4話 きっかけはイベントっぽかったぞっと
俺は6歳になっていた。幼稚園の年長さんとなったのだ。幼稚園にはもちろん通っていたよ。だが、幼児との会話は面白くない。可愛らしいけどね。やはり大人の部分が、幼稚園児と遊ぶという選択肢を取らせることが難しいのだ。
だが、家族のためにも、あの子は大人しすぎて不安ですと先生から両親に連絡がいかないように、普通の幼稚園児を装っていた。
子供たちとドロケーをしたり、タカオニをしたり、砂山を作ったり。普通の幼稚園児を装っていた。だが、最近は少し落ち込んでいた。
なぜならば、さっぱり修行方法がわからなかったからだ。う〜んと落ち込んで砂山を作っていた。もちろん、マラソンをしても、家のお手伝いを頑張っても『マナ』には覚醒しなかったからだ。ちなみにマラソンは庭でやった。
どうすりゃ『マナ』に覚醒するんだろうか? 小説では最初から皆は『マナ』に覚醒していた。主人公もだ。なので、覚醒する方法は描写がなかったのだ。あってもモブの俺が覚醒するかは疑わしいけど、試すだけ試したい。
踊ったり、でんぐり返しをしたり、歌を歌ったり、ピキーンと口にしたりしたけど、無意味だった。微笑ましいわと、母親が俺のアルバムの写真を増やしただけに終わったのだ。基本、俺は良い子なので、そんなことをしたら母親は喜んだのだ。なぜ喜んだのかは不明だけどさ。
ペチペチと砂山を作りながら考えていると、心配げな声がかけられた。
「みーちゃん、どうしましたの?」
丁寧な物言いだが、幼さを感じさせる幼女の声だ。俺は砂山を挟んで対面にいた幼女へと顔をあげて見る。
「んと、なにか変かな?」
「えぇ、いつもは皆を総動員して砂でジオラマを作ったり、鬼ごっことかも全員で始めるから、鬼をたくさん用意して、夢中になって遊ぶみーちゃんなのに、最近は私としか砂山を作らないんですもの」
普通の幼稚園児を装うから、いつも夢中になって遊ぶふりをしているんだ。
「悩み事があるんだ。でも解決方法がわからないの」
しょぼんと落ち込みながら、友だちに素直に答える。そんなに変だったか。人生を左右する内容だから、こればかりは仕方ないんだ。
「悩みごとってなんですの? おやつが少ないとか、もっと遊びたいとかかしら?」
「ん〜、ヒミツ」
テヘヘと誤魔化すために、緩やかな笑みを見せてまた砂山を作り始める。友だちがこちらを心配げな様子で見てくるが、幼稚園児が思い浮かぶ悩みごとじゃないんだよ。
ジーッと見てくるので、また微笑みを見せて誤魔化す。対面で一緒に砂山を作って遊ぶのは帝城闇夜ちゃんだ。
物凄い名前である。別に俺は名前に偏見はない。ただ小説の中に入り込んだモブな俺だ。格好いい名前とかが付いているのは、小説に出てくるキャラクターではないかと疑っているのだ。
でもこの小説、モブキャラでも格好いい名前とかが付くので判断が難しい。
帝城闇夜ちゃんは可愛らしいというか美少女になりそうな幼女だ。鴉羽のような濡れているような艷やかな黒髪をおさげにして、ブラックダイヤモンドのような美しい瞳、顔立ちは幼いながらに将来は怜悧な美人になるだろうと思わせる。口調は丁寧なお嬢様で、以前聞いた話では帝城侯爵家の長女だとか。
属性てんこ盛りである。間違いなく主人公に侍るヒロインの一人だと思ったが違う。丁寧なお嬢様口調の黒髪黒目の美少女って、『魔導の夜』に出てこなかったんだよね。名前は覚えていないけど、俺は『魔導の夜』の美少女たちの顔は覚えている。
俺、名前覚えるの苦手なんだ。特に仕事と関係なく覚える必要もないアニメとか小説のキャラの名前は覚えていない。ただ、可愛らしいキャラの顔は覚えている。
