374話 ラスボスは強いんだぞっと
二本の世界樹を挟むように、私と『シン・ユグドラシル』は宙で対峙する。
「お互いにこの肉体が破壊されたら終わりかなぁ?」
「そう思うよ。どちらが勝っても恨みっこなしといこうじゃないか」
私の言葉に、裏のない笑顔で答えるシン。うーん、やはり原作の理想的な性格の主人公なだけはあるね。なかなか器が大きそうだ。
「正義感が強くてお人好し。弱きを守り強きをくじく。女の子の心に鈍感な俺つぇぇぇ主人公。古典的な主人公だけど、少し憧れちゃうよ」
理想的な主人公。現実にはありえない存在。そして、そんな主人公が植物の世界を作る……。おかしな話だね。
『まぁ、本気で戦わないといけないシチュエーションだろうよ』
『だね。それじゃ、フルパワーみーちゃんで頑張るよ!』
苦笑気味のおじさんの言葉に、私もどーいします。でも、だからこそ手抜きはできない。
ヒュウと息を吸い、みーちゃんパワーを活性化させる。
私の体内にある力は砂粒一つすら、完全に支配している。オーラとして、外に放出するような無駄なこともしない。
ただ、白金の光を宿すだけなんだ。
「それじゃ、行くよシン君!」
「ああっ! これこそが戦いだっ!」
空を僅かに蹴ると、私の身体はぶれてかき消える。神域を展開してもお互いの力は拮抗しているため相殺されて消えてしまう。なので、無駄なことはわかっているので、純粋にパワーだけでしょーぶだ。
「ていやー」
『三閃』
私の先制攻撃だ。目の前まで間合いを詰めた私は神気の剣を振り下ろす。白き光線が三条生み出されて、シンを襲う。正面から一撃、さらに少し攻撃をずらして左右からの回避不可能の攻撃だ。
「こちらも武技にて対抗させてもらうよ!」
『ブリンクパリィ』
シンの姿がぶれて数人に分かれる。刀を揺らして光線の軌道がずらされて、私の攻撃が受け流されてしまう。
キキィンと金属音が響き、光線は歪曲されてあらぬ方向へと消えていく。
「ていてい!」
「ははっ!」
受け流されたことは気にせずに、神気の剣を引き戻すと、突きを繰り出す。シンが刀を横に構えて受け流してくるので、キキゥッと足を踏み込み腰をひねり横薙ぎに切り込む。
その攻撃は掬い上げるシンの刀の切り上げにより弾かれてしまうが、どんどん攻撃だ〜!
「といやといや」
気合いの入った攻撃で、私は連撃で押し込もうとする。体勢が崩れても、有り余るパワーにて無理矢理体勢を戻して斬りかかる。
足を狙い、肩を切り裂こうとし、脇腹に滑り込ませようとする。頭に振り下ろし、腕を突いちゃう。
「まだまだっ!」
対してシンは楽しそうに刀を振るい、冷静に私の攻撃を弾いていく。その防御は完璧で、力の支点を見極めており、受け止めて、弾き、受け流す。
「むむっ! やるね!」
「何千回僕が戦ってきたと思うんだい? 戦闘経験は誰よりも多いんだ」
超一流の刀の腕を見せるシン。こっちは初めての戦闘なのにずるい!
「パワーはあっても、剣の腕はないようだね!」
『世界花の剣舞』
ふわりと花びらが舞うように刀を翻すと、シンは武技を使う。刀が透き通り、私の周りに花びらが舞う。
『みーちゃんアイ』
すぐに敵の攻撃を解析しようと、私はおめめを光らせる。横薙ぎに振るってくるが、その速度は遅い。簡単に防げると、剣を交差させようとした。
「あれれ?」
だが合わせたはずの剣は刀を通過してしまう。触れた瞬間に刀が、いやシンが花びらと変わってしまったのだ。
驚いちゃう私の脇腹が熱くなる。痛みが奔り、顔を苦痛で顰めてしまう。
「くぅっ!」
宙から滲み出すように現れたシンが、私の脇腹を切ったのだ。浅い傷だけど、結構痛い。
花びらが隠れ蓑になってるのかな?
