372話 パフェ
これは私の過去の話だ。
サクサク
サクサク
「ウェハースはとっても美味しいね」
何層にも重ねられたクッキーと、間に挟まれたクリームとのコラボレーション。
私は端っこから、小さなお口で食べていく。
サクサク
サクサク
私はウェハースをカジカジと齧る。サクサクとした軽い舌触りが好きだ。甘いクリームは蕩けちゃう。
一枚目のウェハースを食べ終えたので、二枚目のウェハースに小さなおててを伸ばす。
私よりも大きなウェハースだ。自分の体よりもおっきい。だから、全力で食べないといけないのだ。
二枚目にもパクリと齧りつく。
サクサク
サクサク
長い長い時間をかけて、二枚目も食べ終える。
全力で食べたからお腹空いちゃったや。
でもようやく本命に移れるので、ワクワクしちゃう。
ウェハースは前座なのだ。本命はウェハースが刺さっていたパフェ。雲みたいな生クリームに、冷気を纏うソフトクリーム。様々な果物だって乗っている。
空を仰ぎ見ると、薄っすらと頂上が見える。山よりも大きなパフェなのだ。パフェのグラスがピカピカと輝いていて、パフェの美味しそうな姿を際立たせている。
目をキラキラと輝かせて、どこから食べようかなと、コテリと首を傾げて迷う。
やっぱり果物からかな。
とてとてと果物に近づこうとして気づく。
あれれ、ウェハースがまだあるや。全部食べたと思ってたんだけど。
ウェハースから食べないといけない。またウェハースに手を伸ばして齧りつく。
サクサクサクサク。
またまた長い時間をかけて食べ終わる。よーし、次こそは果物を………。
あれれ、まだウェハースがあるや。食べないといけないよね。
私はパフェを前にウェハースを食べ続ける。
パフェの周りに大勢の人が住んで騒がしい時も、大騒ぎの後に静かになった時も、ゆさゆさとパフェを揺らす人が現れた時も。
ウェハースを全力で食べていた。
長い時間、ウェハースを全部食べようと頑張っていた時だった。
なにかがお空から降ってきた。小さな光る玉だった。フヨフヨと落ちてくると、パフェの中に入っていった。
「なんだろう」
コテリと首を傾げて、久しぶりにウェハースを食べる手を止めて、空を仰ぎ見る。なんだか、穴が空いている。なんだろう、あれ?
降ってきたなにかは完全にパフェの中に入っちゃって、もう見えないや。
なんとなくしょんぼりして、もう落ちてこないかなぁと、空を眺める。でも穴は塞がっちゃって、光の玉も落ちてこなかったから、ウェハースをまた食べ始める。
そうしてしばらくしたら、もう一つ落ちてきた。フヨフヨフヨフヨと落ちてきた。
仄かな光の玉がもう一つ。
ウェハースを食べていたので油断してたから、またパフェに入っていっちゃった。
アゥと、ますますしょんぼりしていると、また一つ落ちてきた。やった〜!
