373話 本当のラストバトルなんだぞっと
神無月はヨロヨロと、よろけて後退る。その表情は恐怖で引きつっており、本能が気づいてしまったのだろう。
完全体になった私には毛筋一つたりとも傷を負わすことはできないと。圧倒的に力に差があるのだと。
「ま、待って? ね、ねぇ、アタシの負け。ほら、戦争は終わり。これからは大人しくしているわ。アンタの力に敵うわけがないもの」
手のひらを返して、媚を売ってくる神無月。その姿には呆れてしまうが、問題はない。
「世界の力を把握するまでの時間稼ぎでしょ? でも、神無月ちゃんじゃ黄金の糸は支配できない」
私の言葉にギクリと身体を震わす神無月。バレバレの時間稼ぎだよ。みーちゃんアイからは逃れることはできない。
空飛ぶ黄金樹に思念を送って、懸命にこの世界の理を操ろうとしているのが見えるんだ。私の目は如何なるものも見逃さない。
そして、その思念が先程から黄金樹に弾き返されているのもよく見えていたりする。
「くぅ、そんな……そんな馬鹿なっ! 後少し、後少しだったのに、なんで、なんでよ! たかが蛇がなんでそんな力を持っているのよっ! なんで黄金樹はアタシの思念を弾くわけ?」
たしかになんで弾いているんだろ? そこは私も不思議だよ。当然操れると思っていたのに。
悔しげに叫び、神無月は手のひらに魔法の力を集め始める。黄金樹を操ることが不可能だと悟り、再び私と戦うことを選んだのだろう。
「喰らえっ、ドチビ!」
『獄撃』
全ての生命を腐らせるような禍々しい瘴気を凝縮した球体を神無月は自身の周りに作り出す。本来の神の力を取り戻した神無月の魔法。神でなければ、一瞬で肉体が溶けてしまったかもしれない。
空気を腐らせて、甲板を溶かしながら、瘴気弾は飛んでくる。以前の私なら回避しないと、手痛いダメージを負っただろう。
でも、以前の私ではないのだ。
1ミリたりとも動かずに、瘴気弾を受け止める。先程とまったく同じだ。私の身体を腐らせるどころか、揺らすことも叶わない。
悠然と立っている私に、神無月は信じられないと目を剥いて口元を震わせている。
「ち、ちくしょー! なんで黄金の糸が操れない? この世界の力を使えない? 何千年繰り返して黄金樹を作ったと思っているのよ!」
涙目となり悔しげに神無月は身体を翻す。逃げようというのだろう。床を蹴り空へと飛び上がると全力で離れていく。
「逃がすわけないでしょ」
ちっこい人差し指を空を飛ぶ神無月に向けると、私の力を使う。
『消滅』
空間に透明な波動が伝播していき、高速で飛行する神無月を捉える。
「い、いやぁァァァ」
触れた箇所から神無月はサラサラと消えていき、最初から存在しないかのように、この世界から消滅するのであった。
「ごめんね神無月。で、なぜ生きていたのかなぁ? 『ヘルヘイム』は滅ぼしたはずなのに。にしても手応えがなさすぎるような……」
「手応えがないのは、神の力は彼女を支えていた僕が貰ったからさ」
「むっ? アイタッ」
後ろから男性の声が聞こえると同時に強い衝撃を受けて身体が空へと吹き飛ばされる。停止しようとするが、その威力により止めることができずに、次元の扉をくぐり抜けて、灰の降る元の世界まで飛び出してしまう。
「むむっ、追い出されちゃった!」
灰の降りしきる世界の上空にてようやく止まると、振り向いてみーちゃんの世界を見下ろす。次元の扉は閉じてはおらず、まだ大丈夫のようだ。
「閉じられる前に戻りたいけど……駄目かな?」
「あぁ、それはとても困る。だって、君は食い荒らすだろう?」
私を追いかけて、黄金の球体が次元の扉をくぐり抜けてきた。
「……そうか。滅びたヘルヘイムを誰が支えているかと思えば、君だったんだね」
追いかけてきた黄金の球体に、目を細めて尋ねる。黄金の球体はスライムのようにグニャリと身体を変形させると人型になる。
手足が生えて、頭が生み出される。そうして見覚えのある顔立ちへと変わっていった。
特徴のない平凡な顔立ちだからこそ、眉目秀麗と呼ぶべきだろう。その顔は優しげながらも、目は鋭く油断のならない雰囲気を醸し出している。
中肉中背でその身体は引き締まっており、よく鍛えられている。身体を覆う各所の黄金で形成されている装甲は薄いながらも、魔法の力の塊のように強い力を放っていた。
その手には薄く薄く紙の薄さの刃を持つ刀を手にしている。脆い刀身に見えるが、漏れ出るオーラに吹雪のように吹き荒れる灰が触れると消滅していく。
存在を消す武器なのだ。薄く脆そうに見えるが、その切れ味は世界の理を破壊するのだろう。神器でも比較にならないほどの力を内包している刀だ。
黄金の理を纏うその男には見覚えがある。
「シン君、こんにちは。生贄にされたと思ったんだけど?」
ペコリと笑顔でご挨拶。私は素直で良い子なので挨拶は忘れないよ。
「こんにちは、外のモノさん。今も鷹野美羽で良いのかな?」
「もちろん! みーちゃんは永遠にみーちゃんです!」
人に良い印象を与える笑みを見せるのは………。
シンだった。神無シン。原作の主人公にして生贄とされて消えたと思われた男だった。
その男が目の前に立っている。なぜ生きているのか疑問だよ。私の観測でも、生贄にされたところを確認している。なんで生きてるの?
