38話 キマイラ退治なんだぞっと
美羽は怒りで頭をクラクラさせて、相手を睨む。何やら『キマイラ』とかいう集団らしい。スラム街であるのに、魔法使いを用意できることから、生半可な組織ではなさそうだ。
俺の姿はバレないようにしているが、それでも気をつけておくか。でも、俺の怒りはおさまらないけどな。
「ここにいない奴も駆逐してやるよ」
害虫駆除の美羽ちゃんだ。残らず駆逐してやる。腸は煮えくり返りグラグラだ。火力最大、悪人必滅。子供を餌にする奴らは生かしておけねーぜ。
相手の少女が怒りに震えるのを見て、山羊頭は反対に冷静さを取り戻す。相手は2人。魔法使いであろうと、その姿から『魔導鎧』を装備していない。こちらの方が圧倒的に有利だ。
「どうやら青臭い考えで助けに来たみたいだが、この人数に勝てるか? この『魔導鎧シルフ22式』によぉ」
山羊頭と名乗る男は、バンプアップをして、最新型の量産型軽装甲魔導鎧シルフ22式を見せつける。『魔導鎧』がなければ、魔法使いといえど、相手にはならない。
美羽は周りを見渡し、ふむんと考える。30人近い。魔法使いは3人といったところだ。
最初は『隠れるⅡ』で、潜入して様子を見るつもりだった。俺の『隠れるⅡ』はもちろんパーティー全体を隠すことができる。オーディーンは拒否していたが、拒否しなければ、こうも簡単に内部に入れるのである。推定30レベル以上でないと見抜けまい。
だが、あまりの子供たちへの扱いに耐えられなかったぜ。
「久しぶりに『魔導の夜』の中にいると実感しちまった。ちくしょうめ」
ここが前世とは違うと実感する場面だ。現実の常識が、フィクションの常識と融合している姿だ。ミスリル喰いを倒すために、子供を餌にしていたって? あるある、わかるわかる。テンプレのダークなパターンだ。
前世では、日常的にこんなことをしたら、たとえどこかの国のスラム街でも、騒ぎになるに違いない。特にここは日本なんだぜ?
だが、『魔導の夜』のこの世界の現実は少し違う。あくどい奴らの行動が時折突き抜けているんだ。『ユグドラシル』しかり、この悪党しかり。
『魔導の夜』は、人気小説だ。昔の古典的な小説だ。昔の、というところが肝心だ。バトルあり、ラブコメあり……そして、ダークな空気も漂っていた。
原作は多くの人々が酷い目にあっていた。ご都合主義でヒロインは助けられることが多いが……普通に殺されるヒロイン候補っぽいのとか、モブの人々がいた。
いたんだ。結構簡単に殺されていく。なので、『魔導の夜』は人気小説でアニメ化し、ゲームにもなったが、カットされているイベントも多かったのだ。小説に途中から飽きた俺だと、齟齬が生ずるのはこのためである。
原作の作者は、情け容赦ない人死にが、感動的で残酷で、人気が取れることを知っていたのである。人気を常に考えている作者が、こんな美味しいシチュエーションを描かないはずがなかったのだ。
その影響が目の前の状況だ。子供たちを魔物の餌にして、素材を集めるクズヤローが、スラム街には普通にいるわけだ。
ゲームでもあったぞ。あるイベントを受けた際に、「この人たちは生贄にされたんです……」と、依頼主が教えてくれて、死体だろう山が積み重なったシーンがちらりと表現されて、主人公が酷いですねと、辛そうな顔になるのだ。
その死体役の子供たちが目の前にいる。救わないといけないよな。同じモブとして。死体役はチェンジでいこうぜ。
美羽は猛獣のように八重歯を剥くと、ぽそりと呟く。
『戦う』
『戦う』コマンド選択により、身体能力が跳ね上がる。その身体にはマナが満ち溢れて、ただの少女は強力な戦士へと早変わりする。
「『魔導鎧』も装備せずに、ここに来た愚かさを教えてやるっ! これは最新型なんだぜ!」
