377話 新たなる始まりなんだぞっと
ピピピと小鳥のように鳴く目覚まし時計。耳元でピピピ、ピピピと鳴くのでお布団を頭からかぶっちゃう。
「春休みなんだから、もう少し寝かせて〜」
みーちゃんはオネムなのだ。ひよこ型目覚まし時計を見ると、まだ七時だった。あと一時間は寝れるよ!
「駄目ですよ、お嬢様。そろそろ起きないと、美麗様に怒られますよ?」
「今日は昨日の冒険のせいで、幼女痛なの。だから起きられないって言っておいて」
「ちっこくなっても、美麗様はお許しにならないと思いますよっ!」
先程から起こそうとしていた蘭子さんが、みーちゃんの掛け布団を剥がそうとしてくる。バサリと音を立てて、剥ぎ取られるふかふか掛け布団。
「あっ! お嬢様がいません」
「蘭子、掛け布団に張り付いてます」
「ええっ! また器用な事を!」
慌てる蘭子さんに冷静にニムエが教える。蘭子さんは剥がした掛け布団に両手両足でしっかりと貼り付いていたみーちゃんに目を剥く。
「みーんみーん。みーちゃんはあと7年寝まーす」
「駄目ですよ! 幼女モードから戻ってください! ちいさくて剥がせません!」
「昨日の冒険は激闘だったから、覚醒モードを使ったんだよ。その副作用」
白金の髪を流すように伸ばして、眠そうにフワァとあくびをしながらみーちゃんは答える。
部屋にある姿見の鏡に映るみーちゃんは、5歳ぐらいの幼女になっていた。1メートルにも満たない背丈に、誰をも魅了する可愛らしい顔立ちの幼女だ。
激戦時に変身する覚醒みーちゃんモードなのだ。
「ご主人様が苦戦する相手なのは間違いなかったですよ、蘭子」
「どんな強敵だったのですか? というか昨日は闇夜様たちと遊んでいませんでした?」
「新しくできた喫茶店の超デカ盛りパフェと激闘していたんです」
首を傾げる蘭子さんに、ニムエが正直に答えた。なるほどそれは大変でしたねと共感してくれるかと思いきや、ますます力を込めて掛け布団を振ってきた。
「なんでそんなことで変身しているんですか!」
「変身すると二人分食べられるんだもん。これが本当の別腹だよね!」
「起きてくーだーさーい」
激しくスイングしてくるけど、絶対に離れないもんと、みんみんみーちゃんはしっかりと掛け布団を掴む。
「お休みなんだから良いと思います」
「昨日までの話でしょ、みーちゃん?」
口を尖らせて抗議するけど、なぜか他の所から声が聞こえてきて、ギクリと身体を震わせちゃう。ニムエの声じゃなかったよ?
恐る恐る振り返ると、ニコニコと笑顔のママか立っていた。ゴゴゴと擬音がママの背中に見えちゃうよ?
「とうっ」
すぐに掛け布団から離脱! ちっこい両手をもふもふ絨毯につけて、コロリンと見事なでんぐり返し。すぐに上目遣いでうるうる光線発射。
「おはよー、ママ」
「はい、おはようみーちゃん。あんまり蘭子さんたちを困らせないでね?」
苦笑気味に嘆息しながら、ママはみーちゃんの身体を持ち上げて、目と目を合わせられる高さに持ち上げる。
「変身はもうおしまい。パパや空と舞ももう起きてるわよ?」
「30秒で支度します!」
素早く立ち上がり、敬礼をする。家族を待たせるわけにはいかないよね。
「それではお洋服をご用意しますね」
「お風呂の準備はオーケーです」
「ささ、どうぞ美羽お嬢様」
「変身は解いてください」
「あ〜れ〜」
どやどやとメイドさんたちが、扉の向こうから現れると、みーちゃんは連れ去られてしまうのでした。
プロの皆にお世話をされて、キラキラみーちゃんに変わった。僅か30分で終わるとは、手際の良いメイドさんたちだ。
やりきったとばかりに、笑顔でハイタッチをしている。みーちゃんは元の灰色髪とアイスブルーの瞳の少女に戻っていた。
「似合うかなぁ?」
「ふふ、とっても似合うわみーちゃん。高校入学おめでとう」
フワリとスカートを翻して、回転するみーちゃんに、優しい笑顔でママはお祝いしてくれる。
「ありがとうママ」
みーちゃんも笑顔で応える。
そう、私は高校生になったのだ。今は学生服を着込んでいる。オーダーメイドなので、身体にぴったりだ。
あの決戦から二年が経過していた。
今日は第三魔導学院の入学式である。思い出したよ、もう春休みは終わりだった。
……おかしいなぁ。私は冒険者になって、のんびりと暮らしている予定だったんだけど。どうしてこうなったのかな?