「なら、これで焼いちゃうよ!」
『火炎龍』
片手を広げて魔法の力を集めると、激しい炎を生み出す。炎は龍へと変化するとその顎を大きく開いて、私の周りを螺旋を描くように回っていく。
超高熱の炎は空間を歪ませて、全てを焼き尽くす。
シンの生み出した花びらは炎の龍に呑み込まれてあっさりと消えていき、空間に身体を潜めていたシンの姿が滲み出てきた。
「魔法での対決かな?」
『世界氷蔦』
バッと手を私に向けて翳すと、シンは氷の蔦を放つ。生み出した氷の蔦は尖端が鋭く槍の穂先のようで、シンが魔法の力を注ぐことによって、無数に枝分かれする。
そして轟々と燃え盛る炎の龍に突き刺さると、凍らせようとしてきた。
「氷なんかにうちのドラゴンさんは負けないよ〜」
氷なんか溶かしちゃうからね。私のパワーは世界を揺るがすんだ〜。
「とやー」
炎の龍に魔法の力をドンドコ注いじゃうもん。氷の蔦なんか溶かしちゃって!
四肢を踏ん張り、炎の龍に両手を翳し、といやといやと魔法の力を注ぐ。炎に注ぐジェット燃料のように、龍はその力を増していく。
はずだったが、突き刺さった箇所から龍は炎ごと凍りついていってしまった。
「あれれ? なんで凍っちゃうのかな? ドラゴンさん頑張って〜」
コテリと首を傾げて戸惑っちゃうけど、その間にも炎の龍は凍りついて、氷像と変わってしまう。
「魔法の極点を狙ったんだ。なのでいくら力を注いでも無駄だよ!」
『世界氷礫』
笑いながら説明をしてくれるシン。なるほど、魔法の核を狙われたのかぁ。
今度は氷の礫をマシンガンのように撃ってくるシン。命中したら、かなり痛そう。
「かいひ〜」
飛来してくる氷の礫は、周囲を冷気で凍らせながら、低温の霧を生み出して迫ってくる。
なので、慌ててその場を離れる。高速で飛行をして、追いかけてくる氷の礫を回避しながら、シンへと目を戻す。
シンは後ろから追いかけてきており、礫をガンガン撃ってきていた。
真下へと急降下して、氷の礫をやり過ごす。すぐに次弾が迫ってくるので、左に避けて旋回しながら飛ぶ。
「遅いっ!」
回避する私へと急加速してシンが迫ってくると、疾風の速さで刀を振るう。
ありゃりゃ、速さでもシンの方が速いみたい。
「くっ! 蛇腹けーん!」
慌てて神気の剣を蛇腹状に変化させると、迎撃するべく手元を回して螺旋状に展開させた。
鞭のようにしならせて、シンの攻撃を防ぐ。カキンと金属音を立てて、刀を弾かれたシンは半身をずらして突きの構えを取る。
『五指点睛』
五つの光弾となった刀による魔法の突き。キギィンと嫌な音を立てて、蛇腹剣の僅かに見える剣身の関節部分に光弾が正確に撃ち込まれてしまう。
高速で動く蛇腹剣の関節部分は、僅か数ミリのはずなのに恐ろしい腕前だよ。
関節部分を攻撃された神気の剣はガタツキが起こり、上手く動かせなくなってしまう。
戻すしかないね、これは。このまま蛇腹状で使用していたら、糸の切れたネックレスのように分解しちゃうだろう。
手元をクイと捻り、引き戻すと神気の剣を直剣にする。シャラリと蛇の鱗を擦るような音がして、カチンと神気の剣は直剣に戻る。
「隙ありだよ、鷹野美羽!」
「あうっ」
直剣に戻した隙を狙われて、シンが飛び込んでくる。スパッと肩を切られてしまう。白金の血が噴き出して、宙をキラキラと舞う中で、痛みで顔を顰めちゃう。
「シン君、強い!」
『虚炎連弾』
間合いをとるべく後ろに下がり、深淵の力を中心に宿す仄暗い炎を撃つ。この炎は存在そのものを焼き尽くす炎だ。これが命中したら、かなりのダメージを与えられるはず。
人差し指ほどの小さな炎。でも、私の力を宿した必殺のとっておきのまほーだ。
「そんな魔法が使えるとはね!」
高速で飛ぶ炎弾を見て、シンは楽しそうに笑いながら木の葉のように舞い、ひらひらと回避していく。
軌道を読んで、当たる寸前で身体をずらして紙一重で躱す。あともうちょっとなのに当たらないよ!
「直線だから当たらないんだね! といやー」
ここはカーブとかシュートとかフォークにスプーンで勝負だね!