びゅうびゅうと吹き荒れる灰の吹雪の中で、シンは笑顔を崩さずに語り始める。
「ふふふ、君と同じさ。いや、少しは違うかな。でも本質は同じ。人形にすぎない鷹野美羽。その自我は人間と変わらずに、そして吸収できないほどに確固たる力を持ってしまったんだろう?」
……なるほど。ピンときたよ、そういうことだったのか。
「ヘルヘイムと神無大和が作り上げた神無シン。その作り上げた性格。その性格が自我を持ったということでしょ?」
単なる器。主人公としてあるべき行動をとるためだけに存在した空っぽの人形。
名探偵みーちゃんは、ズバッと真相を見抜いちゃうよ!
だが、微笑みながらシンは肩をすくめる。
「半分当たりで、半分外れかな。根本的なところを思い出してほしい。全て覗いていたんだろ? わかるはずだよ」
「人を覗き魔みたいに言わないでください。……でも、おかしなところはなかったけど?」
コテリと首を傾げて思い出す。作り出した際の状況ももちろん見ていたけど、おかしなところはなかったなぁ。
答えられない私を前に、クスクスと笑ってシンは告げる。
「ほら、僕の素材は何を使っていた? 人間の肉体や魂を使っているとか言わないでね。もっと本質的なものだ」
本質的……。そうか、わかったよ。そういうことか!
「ピンポーン! 早押しみーちゃんが答えます。素材は黄金の糸!」
早押しボタンを押す演技をして、ふんふんと興奮して答えちゃう。わかったんだ。ということは……即ち。
「黄金の糸。延々と繰り返される糸の紡ぎ直しにより、自我が宿ったんでしょ!」
何千、何万回やり直したかはわからないけど、そのたびにシンをヘルヘイムたちは作り上げた。
世界の理を宿す力ある糸に永遠とも言える回数、人間の自我とも言えるデータを打ち込んでいたんだ。
ロボットだって人間とそっくりな行動を取るデータを持ち、永遠を暮らせば自我が生まれると言われる。
それが理を宿す糸に、同じようにそんなことをすればどうなるか? その答えは明らかだ。
「自我を持ったんだね? 本来は持たないのに」
「そのとおり。本能だけで生きてきた僕はいつの日か覚えていないけど自我を持ち始めた。気づいたら、滑稽な劇の主人公にされていたのさ」
宙に浮くシンは悠然とした態度でおかしそうに笑う。
「それならなんで、行動に移さなかったの? ……いや、そうか。自分の身体を欲しかったのか。本来の身体では動けないもんね」
ヘルヘイムの神の力を核として、肉体を欲しがったのか。なんというか、ヘルヘイムにとっては皮肉な話だなぁ。
「さすがは頭が良い。これまで欠片も僕に存在を気づかせなかっただけはある。そのとおり、特注の身体が欲しかったから、神の力を持つヘルヘイムに付き合っていたんだ。黄金の糸を撚り合わせて、神の力を合わせることにより僕に相応しい絶対の力を扱うことのできる身体が!」
役者のように片手をあげて、シンは語る。なんで、皆、オーバーリアクションの演技をして語るんだろうね。私も演技をした方が良いかな?