山羊頭と名乗る男の身体から風が噴き出し、マナの力により『魔導鎧シルフ22式』の装甲が展開される。俺たちを囲んでいる魔法使いも、汚れて使い込んだと思われる『魔導鎧』を展開させて、武器をそれぞれ構える。目の前の男はレイピア。残りの二人はそれぞれ杖だ。
そして、チンピラたちの有象無象が大勢だ。
「何回ローンで買ったんだ? てめえは地獄でローン地獄に陥りやがれ!」
新品でピカピカに見えるので、買ったばかりのようだが、すぐに廃棄処分だ。俺は容赦しねーぞ。
「オーディーン! 雑魚を撃破しろ!」
「うむ、わかった」
俺の言葉に、オーディーンは片手をあげると、隻眼に蒼き幽鬼のような光を宿らせて、魔法を唱える。
『英霊選別』
その手のひらに、瞬時に白く光る魔法陣が描かれると、閃光が発せられた。眩しい光に敵は目を細めて警戒する。
「目くらましか! てめえら、逃がすなよ!」
山羊頭は、警戒の言葉を口にして部下へと注意を促す。おぅ、と部下たちが答えてくると思っていた。予想していた。
だが、ドサドサと倒れる音が続いて響き渡り、怪訝な表情となり、閃光が止み、山羊頭は目を開く。
そして、驚きで目を見張る。
「なっ! てめぇら、なにを寝てやがる!」
自分の部下たちが、魔法使い以外、全員床に倒れ伏していた。うつ伏せに崩れるように倒れ込んでいた。
「『睡眠』か! ここまで広範囲に使えるとは、てめぇは状態異常魔法の使い手か!」
魔法を使ったオーディーンを睨み、山羊頭はその範囲から、この爺さんが状態異常魔法の使い手だと考えた。状態異常魔法の使い手の場合はかなり厄介だ。『魔導鎧』を着ていても、手酷いダメージを受けることがある。
だが、オーディーンは白髭を撫でて、つまらなそうに答えた。
「いや、全員死んだのだ」
「は?」
その短いセリフに山羊頭の頭脳は理解を拒んだ。今、この爺はなにを言った?
「聞こえなかったか。ならば、もう一度言おう。死んだのだ。儂の『英霊選別』に耐えきれぬようだったな」
「死んだ? ………こ、殺したのか?」
「左様。この者らは英霊となるべく試練を受けた。ヴァルハラの英霊となる試練を受けて、失敗したのだ。ふむ、まだまだ儂の力は弱いか。そなたらは生き残っているからな」
平然としたオーディーンの顔をまじまじと信じらなれない思いで、山羊頭は見つめる。周りはシンとしている。30人を超える部下たちがいたのだ。見張りだっていた。しかし、今は静寂が世界を支配していた。
「そんなことが信じられるかっ! ハッタリだ! お前ら、こいつらを倒せっ!」
隻眼のオーディーンの姿に知らずに威圧を受けて、山羊頭は後退りながら、生き残っている魔法使いへと指示を出す。
だが、美羽たちのターンは終わっていないのだ。
『急所突き』
「ガッ」
いつの間にか、小柄なローブ姿の人間が、飛び込むように短剣を振るい、一人の魔法使いの首を刎ね落とす。『魔導鎧』の強力な魔法障壁に護られているはずの魔法使いは何もできずに、首を落とされて地に倒れる。
『双牙』
風のように2頭の狼が、もう一人の魔法使いに襲いかかる。牙が光の軌道を描くと、首元を引きちぎって、スタッと軽やかに床へと降りる。狼の口元からはぽたぽたと血が流れ落ちていく。
「ま、魔法障壁があるは――」
銃弾すらも弾き返す魔法障壁。それが、虎のように大きな体躯を持つとはいえ、ただの狼の牙に食い破られる、そのことが信じられず、魔法使いは首元を押さえながら倒れ込んだ。
「ふむ。レベル8の魔法使いなんて『魔導鎧』を、装備していても、雑魚なんだなっと」
美羽は、ゲームどおりの戦闘力だと安心した。魔法使いはレベル8と9だった。ゲリとフレキは『魔導鎧』を装備している敵にも対等に戦える狼だ。魔法障壁など、ただの防御力の数値にすぎないのである。