第三魔導学院は土地ごと消滅させたのに、土盛りから始めて建物も建てるとは、魔法建築学の恐ろしさを痛感しちゃうよ。
ぽてぽてと廊下を歩き、食堂に向かっていると、ママが話しかけてくる。
「今日は入学式でおしまいよね、みーちゃん?」
「うん。クラスでのホームルームもないらしいよ」
黒美羽の前の世界とは違い、この世界では入学式で終わりなのだ。
なぜかというと、答えは簡単。
「終わったら、鷹野家の入学式のパーティーだから逃げちゃ駄目よ? たっくさんお客が来るんだから」
そうなのだ。貴族は見栄を張る生き物なので、授業よりもパーティーなのである。どれぐらいお客を呼び込めるかが、勢力の大きさの証明となるのだ。
「でも、東京まで皆は来るかなぁ?」
「みーちゃんが作ったテレポートポータルがあるから、皆来るに決まってるでしょ」
「あれ、一回開くのに物凄く魔石を食うんだけどなぁ」
窓の外には聖花を始めとして様々な花々が咲き誇る庭園と、神様でも住めそうな威圧感と神々しさを感じさせる広大な宮殿が見える。その先には水晶で作られた聳え立つ塔も。
『テレポートポータル』。ポータルのある場所ならどこにでも瞬間移動できる魔道具だ。一度使うだけでも魔石をたくさん使うのだけが弱点である。
「テレポートポータルを気軽に使えるだけで、その家門の力を見せることができると、芳烈様は仰ってました」
後ろを歩く青髪メイドが話に加わってくる。
テレポートポータルを使わないといけない場所。ここは東京なのだ。今いる場所は引っ越した新しい屋敷なのである。
「パパの考えなら、バッチリだね!」
「そのとおりです、ご主人様。私もたびたび使用させて頂いております。この間も新しく開店した帝都のラーメン屋に行くために使いました」
「……それは初耳です」
ドヤ顔のニムエに、蘭子さんが恐ろしい空気を纏い近づく。それに気づかずに、ラーメンの評論をドヤ顔で口にするニムエ。
「でも、こだわりすぎてつぶれるパターンだと思いました。あの立地に1500円のラーメンでは早晩潰れるでしょう。素材にこだわりすぎて、美味しくありませんでしたし。1500円がもったいなかったです」
ちなみにポータルを一度開くのに10億円ほどかかります。
それきりニムエは話に加わることはなく、蘭子さんがちょっと用事を思い出しましたと連れ去っていった。
違うんです、あれはご主人様のポケットマネーから出してもらったんです。え、許可? もちろんとっていません! とアホな声が廊下に響き、ズルズルと引きずられる音もしたけど、皆は慣れているので気にしなかった。
「おはよ〜」
「おはよう、みーちゃん」
「おはようございます、美羽姉さん」
「おあよ〜、みーねーたん」
ちょうど食堂に到着したので、元気にご挨拶。
パパ、空、舞が既に座布団の上に座って、挨拶を返してくれた。
「また大きくなった空?」
「はい、僕も美羽姉さんに追いつきたいですから」
空は背丈が伸びており、もう八歳ぐらいに見える。ピシッと背筋を伸ばして、にこやかな笑みの空は大人っぽい。最近では魔法の練習で、大人顔負けの魔法を使いこなし、天才的なところを見せている。たぶんパパの次にかっこよいだろう。