「それにしても、俗物になったね。まぁ、ヘルヘイムが作り上げた性格を元にしたんだから当然とも言えるけど」
軽くため息を吐いちゃうと、シンの後ろへと視線を送る。
「泰然としていれば良かったのに。なんとまぁ、気の長い時間を待っていたんだね」
シンの後ろ。灰の吹雪の中に見えるもの。
「『ユグドラシル』。世界を創り上げて、支えている樹さん、こんにちは」
天頂が見えないし、幹の太さすらもわからない。地平線の向こうまで延々と幹が続いており、生い茂る枝葉は黄金の輝きを纏わせている緑溢れる葉をつけている。
創世の大樹。始源の力を持つもの。私がずっと齧ってきたパフェ。
『ユグドラシル』が吹き荒れる灰の嵐にもびくともせずに、泰然と聳え立っていた。
全ての生命の源。世界を創り上げて、神を生み出し、生命を育てる存在が。
人の世界。鷹野美羽の過ごしてきた世界は『ユグドラシル』の中に存在したのだ。
「僕の新たなる名前は『ユグドラシル・シン』と決めたんだ。これからはそう呼んでくれると嬉しいな」
人好きのする爽やかな笑顔で『ユグドラシル・シン』は私を見てくる。爽やかすぎて胡散臭い笑顔だなぁ。
「まぁ、少しの時間だろうけどね」
その眼光が鋭く光り、殺意を示すように周囲の空気が揺れる。
ほら、とっても悪い笑顔だよ。まったくもぅ。
「まぁ、みーちゃんは齧っていたからね! でも、それも自然淘汰? 食物連鎖?」
私が食べちゃうのは仕方ないと思うんだ。だってお腹が空くんだもん。それに全部を食べるつもりはなかったよ。人間として暮らすつもりだったし。
「害獣は殺さなくてはならない。悪いけど滅ぼさせてもらう」
「まぁ、ぶつかり合うのは自然の法だから仕方ないね」
「もちろん、他の人間たちも全て滅ぼすから安心してくれると嬉しい」
「滅ぼす?」
なんか変なことを言い始めたよ? なんで滅ぼすのかな?
「『ユグドラシル』の中に存在する世界なのに滅ぼすの?」
「あぁ、そのとおり。僕が創ったんだけど、失敗だった。はっきりとした自我を持ち理解したんだ。きっと近い将来人間たちは僕の体内を腐らせる。醜悪で無駄に知性だけは高い存在だ」
悲しげに頭を振って語り続ける役者の『ユグドラシル・シン』。参ったなぁ、なんとまぁ、短絡的な考えを持つんだ。テンプレとも言えるけど。
「そして僕の世界は美しき植物だけが繁茂する世界とする。何者も争わさずに平和なる世界!」
「わかってないなぁ。『ユグドラシル・シン』君。植物の世界が平和なんて」
無敵の自身を基準にしているから、植物の争いが目に入らないのだ。試しにハーブを育てるのをお勧めしたいところだね。
「さぁ、最後の戦いと行こう。まぁ、君が勝っても、僕は体内に存在する世界を解いてしまうけどね」
言葉では弱気に見えるが、その自信満々の姿は負けるつもりはまったくないようだった。それでも酷いことは酷い。勝っても負けてもバッドエンドなんてずるい。
まぁ、そう来るだろうなぁと、思ったよ。対ユグドラシルのためではなかったけど。世界の支配権を持つ神様が世界を創り直すのはテンプレだからね。
「『ユグドラシル・シン』君。みーちゃんもその可能性はちょっぴり思ってんだ。だから対抗策は用意しておいたんだよ」
「対抗策?」
「うん。よーく目を凝らして見てよ。この世界は全てが滅んだわけじゃないんだ」
スッと小さな手を翳すと、魔法の力を広げていく。
パアッと白金の光が輝くと、灰の嵐は急速に収まっていく。
そうして周囲が晴れていき、視界が通るようになる。
降り積もった灰の世界。終末の世界。
「あ、あぁ? な、なんだ、あれは?」
『ユグドラシル・シン』は灰の嵐が収まったことにより、私の後ろにあるものにようやく気づいたらしく、口を大きく開いて啞然としていた。
驚くよね。たしかにショックかもしれない。
「も、もう一本………『ユグドラシル』? もう一つの『ユグドラシル』!」
「うん。世界を人質に取られた時用に対抗するために育てていたんだ。運命が予め決められていない、魂の接触で作り上げる自由なる世界を宿す新たなる『ユグドラシル』をね」
私の遥か後方には、『ユグドラシル』と同じように、巨大な樹が聳え立っていた。
サラサラと葉が擦れて、陽光を浴びたように煌く半透明の樹だ。水晶のように輝く美しき大樹がそこには聳え立っていた。
天頂は見えずに地平線まで広がる幹。『ユグドラシル』と同じであり、そしてその力は別物の大樹。
せっせと育てていたんだよ。種を撒き芽を守って、大事に大事に育てていたのだ。
「みーちゃんが勝ったら、全てをもらうね。世界を移譲させる。それがラストバトル」
さぁ、私の創世神としての最初で最後のお仕事だ。
勝っても負けても恨まないでね、『ユグドラシル・シン』君。
白金の髪を周囲へと広げるように靡かせて、私はニコリと優しく微笑むのであった。