闇夜ちゃんが金髪碧眼の縦ドリルお嬢様に変化するなら、思い当たるキャラはいるんだけど、その娘は明らかに日本人の名前じゃなかったと薄っすらと記憶にある。
たしかなんちゃらかんちゃらうーなんちゃら。うん、さっぱり覚えていねぇや。まぁ、どちらにしても小説のキャラではないだろう。もしかしたらスピンオフでいたかもだけど、本編で飽きた俺だ。スピンオフは見てもいない。アニメ化されていれば覚えていたかもだけど。
まぁ、それでもキャラかぶりはするまいと判断したのだ。なぜなら、この幼稚園。同じような口調の娘はそこそこいる。良家が入る幼稚園らしい。やはりうちはそこそこ良家なのかしらん。
ちなみに侯爵なのは、この世界の日本は日本魔導帝国という名の国で天皇様ではなく、皇帝が治める国だからだ。民主主義なのは衆議院までで参議院は貴族院と名前を変えて、名門の貴族たちが支配している。
うん、よくある小説の設定だ。貴族とかあれば小説のネタにしやすいからな。わかるわかる。
『魔導の夜』は古典ローファンタジー小説だ。即ちテンプレを作った小説なのである。即ち、テンプレてんこ盛りの世界。それがこの俺が生きる世界なのだ。
コテンと可愛らしく首を傾げて俺を見つめる闇夜ちゃん。幼いながらに俺が誤魔化しているのを悟っているのだろう。子供ってのはそこらへん敏感だ。
「大丈夫。それよりもそろそろお昼ごはんの時間じゃないかな?」
「そうですね。みーちゃんのお昼ごはん時間は正確ですもの」
ぷくっと頬を膨らませて闇夜ちゃんは不満そうだが、それでも俺が話を変えたことに付き合ってくれる。良い子なんだ。
「私、お片付けしてから行くから、闇夜ちゃんはおてて洗ってきて」
「わかりました。それじゃ先に行ってますね」
俺がちっこいバケツにシャベルやスコップを入れると、闇夜ちゃんはいつもは一緒にお片付けしますと言ってくれるのに、今日は素直に頷き手を洗いに先に行った。そのことに苦笑しつつ、俺はバケツを手に持ち、とてとてと用具入れに向かう。
昼ご飯はなんだろうか。これは重要なことだ。修行のことを考える必要もあるが、今の俺は幼児。栄養をたっぷりとって、運動をほどほどにしないと将来メタボとかで健康に苦労する。運動してくださいと、医者に言われたくないので、運動をたくさんしている。だからお腹はペコペコなので、ご飯は重要なイベントなのだ。
俺としてはカレーが良い。なぜならばおかわりできるからだ。並み居る悪ガキを蹴散らしておかわりを手に入れなければなるまいと考えて、俺も手を洗いに行こうとした時だった。
「きゃー! 闇夜ちゃんが!」
手洗い場から、子供の声が聞こえた。悲鳴だ。しかも鬼気迫る声だ。しかも廊下を慌てて逃げてくる子供たち。
「どうしたの?」
「エンちゃん、大変なの! おてて洗ってたらお化けが出たの!」
泣きながら逃げてきた友だちが言ってくる。お化け?
「壁からにゅーって出てきたの! 闇夜ちゃんは私を庇って襲われたの!」
もう一人の友だちが教えてくれて、俺はただ事ではないと察した。子供の喧嘩とかではない。もしかして魔物が現れたのか?
「皆は先生の所に行け! 俺は闇夜を助けに行く!」
友だちを助けるのは当たり前と誰かが言っていたがそのとおりだ。それに幼女が逃げ切れたことから魔物はそんなに強くないのではないかとも思ったので、闇夜の所に駆け出す。俺でもあしらうことができる弱い魔物だと考えたからだ。
打算的と言うなかれ。俺は小説の主人公じゃないから命をかけることはしたくないのだ。普通はそうだよな?