あわあわ、あわあわ。オロオロと慌てて光の玉に近づく。
そして、あ〜んと口を開く。
パクリ。
「あ、食べちゃった」
美味しそうな感じはしなかったから、食べる気はなかったんだけどな。でも、食べちゃったものは仕方ないよね。
モキュモキュ
う〜ん、あんまり美味しくないや。
でも、なんだか頭がスッとしてきたよ。
なんでだろうと頭を悩ますけど、すぐに他のことに気を取られる。
じゅーだいなひみつに気づいちゃった。
「このウェハース、再生しているや!」
私がウェハースを食べている間に、食べ終えたはずのウェハースがいつの間にか元に戻っていた。
すごいひみつに気づいちゃった。フンフンと鼻息荒く、このじゅーだいなひみつに気づいちゃったことに喜ぶ。
興奮してでんぐり返しをする。コロリンコロリンとでんぐり返しを繰り返していたら、いつの間にか食べていたウェハースも元に戻っていた。
「食べても食べても無くならないはずだよ」
まさかパフェが元に戻るなんて、今まで考えたこともなかったや。
でも、あの光の玉を食べたら頭が良くなったみたい。
元に戻ったウェハースに齧りつくこともせずに、私は腕を組んで、ウンウンと考え込む。これじゃいつまで経っても、パフェを食べることができないよ。
でも、私は今までの私とは違うのだ。頭が良くなったのだ。
じ〜っと、パフェを観察する。観察するのは大事なことだと気づいちゃった頭の良い私。フンフンと鼻を鳴らして、身体をゆらゆらと揺らして眺める。
そうして見ていると、気づいちゃった。
「回復しているんだ! 回復の源が何箇所もあるみたい!」
いくつかの箇所に一際力が集まっていることに気づいちゃった。私は天才かも。
でも、パフェはグラスに入っていて、齧りつくことができない。どうしよう。
「上から少しずつ力が集まっているところを食べれば良いんだ!」
私って頭良い! すっくと立ち上がると、パフェによじよじと登っていく。昔は頂上に鳥さんがいたけど、大騒ぎの後にいなくなったから、静かなものだね。
雲のような生クリームに齧りつく。
ふんわりとした舌触りと、蕩けそうな甘さ。おいし〜い。ほっぺにおててを添えて、コロコロと転がって満面の笑みになる。
でも、やっぱり生クリームもすぐに元に戻っちゃう。むぅ、全部食べたいんだけどなぁ。上から食べても駄目みたい。
どうしようかと困って辺りを見渡す。なにか方法がないかなぁ。
そうして見渡していたら、またまた気づいちゃった。
ゆさゆさとパフェを揺らしていた人がいない。なにをしているのか興味もなかったけど、いた場所に小さな穴がグラスに空いていた。
あれって、最初に落ちた光の玉が通った跡だ! びっくりすることに、穴を開けちゃったらしい。
よじよじと移動して、穴の前にお座りする。ここから入れないかな?
「でも、とっても小さいや」
私が通るのは無理だよ。この穴は小指も入らないぐらいに小さすぎる。ゆさゆさと揺さぶっていた人はどうやって通ったんだろ?
記憶を遡り、あの人が入っていった方法を思い出そうとする。
「小さな光の玉になってたね」
ほとんどの力を残して、身体を小さくして通っていったんだ。
周りに残した力は霧みたいに漂っている。その力も少しずつ穴へと向かって中に入っていった。
ふむふむ、そーゆーやり方があるんだね。でも、私には無理かな。
私はその方法はやりたくない。力を残してたら、誰かに食べられたりしちゃうかもだし。
まぁ、ここには私以外には誰もいない。大昔に煩かった人たちは、もう霧のような存在へと姿を変えて漂っているだけだしね。
私はグルメさんなので、こーゆーお残しみたいな力は食べたくない。
他の方法を考えることにする。私は頭が良くなったのだ。きっと素晴らしいアイデアが思いつくはず。
ウンウンと考えてたら、頭の良くなった原因のおじさんが教えてくれた。あの光の玉はおじさんだった。
ふむふむ、おじさんの言うことをさいよーします!
「よ〜し! ていっ」
ぴょんとジャンプしてナイスアイデアが浮かんだよと、とっておきの鳥さんの羽を取り出す。前に空からひらひら落ちてきたから持っていたのだ。
そうして力を注ぎ込み、食べた光の玉を模して、もう一人の私を創り出す。
フヨフヨと浮く光の玉が目の前に現れた。
ちっこい光の玉だ。私の力はほんのちょっぴりしか持っていない。私の力だけで創造したから魂はないけど、自我はあるから大した問題じゃないよね。
「だいじょぶかな?」
「だいじょーぶだよ、私」
小さな光の玉は私の姿へと変えて、にっこりと微笑んできた。
「辿り着ける?」
パフェの中を食べていき、回復している源を食べていくのだ。きっとパフェは妨害してくると思う。小さな力しか持っていない私はやられちゃうかも。
「世界にはもっと美味しいものがあるんだって! その証明におじさんが手伝ってくれるって!」
「おぉ、凄いね〜。それじゃあ、私はおーえんをしていれば良い?」
ぱちぱちと拍手をして、私を褒める。それじゃあ、生クリームを食べていていいかな?
