勝利。炎の天才魔法使いにして、由緒正しい公爵家の嫡男だ。
そしてこの『魔導の夜』の世界に転生した神だ。少なくとも勝利は自身を神と考えている。
なぜならば、『魔導の夜』の大ファンであった勝利は、小説のストーリーを読み込み、設定集を読み漁り、この世界の全てを知っているからだ。
原作破壊と言われたゲームはやっていないが、所詮人気に乗っかったゴミゲーム。覚える価値どころか触れるのも嫌だったので、まったく知らないが問題はないだろう。
そんな神たる勝利は最近、そわそわとして落ち着きがなかった。
「来月は皇城でのデビューイベント。くくく、待ちわびたぜ。ようやく原作に関われる時がきたか」
10年間、僕はこの時を待っていたと、勝利は自室で漫画を読みながらほくそ笑んでいた。
公爵家の嫡男である勝利の自室は、金のかかった上等な部屋だ。もちろんのこと、客を迎え入れる応接室、勉強用の部屋、寝室と部屋は分かれており、しかもちょっとしたホームパーティーができそうな程に広い。寝室に置いてあるベッドは天蓋付きのベッドだ。
一般的平均年収の数年分はする家具が置かれて、数十年分の価値がある調度品が飾られている。どれもこれも、全てが一流であった。勝利自身もブランド物の魔法付与された服を着込んでいる。一着数千万はする服だ。
そのような贅沢な部屋を与えられた勝利は、好き勝手にやっていた。……以前よりもかなり抑えめになったので、好き勝手にとは言い難いかもしれないが。
……上等な上品なセンスで纏められた部屋であるが、勝利の部屋としての個性を出している。
即ち、壁にはアニメのポスター、本棚には漫画とラノベがずらりと並び、フィギュアが数百万する絵画の下に並べられて、天蓋付きのベッドには、半裸のアニメキャラがプリントされている抱き枕が置いてあった。
前世と同じくオタクとなった勝利である。見事に部屋の上品な雰囲気をぶち壊していた。
まぁ、これは当然の帰結と言えよう。オタクが現代ファンタジーに転生すれば、大体の人間は同じようにオタクとなる可能性は極めて高い。環境が変わっても、趣味というものはなかなか変わらない。
そして、人間性もなかなか変わらない。
だが、公爵家のような環境となれば、人間性は変わらずとも行動は変わる。前世では自称フリーターであった勝利は、環境が悪かったと考えている。大学へ進学したいのに、お前には無理だから仕事に就けという貧乏くさい親、しっかりと学校に来いとうるさい先生たち。自分を馬鹿にする視線を向けてくる同級生などが、前世の勝利の悪い環境であった。
今は違う。金持ちで権力もあり、何より魔法の才能が勝利にはある。殴る蹴るの暴力を振るう勝利であったが、過去には曲がりなりにも高校まで卒業していた。
そのため、小学3年生の勉強など軽いものだ。家庭教師たちも、学校の先生も、暴力的な子供なれど、天才だと、その才能は高いと本心から褒め称えてくれる。無論、おべっかも混ざるが、勝利が味わったことのない称賛だ。
そのことに、気を良くした勝利は、最近では飛び級の勉強を熱心にしていた。褒められると豚でも木に登るのだ。
そして、魔法の才能があったことにより、単純な暴力を伴う虐めもなかった。前世では力自慢の馬鹿な同級生などを見ても、目をそらし存在感を無くしていたが、今は肩で風を切り、堂々たる態度でいることができる。しかも権力も金もあるので、親に言い含められているのだろう。男女の取り巻きもできている。
そう、女の子も取り巻きにいるのだ。勝利はおだてられると、前世の軽蔑された記憶もあった反動か、調子に乗り、すぐに奢る。なので、男だけでなく、女の子も取り巻きにいた。
服装のセンスも良い。10年間、公爵家で高級品に囲まれて暮らし、侍女たちがセンスの良い高級服を用意しているのだ。さすがにどんな人間でも審美眼がそれなりにつく。
外国に住むと、2年も経たずに外国語を曲がりなりにも話せるようになるのと同じである。
相変わらず、召使いに暴力を振るうことは止めないが、これらの環境が勝利を高い能力の持ち主に引き上げていた。
もっとも大きいのが、多少なりとも努力をしている点だ。褒められると勉強をする。前世では、わからない内容があると、褒められてもやる気を無くしていただろうが、今世は基礎からきっちりと家庭教師が教えてくれることと、何より勝利のスペックが高いために、努力が反映されているために優秀な人間となっていた。
とはいえ、一番大きいのは、父親である燕楽の存在がある。最近自覚したのが、小説で内面の描写がなかった父親は予想していた性格ではないということだ。
豪放磊落にして、気に入った人間を可愛がる。それが小説での燕楽の立ち位置だったが、裏の顔があると勝利は理解した。
狡猾にして残忍。長いスパンでの謀略もたてることができて、小説のボスよりも悪人なのかもしれないと考えている。いや、高位貴族として、当然なのだろう。
その目に宿る炎は、豪放磊落なきっぷの良い男とは程遠く、暗く濁っていると勝利は恐れている。原作では廃嫡した勝利の教育に失敗したのを後悔して主人公に謝ってはいたが、恐らくは単なるポーズだと、現実となった今は確信している。