「うん、闇夜ちゃんを助けてあげて」
「エンプレスちゃん頑張って!」
幼女たちが俺に手をフリフリと振って見送る。エンプレスって、俺のあだ名だけど、前から思っていたけどエンプレスってなんだろ? プレス機の仲間? まぁ、今はそんなことを考えている暇はない。
俺は小さな手足を懸命に動かして、洗い場に向かったのであった。
洗い場に到着すると、事態を即座に把握できた。闇夜が蹲り頭を抱えている。その幼い身体に生えるように、半透明の闇の靄を身体に宿らせている老婆がいたからだ。
闇夜が幽霊使いの力に目覚めたわけではない。この状況は小説でもゲームでも見たことがある。
「憑依かよ。とすると『死霊』だな」
魔物の中でも、物理攻撃が通じない厄介なやつ。『死霊』だ。特殊能力は『憑依』。人間に取り憑き、操って他の人間を殺す魔物だ。
俺は名前を覚えるのは苦手だが、わかりやすい魔物とかの名前や特殊能力は覚えている。ゲーマーあるあるだろう。
「序盤のイベントだったな、たしか。小説ではあっさりと取り憑かれた女の子を主人公が救うんだ。ゲームでもおんなじ感じだった」
倒し方はわかっている。だが、それが今の俺にはできないことに冷や汗をかいてしまう。
そうか、普通の魔物は壁とかがあるから、外に出てきても冒険者に倒される。だが壁を透過できる幽霊系統はこんなことをしちまうのか。現実となると嫌な状況だ。ゲームでなんで通りすがりの娘が取り憑かれたのか理解したぜ。
俺がどうしようかと迷う中で、闇夜の苦しむうめき声が老婆のような嗄れ声に変わっていく。そうして闇夜は蹲るのをやめて、ゆらりと幽鬼のように立ち上がってきた。
「うァァァ、シネシネシネ」
完全に取り憑かれたのだろう。ゆらゆらと身体を揺らしたと思ったら俺へと向かってきた。
倒すことはできない。だが、俺はそれでも余裕だった。なぜならば憑依者の持つ攻撃しかできないからだ。闇夜は包丁を持っているわけでも、カッターやハサミを手にしている訳でもない。ただの幼女だ。
精神が大人の俺には通じない。余裕で取り押さえて、後は冒険者が来るのを待つだけだ。
「わりぃが、少し痛い目に遭ってもらうぞ。痣ができたらごめんな」
「シネシネシネ」
狂気で目を血走らせた闇夜がパンチを繰り出す。だが、幼女パンチなんか俺には通じない。少しは速いがそれでも力のない幼女なのだ。
「よっと」
腕でガードしたら、駄々っ子パンチになる前に闇夜の腕を押さえる。そのまま足を引っ掛けて倒したら制圧完了だ。これでも高校の授業で柔道をとっていたのだ。幼女程度ならば、あっさりと引き倒せる。
闇夜が頭を床にぶつけないように気をつける余裕もあった。大外刈りでゆっくりと倒して、後は身体を乗せて抑えようとした時だった。
『闇武器創造』
倒して暴れる闇夜が何かを呟く。と、闇夜の手の中に闇のオーラが集まる。こんな時だが、俺はその光を見て感動してしまった。リアルで魔法のオーラを見れるなんて凄い。テレビ越しだと、どうも現実感がなくて、CGだと思っちゃってたから。
だが、感動するのも、闇夜の手に集まりオーラが闇の剣へと変わるまでだった。
おぉ……これやばくない?
呑気に俺は思っていたが、闇夜がめちゃくちゃに剣を振り回し、俺の腕に掠ったことで、魔法の凄さを理解した。
なにせ掠っただけで、俺の腕は半ばまで斬られたのだから。