「駄目だよ、私。えっとね、色々と外から教えてね」
「んと〜、なにを?」
「パフェが回復できないように、なにかあったら教えてよ。ほら、これを見て」
グラスを指差す私の言うとおりにグラスにペトリとおててをつける。ヒンヤリして気持ちいい。
プニッと頬を押し付けて、もっとよく見てみる。むにーん。
「なにか光の線がたーくさんあるね!」
光の線がパフェな中を走っている。いや、パフェはその光の線の塊みたいだ。束ねられて、おっきなパフェになっていたんだ!
「元に戻るひみつみたいだよ。これをこっそりと食べていく予定です! でも元に戻ろうとするみたい」
「そういえば、ここ最近はなんだか変だったね」
記憶を遡り思い出す。気づいていなくても、私はその全てを記憶しているんだ。全然思い出さなかったけど。
記憶にあるのは、光の束が解けて、また束に撚り合わせている光景だ。何度も何度もぐるぐる解けては撚り合わさってを繰り返していた。
「思い出した?」
「うん、思い出した!」
何度も何度も繰り返していたことで、パフェのグラスにヒビが入っちゃったんだ。きっとゆさゆさと揺さぶっていた人のせいだと思う。
「きっと食べても元に戻っちゃう。だから戻りそうな時に教えてね」
「うん、外から見てるね!」
ウェハースを齧りながらでも良いよねと、微笑み返す。
「戻りそうになったら、その根本を食べちゃおう」
「りょーかい! すぐに教えるね!」
顔を見合わせて、クスクスと二人で楽しげに笑う。
なんだかとってもワクワクする。もうウェハースだけを食べなくても良いんだ。ウェハースは美味しいけどね。
「食べて食べて、どんどん私も大きくなるね!」
「楽しみだね!」
手を合わせて、ダンスを踊っちゃう。たんたんたらったー。
昔々、パフェの周りに住んでた人たちが踊っていたことを思い出しながら踊る。
二人ともダンスなんて踊ったことはないので、よろけたり転んじゃったりするけど、とっても楽しい。
ふたりとも尻もちをついちゃう。
そうして、手を繋いで二人で笑い合う。こんなに楽しいのは初めて。
「たーくさん食べるね」
「うん、パフェが元に戻らなくなったら、私もお外から食べるよ!」
お互いに繋がっているので、相手が食べたら、その味は私にも伝わる。ワクワクワクワク。
「このパフェは私たちの物」
「ぜーんぶ食べちゃおうね!」
誰にも渡さない。昔から私のものなのだ。
「色々とおじさんが教えてくれるって! えへへ、楽しみ」
でも、ちょっぴりおじさんの言うことも気になる。パフェ以外に楽しいことがあるんだって。
「私も外からたくさん力を送るね!」
パクパク食べちゃおう。
ぜーんぶ食べちゃおう。
きっと上手くいくと思う。だって、私たちは頭が良くなったのだ。
邪魔をする人は追い出そう。このパフェは私たちのものなんだよって教えてあげよう。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「いってらしゃーい!」
満面の笑顔で手をぶんぶんと振って、私が穴を潜り抜けていく。
私も満面の笑顔でぶんぶんと手を振り返す。
きっと上手くいく。ふふふ、仲良しな私たちなんだから大丈夫。
私が完全にパフェの中に入っていくのを見送ると、私も応援するべく動くことにする。
「えっと……まだ力は弱いから……」
お外から来たおじさんとお話をする。ふむふむ、そんなことがあったんだ! それを利用すれば良いんだね。
これを使えば、パフェも食べることができて、私も強くなれる。
なにより面白そう!
「えっと……ジョブを……」
クスクスと笑って、私は今までにない期待に目を輝かす。
そうして、力を増やしていったんだけど……パフェ以上に素晴らしいものもあったので、とっても嬉しい。
食べ尽くしたら終わりだもんね。後は寂しくなるだけなのは私も嫌だ。
家族の愛情がこんなに甘いものなんて知らなかったよ。優しい家族とおじさんのために、私たちは新たなるパフェも作ることにした。
前よりも美味しいパフェを作るんだ。
そうして暫くあとに私の通れる隙間ができたから、ぽふんと蛇の姿に戻って潜り込む。
えへへ。ようやく願いが叶うよ!
それが鷹野美羽を創った私だった。