ふぬーふぬーと力を込めて、思念にて炎弾を操作し、曲線を描かせて軌道を読ませないようにしちゃう。シンへと飛んでいく炎弾が複雑な動きをしながら向かってゆく。
回避された炎弾も大きく旋回して戻ってくる。躱されたらおしまいじゃないのだ。
交差をして、鋭角に動き、シンへと迫る。シンは空を駆けてゆき、炎弾を躱そうとする。
「ふふふ、私の炎弾は地の果てまでも追いかけちゃうよ!」
追尾機能も完璧なのが私の魔法なのだ。腰に手を当てて、ふんすふんすと得意げになっちゃう。
でも、それで得意げになるのは少し早かったらしい。
「どうやらこれは躱せないようだ!」
回避しても旋回して戻ってくる炎弾を見て、諦めたのか宙で停止するシン。ここは諦めたのかウハハとラスボス風味の演技を見せるべきかなと、ソワソワ考えていたら、やはり諦めてはいなかった模様。
『魔法破壊』
シンが翳した手から不可視の波動が放たれる。追尾していた炎弾は、波動に触れると同時に魔法構成が破壊されてしまう。
火の粉一つ遺さずに消えちゃった炎弾を見て、ぽかんと口を開けて啞然としちゃう。あの魔法って……!
「ふふふ、『ユグドラシル』である僕の力は以前と違うんだ。もちろん『魔法破壊』も原作とは威力も違うのさ。他世界の理すら破壊する魔法となっている」
私を見てシンは得意げに手を開閉してみせる。むむっ、あの魔法はとっても厄介だよ!
「今度はこちらの番だ!」
『流水加速』
「ていっ!」
シンが宙を蹴り、瞬時に迫ってくる。目の前に来たので神気の剣をエイヤと振るが、流水のようにするりと動いて回避されちゃう。
そのままお腹に蹴りを食らってしまい、くの字に身体が折れてしまう。
「はぁぁぁっ!」
『新星爆発剣』
シンが叫び莫大な力を解き放つ。そうして星の光が周囲に生まれると、刀へと収束させていく。
「はぁっ!」
刀に全ての力が集まると、シンは全力で振り下ろしてきた。なんとか神気の剣を翳して防ごうとするけど、強力なエネルギーを纏わせた刀を阻むことはできずに吹き飛ばされてしまった。
私の身体は隕石のように墜落していき、地上に激突した。大爆発が巻き起こり、世界を揺るがすような轟音と共に砂煙が吹き出し、クレータが生み出される。
「アタタ………」
砂煙の中で、地面にめり込んでケホケホと咳をしてしまう。かなり痛いよ、泣いちゃいそうだよ。
傷だらけとなって、身体が軋むし骨も折れたかも。回復させればまだまだ身体は動くけど、それでもかなーり痛い。涙目になっちゃうよ。
そして、それよりももっと重要なことがある。
『……ねぇ、パワーでも、テクニックでも、スピードでも私は負けてるみたい』
これは予想外。私は全てを上回っているはずだったのに、全部負けてるよ?
『たしかに『ユグドラシル』より少しだけパワー負けしているな。スピードはパワーが負けているから仕方ない。それよりもテクニックで負けているのが問題だ。お前、今まで何をしていた?』
精神世界にておじさんが尋ねてくるので、うーんと考え込む。今まで何をしていたかかぁ。考えるまでもないかも。
『観測しつつ、システムをポチポチしてて、パフェを食べてました!』
『そりゃ負けるだろうよ!』
『きゃー、みーちゃんもそう思います!』
そっか。なるほど、パワーを手に入れても私は振り回されるだけで弱かったんだ! ガーン。
でも、少しラスボスっぽいよね?
『このまま負けるわけにはいかないだろ』
『それじゃどうするの? 全部で負けてるんだよ?』
なにか必殺技とかあるかな? 私は『わたしのかんがえたさいきょーのまほー』があるから、それを使う?
『今の状況じゃ回避されるか、『魔法破壊』で防がれる』
『みーちゃんはわかりました!』
呆れたおじさんに、挙手をするみーちゃん。なんと、私にも教えてほしい。ゆっさゆっさと振って尋ねちゃう。
『えぇ〜、教えて、教えて〜』
『ふふふふ。それはねぇ〜』
砂煙が晴れてきて、シンが降りてくるのを見ながら、みーちゃんは教えてくれる。
「三人で頑張るんだよ!」
目を見開いて、ふんすとみーちゃんは穴から這い出すのであった。