俺の『隠れるⅡ』からの不意打ちもゲームどおりだった。『隠れるⅡ』で、隠れている俺に気づかない敵は俺の攻撃で特殊な一撃を受ける。
『盗賊Ⅱ』は特殊能力として、『隠れるⅡ』からの攻撃は2倍ダメージを敵に与える。さらに『急所突き』という会心の一撃発生率アップの武技系統は、会心の一撃発生率が大幅にアップする。計算式はよくわからんが、かなりのダメージを与えることになるのだ。
盗賊は攻撃力が魔法使いより少し上程度。即ち、かなり弱く戦士としては使えないが、『隠れる』からのダメージを与えることに特化していた。問題は『隠れる』に1ターン使うから、2回分の攻撃と同じなところなんだけどな。会心の一撃を狙うんだ。会心の一撃は特殊スキルの持ち主以外の防御力を貫通するからな。
倒した魔法使いは非道な奴らだ。まさに『魔導の夜』の悪人に相応しい。
『戦う』を選ぶ時
『山羊頭が現れた』
『悪なる魔法使いA、Bが現れた』
『チンピラの群れが現れた』
『セキュリティカメラが現れた』
と、表示されたので間違いない。まぁ、子供たちを餌にしようとした時点でアウトだけどな。わりぃが、ゲームと同じく倒させてもらうぜ。地獄で罪を償うと良いさ。
「ど、どうなってやがる? 『魔導鎧』を装備していない奴らなのに、なぜ、魔法障壁を破れる! てめぇら、どうなってやがる?」
「『魔導鎧』ねぇ。なんか勘違いしているが、俺はきっちりと装備をしてきたぜ」
俺は着ているローブをふわりと靡かせて、ニカリと獣のように笑ってやる。ローブの表面に魔法陣が一瞬現れて、すぐに消えていった。
「は? なんだそりゃ。古臭い装備をしているってのか」
山羊頭は納得いったと、顔をしかめる。俺たちの着込む衣服が魔法の装備だと気づいたのだ。『魔導鎧』が作られる前の古き装備だと思っているのだろう。
脂汗をかきながらも、俺たちを睨み戦意を高めてくる。どうやら気を取り直したらしい。
俺の装備は『盗賊のみかわし服』だ。ゲームではもちろん、『魔導鎧』以外の装備もあった。これはユニーク装備というやつだ。レベル10の盗賊専用装備。『隠れる』の成功率をアップさせるローブである。オーディーンの方は神器だから説明いらないよね。
『魔石E30、布切れ20』で作れるユニーク装備だ。ユニーク装備はレシピを手に入れないといけないのに、もう一覧に入っていた。知識系統はゲームを引き継いでいるっぽい。
こっそりと、俺の服を2着使って作りました。母親に気づかれないことを祈るのみである。バレたら、猫が銜えて逃げちゃったと言い訳する所存です。
「ふ、二人で来るだけあって、力には自信があるみてーだな。だ、だが、ここからが本番だ!」
山羊頭は腰のポケットからスマフォを取り出すと、ピピッと押下する。逃げるかと警戒していたが、まだまだやる気十分らしい。
倉庫の片隅に置いてあるコンテナがギギィと開き始めると、何かがズシンと床を踏み、のっそりと現れる。その人数は5体。
「もったいねえが、てめえらに使ってやるよ。『キマイラ』の恐ろしさを知るんだな! 殺れ、『魔導人形オーガ22式』!」
ケタケタと高笑いをする山羊頭。コンテナから現れたのは、機械の巨人だった。魔物の素材を使っているのだろう。筋肉繊維が機械の身体に巡らされているロボットだった。3メートルはある金属の巨人だ。
「この世界はなかなかに面白い。『魔導』というものにより機械仕掛けの巨人を作るとはな」
オーディーンは『魔導』に興味津々らしい。
「ちょうど良い、オーディーン。性能試験といくぞっと」
『魔導機械』。この世界の主要システム。これをなんとかできないかと思ってたんだよな。ゲーム的にな。
敵に囲まれながらも、美羽は犬歯を剝いて楽しそうにするのだった。