背丈では追いつかれそうだ……。むむむ、空って何歳だっけ? もう『祝福』は止めておこう。
成長しすぎである。幼さが消えてきているよ! 駄目とは言わないけど、あまり早く成長しても良いことなんかないよ。
顔も凛々しくなり、将来二枚目になりそうだ。人の好い二枚目の凄腕魔法使い……。なんか踏み台モブの匂いがして嫌なフラグが立ちそうだから、一日ぐらい追放しておこうかな。追放すれば、きっと大丈夫だろう。
追放すれば、その人は主人公になる。少なくとも踏み台キャラとかにはならないからね。
キャンプ場……いや、キャンプ場はまだ早い。春くんとお泊り会をしてもらおう。追放理由は……でんぐり返しの才能がないからにしておこうかな。
いや、傷つくから、おしくらまんじゅうで負けたら追放しよう。2泊3日ぐらいがちょうど良いよね。
「みーねーたん。みてみて〜」
「ギャンッ」
ニコニコとでんぐり返しを見せてくる舞。そばでお座りをしていたリルを巻き込むオメガ難易度を見せてくれる凄腕でんぐり返し使いだ。
それにしても、反対に舞は全然成長していない。そろそろ同年代の子が背丈で追いつくだろう。可愛らしいから、全然気にならないけどね。
「きゃー! 完璧なでんぐり返しだよ舞!」
「えへへ。頑張ったのでりゅ」
思いきり抱きしめて、頬をスリスリする。ぷにぷにほっぺが気持ち良い。舞は嬉しそうにキャッキャッと笑う。ギャンギャンと吠えるポメラニアンはジャーキーをあげておく。
空は8歳程度の背丈なので、もう食堂ででんぐり返しができないので悔しそうだ。この間やったらちゃぶ台がひっくり返って、ご飯がめちゃくちゃになったからね。
でも、でんぐり返しができなくとも可愛らしい弟だ。同じようにギュッと抱きしめると、エヘヘと嬉しそうにする。
「高校生になっても、みーちゃんは変わらないなぁ」
「それがね、パパ。変なことがあるの」
優しい笑みを浮かべるパパへと、深刻な顔で尋ねる。気になっていることがあるのだ。
「私は王として、この地で全力を尽くすことを決めたの。だから魔導学院には行かないつもりだったんだよ」
「うん、私が願書を出しておいたから安心してみーちゃん」
ガーン。そうだったんだ。試験も受けた覚えがない。推薦、推薦なのかな? ニコニコと微笑むパパに、策士の匂いがするよ。
「大丈夫。みーちゃんの部下たちはとても優秀だ。みーちゃんは高校生活を満喫して。ハバランさんは一人で経営できるほどにやり手だよ」
「うん、知ってる……。ハバランは戦闘よりも内政が得意だから………」
しょんぼりみーちゃんだ。本当なら今頃のんびりとお昼まで寝ることができたのに。寝る子は育つって言われているから、たくさん寝ないといけないのだ。
「私も少しみーちゃんに提案があるんだ。みーちゃんとドルイドの大魔道士様が独占している『テレポートポータル』の技術を教えてほしいんだ。皇帝陛下が頭を下げて来てね………」
「駄目だよ、パパ。お仕事の話はご飯を食べ終わって、高校生活を満喫してからね!」
「うん、たしかに夜でも……んん?」
なぜか首を傾げるパパだけど、そういうお話は後にしようよ。
さて、朝ご飯を食べるかな。いただきまーす。