勝利は廃嫡された後も、悲惨な運命を辿るが、どうにもご都合主義のザマァ展開が多かった。原作を読んでいる時は不思議に思わずに、馬鹿なキャラだと笑っていたが、現実的に考えると不自然な場合が多い。徐々に追い込まれるように、何者かが嵌めたと言われると納得するパターンが多かったのだ。
これがもしも父親の策略であるならば、断罪シーンなどがある悪役令嬢のパターンなど生温い。気づかぬうちに破滅させられる。恐らくは熱血漢の弟は将来、嫡男の地位を追われていたのかもしれない。弟はそのような謀略は無理だ。原作が完結した後の話はないのだ。実は悲惨な将来でも、なんら不思議ではない。
なので、廃嫡どころか、死の恐怖から、勝利は父親と顔を合わせるたびに、努力することを思い出すのであった。
幸か不幸か、そのような環境で育つ勝利は優秀な人物へと変わっていた。
が、人間性は変わらない。
「僕が聖女と恋人になれるチャンス。その最初のイベントだ」
『魔導の夜』の世界に転生して狙っているヒロインの一人とようやく会えると含み笑いをする。勝利は主人公のハーレムのヒロインの中で、狙いやすく、かつお気に入りを狙っていた。
一人は賭けで手に入る予定の主人公の元婚約者。そして、もう一人は聖女であった。
この回復魔法使いが希少な世界での、聖女たるヒロインだ。
「イベント進行はしっかりと頭に入っている。あの娘だけはイベントの時系列がはっきりとしているからな」
ニヤニヤと厭らしそうに笑いながら、椅子にもたれかかり、キィキィと鳴らす。この世界に来て、考えていたのだ。どのヒロインが手に入るかと。
自分を賭けの賞品にする馬鹿なヒロインは確保。だが、純愛も楽しみたい。そう勝利は考えていた。
勝利の考える純愛。それは、女性が自分に心底惚れて、常に全肯定してくる相手のことだ。そんなものは純愛ではないと、その願望を聞いた者は言うだろうが、勝利は本気でそうだと考えていた。
悲惨な暮らしをする奴隷に、良い飯と服を与えて、待遇を良くしてやる。家族に虐められている女性を助け出し、贅沢をさせてやる。心の隙間がある女性に、欲しい言葉を与えて、ピンチを助けてやる。
そうすると、依存してくるのだ。それを純愛かどうかと聞かれれば、勝利は純愛だと考える。その根底は自分に依存する可愛らしい人形が欲しいという意識が隠れていた。
「ふへへ。良いね、僕のかっこいいところを見せてやる。主人公の出番なんかいらない。神がストーリーを少し変えてやる」
そのためにも、パーティーは頑張らなければと、漫画を投げ捨てて、机に向かうことにする。中学生の勉強内容が机にはあるが、問題はない。粟国勝利の能力はハイスペックであり、転生者の知識がまだまだ使えるのだから。
ペンを握り、侍女がアイスの紅茶を置いてくる。投げ捨てられた漫画を拾い上げて、頭を下げて無言で去っていくのを横目で見ながら、勉強をしようとした。前世ならば、考えられない行動だったが、コンコンとノックする音に眉を顰める。
「なんだ?」
この時間にノックするような用事がある者がいるとは思わなかったので、不思議に思うが、侍女へと目配せを送り頷いてみせる。人に命令することもすっかりと慣れた勝利の指示に従い、侍女はドアを開ける。
そこにはピンと背筋を伸ばして立つ執事がいて、恭しく頭を下げてくる。
「勝利様。ご当主様がお呼びです」
「ん? ……なにかあったか? まぁ、良い。すぐに行く」
勝利は頷くと、部屋を出て、燕楽の待つ執務室に向かう。機嫌を損ねるのはまずい。表情に出せばわかるが、今世の父親は豪快に笑うだけで、内心を表に出さない。なので、注意が必要なのだ。
愛はなく、恐怖を以て結ばれているのが、今の勝利だ。無論、莫大な金と権力も付いてきているので、仕方ないと勝利は思っている。愛のある貧乏な生活よりも莫大な資産を持つ愛のない生活の方が、勝利は遥かにマシだと考えているのだから。
廊下を進むと、すれ違う者たちが多く、不思議に思う。なぜか『魔導鎧』を着込んでいる者もいて、慌ただしく、そして危険な臭いがする。嫌な臭いだと顔をしかめながら、勝利は執務室の扉をノックする。
「父上、勝利です」
「あぁ、入れ」
すぐに許可が出たために、失礼しますと軽く頭を下げて入り、頭を上げて、顔を強張らせる。
執務室の中には、父親である燕楽がいた。だが、その姿は完全装備であった。ルビーで作り上げたような燕楽専用機の『魔導鎧』を着込んでおり、ハルバードを持っている。燕楽の腹心もいて、やはり武装していた。
「戦争ですか?」
そのものものしい光景に、戸惑いながら尋ねる勝利へと、燕楽は珍しく不機嫌そうな顔をして口を開く。
「戦争じゃねえ。だが、面倒くさいことになりそうだ。勝利も専用機を装備しろ。すぐに出かける」
厄介なことになりそうだと、勝利は顔を僅かに顰めながら、なにが起こっているのか、確かめる。
「あぁ、スラム街に行く。俺の土地に他の貴族が入り込んだようなんでな」
公爵家の土地が、スラム街にある? 不思議に思った勝利だが、質問を重ねることは止めて、すぐに装備を取りに戻るのであった。
粟国公爵家に喧嘩を売る貴族とは厄介だと思いながら。




